インプラントは欠損しているところを補うための材料であって,天然歯に代わるものではないという言葉があるように,歯を失った後に口腔機能回復を図るための治療オプションの一つである.歯の欠損に対する治療法としては,インプラントのほかにブリッジ,デンチャー,移植などがあり,それぞれに利点,欠点がある.そのなかでもインプラントには,固定性である,両隣在歯を削らなくてもいい(他の歯に負担を与えない),違和感が少ないなどの多くの利点があり,かつ長期間にわたる臨床研究においても良好な成績が報告されている.そのため近年は,安易に抜歯を選択し,インプラント治療を優先する治療計画が立案されているように思われる.しかしその一方で,社会の加速度的高齢化に伴い,インプラント周囲炎が大きな問題になっていることも事実である.
そのような背景を踏まえ,今回の講演では,「抜歯後にインプラント治療を計画する前に,まずはその歯の保存に全力を尽くそう」という基本に戻ることをテーマに掲げた.本稿では,難治性根尖性歯周炎を患い,抜歯と診断された歯が,本当にその必要があるのだろうかということを検証し,特に外科的歯内療法が歯の保存に大きく貢献していることを解説したい.
上顎洞が正常の機能を保つためには,上顎洞自然口とostiomeatal complex経由の換気(ventilation)と排泄(drainage)が保たれている必要がある.
上顎洞の換気は,直径が5 mm弱の狭い管腔状の上顎洞自然口を通して行われ,排泄は上顎洞粘膜の粘液線毛輸送機能によって行われている.上顎洞自然口とostiomeatal complexの病変により上顎洞自然口は容易に閉塞し,上顎洞の換気と排泄が妨げられる.
上顎洞炎の治癒を遷延化させる因子には,鼻・副鼻腔形態の異常(ostiomeatal complexの閉鎖による換気障害など),粘膜防御機能の低下(気道液の産生分泌と粘液線毛系が関与する排泄障害など),鼻腔・副鼻腔・上気道粘膜の炎症,感染などがある.上顎洞炎の治癒を遷延化させる因子は互いに影響を及ぼし閉鎖副鼻腔での炎症の悪循環を形成し,急性・慢性副鼻腔炎の治癒を遷延化させる.
鼻・副鼻腔形態の異常のなかで,ostiomeatal complexの閉塞性病変による上顎洞の換気と排泄不全が上顎洞炎の主な原因であり,上顎洞炎を遷延化させる重要な因子である.
上顎洞を含めた副鼻腔炎治療の基本的理念は,各副鼻腔の換気と排泄を十分にし,換気と排泄機能を再度獲得させ,副鼻腔粘膜を正常化させ,副鼻腔炎を治癒に導くことである.また副鼻腔炎の治癒遷延化因子を考慮した治療も同時に行う必要がある.
たとえ上顎洞粘膜が肥厚していても,上顎洞自然口が開存しており,上顎洞内に貯留液がなく無症状であれば,粘膜の粘液線毛輸送機能と上顎洞の換気と排泄は保たれていると考えてよい.
現在のチタン製インプラントは表面構造改質によって早期の骨結合を獲得できるようになった.一方,天然歯にみられる免疫機能のないインプラントでは,口腔細菌による感染が長期的予後に悪影響を与えている.インプラントはさらなるイノベーションにより抗菌性を獲得,同時に優れた組織適合性を高いレベルでバランスさせる必要がある.これまで細菌に対する選択毒性と組織適合性の向上は,相互作用のない趣向の異なるアプローチであった.本来チタン表面の受動的酸化被膜には,この問題を解決する特性がある.チタン表面の二酸化チタン不動態被膜は活性酸素を発生し,表面を清浄に保つことができる.このようなチタン生来の性質は表面構造改質によって増幅され,抗菌効果を示すと同時に組織適合性を向上させる可能性がある.近年,活性酸素に反応する細胞接着斑アダプター分子が組織の線維化や細胞間質の硬化を促進する病理的組織変化が,最新の癌研究から明らかになった.筆者らのパイロットスタディでは,同様のメカニズムを介したチタン表面石灰化組織の質的・力学的変化がみられている.現代的な表面改質インプラントは,ブローネマルクが提唱した初期のオッセオインテグレーション機構とは異なり,ともすれば一種の病理的生体反応を骨結合能として利用しているとも考えられ,チタンインプラントの抗菌効果検証は,骨結合機序の解明にも繋がる新たな生体材料研究領域の提案になりうる.
目的:インプラントは口腔機能の回復に寄与するが,歯根膜の欠如したインプラントの挙動は,インプラント対合歯に影響を与える可能性がある.本研究の目的はインプラント長期経過症例の対合歯喪失に関連する因子の検討である.
方法:2005年1月から2008年1月に臼歯部に上部構造を装着し,10年以上メインテナンスを継続した患者のうち,対合が天然歯もしくは天然歯支台固定性補綴装置の患者を対象とした.
調査項目1として,インプラント,インプラント補綴装置,インプラント対合歯の喪失の有無,調査項目2として,対合歯の位置(上顎,下顎),歯髄の有無,歯周炎の既往,下顎角の大きさを調査し,二項ロジスティック回帰分析を行った(p<0.01).
結果:調査者数は358名(男性121名,女性237名,平均年齢65.8歳),インプラント数は700本(上顎397本/201名,下顎303本/157名),インプラント補綴装置数は358装置,インプラント対合歯数は667本だった.
インプラント,インプラント補綴装置,インプラントの対合歯の喪失は,10本/8名,0装置/0名,62本/32名だった.統計学的有意差は,患者レベルでは,歯周炎の既往,下顎角の大きさで,インプラントレベルでは,対合歯の歯髄の有無,歯周炎の既往,下顎角の大きさで認められた.
結論:インプラント対合歯へ影響する要因として,対合歯の歯髄の有無,歯周炎の既往,下顎角の大きさが挙げられ,対合歯の位置(上顎,下顎)は影響しないと考えられた.
本研究は上部構造の高径とインプラント体の長さの比がカラー部のひずみ,最大曲げ荷重と変形量に及ぼす影響について明らかにすることを目的に行った.
高径の骨レベルまでのインプラント体の長さ12.4 mm(I)に対して上部構造の高径(C)を9,10,12,15 mmと変化させ,それぞれ上部構造のマージン部から骨レベルまでの距離1.5 mmを加算した長さをCとし,C/I比は0.85,0.93,1.09と1.33とした.各上部構造をセットしたインプラントを傾斜角度30°に固定を行った.
上部構造の高径が大きくなるに従って最大曲げ荷重は小さくなる傾向であり,C/I比1.33の最大曲げ荷重は最も小さく,最も大きいC/I比0.85と比較して42.4%の減少であった.最大曲げ荷重点までの変形量は上部構造の高径が増加するに従って大きくなった.負荷荷重150~250 NにおいてC/I比0.85と0.93のカラー部のひずみは0.1%未満であり,C/I比1.09と1.33の負荷荷重150 Nにおけるカラー部のひずみは約0.1%であった.負荷荷重300 NにおけるすべてのC/I比のカラー部のひずみは0.1%以上であり,最大はC/I比1.33の0.36%,最小はC/I比0.85の0.11%であった.荷重500 N以上におけるC/I比1.33のひずみはひずみゲージの測定限界値であった.高径が増加するほど,カラー部のひずみは大きくなる結果であった.埋入したインプラントの長径に対する上部構造の高径を配慮したインプラント治療が必要であることが示唆された.
インプラント周囲の骨やそれを覆う周囲軟組織の吸収を抑制するため,プラットフォームスイッチングが有効であるという数多くの研究が現在までに行われている.一方で隣接する2本のインプラント間距離は3 mm以上必要であるという報告がある.本研究では隣接して埋入する2本のインプラント間距離を短くしたとき,プラットフォームスイッチングがインプラント間の骨に与える影響を明らかにすることを目的とした.カニクイザルを用い,下顎臼歯部に近接して連続する2本のインプラント体を近遠心的距離1.5 mmとして埋入し,一方は非プラットフォームスイッチングに,他方はプラットフォームスイッチングになるよう,テンポラリーアバットメントを装着した.8週後のインプラント間周囲組織を走査電子顕微鏡と光学顕微鏡にて観察を行ったところ,非プラットフォームスイッチング群ではプラットフォーム付近において水平的,垂直的に歯槽骨の吸収が起こっていた.これに対して,プラットフォームスイッチング群ではプラットフォーム付近で垂直的には歯槽骨は保存され,水平的には新生骨が認められ,炎症性細胞浸潤の範囲もより限局されていた.
以上の結果より,プラットフォームスイッチングを採用することでインプラント間距離が3 mm以下であっても,健全なインプラント周囲組織が維持される可能性が示唆された.
近年,インプラントによる欠損補綴は,予知性の高い欠損補綴として広く普及し,快適な口腔内環境を維持できる症例が増加してきている.その一方で経過不良のため抜去を余儀なくされる症例も増加してきている.
今回われわれは,埋入位置不良により除去が必要となったインプラント体を約5年6カ月間放置し,インプラント体が歯槽骨に完全に覆われた症例に対し,コンピューターガイデッドサージェリーを応用してインプラント体除去を行った.術前のCTよりインプラント体直上へアプローチが可能となるように作製したサージカルテンプレートを応用して除去を行った.インプラント体除去6カ月後,コンピューターガイデッドサージェリーを用いて適切な埋入位置にインプラント体を再埋入し良好な結果が得られた.
今回,コンピューターガイデッドサージェリーを応用することにより,インプラント体の正確な埋入位置を把握することが可能となり最小限の外科的侵襲により良好な結果が得られた.今後ガイデッドサージェリーなどのデジタル技術はさまざまな臨床応用が期待できると考えられる.
緒言:インプラント補綴の長期安定には定期的なメインテナンスが必要である.しかし,日本は多くの地域で過疎高齢化が進行し,その結果公共交通機関が衰退し,高齢者の社会活動は大きく制限されている.そこでわれわれは,過疎化が進む九州5地域の歯科診療所におけるインプラント治療後の患者のメインテナンス(PIMP)での来院状況を調査した.
方法:5カ所の診療所に本研究の調査票を郵送し,(1)患者のPIMPへの来院を,1群;定期来院,2群;不定期来院,3群;未来院に分け,各群の患者数,(2)3群の患者の未来院の理由,(3)患者の通院手段および通院所要時間を調査した.
結果:メインテナンスの総患者数は1,036名で,女性が58.2%,男性は41.8%,年齢は19~92歳であった.来院状況は,定期来院63.9%,不定期来院14.7%,未来院は21.4%であった.年齢層別来院率(定期+不定期)は40歳未満が61.4%,40歳以上は約80%で,40歳未満と40歳以上の間で有意差を認めた.通院所要時間が30分以内の患者の来院率は79.4%で,30分以上の患者に比べ有意に高かった.
通院手段は大部分が自家用車で,徒歩,路線バス,鉄道が数名でみられた.メインテナンス未来院の理由は高齢になると死亡,病気が増加した.
考察および結論:患者の年齢と通院時間はメインテナンスへの来院率に影響があった.通院手段は大部分が自家用車で,患者の高齢化に伴い通院困難な患者の増加が懸念された.