近年,
33Sと
36Sを含む全ての硫黄安定同位体比の測定が様々な年代の硫化鉱物・硫酸塩鉱物に適用されている. 例えば,Johnstonら(Science, 2005)では,全ての硫黄の安定同位体比を測定することで質量依存性分別からのわずかなずれを見出し,ある環境や地質時代における硫黄の循環に重要な生物の種類(例えば,硫酸還元細菌や硫黄不均化細菌)を特定できると主張している.しかしながら,依然として生物活動の関与しない無機反応における硫黄同位体効果とその質量依存性はよく分かっていない.したがって,本研究の目的は,平衡及び非平衡無機反応の硫黄化合物の同位体効果と質量依存性を第一原理計算によって求め,その質量依存性を検討することである.
第一原理計算は,Gaussian 03プログラムを用いて,HF (Hartree-Fock)法及びDFT (Density Functional Theory)法によって行った.理論レベルによる質量依存性の違いは見られなかった.計算は,8種類の硫黄化合物 (HS
-, H
2S, S
2, S
8, CS
2, SO
2, SO
3, SO
42-)及びそれらの溶存種について行い,スケーリングファクターを用いることでHF/6-31G(d)程度の理論レベルでも振動周波数及び同位体分別係数(α値)について実験値と整合的な値(
34α値で<±~0.5‰)が得られた.同様にして,-70 - 650℃の温度範囲において,
33α,
36α値を求め,それらの質量依存性(例えば,(
33α-1)/(
34α-1)比)について検討した.
その結果,(
33α-1)/(
34α-1)及び(
36α-1)/(
34α-1)比は,500℃以上の温度条件でのみ,Bigeleisen and Mayer (J. Chem. Phys., 1947)による質量依存の近似則によって求められる0.515と0.19という値に近い値が得られた (Otake et al., Chem. Geol., 2008).それ以下の温度では,例えば,0℃では,(
33α-1)/(
34α-1)比で0.505-0.517,(
36α-1)/(
34α-1)比で1.88-1.96の範囲で硫黄種によって様々な値をとるということが分かった.
S
8とH
2S間の同位体分別などでは, 温度が低下するとともにα値が正から負に変化するクロスオーバーという現象がみられる.クロスオーバー時には,異常な(
33α-1)/(
34α-1)比がみられるが, α値自身が小さいため,得られるΔ値は0に近い.溶媒和モデルや非調和振動による質量依存性への大きな影響はみられなかった.計算の結果,温度・振動数・原子の質量数が同位体交換平衡時の質量依存性に影響を与えるパラメーターであることが明らかになった.今後,VTST (Variational Transition State Theory)などを用いて,非平衡反応時の同位体効果及びその質量依存性について計算する必要がある.そのことによって,平衡時の質量依存性と区別が可能であるか検討することが可能となる.
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