プレート境界における流体の挙動は,地殻の変形,地震の発生,メルトの生成など沈み込み帯のダ イナミクスにおいて重要である.地震学の発達によりプレート境界における流体の分布が明らかに なってきたものの,海洋地殻や大陸地殻中の流体の振る舞い,その存在形態,物質移動の量と時間 スケールは未だに明らかになっていない.プレート境界における流体に関連した現象を理解するた めには,プレート境界を経験した天然サンプルの解析が不可欠である.
本研究の目的は,温度・圧力の情報を伴う形で流体の挙動を評価する手法を開発することである. 天然サンプルにおいて,流体の挙動は物質移動として記録される.
本研究の調査対象は三波川変成帯中のGarnet amphibolite岩体である.当地域は(1)数多くの 研究がなされており,テクトニックセッティングや年代,温度・圧力データが豊富であること, (2)garnetとamphiboleという2つの累帯構造を持つ鉱物が系の化学状態をよく保存しているこ とから,物質移動の解析に適している.
岩体の温度圧力史は,Gibbs法のgarnet-amphibole系への適用により,詳細に明らかになってい る(宇野,鳥海, 2009 地球惑星連合大会).GarnetのリムのP-T条件は,garnetの包有物に対して hornblende-garnet-plagioclase温度圧力計を適用した結果600°C, 11kbarが得られている. Amphibole, garnetそれぞれの累帯構造から求められた温度圧力経路は,ともにdP/dTの急な昇温減 圧経路となっており,ピーク変成条件は少なくとも550°C, 15kbar以上と見積もられている.
Gibbs法の結果から,減圧に伴うgarnetの成長量を定量的に見積もった.Garnetの外殻(体積に して約半分)は減圧に伴って成長したことが確かめられた.一般的に閉鎖系ではgarnetは減圧とと もに成長しない.従って,観測された減圧に伴うgarnetの成長は,物質移動が起こったことを示唆する.
求められた温度圧力経路に伴い生じた物質移動の量を見積もるために,鉱物の不均質分布から物 質移動量を見積もる新しい手法を開発した.今まで解析されてこなかった,鉱物の縞状の分布を空 間情報として活用する定式化である.garnet epidote amphiboliteの縞状構造に適用したところ, Na, Mg, Fe, Ca, Al成分が各レイヤー間,もしくはレイヤーに平行な方向に輸送されていたことが 示唆された.物質移動の挙動は,鉱物分布の不均質を弱める方向ではなく,強める方向に動くこと が定量的に確かめられた.Na成分の流速は1×10-13[mole/m2s]オーダーであると見積もられた.
マスバランス計算に鉱物の空間分布情報を加えることで,本研究で提唱された手法は従来の研究では不可能だった以下のような特徴をもつ物質移動解析が可能である.(1)初期組成を仮定しなく てよい,(2)温度圧力変化に伴う逐次物質移動量変化が算出できる,(3)多元素系に適用可能,(4) 詳細な空間分布が得られる.本手法は,変成岩から得られる情報の次元を増やすことになり,様々 な温度圧力経路を経験した岩石に適用することで,プレート境界における物質移動の様式とそのメ カニズムに関する理解が進むであろう.
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