日本地質学会学術大会講演要旨
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第128学術大会(2021名古屋オンライン)
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S1. 球状コンクリーションの科学–理解と応用-
  • 西本 昌司, 吉田 英一, 隈 隆成, 渡部 晟, 澤木 博之
    セッションID: S1-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    秋田県男鹿半島鵜ノ崎海岸は,中新統の西黒沢層直上にあたる女川層及び西黒沢層が露出する波食台で,女川層にはその上に侵食を免れた球〜繭形のコンクリーションが100個以上散在しており(渡部ほか, 2017),「小豆岩」と呼ばれている.コンクリーションのサイズは,径1〜3m程度のものが多いが,中には9mに達するものがある.これまで確認されただけでも,コンクリーションの3分の1程度が鯨骨化石を伴っている.これほど巨大かつ鯨骨のみを有するなコンクリーション群は,世界的にも珍しい.コンクリーション中に確認されているからは鯨骨は化石が見つかっており,主にヒゲクジラ類であることは報告されている(長澤ほか, 2018)が,これらコンクリーションの成因との関連について調査・議論した研究は未だなされていない.

     この鯨骨コンクリーション群の成因を解明するため,男鹿市ジオパーク推進協議会の協力のもと,調査とともにサンプリングを行い,粉末X線回折(XRD),炭素同位体比(δ13C),蛍光X線分析等の分析を行った.その結果,ところ、次のようなことがわかった.(1)コンクリーションを含む母岩は,珪質頁岩で炭酸塩をほとんど含まない. (2) コンクリーション自体は主にドロマイトであり,一部にカルサイトを含むものも認められる. (3)コンクリーションのδ13C は-15‰前後と低く,生物起源と考えられる. (4)コンクリーション中に見られる層理や鯨骨の配置は,周囲の層理と調和的である. (5)割れて内部が見えるコンクリーションの中心部に椎骨や下顎骨が認められるが,それ以外の生物化石は確認できない.

     これほど巨大なコンクリーションが形成されるためには,炭素を供給するソースとなる生物体(鯨骨)が運搬され,速やかに海底堆積物中に埋もれる必要がある.女川層は海盆に堆積したタービサイトと考えられている(例えば, Tada, 1994)ので,コンクリーションの炭素源である多孔質で油脂等の有機物を豊富に含む鯨骨(椎骨部分が多い)が,混濁流によって埋没したと考えるのが妥当である.その後,有機物の分解によって鯨骨からCO32-が放出され,海水中のMg2+やCa2+と反応しドロマイトが沈澱したと考えられる.ドロマイトの沈殿には低SO42-濃度が必要(松田, 2006)で,コンクリーション形成場としてSO42-が消費されるような環境が想定される.女川層中の珪質頁岩はもともと珪藻の遺骸が主体(鹿野, 1979)で有機物が多く,嫌気的環境で硫酸還元バクテリアにより硫酸イオンが消費されていた可能性が高い.

     以上のことから,この巨大鯨骨コンクリーション群は,深海に沈んだ複数の鯨骨が混濁流によって埋没した後,鯨骨を中心に主にドロマイトが沈澱して形成されたものと考えられる.

    謝辞

    現地調査にあたり,男鹿市ジオパーク推進班並びに男鹿半島・大潟ジオパークガイドの会ご協力いただいた.ここに記して謝意を表する.

    文献

    渡部 晟・澤木博之・渡部 均 (2017) 秋田県男鹿半島鵜ノ崎の中・上部中新統(西黒沢層・女川層)に 含まれる炭酸塩コンクリーション中の脊椎動物化石の産状. 秋田県立博物館研究報告 42, 6〜17.

    長澤一雄・渡部晟・澤木博之・渡部均 (2018) 秋田県男鹿半島鵜ノ崎海岸の中新統コンクリーションより多数の鯨類化石を発見. 日本古生物学会2018年年会.

    鹿野和彦 (1979) 女川層珪質岩の堆積作用と続成作用. 東北大学博士論文 291p.松田博貴 (2006) ドロマイトの形成過程とドロマイト化作用. Jour. Soc. Inorg. Mater. Japan. 13, 245-252.

    Tada, R. (1994) Paleoceanographic evolution of the Japan Sea. Palaeogeogr. Palaeoclimatol. Palaeoecol., 108, 487–508.

  • 御前 明洋, 村宮 悠介
    セッションID: S1-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    コンクリーションの中にはしばしば保存の良い化石が含まれるため,古生物の研究を行う上で,コンクリーションの形成メカニズムに関する理解は重要である.例えば,化石化過程のどのタイミングでコンクリーションが形成され,どのような情報が保存され,どのような情報が失われたのかを把握することは,詳細な古生態復元にとって不可欠となる.したがって,古生代~中生代の海成層より多産するアンモノイド類に関しても,その化石化過程とコンクリーション形成との関係について,これまで多くの研究が行われてきた.一方,アンモノイド類を含むコンクリーションの産状は,コンクリーションが方解石で形成されている場合と菱鉄鉱で形成されている場合,アンモノイドがコンクリーション中に一個体のみ含まれる場合と多数の化石が密集して含まれる場合,殻全体がコンクリーションに含まれる場合と殻の一部だけが含まれる場合など様々で,それらに応じて形成過程を検討する必要がある.

     演者らは,北海道に分布する白亜系蝦夷層群から,上部に平らな形態のアンモノイド類やイノセラムス類が横たわる産状の石灰質コンクリーションを多数発見し,その形成メカニズムに注目して研究を行っている.主な調査地域は,北海道北西部の羽幌川上流域で,この地域には蝦夷層群の佐久層上部と羽幌川層が分布する.対象とするコンクリーションの多くは,カンパニアン階下部に対比される羽幌川層最上部の岩相ユニットUi-jより産出した.岩相ユニットUi-jは,主に暗灰色泥岩からなり,イノセラムス類のInoceramus (Platyceramus) japonicusや,Sphenoceramus naumanni,アンモノイド類の,Phyllopachyceras ezoenseや,Gaudryceras tenuiliratumHauericeras angustumYokoyamaoceras ishikawaiPolyptychoceras (Subptychoceras) yubarenseなど,多様な化石を含む.羽幌地域の岩相ユニットUi-jのコンクリーション中に含まれるこれらの化石は,一般に保存が極めて良く,殻のアラレ石が残されているものも多い.この層準より産出するコンクリーションは,しばしば上部が平らになっており,そこにI. (P.) japonicusの離弁殻や,H. angustumなどの化石が層理面と平行に含まれる.なお,二枚貝のI. (P.) japonicusは殻の膨らみがそれほど強くない比較的扁平な殻を持ち,殻高は大きいものでは20 cmを超える.また,H. angustumは大きいものでは直径が20 cmに達する正常巻アンモノイドであるが,直径に対する殻の幅が6分の1程度しかなく,極端に厚みの小さい円盤状の殻を持つ.これらのコンクリーションの下部には,他のアンモノイド類や二枚貝類,ウニ類,植物片などの多くの化石が含まれる.露頭では,コンクリーション下部の生物片の多い部分は,側方にコンクリーション周辺の堆積物まで伸びるのが観察できる.コンクリーションを層理面に垂直に切断した研磨面を観察すると,コンクリーションの中央に周辺よりも色の濃い部分があり,この色の濃い部分が下部の生物片を多数含む部分から上部に横たわる化石に向かって伸びている.上部のH. angustumなどの化石は,中央の色の濃い部分よりも外側では圧密の影響で変形し折れ曲がっていることもある.炭素同位体比分析の結果,コンクリーションは全体として,おおよそ−20~−5‰(VPDB)の低い値で特徴づけられることが分かった.走査型X線分析顕微鏡による元素分布分析の結果,中央の色の濃い部分と周辺部分では元素分布に差が見られ,中央部では周辺部に比べて,Caは多く,Si,Mn,Feは少なかった.また,炭素・酸素同位体比においても,中央部と周辺部で値に差が見られ,相対的に中央部は炭素同位体比は低く,酸素同位体比は高い傾向があった.

     以上の観察結果より,これらのコンクリーションは,下部の生物片が多い層準に含まれる有機物が分解されて発生した重炭酸イオンの移動が,その上に埋没するI. (P.) japonicusや,H. angustumの殻によって遮られることによりその部分での濃度が高くなり,間隙水中のカルシウムイオンとの過飽和反応が局所的に生じることによって形成されたと考えられる.また,少なくとも中央の色の濃い部分は圧密の影響を受ける前に形成されたと考えられるが,中央部と周辺部の形成には,時間的なギャップがあった可能性がある.

  • 村宮 悠介, 吉田 英一, 南 雅代, 三上 智之, 小林 寿宣, 関内 幸介, 勝田 長貴
    セッションID: S1-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    玄能石は、長さ数cm~十数cmの双角錐型、またはそれが複数組み合わさってできるX字型や金平糖型をした、イカイト(ikaite: CaCO36H2O)の方解石(CaCO3)仮晶である。海底堆積物中では、低温(<7℃)かつ高リン酸イオン濃度の条件下で、イカイトは双角錐型などの結晶を形成する。この条件が崩れると、イカイト結晶は安定に存在することができず、粒状方解石の集合体へと変化し、その結果、玄能石が形成する。イカイトが持つこの特徴から、玄能石は特に低温環境を示す指標として用いられ、古環境復元に活用されてきた。 玄能石は、地層中に直接胚胎されることもあれば、球状~長球状の方解石質コンクリーションに内包された状態(=玄能石コンクリーション)で産することもある。玄能石および玄能石コンクリーションは、ともに、世界中の様々な時代の堆積岩から産出する。また、国内では、玄能石は始新世~更新世の少なくとも35の地層で確認され、玄能石コンクリーションのタイプは、そのうち少なくとも19の地層から産出する(村宮・吉田, 2020, 深田地質研究所年報, 21号, 47–58.)。このように、玄能石および玄能石コンクリーションの分布は時間的にも空間的にも広く、このことは決して特殊な地質現象ではないことを示している。しかし、その形成プロセスは、未だ不明な点が多く、特に次のような疑問が残されていた。(1)イカイトとコンクリーションの炭素源は何か。(2)なぜ、ある時点でイカイト結晶の形成から方解石質コンクリーションの形成に切り替わるのか。(3)なぜ、玄能石の周囲にコンクリーションが形成する場合としない場合があるのか。本研究では、この疑問を解決し、玄能石および玄能石コンクリーションの形成プロセスを明らかにするため、国内の複数の地層を対象に、両者の産状調査・断面観察・薄片観察・各種分析を行った。 その結果、多くの玄能石コンクリーションには合弁の二枚貝化石、スナモグリ化石、Chondrites様の生痕化石群集が含まれることが分かった。また、合弁の二枚貝化石を含む玄能石も発見された。二枚貝化石が含まれる玄能石および玄能石コンクリーションでは、二枚貝の殻口部がちょうど玄能石の中心部に位置し、この部分から形成が始まったことを示唆する。玄能石コンクリーションには親生元素であるリン(P)が周辺母岩の数倍以上濃集している。玄能石内部を詳しく調べると、リンはイカイトに由来する粒状方解石には含まれず、粒状方解石の間隙を埋める方解石セメント部分にリン酸カルシウムとして濃集していることが分かった。また、玄能石およびコンクリーションは、ともに負の炭素同位体比(δ13C)で特徴づけられる。 この一連の証拠は、玄能石の先駆物であるイカイト結晶とそれを覆うコンクリーションの両方が、生物遺骸起源の炭素がソースとなり形成されたことを示している。これに加えて、玄能石の微細な構造と、元素分布の特徴から、玄能石コンクリーションは次のようなプロセスで形成したと考えられる。1)堆積物中に埋没した生物遺骸が分解し、周辺堆積物中に重炭酸イオンとリン酸イオンを供給する。この時、分解に伴う腐食酸の生成によって間隙水pHが低下し、リン酸イオンは間隙水に溶解する。2)この高リン酸イオン濃度環境下で、生物遺骸起源の重炭酸イオンからイカイトが形成する。3)分解の進行に伴って腐植酸の生成量が低下し、間隙水pHが上昇すると、リン酸イオンがリン酸カルシウムとして沈殿して間隙水から取り除かれる。これ以降は、生物遺骸起源の重炭酸イオンは方解石としてイカイトの周辺に沈殿して、コンクリーションが急速に形成される。4)その後の埋没・続成過程でイカイトは粒状方解石に変化し、玄能石となる。この玄能石コンクリーションの形成プロセスは、コンクリーションを伴わない玄能石および、玄能石を伴わないコンクリーションの形成も矛盾なく説明できる。つまり、2)の段階までにすべての炭素がイカイトの形成に消費されると、コンクリーションは形成せず、イカイトのみが形成する。こうしてコンクリーションを伴わない玄能石が形成する。一方、間隙水のpHが十分に低下せず、高リン酸イオン環境が整わなかった場合、あるいは間隙水温度がイカイトの沈殿には高すぎた場合、すべての炭素は方解石として沈殿し、結果として玄能石を伴わないコンクリーションが形成される。本研究で明らかになったこの一連の形成過程は、玄能石コンクリーションの産状が、初期続成過程における間隙水pHの指標になりうることを示している。(引用文献:村宮・吉田, 2020, 日本の玄能石と玄能石コンクリーション:産出地層の堆積環境.深田地質研究所年報, 21号, 47–58.)

  • 長谷川 精, 浅井 沙紀, 吉田 英一, 池原 実, 奈良 正和, 勝田 長貴, 城野 信一
    セッションID: S1-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    球状コンクリーションは様々な地質時代の地層中に見られ,カルサイト,ドロマイト,シデライトといった炭酸塩鉱物を主体とし,多様な環境で形成されています。また酸化鉄で構成された球状鉄コンクリーションもあり,火星で見つかった球状物体と類似の特徴を持つことも分かってきました。本発表では,米国ユタ州やモンゴル・ゴビ砂漠,高知県竜串海岸に見られる球状鉄コンクリーションの産状や成因を示し,それらと火星メリディアニ平原の鉄小球(ブルーベリー)やゲールクレーターの球状コンクリーションとの比較から分かってきた,太古の火星環境変遷史や火星コンクリーションの起源についての知見を紹介します。

    ユタ州とゴビ砂漠の鉄コンクリーション

    米国ユタ州Spencer Flatに分布するジュラ紀の風成砂岩層(ナバホ砂岩)には,ゲーサイト(FeO(OH))の殻を持つ数㎝大の球状鉄コンクリーションが多量に含まれています(現地ではモキ・マーブルMoqui marbleとも呼ばれます)。このユタ州に見られる鉄コンクリーションが,Opportunityにより火星メリディアニ平原で発見された数㎜大の鉄小球(ブルーベリーBlueberries)と形状・産状的に類似することが,ユタ大学Chan教授らの研究により示されました [1]。我々は2016年~2018年に,鉄コンクリーションが含まれるユタ州とモンゴル・ゴビ砂漠の調査を行い,その成因究明を試みました。その結果,球状鉄コンクリーションの先駆物質が風成砂岩中に無機的に形成された炭酸カルシウムの球状コンクリーションであり,そして地層中を浸透した酸性流体との中和反応によって鉄コンクリーションが形成されたことが明らかになりました。さらに,火星メリディアニ平原の地層にも酸性流体浸透の影響が見られることから,ユタ州やゴビ砂漠の鉄コンクリーションと同様に,ブルーベリーの先駆物質も炭酸塩の小球である可能性を示唆しました。このことは,約40~38億年前の厚いCO2大気の環境下で炭酸塩が沈殿し,それが約37~35億年前の火山活動起源の酸性流体により溶解したとする火星環境史の既存仮説とも整合的です。すなわち,ブルーベリーが現在の火星表層には炭酸塩岩が殆ど分布しないという謎を解く鍵(遺物)であることが明らかになりました [2]。

    竜串海岸の鉄コンクリーション

    高知県西部竜串海岸に分布する中新統竜串層は,ハンモック斜交層理(HCS)砂岩を主体とした浅海成堆積物からなり,数十㎝大の球状鉄コンクリーションを多量に含みます。また竜串層のコンクリーションは,数㎝大の小型球状が連なったものや,板状のものなど,多様な形状を示します。この竜串層に見られる多様なコンクリーションと類似形状のものが,最近になってCuriosityの探査より火星ゲールクレーターの地層から見つかりました。そこで我々は,竜串層の多様な形状のコンクリーションの成因究明と,ゲールクレーターのものとの比較検討を試みました。竜串層で採取したコンクリーションの内部構造や元素分布を観察した結果,大型の球状コンクリーションの内部には,酸化鉄化した生痕化石オフィオモルファや,ウニ化石,石灰岩片起源の偽礫を内包することが分かりました。また炭素同位体比測定を行った結果,基質砂岩部は-5~-6‰の重い値なのに対し,板状や小型球状のコンクリーションは-6~-7‰のやや軽い値,そして化石を内包する大型の球状コンクリーションは-8~-9‰前後の最も軽い値を示す顕著な傾向が見られました。これは先行研究で示された有機物起源コンクリーションのδ13C値の関係性とも整合的であり,竜串層中の大型球状コンクリーションは生物遺骸から炭素を得て形成されたと解釈しました。さらに,竜串層と火星ゲールクレーターのコンクリーションの形状と産出岩相との関係を比較した結果,大型球状のものは砂層中に,板状は泥層や砂泥互層に見られるという共通性が見られました。これは地球と火星の両者でコンクリーション形状が基質物質の透水性や均質性に依存するためと解釈されます。また,竜串層の大型球状コンクリーションは有機物起源であることが本研究で示されましたが,もし同様な傾向が他の地層でも普遍的に見られる特徴ということが示されれば,火星ゲールクレーターに見られる十数㎝大の球状コンクリーションの炭素由来も有機物起源である可能性を示唆します。今後は,世界各地のコンクリーションの調査・検討を行っていくと共に,火星の探査ローバーによるコンクリーション探査やサンプルリターン分析による検証が求められます。

    文献 [1] Chan et al. (2004) Nature; [2] Yoshida et al. (2018) Science Advances

  • 城野 信一, 梶浦 鉄平, 田村 美紗樹, 岡村 裕之, 勝田 長貴, 吉田 英一
    セッションID: S1-O-5
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    アメリカ,ユタ州のエスカランテステアケース国定公園,モンゴルのゴビ砂漠において球殻状に酸化鉄が沈殿したコンクリーション(以下,鉄コンクリーション)が発見されている.火星のメリディア二平原においても同様の球状物体が発見されたため,その起源に注目が集まっている.Yoshida et al. (2018)において,鉄コンクリーションの形成メカニズムが 1:炭酸塩コンクリーションの形成 2:炭酸塩コンクリーションの周囲に水酸化鉄が沈殿 3:残った炭酸塩コンクリーションが溶解,鉄の殻が残る と明らかになった.現在観察されている鉄コンクリーションのサイズ,殻の厚さ,形状などの情報とこれらのプロセスを数値シミュレーションした結果とを比較することで鉄コンクリーション形成当時の環境(鉄イオンの濃度,pH,地下水の流速)などに制約を与えることが可能となる.この発表では,我々のグループがこれまで行ってきた数値シミュレーションを紹介し,その結果から得られた形成当時の環境について議論を行う.以下の2つのシミュレーションを紹介する.

    1:炭酸塩コンクリーション表面における水酸化鉄の沈殿

    鉄コンクリーションの半径,および鉄の殻の厚みは計測値が存在する.これらの数値を再現するために必要な条件として,鉄イオンの濃度x溶存酸素濃度 の積がある範囲に入っていること および 4.5 < pH < 6 となっている必要があることがわかった

    2:ツイン炭酸塩コンクリーションの形成

    多くの鉄コンクリーションは単独の球であるが,一部には2つもしくは3つの球が連結しているものが発見される.同一サイズの二つの球からなるコンクリーションを考えると,結合部の半径とコンクリーション本体の半径 と二つの計測値が得られる.計測値を再現するために最も重要なパラメータが.初期に形成される沈殿物の間隔であることがわかった.また,炭酸塩コンクリーションの形成時にはイオンの拡散が重要でないことがわかった.

    参考文献:Yoshida et al. (2018) Science Advances, 4, eaau0872

  • Marjorie Chan
    セッションID: S1-O-6
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    There is an amazing array of concretions throughout the sedimentary record of Earth, and now iron oxide examples (“blueberries”) have been found in several regions of Mars. Two questions address the current state of knowledge on these cemented mineral masses as well as coloration patterns. Collectively the authigenic cements and patterns chronicle past diagenetic conditions, particularly in clastic rocks.

    What do we know? Concretions occur in many sizes, spanning three orders of magnitude (mm, cm, and m scales). Spheroidal forms are most common, as a minimum free energy shape dominated by diffusive processes. There are multiple cement mineralogies even within single concretions, reflecting different water compositions in open systems. Other concretionary geometries can be affected by primary textures such as bedding, grain size, and porosity/permeability, or later textures such as fractures, joints, and faults. Iron cycling is readily apparent where visual coloration patterns indicate histories of early iron reddening, secondary bleaching (removal of iron), and iron replacement or reprecipitation. Interfingering colors may indicate a possible interface of immiscible fluids.

    What don’t we know? Non-unique pathways or processes may produce similar-looking end products. Thus, it can be difficult to determine exact histories, as well as the fluid compositions and environmental conditions that initiate concretion formation, particularly if an obvious nucleus is lacking. Microbial life may enhance nucleation and precipitation, and geochemical gradients are potential places to search for biosignatures. Timing and events are mostly relative relationships in these open systems, but newer developments in U-Th/He dating may provide age constraints for iron oxide cements. Continued explorations, field studies, modeling approaches, analytical advances, and instrument precision will enlighten our understanding on the diagenetic histories of both Earth and Mars.

  • 淺原 良浩, 吉田 英一, 南 雅代, 山本 鋼志, 勝田 長貴
    セッションID: S1-O-7
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする炭酸塩コンクリーションは海成堆積岩に普遍的に産出する.炭酸塩の炭素同位体組成(δ13C),コンクリーション周辺の堆積構造,コンクリーション成長モデルなどから,これらの炭酸カルシウムは,内包される生物の軟体組織部分を起源とする炭酸(HCO3)と堆積物中の間隙水に含まれる海水中のカルシウムイオン(Ca2+)が反応し,堆積後数ヶ月〜数年の短期間に急速に形成されたことが明らかになっている1,2.この炭酸カルシウムは,海底下の地層中で成長する際,Caと化学的挙動が類似したストロンチウム(Sr)も海水中から取り込む.一般に,海成炭酸塩(岩)に含まれるSrの同位体比(87Sr/86Sr)は,過去の海水のSr同位体比の変動曲線3との対比に基づき,堆積年代を推定することに利用されている(Sr同位体層序年代).コンクリーション中の炭酸塩に含まれるSrは,続成作用や変質作用の影響が小さければ,堆積当時の海水中のSr同位体比を保持することとなり,年代指標に成り得ると考えられる.本研究では,石灰岩層などの堆積年代の決定に用いられているSr同位体層序を,炭酸塩コンクリーションに適用し,その有効性について検討した.

     試料は,富山県八尾地域と宮崎県の宮崎平野〜鵜戸山地に広がる宮崎層群に産出するコンクリーションである.八尾地域の中新統黒瀬谷層に産出するツノガイ(Fissidentalium spp.)化石を含むコンクリーション(6試料)と化石を含まないコンクリーション(5試料),ツノガイの貝殻部分(4試料),新第三紀中新世(約1100万年前)〜第四紀更新世(約150万年前)の海成層(宮崎層群)に産出するコンクリーション(13試料)を分析に供した.コンクリーション中のカルサイトを希酢酸で溶出させ,カルサイトフラクションから陽イオン交換樹脂カラムでSrを単離した.Sr同位体比は名古屋大学の表面電離磁場型質量分析計VG Sector 54-30で測定した.

     分析の結果,八尾地域のツノガイ化石を含むコンクリーションのカルサイト部分の 87Sr/86Srは0.70865–0.70867とほぼ一定であり,ツノガイの貝殻部分の87Sr/86Sr = 0.70865–0.70868とも一致した.また,化石を含まないコンクリーションのカルサイト部分の 87Sr/86Srは0.70865–0.70868であり,これらもツノガイの貝殻部分の値と一致した.Sr同位体層序年代を求めたところ,ツノガイの貝殻部分の年代は16.86±0.34 Maであり,ツノガイ化石を含むものと含まないものの両グループの 87Sr/86Srの平均値から求めた年代は17.02±0.27 Maであった4.このコンクリーションのSr同位体層序年代は,珪藻化石層序・古地磁気層序(15〜17 Ma)5や凝灰岩層のジルコンのU–Pb,FT年代(16.4±1.2 Ma〜17.6±0.3 Ma)6などから得られている堆積年代とも一致している.これは,炭酸塩コンクリーションが地層の堆積直後に形成されたことを示しており,堆積直後に急速にコンクリーションが形成されたというこれまでの研究結果とも矛盾しない.

     一方,宮崎層群のコンクリーションのSr同位体層序年代は,化石層序などから得られている堆積年代と大きく異なる年代値となった.すなわち,宮崎層群の炭酸塩コンクリーション中のSrは堆積当時の海水のSr同位体比を反映していない.また,八尾地域のコンクリーションのδ13CVPDB値は–19.2〜–15.9‰と低く,生物の軟体組織部分を起源とする炭素成分を示唆しているが1,宮崎層群のコンクリーションのδ13CVPDB値は–6.5〜+1.1‰と高く,海水の無機炭酸を起源とする炭素成分を示唆している.ストロンチウムと炭素の同位体組成の結果は,宮崎層群のコンクリーションのカルサイト部分の起源物質が八尾地域のコンクリーションとは異なっていることを示しており,コンクリーション形成時の間隙水の性質の違い,形成後の変質の程度の違いなどを反映している可能性がある.

     本講演では,炭酸塩コンクリーションの産状,微量元素組成のデータも併せて,Sr同位体による年代決定が可能な炭酸コンクリーションの選別についてさらに議論する.

    1 Yoshida et al., Sci.Rep. 5, 14123 (2015); 2 Yoshida et al., Sci.Rep. 8, 6308 (2018); 3 McArthur et al., In: The Geologic Time Scale 1, 127-144 (2012); 4 Yoshida et al., Sci.Rep. 9, 1003 (2019); 5 柳沢, 地調月報 50, 139-165 (1999); 6 中嶋ほか, 地質雑 125, 483-516 (2019)

  • 丸山 一平, 吉田 英一, 山本 鋼志, 野口 貴文
    セッションID: S1-O-8
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    コンクリートは、地球上で工業製品として、工業用水についで大量に利用されている物質であり、高い生産性を有する都市構築において必要不可欠な材料である。コンクリートは、(ポルトランド)セメント、水、砂、砂利、および化学混和剤等からなる材料で、高い圧縮強度、耐久性、耐火性、可塑性、などの観点から有益な材料である。水和して硬化するためには、もとの鉱物と水の体積に対して、低密度な物質をつくるなどの一定の条件を満たす必要があるが、Ca系の水和物は、この条件を満たすものを作りやすい。そのため、炭酸カルシウムより、カルシネーションしてCaを取り出して用いることが一般的に行われ、ポルトランドセメントはこの恩恵を大きく受けている。そのため、近年の脱炭素の流れの中でポルトランドセメントは、大きな分岐点に立たせられている。

    1.炭酸カルシウムコンクリートへの応用可能性

    コンクリーションの生成プロセスを工業的製造プロセスに応用することを目的として考えると、いくつかの工業的応用可能性が考えられる。本発表では、炭酸カルシウムコンクリーションの生成プロセスから学んだカルシウムとCO2を濃集するという観点から見た応用の実例として、NEDO・ムーンショット事業において、廃コンクリートを模擬したセメント硬化体粉末に対して、重炭酸カルシウムを用いて粉末間に炭酸カルシウムを析出させて硬化させることに成功した。

    2.鉄コンクリーション生成メカニズムの応用可能性

    既往研究[1]において、炭酸カルシウムコアと酸性の2価の鉄を有する溶液を接触させて、炭酸カルシウムコンクリーションの周囲に酸化鉄皮膜を生成し、ユタで発見された鉄コンクリーションの似た性状のものを人工的に生成することに成功した。この概念を応用し、閉山を目論む鉱山から出される酸性の水について、岩石の亀裂等をシーリングする手法、ならびに、岩石の亀裂等をシーリングする手法、ならびに、pH変化を用いた鉄等の沈殿作用を用いた鉱山の閉山を想定した重金属固定や鉄酸化物沈殿による流水制御の可能性を明らかにした[2]。これらは、セメントの新たな用途展開ならびに先の炭酸カルシウムコンクリートの応用展開につながる成果である。

    [参考文献]

    [1]Yoshida et al. (2018) Science Advances, [2]吉田ら、名古屋大学博物館報告2021, in press

  • 吉田 英一, 山本 鋼志, 丸山 一平, 浅原 良浩, 南 雅代, 城野 信一, 長谷川 精, 勝田 長貴, 西本 昌司, 村宮 悠介, 隈 ...
    セッションID: S1-O-9
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    球状コンクリーションには、カルシウム、鉄、シリカを主成分とするものがあり、多くは球状をなす[1~4]。鉄コンクリーションについては、火星のコンクリーション(ブルーベリー)のアナログとして[3]、またシリカコンクリーションについては、石油の熟成過程で形成されることなどが明らかとなっている[4]。とくにカルシウムを主成分とするコンクリーションについては、数億年〜完新世の海性堆積岩中から発見され、保存良好な生物遺骸(化石など)を内包するなど1900年代初頭から知られていたものの、詳細な成因については不明のままであった。その成因や形成速度について国内外の数百に及ぶ試料を調査・分析し、それらの共通性質として、コンクリーション内部のCa濃度がほぼ一定でδ13Cが低く有機物炭素由来であること、元素プロファイルからCaCO3の濃集・沈殿が、コンクリーションの縁(反応縁;Reaction Front)で生じつつ、炭素起源の生物を取り巻くように内部から外へと急速に成長すること、を明らかにした[1,2]。このプロセスは、コンクリーションの縁(反応縁)の幅(L cm)と、堆積物中の炭素(重炭酸イオン)の 拡散係数(D cm2/s)及び反応速度(V cm/s)が 'D = LV' という単純化した関係式で示され、「拡散成長速度ダイアグラム」として表すことができる。このダイアグラムから、全てのコンクリーションの形成速度を見積もることが可能であり[2,5,6]、直径1メートルサイズでも形成速度は数年程度と見積もられる。これは、コンクリーションが未固結海底堆積物中で形成されたとする堆積学的証拠と矛盾しない[2,6]。またコンクリーションは非常に緻密で、露出した後も風化に強く、内部化石の保存状態も良好である。これは、炭酸カルシウムが堆積物中の空隙をシーリングし、後世的な風化プロセスの進行を抑制するためである[5]。このプロセスを工学的に応用できれば、非常に短期間で長期的なシーリングが実施可能となる。

    コンクリーションのシーリング状態・工学的評価

    球状コンクリーションは、周辺地層の約10〜20倍の50〜60wt%のCaCO3を含む。この割合は,海底堆積物 の初期空隙率に近い値を示し、コンクリーションが未固結堆積物中で形成されたことと整合的である。コンクリーションの空隙率は、その多くが5%以下と非常に緻密で、透水係数も10-12m/sオーダーと花崗岩に匹敵するものも認められる。このような緻密なシーリング状態が、コンクリーション中の化石の長期保存を可能にすると考えられる[2,5,7]。

    コンクリーション化剤の開発

    コンクリーション化プロセスの応用として、地下岩盤中での水みちなどの空隙をシーリングさせるための‘コンクリーション化剤(コンクリーションシード(略称コンシード))’を積水化学工業と共同で開発してきた(特許第6889508号)。このコンクリーション化剤の利点は、1)従来の物理的圧入法と異なり、元素の拡散・沈殿によりミクロンオーダー以下の微細な空隙もシーリングが可能。2)元素の拡散によるシーリングであることから、地下水の(高)間隙水圧の影響を受けない。3)地下水中の自然由来の重炭酸イオンやカルシウムイオンも活用可能であり、持続的かつ長期的なシーリングが可能、という点である。

    応用化のための原位置実証試験

    開発したコンクリーション化剤を用いた実証試験を、北海道幌延深地層研究センターにおいて実施中である。最新の結果として、地下坑道周辺の掘削に伴う緩み領域(EDZ)岩盤の透水性が、コンクリーション化剤の注入により数ヶ月で約2オーダー低下し、周辺母岩とほぼ同様の透水性にまで改善されつつあることが示されている。今後、コンクリーション化剤の注入孔をオーバーコアリングし、コンクリーション化の進行度合いを各種実験/分析によって検証する。将来的には、岩盤中の割れ目帯や断層破砕帯などの大規模水みちのほか、既存トンネルの修復、さらにはCCSや石油廃孔の長期シーリングなどへも応用する計画である。

    文献[1] Yoshida et al. (2015) Scientific Reports, [2] Yoshida et al. (2018) Scientific Reports, [3] Yoshida et al. (2018) Science Advances, [4] Yoshida et al. (2021) Scientific reports, [5] Muramiya et al. (2020) Sedimentary Geology, [6] Yoshida et al. (2019) Scientific Reports, [7] Yoshida et al. (2020) Geochemical Journal.

T1(口頭)広域観測・微視的実験連携による沈み込み帯地震研究 の新展開
  • 木下 正高, 仲田 理映, 橋本 善孝, 濱田 洋平, IODP日向灘掘削 提案者一同
    セッションID: T1-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    100%の固着の挙動を示す南海トラフ地震発生帯の西方境界は不明確である.日向灘沖の地震活動は南海トラフ主要部とは明らかに異なることが知られており,また最近のVLFEやSSEなど,SEの発見により,日向灘の固着率は弱いとされるが,その実態はいまだ不明である.その実態解明に向けて,現在IODP掘削提案を提出準備中である(Nakata 他,JpGU2021).地震断層の挙動を知るためには,広域探査データをベースとして,プレート境界断層や上盤からの試料採取等により,破壊の素過程に迫ることが必要である.本発表では,新たに得られた熱流量データから日向灘沖の熱・水理構造を推定する. JAMSTECの構造探査測線7本に沿ってBSR反射面が同定され,その深度から熱流量を新たに得た.九州パラオ海嶺(KPR)の延長線を境にその東では50-100mW/m2,西では25-40mW/m2と顕著に異なる.その変化はKPR延長上でわずか20㎞程度で起きているようである.KPR延長上の東側では,局所的に100mW/m2を超える高い熱流量があるが,それは南海トラフ軸付近に見られるものと同じである.同様の高い熱流量が西側に見られないのは,BSRやプローブからの熱流量が存在しないためかもしれない. 日向灘沖の熱構造は,Yoshioka (2007, EPSL)による数値計算結果が詳しい.その結果,KPRの西側(古い地殻が沈み込む)では熱流量が低いためプレート境界面の温度が低く,その結果として海側では地震が発生しないと主張した.今回はこの解析をベースとして,新たに得られたデータを加え,KPRをはさんだ両側地殻の熱交換や斜め沈み込みの影響を考慮したモデル計算を行った.トラフ軸から陸側に100㎞以内では,プレート傾斜角が4度程度で南海トラフと日向灘沖で変わらないことから,九州パラオ海嶺を境として東側と西側の年齢差が20Maであるとし,年間7㎝で沈み込んでいるとした.25Ma b.p. に四国海盆が形成後現在まで計算を行い,得られた熱流量を観測結果と比較した. 計算結果は,上記観測熱流量とほぼ整合的である.また東側での100mW/m2の熱流量は,沈み込む前の計算値とほぼ合っていることから,四国海盆側では100から50まで急激に減少していることが説明できる.KPRおよび西側の熱流量をよく見ると,minimumの地点はKPRの延長上にあり,地磁気異常から推定された沈み込んだ海山の位置や,Tremorの位置に一致しているように見える. 特に,KPRの沈み込んだ直後(地磁気異常あり)の地点で,急激に熱流量が変化しているようであり,局所的な間隙水移動の影響の可能性を指摘しておく.

  • 向江 知也, 坂口 有人
    セッションID: T1-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    【はじめに】付加体深部における底付け付加作用は大規模なデュープレックス構造を成すことで特徴づけられ,そのような深部では堆積物が岩石化し,地震発生帯を成すと考えられている.そのため,陸上付加体におけるプレート沈み込み帯の断層の調査はいくつか行われており(Rowe et al., 2005など, Geology),デュープレックス構造の上部のルーフスラストではシュードタキライトを含む震源断層の報告がされている(Ikesawa et al., 2003など, Geology).一方,活動的プレート境界そのものであるフロアスラストは震源域であるにもかかわらず未調査のままだった.これはフロアスラストの陸上断層露頭が未発見であったことに起因した.本研究では,興津メランジュの下位の地層境界付近にプレート境界のフロアスラストの断層露頭を発見することができたため報告する.

    【地質概要】本断層露頭は四国四万十帯興津メランジュの下位地層境界に露出し、興津メランジュは黒色頁岩基質中に玄武岩やチャートなどの遠洋性堆積物のブロックを含むテクトニックメランジュであり,玄武岩層は側方延長を追うことができ、シート状の海洋底層序を複数回繰り返しており,興津メランジュが大規模なデュープレックス構造を持つ底付け付加体であることを示している.ビトリナイト反射率から求められた最高被熱温度は240~270℃(Sakaguchi, 1996, Geology)であり,地震発生温度領域を経験した地質体である.また興津メランジュの上位の地層境界であるルーフスラストからはシュードタキライトが報告されており,震源断層であったことが示唆されている(Ikesawa et al., 2003, Geology).

    【結果と考察】断層コアの厚さは約15mであり,平均方位はN17°E79°Wであり,興津メランジュの一般的な方位であるN50°E71°Wとやや斜交するが、興津メランジュの黒色頁岩の劈開面の方向は,フロアスラストに近づくにつれて断層の方位と平行になる.これは断層近傍のメランジュ面構造はフロアスラストの断層活動の影響を受けているものだと考えられる.断層コアの外側にも変形が及んでおり、上盤側である興津メランジュでは,フロアスラストの走向と平行に幅 50 cm 未満の小断層が断層変形帯の境界から約10mまでに多数見られる.一方で下盤側の中村層ではこのような小断層はみられない.これは断層の剪断作用による変形は上盤と下盤で非対称であり,上盤側の興津メランジュでのみ被っていると考えられる.

     断層コアの変形様式の違いからHigh sheared shale zone,Cataclasite zone,Ultra cataclasite zoneの三つの破砕帯に区分した.High sheared shale zoneは興津メランジュの一般的な頁岩に比べて,断層の剪断作用により層がより細かく剪断された頁岩から成る破砕帯である.その他見られる特徴として,層平行剪断に伴う微褶曲が多く確認できたが,頁岩の劈開面を保っているHigh sheared shale zoneは三つに区分した破砕帯の中で破砕の度合いは最も小さいと考えられる.

     Cataclasite zoneは幅5cm未満の黒色のカタクレーサイトとブーディンやピンチアンドスウェルが発達した砂岩が互層を成している破砕帯で,黒色頁岩基質起源のカタクレーサイトには丸みを帯びた砂岩岩片を多く含んでいる.この破砕帯は,地下深部で剪断応力を被る以前は母岩の興津メランジュは黒色頁岩と砂岩ブロックが互層を成しており,断層の剪断作用が生じた際に比較的破壊強度の弱い黒色頁岩の部分にのみ破壊が集中した結果,砂岩は破砕をほぼ受けず,特徴的なカタクレーサイトと砂岩の互層を形成したと考えられる.

     Ultra cataclasite zoneは石英脈や方解石脈を多く産する強変形帯であり、ウルトラカタクレーサイトに含まれる岩片は円形~亜円形で0.1mm未満の粒径であり,断層摩擦により細粒化したものと考えられる.また緑泥石や沸石などの低温鉱物を多く含み,これは断層沿いの流体による変質作用によるものと考えられる.SEM-EDS観察の結果,外形が湾曲した石英粒子が確認された.これは石英が摩擦熱によって溶融して変形したためであると考えられる.石英は1730℃で融解するとされており(前原, 2002, 電学論),フロアスラストが高速すべりしたものと考えられる.

     震源域のプレート境界であるフロアスラストは,厚さ15m程度とメランジュ等に比べて非常に薄く,地震性高速剪断をした断層であることがわかった.

  • 武藤 潤, Dhar Sambuddha, Moore James, 太田 雄策, 飯沼 卓史, 三浦 哲
    セッションID: T1-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    2011年に発生した東北沖地震(Mw9.0)は、稠密な観測網下で起こった超巨大地震であり、様々な変動が詳細に記述された。その中でも、地震後の地殻変動である余効変動は、稠密GNSS観測網によって現在も詳細に記録されている。余効変動の主要なメカニズムは以下の3種である(Wang et al., 2012Nature):地震による応力変化が上部マントルの流動を引き起こす粘弾性緩和、震源断層の浅部・深部などのゆっくりすべりである余効すべり、次の地震につながるプレートの固着。粘弾性緩和はアセノスフェアの流動特性を、余効すべりはプレート境界の摩擦特性を反映する。観測される余効変動において両者を丁寧に区分することで、地下の流動・摩擦(レオロジー)特性の評価に加え、次の地震への備えとなるプレート固着の評価が可能になる。 これまでの測地学的観測では、本震1年後に観測された海底西向きの変動が、おもに粘弾性緩和によって説明できること(Sun et al., 2014Nature)や、福島・岩手沖での余効すべりが本震の大すべり域と棲み分けていること(Iinuma et al., 2016Nat. Commun.)が明らかになってきた。また、東北大学は、震源直上を通る宮城―山形に、GEONETを上回る、観測点距離が10 km以下の超稠密な東西2次元観測網を有している。これらの観測網は、余効変動初期における鳴子火山での局所的な沈降を観測(Muto et al., 2016GRL)するなど、稠密観測と岩石の変形特性(べき乗流動特性および速度状態依存摩擦構成則)に基づく数値解析から東北日本弧の不均質なレオロジー構造を解明することに貢献し、震災後の石巻の隆起が深部での余効すべりに起因することが明らかになった(Muto et al., 2019Sci. Adv.)。 1964 年アラスカ地震(Mw9.2)では現在も明瞭な余効変動が継続しており、東北沖地震の余効変動も今後数十年は続くと予想される。しかし、現在、日本海溝周辺において余効変動の影響が弱くなり、2021年3月には1978年宮城県沖地震(Mw7.2)の固着域西部を破壊するような中規模地震(MJMA 6.9)も起こっている。震災時に沈降した太平洋沿岸部は、隆起を続けているものの、本震時の沈降量の大きい宮城や岩手沿岸部は未だに震災前の地盤高さを回復しておらず、中規模地震でも津波の被害が想定される。したがって、3次元の稠密余効変動解析による将来の詳細な隆起過程の評価が必要となっている。 本研究は、実験岩石学的に報告されているカンラン石のべき乗流動則(Karato and Jung, 2003Philos. Mag.)および速度強化摩擦則を含んだ応力依存の余効変動モデルを構築し、稠密観測から得られる2016年までの3次元余効変動場およびその時系列を統合的に再現することを目的とする。このモデルは、境界積分法を用いて余効変動の主要機構である粘弾性緩和と余効すべり、さらにはそれらの力学的相互作用を評価することができる手法を採用している(Barbot et al., 2017BSSA)。観測を再現するために得られた地下の粘性構造およびプレート境界の摩擦特性は、島弧に沿って不均質性を持つ。特に、2測線での稠密観測から、宮城および福島での前弧の粘性構造とプレート境界での余効すべりの発生状況の違いが明らかになった。宮城では、前弧側の顕著な隆起は震源深部延長での余効すべりによるが、福島周辺では浅部での余効すべりと厚い前弧の高粘性領域での変形が緩慢な隆起を引き起こしている。前弧の高粘性領域(コールドノーズ)は宮城より福島の方が厚く、より内陸部まで前弧域の粘性は高い。宮城と福島の粘性構造の違いは、両地域の地質構造(白亜紀阿武隈帯と新第三系堆積岩類)だけでなく、地温構造(Muto et al., 2013GRL)や地震発生層の下限深度(D90: Omuralieva et al., 2012Tectonophysics)などの空間変化とも調和的である。S−netによる地震波異方性の観測から、前弧マントルウェッジには、全域において、異方性を持たず流動しない高粘性領域があることが知られている(Uchida et al., 2021Nat. Commun.)。本研究では、稠密な余効変動観測と岩石のレオロジー特性を考慮した3次元解析により、そのようなマントルウェッジの対流パターン(コールドノーズの形状)が島弧にそって不均質性を持つことを明らかにした。このような粘弾性構造と余効すべりのパターンは、観測される余効変動場だけでなく、沿岸部の今後の隆起予測にも影響を及ぼす。発表では、これらの3次元余効変動解析と沿岸部の隆起予測についても紹介する。

  • 金川 久一, 小川 拓馬, 奧野 雄介, 藤森 純矢, 澤井 みち代
    セッションID: T1-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    In order to investigate the depth-dependent static frictional properties of mud gouge in the Nankai Trough accretionary prism, we conducted triaxial slide-hold-slide friction experiments on gouge of a mud sample cored from 2183.6 mbsf (meters below seafloor) at IODP Site C0002, at pressure, pore-water pressure and temperature conditions supposed at depths of 1000–6000 mbsf there, and an axial displacement rate of 1 μm/s during which sliding was held for periods ranging from 10 to 104 s.

    The results show that the coefficient of static friction μs decreases from 0.37–0.38 at the 1000 mbsf condition to 0.30–0.31 at the 3000 mbsf condition, while it increases to 0.40–0.45 at the 6000 mbsf condition where stick slips were also observed. Healing Δμ (increase in friction coefficient upon resuming sliding after a holding time th) increases logarithmically with th. We then fitted the Δμ and th data by the equation Δμ = b ln(th/tc + 1), where tc is a cutoff time, beyond which healing shows a log-linear increase with a slope b. b is also equivalent with a friction parameter relevant to the time-dependent evolutionary effect of the rate- and state-dependent friction constitutive law. Such fitting revealed that b value decreases from ≈0.0040 at the 1000 mbsf condition to ≈0.0014 at the 3000 mbsf condition, while it increases to ≈0.0057 at the 6000 mbsf condition.

    Dehydration of smectite at the 3000 mbsf condition where temperature was 100°C possibly increased pore pressure in the impermeable gouge layer, which was responsible not only for the minimum μs but also for the minimum b value, because increased pore pressure likely reduced the area of grain contacts and suppressed healing. This suggests the presence of a high pore-pressure and low fault-strength zone at ≈3000 mbsf of IODP Site C0002. While increasing μs as well as b value with increasing supposed depth at ≧3000 mbsf suggest that fault strength increases downward from ≈3000 mbsf of IODP Site C0002 due to time-dependent healing, which also promotes seismic faulting as illustrated by stick slips at the 6000 mbsf condition.

T2(口頭)続・海底地盤変動学のススメ
  • 松山 昌史
    セッションID: T2-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    海底地盤変動学に関係する自然災害の一つに海底地すべりによる発生する津波があげられる。日本周辺において、このように津波を発生させる海底地すべりが発生する可能性が指摘されている。この海底地すべりによる津波のように沿岸の重要施設に影響を与える自然災害は、地震等に加えて沿岸立地であるため台風時等の高波浪や高潮、津波があげられる。沿岸の重要施設には、具体的には港湾、原子力発電所等が代表的である。これらの沿岸重要施設の安全性を高める上で、このような自然災害によるリスクを評価することが必要である。(図1) 自然災害によるリスク評価は、沿岸重要施設自身の設計、その防護施設の設計、もしくはそれらを含めた沿岸重要施設全体の防護戦略に活用される。例えば、津波や高波浪の沿岸重要施設への影響を軽減する防潮堤は防護施設の代表例である。リスク評価手法の分類の一つとして、決定論的な手法と確率論的な手法があげられる(表1)。決定論的手法では、ある一つの事象(自然災害)による影響を評価する。例えば、沿岸の防潮堤の高さを、ある地震波源(断層運動の場所、形状、エネルギーなどを設定)による沿岸での津波高を基に決定した場合である。この場合には、事象の規模や事象進展のシナリオは、より悪い方向へ事象が進展していくとの仮定で作成されることが多く、事象に対する影響を増幅させる安全率はその仮定の一つと考えられる。確率論的手法では、複数の事象による影響を取扱い、各事象の発生確率とその影響を定量的に確率的に表現する。例えば、沿岸のある場所の津波高について、複数の津波波源を設定して、各波源に対する津波高とその発生確率(頻度)を一つ一つ算出し、それを処理して津波高(x軸)とその発生確率(頻度) (y軸)を2次元グラフに表したものが確率論的津波ハザード曲線である(図2)。このようなハザード曲線は、原子力発電所の確率論的リスク評価(PRA)ではその入力条件となり、炉心損傷頻度(CDF)と津波高の関係(レベル1PRA)が評価される。この結果は、多くの津波による事象進展シナリオを統合的に処理して表現されており、シナリオの見落としを防ぐことが目的の一つである。また、この処理過程における不確実さを定量的に評価することも大きな特徴の一つである。この不確実さは、現象のランダム性に基づく偶然的な不確実さと、データや知識の不足による認識論的不確実さに分類されて、定量化される。特に認識論的不確実さは、評価段階において専門家などで意見の分かれる評価項目について、そのわかれた意見をそれぞれ一つのシナリオとして取り込み、リスク評価結果に反映する。このようにPRAは事象進展を確率的に表現するだけでなく、その評価過程の不確実さを定量的に評価することがポイントである(図3)。(「PRA」という名称には不確実さの評価を表現できておらず、ネーミングとして適切ではないかもしれない。) 原子力発電所の安全性の評価においては、2011年の福島第一原子力発電所の事故を契機に、これまでの経験していない自然災害についてより広くリスクを評価することとなり、津波については、地震のみならず地震以外の要因による津波として、陸上や海底の地すべり、火山のカルデラ陥没、これらの原因による津波を考慮することとなった。陸上や海底の地すべりの津波については、日本において事例は少なく、明確な被害例としては、陸上の山体崩壊の突入(広義の地すべりの一つ)による津波が少なくとも3例ある。海底地すべりの痕跡や駿河湾での海底地すべりの発生事例報告があるものの、明確に海底地すべりを主な原因とした津波の被害事例は見られない。しかし、将来の海底地すべりによる津波災害を否定するものではなく、世界的には事例も存在するので、リスク評価の一項目として必要である。 こういった観点では、日本周辺における海底地すべりのリスク評価が必要である。具体的には、日本周辺海域で海底地すべりの規模と発生確率の関係を設定することが必要である。しかし、陸域と比較して、海域においては地質をはじめとして多くの情報が少なく、海底地すべりの規模と発生確率を評価する上で、地震による津波と比較して不確実さが大きい。特に津波の発生源として海底地すべりの規模と発生確率の情報は沿岸の津波高に第一義的な影響があり、今後の進展が急務である。そのために海域の詳細調査や海底地すべり津波の数値解析モデルの高度化など多くの課題の解決が望まれる。

  • 酒井 佑一, 成瀬 元
    セッションID: T2-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    海底地すべりに起因して発生する土石流では、その流動過程において土石流から混濁流へのFlow transformationが生じるとされる。水槽実験により、初期の土石流の粒度構成によってFlow transformationの度合いが異なることがわかっている。初期の粒度構成が砂質の土石流の場合、流下中に初期状態から流れの特徴が大きく変化する。液状化した砂質土石流からは砂成分が選択的に沈降して堆積するのに対し、粘土成分は上層に分離して混濁流を生成することが指摘されている。しかし、このような流下方向・鉛直方向に変化する複雑な流れを表現できるモデルはない。これは、既往の水槽実験に基づいて混濁流の生成メカニズムが種々提示されているものの、定量的な議論が少なく定式化が十分でないためである。

    そこで本研究では、砂質土石流のFlow transformationを二層浅水モデル(下層:土石流、上層:混濁流)で表現し、既往の実験結果と比較することで混濁流の生成メカニズムについて数値的に検討した。ここで、土石流層は液状化した砂と、水と粘土を含む均質な間隙流体からなるとしており、砂は沈降速度に応じて徐々に堆積すると考える。初期の土石流から混濁流が生成する過程は、「土石流表面での堆積物連行」と「間隙流体の湧き出し」の2種類のメカニズムを考慮し、それぞれのメカニズムごとのサスペンション生成速度に応じて土石流層から混濁流層への質量交換が生じるとした。「土石流表面での堆積物連行」は土石流層表面での摩擦で生じる堆積物の連行によって混濁流が生成されるとする考え方で、既往文献において両層の速度差に比例する形で定式化されている。一方、「間隙流体の湧き出し」は液状化した土石流層の間隙流体が鉛直上方に移動することで上層に湧き出して混濁流が生成されるとする考え方である。本研究では、砂が流動過程から堆積へと変化する際の濃度変化(圧縮)によって間隙流体が押し出されると仮定し、砂の堆積速度と間隙流体の流出速度をカップリングさせることで新たに定式化した。

    数値実験では、既往の実験における条件にならって一様勾配の一次元斜面に上流端から土石流を供給した。混濁流の生成メカニズムの影響を検討するため、土石流表面での堆積物連行のみを組み込んだモデルによる計算と、土石流表面での堆積物連行と間隙流体の湧き出しの両者を考慮したモデルによる計算の2ケースを比較した。両ケースともに、土石流の流下に伴って上層に混濁流が徐々に形成され、混濁流が発達して加速し、堆積によって減衰した土石流を混濁流の頭部が追い越すことになった。既往の実験での測定結果と比較すると、間隙流体の湧き出しを考慮したモデルの計算結果の方が流れの先頭部付近での再現性が向上した。これは、流れ表面での連行による混濁流生成メカニズムは流れの下層(土石流)と上層(混濁流)の速度差が大きい混濁流の発達初期には効くものの、混濁流が発達して両層の速度差が小さくなるとサスペンションの生成速度が小さくなるためであると考えられる。一方、間隙流体の湧き出しによるサスペンションの生成は先頭部以外でも砂の堆積が生じる限り発生するため、後方部で生成したサスペンションが圧力勾配によって先頭部へ送り込まれているためと考えられる。以上のように、混濁流の発達段階に応じて混濁流生成メカニズムの寄与は変化する。そして、より連続的に混濁流の発達過程を考えるためには、従来考慮されていた「土石流表面での堆積物連行」作用に加えて、流れが十分に発達した後に重要となる「間隙流体の湧き出し」作用を考慮する必要があるだろう。

  • 馬場 俊孝
    セッションID: T2-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    地震性津波は地震動を伴っているため揺れで津波の来襲を予期できるが,海底地すべりによる非地震性津波は地震動を伴わないか,あるいは弱いため,津波の来襲を見誤る恐れがある.我々は海底地すべりのリスク評価のため,海底地すべり痕の地形調査を実施しており,本発表ではこれまでに実施した調査結果について報告する.さらに,海底地すべり津波の予測を目的に開発した非静水圧二層流モデルを紹介する.

     2009年に駿河湾内で発生したMw 6.5の地震では,地震規模から推定されるよりも大きい最大波高90cmの津波が焼津で観測された.駿河湾には静岡県が運用している駿河湾深層水取水施設が震源域にあり,地震を境に深層水の温度と濁度に急激な変化が見られた.その後,ROVを用いた海底調査により深層水取水管が海底地すべりによって破壊され下流に押し流されていることが明らかとなった.さらに,深海巡航探査機「うらしま」の海底付近からのマルチナロービーム測深により取得された水平分解能1mという超高分解能海底データから,取水管が流出した場所から約900m上流で,特徴的な地すべり地形である馬蹄形の滑落崖が見られた.馬蹄形の滑落崖の全長は約450m,比高は約10~15mであった.また,馬蹄形の滑落崖の南東方向にある緩い海底谷では,流れがあった痕跡も認められた.

     四国室戸岬の東の沖の大陸棚と土佐ばえ北側で,神戸大学深江丸でマルチナロービーム測深を行った.測線間隔500mで測深し,結果として水平分解能25mでの海底地すべり地形データを取得した.調査海域の水深はおよそ400m~1800mである.大陸棚の海底地すべり痕では,4つの馬蹄形の崩壊跡が見られる.最大の崩壊跡の崩壊土砂体積はおよそ4.8km3である.海底地すべりによってできる斜面底部の崩壊堆積物が不明瞭であること,コア資料によれば約1万年前から現在まで海底堆積物が連続的に堆積していると解釈されるため,この大陸棚の地すべり痕は古いと思われる.一方,土佐ばえ北側斜面の痕跡の大きさは東西方向に約1.9km,南北方向に約2.3km,厚さ約60mであった.こちらの地すべり痕では舌状の崩壊堆積物が確認できる.開口性のリニアメントや,地すべり痕の上流側で新たな亀裂もあり,活動的であると解釈される.

     海底地すべりによる津波の発生のモデル化は大きく分けて3つの方法がある.ひとつ目は何らかの方法で海水中の海底地すべりによる海底の変動を推定し,それを海面変化として津波計算に与える方法である.2つ目はWatts et al.(2005)によって提案された海底地すべり津波の発生モデルである.彼らは海底地すべり津波を模擬した水理実験と数値解析から海底地すべりによる初期水位分布の経験式を導いた.3つ目は,地すべり体と海水の運動とを双方向に連動させて解く二層流モデルである.先の2つの方法は静的な津波の発生だが,二層流モデルは上層と下層が相互に影響しながら計算が進む.海底地すべり津波では,上層が海水層に,下層が地すべり体(土石層)に対応する.土石層は海水よりも高密度な流体としてモデル化されている.このため,地すべり体も移動に伴って形状が変化する.二層流モデルでは,一般に波の波長が水深よりもかなり長いという静水圧近似が用いられているが,海底地すべりによる津波は地震による津波よりも波長が短く,非静水圧効果を無視できないはずである.そこで,本研究では,津波発生における非静水圧効果をKajiuraのフィルタ(Kajiura, 1963)を考慮することで,津波伝搬における非静水圧効果をブシネスク型の分散項を上層(海水層)に導入することで取り入れた.なお,Kajiuraのフィルタは,毎時間ステップに海水層と土石層をカップルしながら導入されている.Kajiuraのフィルタを考慮しない場合は,高速な土石層の移動により海面が大きく変動するが,フィルタを考慮した場合は滑らかな海面変動となった.また,我々が調査した四国室戸沖の海底地すべりを波源としたシミュレーションでは,津波の伝播過程における分散性も確認された.

    引用文献

    Kajiura, K. (1963), The leading wave of a tsunami, Bull. Earthquake Res. Inst., 41, 535–571.

    Watts, P. (2005), Tsunami generation by submarine mass failure. II: predictive equations and case studies, J. Waterw. Port Coast. Ocean Eng., 131, 298–310.

T3(口頭)スロー地震に関する地質学的・実験的・地震学的研究の連携と進展
  • 小原 一成
    セッションID: T3-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    【はじめに】 スロー地震とは,通常の地震に比べて断層すべりがゆっくり進行する現象であり,近年の高密度地震・地殻変動観測網によって明らかにされてきた.地震現象は震源断層とその周囲の構成物質に支配されるが、スロー地震を生み出す地質学的環境はどのようなものであろうか.本講演では,その解明の一助となることを期待し,最近の結果を含めて主に西南日本におけるスロー地震を概観する.

    【深部スロー地震の分類と主な特徴】 西南日本では、スロー地震が固着域の深部側と浅部側に分かれて活動する。先に発見された深部スロー地震は、時定数の違いによって4種類に大別される。①すべりが数か月から数年継続する長期的スロースリップイベント(SSE),②数日程度継続する短期的SSE,③卓越周期が数10秒の超低周波地震(VLF),④数Hz程度の低周波微動.このうち、短期的SSEとVLF,微動は時空間的に同期し(Episodic Tremor and Slip:ETS)、活動域は走向方向に細長く広がり、複数セグメントに分かれて周期的に活動する。長期的SSEはETSと固着域の間の細長い領域に分布し、やはりセグメント構造を有する.ETSを構成する微動とVLFの間の帯域は脈動のため検出は困難であったが、最近スタッキング解析により微動やVLFに同期したシグナルが検出され、スロー地震が広帯域に及ぶ連続的現象であることが確認された。

    【浅部スロー地震の新たな発見】 固着域より浅部の南海トラフ近傍では,陸域観測網によるVLFの発見以降、海底地震計によって微動・VLFが、さらに掘削孔を活用した間隙水圧計によって短期的SSEが発見された。SSEによる圧力変化はVLF積算モーメントの時間変化とよく一致し、これらがETSとして一体的な現象であることを示している。また、音響GNSSによる海底地殻変動観測で長期的SSEも検出され、スロー地震の組み合わせが浅部と深部で共通することが分かった。浅部ではトラフ軸に沿って異なる種類のスロー地震やカップリングの強い領域が分布しており、浅部の方が深部より不均質が強いと言える。この浅部の強い不均質性は日本海溝でも共通かもしれない。

    【世界のスロー地震】 環太平洋の多くの沈み込み帯では深部スロー地震、その中でも長期的SSEがよく検出されているが、西南日本以上にETSが活発なCascadiaでは長期的SSEが検出されていない.固着域より浅部側のスロー地震は、日本周辺以外ではコスタリカのみで検出されている。ニュージーランドでもヒクランギ沖の浅部でスロー地震が起きるが、これは固着域より深部側で房総SSEに似ている。これらのスロー地震の発生様式の違いは,沈み込み帯を比較・分類する新たな指標として注目されている。

    【スロー地震と地下構造】 スロー地震活動は走向方向に不均質であり、その主な原因は震源付近の水と考えられる。例えば、深部微動には上盤への水の浸透の違いによるプレート境界付近の間隙水圧が影響し、また浅部VLFも低速度異常と一致することが示されている。一方、深部スロー地震は深さ方向に長期的SSEとETSに分かれるとともに、ETSはその狭い幅の中でも深いほど活動間隔が短い。このような深さ依存の系統的遷移性は、脆性延性の不均質性や粘性の温度依存性を考慮したモデルで説明可能である一方、長期的SSEとETSというすべり現象の急変は、上盤地質構造における大陸性下部地殻とマントルウェッジの違いによるとも考えられる。

    【房総SSEのテクトニクス】 スロー地震の構造地質学的解釈は、房総SSEについてなされている。房総SSEは西南日本で頻発するSSEとは異なり、約1週間の継続期間で約6年間隔で発生し、すべり域の下端付近で通常の地震の群発活動を伴う。この周辺の地下構造探査データ再解析の結果、沈み込むプレートの最上層が剥がれて上盤の底部に付加する底付け作用が生じている領域がSSE域と一致したことから、SSEは力学境界が物質境界からプレート内部に遷移するステップダウンに伴う内部変形であると考えられる。

    【スロー地震の地質学的メカニズム】氏家らは、メランジュ内に濃集したクラックシール石英脈が、数年以内の間隔で繰り返し発生した剪断・開口クラック破壊を記録しており、それがETSの微動であると推定した。この周期は観測結果と調和的であり、さらに過去のETSの履歴の推定が試みられている。これは、現状しか把握できない地球物理学的モニタリングに対して、時間軸を広げる重要な意義を有する。一方、それでも我々が取得しうるデータは現在のプレート境界に起きるスロー地震と地表露頭に記録されたスロー地震の化石だけであり、スロー地震の痕跡を連続的にトレースすることができれば、日本列島形成史の解明にも貢献するものと期待される。

  • 廣瀬 丈洋, 濱田 洋平, 谷川 亘, 神谷 奈々, 山本 由弦, 辻 健, 木下 正高
    セッションID: T3-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    Pore pressure plays a key role in the generation of earthquakes in subduction zones. However, quantitative constraints for its determination are quite limited. Here, we estimate the subsurface pore pressure by analyzing the transient upwelling flow of drilling mud from borehole C0023A of the International Ocean Discovery Program (IODP) Expedition 370, in the Nankai Trough off Cape Muroto. This upward flow provided the first direct evidence of an overpressured aquifer in the underthrust sediments off Cape Muroto (Figure). To estimate the pre-drilling pore pressure in the overpressured aquifer around a depth of 950–1050 meters below sea floor, we examined the measured porosities of core samples retrieved from nearby IODP wells; we then proceeded to explain the observed time evolution of the flow rate of the upwelling flow by modeling various sized aquifers through solving a radial diffusion equation. It was observed that for a permeability of 10–13 m2, the aquifer possessed an initial excess pore pressure of ~5 to 10 MPa above the hydrostatic pressure, with a lateral dimension of several hundred meters and thickness of several tens of meters. The overpressure estimates from the porosity-depth profile at Site C0023 differ from those at other drill sites in the region, suggesting the possible existence of multiple overpressured aquifers with a patchy distribution in the underthrust sediments of the Nankai Trough. As pore pressure is relevant in maintaining fault stability, the overpressured aquifers may be the source of slow earthquakes that have been observed around the drilling site.

  • 橋本 善孝, 佐藤 茂行, 口元 晴貴, 木村 学, 木下 正高, 宮川 歩夢, ムーア グレゴリー, 中野 優, 白石 和也, 山田 泰広
    セッションID: T3-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    紀伊半島沖南海トラフ浅部デコルマ地形に応じた応力・物性分布と超低周波地震との空間的関係 浅部スロー地震の分布は、その発生場が基盤の地形の影響を強く受けていることを示唆している(Bell et al.,2014 Yamashita et al., 2015)。その原因として、地形による応力場の改変あるいは物性・流体圧の不均質分布の影響が提案されている(Sun et al., 2020, Barnes et al.,2020)。これまで流体圧の影響を支持する根拠が多く出されている一方、応力場の改変についてはアナログ実験や数値モデルにとどまっており、天然から根拠が示されたことはない。また、応力場と物性・流体圧の相互関係についても天然から示されたことはない。そこで本研究では、沈み込み帯浅部デコルマ地形による応力場の改変をスリップテンデンシー(Ts)・ダイレンションテンデンシー(Td)をマップとして示し、この応力分布とデコルマ面上の物性分布および超低周波地震の分布との相互関係を明らかにすることを目的とする。

     対象地域は紀伊半島沖南海トラフである。IODP NanTroSEIZEのトランセクトのために3次元地震反射ボックスが得られている(Moore et al., 2007)。その後、解析技術が発達したため、近年、同反射断面のデータを再解析した(Shiraishi et al., 2019)。その結果、弾性波速度分布、深度変換、ノイズ除去などの精度の上がった画像が得られた。また、同地域では、浅部超低周波地震が複数回観測されている。特に2016年4月の超低周波地震イベントでは、多くのCMT解が得られている(Nakano et al., 2018)。このように3次元地震反射断面と浅部超低周波地震が共存している地域は他にない。

     浅部デコルマ面の地形は全体的に北西へ深くなるが、海溝軸とほぼ並行な軸を持つ凹凸が複数回繰り返す。デコルマ面上の弾性波速度は全体的に北西へ増加する傾向があるが、やはり海溝軸とほぼ並行に高速度場と低速度場が複数回繰り返す。しかし、デコルマ地形との一致は見られない。CMT解の低角な節面とすべり方向を用い、小断層多重逆解法で応力を推定したところ、低角な北西南東圧縮場が得られた。複数の応力場は見られず、一つのクラスターのみだったため、得られた応力場は広域応力を示すと解釈する。デジタル化したデコルマ面を50 X 50 mのメッシュに区切り、それぞれのメッシュ面に広域応力を与え、その面上の垂直応力と剪断応力の大きさを、差応力で規格化した値として得る。この値から各メッシュ面のTsとダイレイションテンデンシーTdを計算し、デコルマ面上のその分布を表すことができる。その結果、海溝軸とほぼ並行にTsおよびTdの高い場所と低い場所が交互に繰り返す分布が見られた。同地域の堆積物の室内実験で、弾性波速度、間隙率、有効圧の関係が得られている。この関係を用いて、弾性波速度を間隙率および有効圧へ変換する。その結果、デコルマ面全体として有効圧は1500-6500kPaで、全体として深さと共に増加するがやはり海溝軸に並行な高低の分布が見られた。超低周波地震の分布を約半日から1日の時間で区切り、超低周波地震の配列分布を目視で認定した。配列分布の幅や長さにばらつきが見られるものの、ほぼ海溝軸と並行な配列分布が複数確認された。この超低周波地震の複数の配列分布はTs, Tdの高いところと一致する。他にも一部クラスター的な分布も見られたが、これは位置決定の解像度に依存する可能性がある。

     Tsは断層再活動の確率の高さを示しており、超低周波地震がTsの高いところに分布することは理解しやすい。広域応力とデコルマ地形の関係のみがこのTsの分布を決定していることから、プレート運動とデコルマ地形が第一義的な超低周波地震の原因と考えてよいかもしれない。Tdは断層の開きやすさの指標であり、流体移動をコントロールすることが期待できる。すなわち、デコルマ地形は物性にも影響を与えることが考えられる。有効圧の分布もやはりTsおよびTdの分布とほぼ並行であり、デコルマ地形による物性の改変を示唆するものと考えられる。これらの流体移動・物性改変は地形に依存した二次的な原因であるが、超低周波地震の発生を促進する可能性がある。

    引用文献:Bell et al., 2014, EPSL; Yamashita et al., 2015, Science; Sun et al., 2020, Nature Geoscience; Barnes et al., 2020, Science Advance; Moore et al., 2007, Science; Shiraishi et al., 2019, G-cube; Nakano et al., 2018, Nature communications.

  • 片山 郁夫, 藤岡 里帆, 北村 真奈美, 奥田 花也, 廣瀬 丈洋
    セッションID: T3-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    南海トラフ熊野灘に位置するC0002地点では海底下3262.5mまでの掘削に成功し,現在のところ科学掘削としては世界最深の掘削深度レコードになります(Tobin et al. 2019)。この掘削プロジェクトでは,コア試料を一部区間で採取していますが,掘削時に生じる岩石破片であるカッティングスはほぼ全区間において連続的に回収されています。そこで本研究では,C0002地点の海底下980mから3150mまでの区間で回収されたカッティングスについて,ほぼ50mごとに試料を選定し摩擦試験を行うことで,付加帯内部での摩擦特性プロファイルを作成しましたのでその予察的な結果を報告させていただきます。

    摩擦実験では,カッティングス試料をすりつぶし粒径が106μm以下のものを模擬断層ガウジとして用いました。摩擦試験は広島大学設置の二軸摩擦試験機を使用し,カッティングス試料が採取された原位置の有効圧(静水圧を仮定)での実験を行いました。なお,断層ガウジは0.5 mol/L NaCl溶液に浸した含水条件での摩擦特性を調べました。初期のすべり速度は3μm/sとし,摩擦係数が定常状態に達したのち,0.3-33μm/sの範囲で速度急変実験を行い,摩擦の速度依存性ならびに臨界すべり変位の解析を行いました。

    定常状態の摩擦係数は,海底下1000m付近ではμ=0.5程度であるのに対し,深さとともにやや上昇し深度3000m付近ではμ=0.65程度になります。IODPデータレポートによると,深さとともにスメクタイト/イライトの量比が低下していることからも,深さによる摩擦係数の上昇は粘土鉱物種の変化に対応していると考えられます。速度依存性は,ほぼ全ての深度ですべり速度強化(a-b>0)を示し,粘土鉱物量比との相関はみられません。臨界すべり変位については,深さとともに若干減少する傾向がみられ,これは定常摩擦係数とも対応していることから,粘土鉱物種との関連性が考えられます。

    これまでの予察的な解析の結果では,海底下3000m付近までいずれの深度でもすべり速度強化を示すことから,静水圧条件であれば付加帯内部は安定すべり領域であるため震源核には発展しないことが推察されます。一方で,より海溝近傍の付加帯内部では同様の物質であるにもかかわらず超低周波地震などが報告されています(e.g., Ito and Obara, 2006)。このことからも,付加体内部での浅部スロー地震の発生プロセスには,物質に加え間隙水圧の変動が効いており,付加体内部での間隙水圧のモニタリングが重要であることが示唆されます。

    引用文献:

    Ito and Obara (2006) Dynamic deformation of the accretionary prism excites very low frequency earthquakes. Geophys. Res. Lett. 33, doi:10.1029/2005GL025270

    Tobin et al. (2019) International Ocean Discovery Program Expedition 358 Preliminary Report: NanTroSEIZE Plate Boundary Deep Riser 4: Nankai Seismogenic/Slow Slip Megathrust. IODP. doi.org/10.14379/iodp.pr.358.2019

  • 堤 昭人, 尾上 裕子, 三宅 亮
    セッションID: T3-O-5
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    スロー地震や巨大地震などの多様な地震発生の過程や断層のすべり挙動をモデル化する上で,断層摩擦強度のすべり距離,およびすべり速度依存性を明らかにすることが重要である.1990年代に, すべり速度v = 1 m/s 付近の高速条件で顕著な摩擦弱化が見られることが実験的に明らかにされ(嶋本ほか,2003),摩擦の高速すべり特性を地震発生モデルに組み込むことの重要性が認識されるようになった.近年になり,石英質物質の摩擦について,より遅いすべり速度での弱化挙動が明らかにされ(e.g., Goldsby and Tullis, 2002),注目されている.さらに最近の我々の研究で,この石英高速摩擦弱化挙動が湿度の影響を受けること,また乾燥条件下ではわずか v = 10 µm/s といった低速の条件において定常摩擦係数が0.2程度まで低下する顕著な速度弱化の現れることがわかってきた(堤ほか, 2019; 尾上・堤, 2020).石英質物質が示すこのような低速すべり速度条件での特徴的な弱化挙動は,例えば日本海溝や中米海溝など,海洋性プレート上に堆積した珪質物質が持ち込まれる沈み込み帯におけるプレート境界断層の摩擦を議論する上で重要である.本研究では,人工水晶を用いた2種類の摩擦実験(一定すべり速度実験とSlide-Hold-Slide(SHS)実験)を試料近傍の相対湿度RHを制御した条件でおこない,摩擦弱化挙動に及ぼす湿度の影響の詳細を調べた.また,摩擦弱化直後の試料について,FIBを用いた断層断面切り出しを試み,TEMを用いた変形構造観察を行った.  

     試料には,直径約25 mmに整形した人工水晶を使用し,回転式中―高速摩擦試験機を用いて摩擦実験を行った.垂直応力は1.5 MPaとし,すべり速度v = 0.005-105 mm/sにおいて,試料近傍の相対湿度をRH = 0-80%の範囲で制御した.実験の結果,一定すべり速度実験における水晶の定常摩擦係数の値は,これまでに報告されていた石英岩の実験結果と同様,すべり速度に対して負の依存性を示すが,その挙動が相対湿度に依存することが明らかになった.また,SHS実験においてすべり開始直前の摩擦係数に見られる待機時間に依存した強度回復の挙動(いわゆるlog t ヒーリング)もまた,相対湿度に依存している.今回の実験で得られた各すべり速度条件における定常摩擦の値および,各待機時間における摩擦の強度回復の大きさは,相対湿度RHが20 %までの範囲において,1/ln(1/RH)に比例する関係を示す.TEMによる断層内部構造観察の結果,すべり弱化完了直後(すべり量 = 9 m,v = 105 mm/s,大気湿度)の水晶断層部には,厚さ約20 µmの断層ガウジ層が成長しており,ガウジ層の内部には,幅数100 nmの周期で非晶質細粒シリカの集合体が積層するナノスケール面構造が発達することが明らかになった.  

     以上の結果から,(1)石英物質の高速域での摩擦特性は,乾燥条件下で見られるv ≧ 10 µm/s での著しい速度弱化特性を本来の性質としており,(2)湿度条件下においては,相対湿度とすべり速度に依存して摩擦が増加する機構が働いているものと考えられる.また(3)摩擦変形はナノスケール積層構造中の各層境界に局所化している可能性がある。発表では,湿度下において非晶質シリカガウジ粒子間に形成される水架橋が,石英の摩擦強度に及ぼす影響について考察する.

    参考文献:

    Goldsby and Tullis, 2002, GRL 29(17) 1844 doi:10.1029/2002GL015240.

    尾上・堤, 2020, JpGU-AGU Joint Meeting 2020講演要旨, SSS15-11.

    嶋本ほか, 2003, 地学雑誌, 112(6) 979-999. https://doi.org/10.5026/jgeography.112.6_979.

    堤ほか, 2019, 日本地質学会学術大会講演要旨, R13-O-13.

  • 高橋 美紀
    セッションID: T3-O-6
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    大地震が発生するには、断層面上の広範囲に高い剪断応力がかかり、高い弾性歪エネルギーを蓄積している必要があろう。地震発生前、断層はその剪断応力より高い強度を持っている必要がある。一般に高温・高圧下で働く、圧力溶解クリープや転移クリープなどの塑性流動変形は、破壊時の強度より十分に低い応力でゆっくりと歪を解消(永久変形)するため、蓄積される弾性歪エネルギーは小さい。これら塑性流動変形は、剪断応力の増加に伴い変形速度が増加する速度強化の特性を持つ。この速度強化が示される剪断応力―変形速度の範囲において、断層はゆっくりと安定的に滑り続けることが可能である。もし、剪断応力をさらに高くし続けるとどうなるか。いずれ剪断応力は断層の最大強度に達し、破壊による動的弱化と高速すべりを起こす。その際に放出される弾性エネルギーが地震すべりや地震波となって甚大な被害をもたらすのである。蓄積される弾性エネルギーの大きさを考える上で、速度強化が果たす役割は重要であるにもかかわらず議論は十分ではない。また、圧力溶解クリープは未固結物質を固結により強化する作用をもち、低い応力に見合ったゆっくりとした永久変形を起こしながらも、最大強度を高く育んでいる。この観点をもとに、本研究では、圧力溶解クリープ変形を常温でも起こしうるアナログ物質を用いて、応力をその最大強度に至るまでステップ状に増加させる実験を行った。特に、応力が最大強度に達したときに起こる、自発的なすべりの加速と暴走すべりの開始について議論する。

     用いたアナログ物質は岩塩80wt.%、白雲母20 wt.%からなる粉体混合物である。試験装置は産総研活断層・火山研究部門所有の回転式高速摩擦試験機である[Togo and Shimamoto, 2012, JSG]。このアナログ物質約1.5gを外径50mm内径38mmのリング状のピストンに挟みこみ、垂直応力5MPaになるよう荷重をかける。飽和塩水を間隙水として流しいれ、圧力溶解クリープが起きるようにする。この条件におけるアナログ物質の強度は、先行研究[e.g. Niemeijer and Spiers, 2007, JGR; Takahashi et al., 2017, G-cubed]にて調べられており、1nm/sにて約1.4MPa(摩擦係数にして0.28)、1μm/sにて最大値の約3.5MPa(摩擦係数にして0.70)、約20 μm/s以上ではばらつきはあるもの約1.4MPa(摩擦係数にして0.28)あたりの剪断強度を示すことがわかっている。この物質はすべり速度1μm/sを境に極端な速度強化と速度弱化の領域と、約20μm/s以上での速度依存のない領域とを持っている。ここでは剪断応力をステップ状に増加させ、その後のすべり速度の変化を観測した。速度強化の領域では、先行研究の結果に整合的で、すべり速度は定常状態へと漸近した。一方、剪断応力が最大強度に到達すると、すべりは自発的に加速し、最終的には装置の最大すべり速度にまで加速しながら動的弱化を起こした(暴走すべり)。すべり速度が1μm/sをこえた時点から暴走すべりが発生するまでの間は2~4時間あり、この間、剪断応力は最大強度に等しい高い値を保っていた。また暴走すべりが起きた時点でのすべり速度は15~30μm/sであり、値として速度依存が現れなくなる20μm/sに近い。さて、1μm/sを超えると強度は極端に低下するにもかかわらず、この物質は、摩擦係数にして0.70もの高い剪断応力を数時間も維持できたことになる。なぜか。この理由は、摩擦の直接効果により説明できる。先行研究[Takahashi et al., 2017, G-cubed]によると、摩擦の直接効果(a = dμ/dlnV|state)はすべり速度が1μm/sにて0.1もの高い値を持つが、20μm/sにてほぼ0にまで急減する。(20μm/sにて摩擦の直接効果が0になることと速度依存がなくなることの両者は、高速でdilatancy角が0になることにより説明される。)この物質は、高い剪断応力を維持するため、摩擦の直接効果を使い一時的な強度を得ようと加速しているのである。一方、定常の強度は速度の増加に伴い低下を続けるため、さらに加速を必要とする。最終的には20μm/sにて、摩擦の直接効果が0になるため、一時的な強度すら獲得できず暴走すべりを起こすのである。このアナログ物質において、すべり速度1μm/sと20μm/sは重要なkey velocityであると言える。これらkey velocityが天然においてはどのような値になるのか、それらを計ることが大地震発生を議論する上で重要になるだろう。

  • 谷川 亘
    セッションID: T3-O-7
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    断層帯は剪断すべりに伴い力学特性だけでなく流体移動特性が変動することが想定される。流体移動特性の変動は地震サイクルや地震時の断層のすべり挙動に大きく影響をあたえる可能性が高いが、高速すべり時の変動量やすべり速度依存性はほとんど分かっていない。そこで本研究では、リング剪断式摩擦実験装置を用いて、低速(0.1mm/s)から高速(1m/s)の範囲におけるすべり速度、2MPaの垂直応力、および浸水および乾燥環境下で模擬断層(亀裂)の透水性(=水透過率、hydraulic transmissivity)の変化を調べた。模擬断層試料として、花崗岩とドレライトを用いた。浸水環境で行った実験結果の特徴として、断層すべりの開始と同時に,見かけの透過率は急激に上昇し,すぐに定常状態に達した。また、すべりを止めた後は十数分かけてゆっくり低下していった。また、すべり中の透過率と摩擦の平均値はともにすべり速度依存性を示し,高速すべりでは透過率が大きく向上し,摩擦が減少した(図1a)。速度ステップ試験では,透過率は正のすべり速度依存性を示した。剪断すべりにともなう透過率の増加と透過率の速度依存性は,摩擦発熱による水理開口幅と水圧差の増加によるものと考えられる。一方、摩擦の速度依存性は、thermal pressurization、もしくはflash heatingが影響していると考えられる。花崗岩はドレライトよりも低い透過率と摩擦を示したが、ドレライトと比較して花崗岩により多く含まれる硬い石英粒子がすべり面の平滑化を促進したためと考えられる。 一方、乾燥環境による実験結果では、すべり速度の増加とともに透過率と摩擦のどちらも増加する特徴を示した(図1b)。乾燥環境では浸水環境と比較して摩擦発熱量が大きくなり、摩擦すべり面の摩耗レートが高くなる。そのため、摩耗物(ガウジ)の増加が引き金となって、微視的凹凸率の増加に伴う摩擦が増大したものと解釈できる。 本実験結果を踏まえると、地震発生時には断層帯の透過率が大きく増加し、断層沿いに速い流速で流体が流れる可能性がある。 ただし、断層深部もしくは周囲から十分な流体が流入するための供給源との流路の連結が必須となる。

  • 山口 飛鳥, 大熊 祐一, 奥田 花也, 山本 一平, 福地 里菜
    セッションID: T3-O-8
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    2010年ごろまで、沈み込み帯の地震現象は、温度に依存する「地震発生帯」の上下に安定すべり域が存在するというある仮想的な断面の中での議論が多かった。しかし、プレート境界浅部における超低周波地震、プレート境界深部の短期的/長期的スロースリップ・微動などの一連のスロー地震の発見や、2011年東北地方太平洋沖地震における海溝軸まで達するすべりの観測などにより、プレート境界断層の空間的な挙動は沈み込み帯によって異なるばかりか、一つの沈み込み帯の内部でも多様であることが明らかになってきた。本発表ではそのような沈み込み帯の断層挙動の多様性をもたらしうる地質学的な要因について概観する。

    ①地形的凹凸

    Cloosによる海山アスペリティモデル (Cloos, 1992)の提唱以来、海山のような地形的凹凸の役割は注目されてきた。近年では、海山沈み込みは上盤プレートを破壊し、強度を下げることでクリープをもたらすとするWang and Bilek (2011) のモデルが注目されている。大熊ほか(本大会)は表面が高摩擦の海山、表面が低摩擦の海山、海山なしの3条件で砂箱実験を行い、海山沈み込みによる付加体の地形や断層発達には表面の摩擦条件が大きく影響することを示した。このことは、砂箱実験と対応するような臨界尖形モデルの適用可能深度では、海山のような海洋プレート上の地形的凹凸の役割は、断層面の凹凸を作るだけでなく、周囲と摩擦特性の異なる物質をプレート境界に強制的に持ち込む効果も大きいことを強く示唆する。

    ②物質ごとの摩擦挙動と続成反応

    日本海溝における緊急掘削(JFAST)で得られたIODP Site C0019のスメクタイトに富むプレート境界断層や、ジュラ紀付加体のチャート中に見られる前期三畳紀の層準規制的なデコルマなどは、沈み込む物質の摩擦強度がプレート境界断層の発達位置を規定することを示唆している。物質ごとの摩擦の安定性(a-b)についてはIkari et al. (2011)などでまとめられているものの、実際の沈み込み物質や、温度・有効圧・速度依存性については系統的な実験が途上である。また、泥質岩のスメクタイト-イライト転移に加え、変質玄武岩のサポナイト-緑泥石、遠洋性珪質堆積物のオパール-石英、火山灰のガラス-スメクタイトなど、続成反応に伴う鉱物相の変化が重要であると考えられる。

    ③脆性-延性遷移と温度

    四万十帯を対象とした研究 (Kimura et al., 2012など) では延性変形に関する議論はほとんどなされてこなかったが、その後、Pallazin et al. (2016)やTully et al. (2020) により四万十帯およびその深部の岩石を用いて沈み込み帯の強度断面が描かれている。近年、海嶺沈み込みと関連して形成されたと考えられる沖縄県慶良間諸島の約100Maの付加体で、礫岩を原岩とするマイロナイトが発見された(山本ほか、投稿中)。四万十帯において明らかにマイロナイトと認定される岩石の発見はこれまでになく、海嶺沈み込みに伴う高い地温勾配下の沈み込み帯におけるレオロジーを制約するものとして期待される。

    ④流体

    スロー地震の発生に対する流体の関与は沈み込み帯浅部(Tonegawa et al., 2021など)・深部(Kano et al., 2019など)ともにさまざまな観測から確実視されており、四万十帯の高変成部における鉱物脈の解析結果とも整合的である(Ujiie et al., 2018など)。変形における流体の役割は第一に有効応力を下げることであり、流体の存在がもたらす低い有効応力の中での上記①~③のバリエーションが重要であると考えられる。一方で流体と岩石の反応や流体からの鉱物沈殿が断層物質の摩擦や断層内の間隙流体圧を制御する可能性もあり、その発生条件の検討も必要である。

    文献

    Cloos, 1992, Geology, 20, 601-604; Ikari et al., 2011, Geology, 39, 83-86; Kano et al., 2019, Sci. Rep., 25, 9270; Kimura et al., 2012, Tectonophysics, 568, 25-38; Palazzin et al., 2016, Tectonophysics, 687, 28-43; Tonegawa et al., 2021, EPS, 73, 89; Tulley et al., 2020, Sci. Adv., 6, eaba1529; Ujiie et al., 2018, GRL, 45, 5371-5379; Wang and Bilek, 2011, Geology, 39, 819-822

  • 西川 友章, 松澤 孝紀, 太田 和晃, 内田 直希, 西村 卓也, 井出 哲
    セッションID: T3-O-9
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    沈み込み帯プレート境界では、多様な過渡的低速断層滑り現象(スロー地震)が発生する。沈み込み帯で発生するスロー地震の活動を詳細に明らかにすることは、プレート境界の滑り挙動を推測する上で重要である。東北地方太平洋沖に位置する日本海溝では、Kawasaki et al. (1995, J. Phys. Earth) により、1992年7月、岩手県はるか沖合においてMj 6クラスの群発地震を伴うMw 7.3〜7.7の過渡的な非地震性滑りが観測された。また、Kato et al. (2012, Science) や Ito et al. (2013, Tectonophysics) は、2011年東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)に一か月程度先行するMw 7.0のスロースリップイベント(以下、SSE)を観測した。このSSEは、繰り返し地震を含むMj 5クラスの群発地震を伴い、宮城県沖に位置する東北沖地震の滑り領域内部で発生した。これらの先駆的研究により、日本海溝でスロー地震が発生することは知られていた。しかし、スロー地震が発生する場所が陸から遠いはるか沖合であったことや、これまで海底地震・測地観測が限られた地域及び期間でしか行われていなかったこともあり、日本海溝全域におけるスロー地震の詳細な分布は明らかではなかった。

    2016年、防災科学技術研究所が日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の運用を開始した。S-netは、海底地震計と海底圧力計が一体となった150基の観測装置からなり、日本海溝全域と千島海溝南端部に敷設されている。本研究は、2016年8月から2018年8月までにS-netが記録した地震波形データから、スロー地震の一種であるテクトニック微動(以下、微動)を、エンベロープ相関法(Obara, 2002, Science; Ide, 2010, Nature)により検出した。検出された微動は、F-net広帯域地震観測網で観測された超低周波地震や、GEONET GNSS連続観測システムで観測されたSSEなど、異なる種類のスロー地震と同期していた。本研究は、上述のスロー地震の検出結果と、スロー地震に関連する諸現象(陸域の微小地震観測網により観測された繰り返し地震、及び地震活動の統計的解析により検出された群発地震)の検出結果を総合し、日本海溝全域にわたるスロー地震とその関連現象の詳細な分布図を作成した。その結果、日本海溝沿いでは、スロー地震及びその関連現象が、東北沖地震の滑り領域と相補的に分布することが明らかとなった。本研究は、スロー地震の分布に基づき、日本海溝を走向方向に3つのセグメントに分割する。北部(岩手県沖)及び南部(茨城県沖)セグメントでは、スロー地震とその関連現象が頻繁に発生している。一方、東北沖地震の滑り領域が位置する中部(宮城県沖)セグメントでは、スロー地震とその関連現象の活動は低調である。

    ごく最近、日本海溝のスロー地震研究にさらなる進展があった。Baba et al. (2020, JGR) は、東北沖地震前後の期間(2003年から2018年)のF-netの観測データを用いて、超低周波地震の網羅的な検出を行なった。また、Nishimura (2021, G-Cubed) は、東北沖地震前後の期間(1994年から2020年)のGEONETの観測データを用い、茨城県沖においてSSEの網羅的な検出を行なった。また、Kubo & Nishikawa (2020, Sci. Rep.) は、岩手県沖および茨城県沖では、スロー地震とM j 7クラスのプレート境界地震の滑り領域が相補的に分布することを指摘した。

    本研究は、S-netによる微動検出結果と上述の最近の研究成果の比較に基づき、日本海溝沿いのスロー地震活動の走行方向変化は東北沖地震の前後の期間を通して存在する持続的な特徴であると提案する。東北沖地震前の超低周波地震の分布は、東北沖地震後の微動の分布と良く相関し、超低周波地震・微動ともに、宮城県沖の東北沖地震滑り領域内部では活動が低調である。東北沖地震に一か月先行して宮城県沖で発生したSSEは特筆すべき例外であるものの、日本海溝ではスロー地震とプレート境界大地震が相補的に分布する。これらの観測結果から、岩手県沖と茨城県沖に位置するスロー地震多発地域は、プレート境界大地震の滑りの伝播を妨げる摩擦特性を有することが推測される。また、日本海溝沿いのスロー地震活動の走行方向変化は、プレート境界面からの反射強度の変化(Fujie et al., 2002, GRL)や、沈み込む海山(Mochizuki et al., 2008, Science)の位置と一部対応しており、プレート境界の構造の不均質性がスロー地震活動の空間変化を生むことを示唆する。

  • 氏家 恒太郎, 西山 直毅, フランク マディソン, 山下 穂, 森 康, 最首 花恵, 重松 紀生, 永冶 方敬
    セッションID: T3-O-10
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    高速断層運動に伴う摩擦溶融物が固化することで形成されたシュードタキライトは地震性滑りの最も明確な地質学的証拠であるが、低速変形であるスロー地震の明確な地質学的証拠確立は未だ成されていない。これまでのスロー地震を対象とした地球物理学的観測、モデル研究に基づくと、流体と不均質性がスロー地震の地質学的痕跡を探る上で鍵となりそうである。そこで我々は、若くて暖かいプレートの沈み込み時に地震発生帯より下限側のスロー地震発生域で形成され、流体が関与した変形・反応と岩石分布が不均質な沈み込み帯メランジュや変成岩を対象に研究を行っている。ここでは、これまでの研究により導き出されたスロー地震の地質学的痕跡候補について紹介する。

    1. 石英充填クラックシール脈と低周波地震からなる微動

    九州東部四万十付加体槙峰メランジュには石英充填クラックシール脈の濃集部が厚さ数十メートル以上、長さ100 m以上に渡って認められる。クラックシール脈は、脆性-延性遷移領域における沈み込み時に静岩圧に近い間隙水圧下で低角逆断層滑りが繰り返し起こったことを示しており、脆性破壊時の剪断強度は10-1 MPaオーダーと非常に低い。石英析出反応速度式を用いて求めた低角逆断層滑りの発生間隔は1, 2年未満と短く、スロー地震の発生間隔と比較可能である。これらのことからメランジュ中のクラックシール脈の濃集部は、低周波地震からなる微動の地質学的痕跡である可能性があげられる(Ujiie et al., 2018)。ヘリウム同位体及び希ガス分析に基づくと、このクラックシール脈をもたらした流体は主として蛇紋岩化したマントルを起源としており、微動は深部からの流体移動によりもたらされたことが示唆される(Nishiyama et al., 2020)。更に最近、このクラックシール脈中のinclusion bandsの厚さが周期的に変化していることが見出され、微動の発生間隔の変化と対応している可能性が指摘されている(Nishiyama et al., 2021)。

    2. 交代作用に伴う微動とスロースリップの発生

    長崎西彼杵変成岩中に分布する西樫山メランジュは、蛇紋岩化したマントルウェッジとスラブの境界付近で発達したと考えられている(Mori et al., 2014)。このメランジュでは、泥質片岩と緑泥石-アクチノ閃石片岩間の交代作用によりシリカを含む流体が排出され、脆性破壊による石英脈形成と延性剪断変形の局所化による歪速度の2桁増加をもたらしている。このような変形の特徴は、例えば南海トラフにおけるマントルウェッジ付近での微動やスロースリップを説明する新たな地質学的描像となり得るか現在検討しているところである。

    3. 深部デュープレックス構造形成と地震波低速度層の発達

    石垣島東北部に分布するトムル変成岩は、塩基性片岩と泥質片岩が厚さ数km以上に渡り何度も繰り返し露出することで特徴づけられる。変成鉱物組み合わせと炭質物のラマン地質温度計に基づくと、トムル変成岩は温度約440–480℃、緑簾石–青色片岩相の条件下で発達しており、塩基性片岩には緑簾石、曹長石脈が、泥質片岩には石英脈が満遍なく密に発達する。トムル変成岩の変成温度圧力条件は、北米カスケード沈み込み帯の深部スロー地震発生域に相当しており、塩基性片岩と泥質片岩の繰り返しは地球物理学的観測から推定されている深部デュープレックス構造と比較することが可能である。この場合、密に発達する石英脈などの鉱物脈は、プレート境界に沿った地震波低速度層の発達、流体移動、低周波地震の分布を説明することができるかもしれない。我々は現在、トムル変成岩を北米カスケード沈み込み帯におけるスロー地震の発生過程・発生環境を明らかにする上での有力な陸域アナログ対象として研究を進めているところである。

    References

    Mori et al., EPS, 2014, doi:10.1186/1880-5981-66-47

    Nishiyama et al., EPSL, 2020, https://doi.org/10.1016/j.epsl.2020.116199

    Nishiyama et al., EPS, 2021, https://doi.org/10.1186/s40623-021-01448-7

    Ujiie et al., GRL, 2018, https://doi.org/10.1029/2018GL078374

  • 西山 直毅, 氏家 恒太郎, 加納 将行
    セッションID: T3-O-11
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    Slow slip and tremor (SST) represent transient plate boundary slip that lasts from days to years with recurrence intervals of months to years [1]. Slow earthquakes such as SST downdip of the seismogenic zones may trigger megathrust earthquakes due to frequent stress transfer to seismogenic zones [2]. Geodetic observations have suggested that the recurrence intervals of slow slip decrease toward the next megathrust earthquake [3]. However, temporal variations in the recurrence intervals of SST during megathrust earthquake cycles remain poorly understood because of the limited duration of geodetic and seismological monitoring of slow earthquakes. Repeated brittle thrusting near the downdip limit of the seismogenic zone was recorded in quartz-filled, crack-seal shear veins in the Makimine mélange of the Late Cretaceous Shimanto accretionary complex, Japan [4]. The measurement of spacing of inclusion bands in shear veins shows cyclic changes in the inclusion band spacing in the range from 4 to 65 μm. The two-phase primary fluid inclusions in quartz between inclusion bands exhibit varying vapor/liquid ratios regardless of inclusion band spacing, suggesting a common occurrence of fast quartz sealing due to a rapid decrease in quartz solubility associated with a large fluid pressure reduction. A kinetic model of quartz precipitation, considering a large fluid pressure change and inclusion band spacing, indicates that the sealing time during a single crack-seal event cyclically decreased and increased in the range from 0.16 to 2.7 years, with one cycle lasting at least 27 to 93 years [5]. The ranges of sealing time and duration of a cycle may be comparable to the recurrence intervals of SST and megathrust earthquakes, respectively. We suggest that the spatial change in inclusion band spacing is a potential geological indicator of temporal changes in SST recurrence intervals, particularly when large fluid pressure reduction occurs by brittle fracturing.

    References

    [1] Behr WM, Bürgmann R (2021) Phil Trans R Soc A 379: 20200218.

    [2] Obara K, Kato A (2016) Science 353: 253–257.

    [3] Kano M, Kano Y (2019) Earth Planets Space 71:95.

    [4] Ujiie K. et al. (2018) Geophys Res Lett 45:5371–5379.

    [5] Nishiyama N., Ujiie K., Kano M. (2021) Earth Planets Space 73:126.

  • 大坪 誠, 氏家 恒太郎, 最首 花恵, 宮川 歩夢
    セッションID: T3-O-12
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    間隙流体圧(Pf)はスロー地震発生域での力学を理解する上で重要な要素の一つであり,石英の濃集と間隙流体圧の上昇プロセスが沈み込み帯でのスロー地震発生を制御している可能性が議論されている(例えば,Hyndman et al., 2015).

    我々は,沈み込み帯スロー地震発生域における間隙流体圧と流体移動に注目し,九州東部の白亜紀後期の四万十帯である槙峰メランジュにおいて,モードIクラックを埋めるfoliationに平行の石英脈(foliation parallel extension veins, 以下FPEVとする)の形成中の間隙流体圧を推定した.ここでは,比較的若くて温かい海洋地殻が深度10〜15 kmの摩擦-粘性遷移に沈み込んだ際のプレート境界の変形として考えられており,槙峰メランジュでは最高被熱温度は300〜350度に達する(Palazzin et al., 2016).宮崎県延岡市直海の海岸露頭では,槙峰メランジュは石英で満たされた3タイプの脈,剪断脈(shear veins, 以下SVとする),foliationに平行な伸長脈(FPEV),および雁行状の伸長亀裂を充填する脈(echelon extension veins, 以下EEVとする)が認められる(Ujiie et al., 2018).鉱物脈は過去の岩石中の流体通路の化石であり,北北西方向に低角な傾斜をもつSVとFPEVは“切りつ切られつの関係”であることから,これらの亀裂は同じσ1が水平に近い逆断層形成応力場の下でのメランジュ内の流体経路として機能している可能性がある.これらのメランジュで石英脈のうち,特にSVとFPEVでは露頭において明瞭な分布の空間的な不均一が認められ,これらの脈が濃集している領域とそうでない領域が認められた.

    グリフィスの条件に基づくと,モードIクラック中の間隙流体圧がσ3を超えた時にそれらの亀裂を埋める鉱物脈が形成される(Jolly and Sanderson, 1997).σ3を超える間隙流体圧をここでは間隙流体圧の過剰分ΔPf(ΔPf = Pf – σ3)とする.本研究ではFPEV形成時の間隙流体圧の過剰分を推定するために,FPEVのアスペクト比に二次元の多孔質弾性体モデル(Gudmundsson, 1999)を採用した.その結果,槙峰メランジュの場合でのPfとΔPfは約280 MPaと80〜160 kPaであった(深さ= 10 km,密度= 2750 kg / m3,引張強度= 1 MPa,ヤング率= 7.5〜15 GPaと仮定).クラック中に流体が流れて間隙流体圧の過剰分が解放されるとクラックが閉じて間隙水圧の低下が停止するが,槙峰メランジュの場合では間隙流体圧が低下した後に正規化された間隙流体圧比λ*(λ* =(Pf – Ph)/(Pl – Ph),Pl:静岩圧; Ph:静水圧)は約1.01(Pf > Pl)であった.この結果は,foliationに平行なモードIクラック形成後でも間隙流体圧が常にメランジュ内で静岩圧を維持していることを示す.

    さらに,我々が取り扱う二次元の多孔質弾性体モデルでは,鉱物脈群の間隔は,亀裂中の間隙流体圧の過剰分,ヤング率,および鉱物脈の開口幅に依存する(Price and Cosgrove, 1990).間隙流耐圧を見積もった際の上記の条件においては,鉱物脈の間隔が大きい場合(~10 m)と間隔が小さい場合(~1 m)では,間隙流体圧の過剰分に最大500 kPa程度の差が生じしていることが明らかとなった.それらの鉱物脈の間隔はスロー地震発生サイクル内での間隙流体圧の過剰分の時間変化の結果である可能性があり,間隙流体圧の過剰分がスロー地震のサイズを規定する可能性がある.

    [引用文献] Gudmundsson (1999) Geophys. Res. Lett., 26, 115–118; Hyndman et al. (2015) Jour. Geophys. Res., 120, 4344–4358; Jolly and Sanderson (1997) Jour. Struct. Geol., 19, 887–892; Palazzin et al. (2016) Tectonophysics, 687, 28–43; Price and Cosgrove (1990) Analysis of Geological Structures. Cambridge University Press, Cambridge, 502 p; Ujiie et al. (2018) Geophys. Res. Lett., 45, 5371–5379.

  • ウォリス サイモン, 青矢 睦月
    セッションID: T3-O-13
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    沈み込み帯の地震発生領域以深で発生するスロー地震(深部ETS)は、一般にウェッジマントル分(先端部)の直下で発生する。熱モデル計算によれば、このマントル領域は低温であり、沈み込むスラブから放出されたH2Oに富む流体との反応によって強く蛇紋岩化していると考えられている。すなわち、スロー地震発生領域は蛇紋岩が直下の領域とみなせるため、蛇紋岩がスロー地震の誘発に関与している可能性が注目されてきた。その主要な課題の一例として、沈み込み帯深部流体の流速とその異方性に、蛇紋岩が及ぼす影響の究明が挙げられる。また、蛇紋岩基質を持つ剪断帯によく見られるblock-in-matrix変形構造を重視する研究もある。これらの議論を深めるためには、ウェッジマントル最浅部由来の天然試料を入手することが重要である。沈み込み型変成帯には一般に蛇紋岩が点在する。しかし、それらの蛇紋岩すべてが沈み込み帯上盤側のウェッジマントル由来とみなせるとは限らず、沈み込むプレートの一部として沈み込み帯深部まで持ち込まれた可能性もある。もし海洋プレート浅部由来であれば、蛇紋岩の特徴のほとんどは沈み込み前のプロセスに関連するものであり、スロー地震発生を含む沈み込みプロセスを議論するのには不向きである。加えてまた、蛇紋岩の変形構造を用いて沈み込みプロセスを議論する場合、変形の段階を慎重に検討することが必要である。収束プレート境界域の深さ数10kmから上昇して来た岩石は、確実に上昇時のテクトニックなプロセスも経験している。そのために、沈み込み型変成帯で見られる岩石の変形組織の多くは、上昇時に生じたものであり、沈み込みプロセスを反映していない。天然岩石試料中の変形組織物を用いて、スロー地震など、の沈み込みに関連するプロセスを議論する際には、まず変形が起きた深さを制約することが必要である。沈み込み型変成帯である三波川帯には、スラブ由来の砂質・泥質・珪質・塩基性片岩の中に、数cmから数kmスケールの蛇紋岩及び蛇紋岩への交代替作用によって生じた岩相のブロックが多数分布しているが、これらに対しては。「沈み込んだスラブ」と「ウェッジマントル」という双方の起源が提案されてきた。しかし、これらの蛇紋岩ブロックの分布を四国中央部の23×30km2(1/5万「日比原」及び「新居浜」)の範囲で注意深く記録したところ、そのすべてが高変成度部に限定されていることがわかった。これは、スラブ由来の片岩類がマントル岩と接するために、まず約30~35kmの深さまで沈み込まなければならなかったことを示唆している。すなわち、四国中央部の蛇紋岩はウェッジマントル由来であり、スラブの一部として沈み込んだものではないという、明確な地質学的証拠と読める。一方、三波川帯の大規模な蛇紋岩体(白髪山岩体)の底部には主にアンチゴライトからなる幅100m程度の剪断帯が発達する。このような剪断帯が沈み込み帯深部に実際に存在し、沈み込み帯境界に沿った流体の流動様式に強い影響を与えているとの推論が既になされている。ただし、地上で観察される蛇紋岩組織の情報を、この現世の議論に組み込むためには、地上剪断帯が過去にどの深さで形成されたかを制約する必要がある。ところが、アンチゴライトは非常に広い安定領域場を持つため、その形成温度・圧力条件を制約するのは一般に難しい。そこで、オリビンに富むマントルを単純に加水すると、アンチゴライトに加えて最大で約20vol%のbruciteが形成される点に着目する。かつてのスラブ-マントルウェッジ境界に沿ってほぼ完全なアンチゴライトの領域が形成されたとすれば、それは下方を沈み込む石英に富む岩相(砂・泥質片岩など)からの水溶シリカの添加を示唆しており、三波川帯の例はそれに該当する。また、三波川帯ではスラブ-マントルウェッジ境界から鉛直方向に約100m以上離れた場所で、蛇紋岩中にbrucite+アンチゴライト=カンラン石、という反応によって形成した変成カンラン石と残余のbruciteが見みられる。さらに、この変成カンラン石が局所的に antigorite shear zone fabric を包有して成長した組織も見られる。したがって、アンチゴライト剪断帯は変成作用のピーク(カンラン石の成長)以前に形成されたものと解釈でき、ウェッジ・マントルにおける沈み込みプロセスを議論する上で有用なものであると考えられる。他の変成帯に分布する蛇紋岩体の特徴を用いてスロー地震の発生を議論しようとする場合にも、三波川変成帯と同様な議論が必要不可欠である。

  • 副島 祥吾, ウォリス サイモン
    セッションID: T3-O-14
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    近年、沈み込み境界に沿って移動する水流体によって輸送されるSiO2が注目されている。大陸地殻下部へのシリカの濃集がスロー地震の繰り返し時間スケールに影響を与える可能性が提案され、5-15vol.%の石英が大陸地殻下部に付加するプロセスが地震学的データをもとに考えられている[1]。また、地震学的観測によってウェッジマントルの底部に沿ったアンチゴライトに富む領域の存在の可能性が示唆されている。しかしそのアンチゴライト領域のマントルウェッジにおける存在量の推定値は、全ての沈み込み帯において20vol.%以下という推定[2]から地域によっては100vol.%に達する場合もある[3]という推定まで幅広く、これまでの地震学的観測のみでは十分制約されていない。広範囲のアンチゴライト領域の形成には水とともに大量のシリカが必要である。したがって、スロー地震の繰り返しの時間スケールを説明する説の検証やマントルウェッジにおけるアンチゴライト領域の存在量の制約のために、沈み込み帯におけるシリカの移動の定量化が必要である。しかし、沈み込んだ岩石の中で輸送されたシリカの量の制約はほとんどできてない。このようなシリカの供給源として、沈み込んだ石英に富む堆積物が考えられる。沈み込み境界に沿って輸送される水に富む流体は、高温高圧下でシリカをよく溶解し、移動させる可能性がある。ある領域からのシリカの除去と、別の領域での再沈殿は、岩石の大きな体積変化と関連付けられ、マントルウェッジ下部での岩石の体積変化の大部分はシリカの移動によるものだと考えられる。したがって、沈み込んだ堆積物由来の変成岩類の体積変化を推定できれば、沈み込み境界域におけるシリカの移動を議論できる。最大の問題は、信頼できる体積変化の推定法が存在しないことである。ここではその問題を解決できる新しい解析法を提案する。 これまでに提案された岩石の体積変化を推定する方法は、絶対伸縮を含む歪みの推定に基づく幾何学的方法と、全岩化学組成に基づく化学的方法に大別される。しかし、これらの手法は同じ地域に適用した場合でも推定結果に大きな不一致が生じる場合が多く、妥当性には疑問が残される。本研究では、変形脈群法という変形した鉱物脈の組の方向と変形タイプを用いて、体積変化の推定を行う新たな手法を検討した。 この手法を体積変化の推定に用いることができる可能性は以前から認識されていた[4] [5]が、その実用化についてはほとんど検討されていなかった。変形脈群法は、他の幾何学的なアプローチよりも信頼性が高い可能性がある。なぜなら、鉱物脈は個々の鉱物粒子よりもはるかに大きなスケールで発達し、粒界の滑りの効果を含む変形を記録することができるためである。本研究では,さらに変形脈群法の不確実性を評価するために,統計解析を組み込んだ新しいアプローチを開発した.新たに開発した手法を、フランシスカン帯のデルプエルトキャニオンの変成砂岩の変形解析に適用した。この解析によって、有限変形の3つの要素(歪み、平均渦度数、体積変化)すべてに制約を与えられる。 解析結果は、無視できる程度の体積変化に対応しているが、大幅な体積増加の可能性も示す。これは、同地域の先行研究で鉱物粒子の観察に基づいて推定された大幅な体積減少を示す結果[6]とは真反対である。実際には、個々の鉱物結晶の周りに顕著な過成長などの体積増加を示す組織が認められないため、体積増加は限定的であろう。 顕著な体積変化がないことは、流体フラックスが限られているか、流体中のシリカが飽和しているために、この地域では大規模なシリカ輸送がないことを意味する。これは、マントルウェッジ下部での厚さ数キロメートルのアンチゴライト領域の形成や、地殻下部のスロー地震発生領域での大規模なシリカの濃集領域の形成に十分なシリカが存在しないことを意味する。したがって我々のデータは、他の沈み込み型変成帯でも同様のことを確認できればマントルウェッジの底部に沿ったアンチゴライトに富む領域は、一般的に考えられているよりも限定的であり、シリカの付加以外のプロセスがスロー地震のタイムスケールを支配している可能性を示唆している。 [1] Audet & Burgmann (2014), Nature, 510, 389–392. [2] Abers et al. (2017), Nat. Geosci., 10, 333–337. [3] Bostock et al. (2002), Nature, 417, 536–538. [4] Passchier (1990), Tectonophysics, 180, 185–199. [5] Wallis (1992), J. Struc. Geol., 14, 271–280. [6] Ring (2008), GSA, Special paper, 445

  • 森 康, 氏家 恒太郎, 西山 忠男, 重野 未来, 野呂 和也
    セッションID: T3-O-15
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    短期的スロースリップイベントは、深さ30〜60 km、温度400〜500℃付近の沈み込みプレート境界で発生する(例えば、Yoshioka and Murakami, 2007; Obara and Kato, 2016)。沈み込みプレート境界ではスラブ由来の岩石とウェッジマントル由来の岩石が混合されてメランジュを形成していると考えられる(Bebout and Penniston-Dorland, 2016)。このことから、短期的スロースリップイベントの痕跡は青色片岩相からエクロジャイト相で形成されたメランジュ中の剪断帯として記録されていると予想される。

     九州西部に露出した長崎変成岩類は、深さ約40 km、温度440〜530℃で変成された片岩類を主体としメランジュを伴う(Nishiyama et al., 2017; Mori et al., 2019)。このメランジュ中には、緑泥石アクチノ閃石片岩の剪断集中帯が発達する。緑泥石アクチノ閃石片岩は、野外観察の所見や全岩化学組成の特徴から、(1)蛇紋岩の滑石化、(2)滑石と苦鉄質変成岩の混合、(3)カルシウムに富む流体との反応という連続的な交代作用と岩石混合をへて形成されたと考えられる。滑石の存在は岩石の剪断強度を著しく弱めることが知られており(例えば、Hirauchi et al., 2013)、滑石化が蛇紋岩と苦鉄質変成岩の混合と剪断変形の局所化を促進したと考えられる。さらに、蛇紋岩の滑石化は著しい脱水を伴うことから高間隙水圧の維持に貢献した可能性があり、このことも剪断集中帯の形成を促進したと考えられる。このように、蛇紋岩の滑石化は沈み込みメランジュにおいて局所化した剪断変形と高間隙水圧の原因となる。

     短期的スロースリップイベントは、高間隙水圧下で流体移動を伴いながら起きると考えられる(例えば、Ito et al., 2007; Tanaka et al., 2018)。このことは、長崎変成岩類のメランジュにおける剪断帯の形成過程と調和的である。滑石+蛇紋石(アンチゴライト)の安定領域は、沈み込みプレート境界に沿ってエクロジャイト相に相当する深度まで達し(Spandler et al., 2008)、短期的スロースリップイベントの発生域をカバーする。このことは、蛇紋岩の滑石化交代作用が短期的スロースリップイベントの発生に深く関わっている可能性を示唆する。

    文献

    Bebout, G. E., Penniston-Dorland, S. C. (2016) Lithos, 240–243, 228–258.

    Hirauchi, K., den Hartog, S. A. M., Spiers, C. J. (2013) Geology, 41, 75–78.

    Ito, Y., Obara, K., Shiomi, K., Sekine, S., Hirose, H. (2007) Science, 315, 503–506.

    Mori, Y., Shigeno, M., Miyazaki, K., Nishiyama, T. (2019) J. Mineral. Petrol. Sci., 114, 170–177.

    Nishiyama, T., Mori, Y., Shigeno, M. (2017) J. Mineral. Petrol. Sci., 112, 197–216.

    Obara, K., Kato, A. (2016) Science, 353, 253–257.

    Spandler, C., Hermann, J., Faure, K., Mavrogenes, J. A., Arculus, R. J. (2008) Contrib. Mineral. Petrol., 155, 181–198.

    Tanaka, Y., Suzuki, T., Imanishi, Y., Okubo, S., Zhang, X., Ando, M., Watanabe, A., Saka, M., Kato, C., Oomori, S., Hiraoka, Y. (2018) Earth Planets Space, 70, 25.

    Yoshioka, S., Murakami, K. (2007) Geophys. J. Int., 171, 302–315.

  • 平内 健一, 永田 有里奈, 大柳 良介, 岡本 敦, 道林 克禎
    セッションID: T3-O-16
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    深部低周波微動とスロースリップが同期して発生するepisodic tremor and slip(以下、ETS)の一部は前弧マントルウェッジ先端(深さ約30 km)付近において発生し、異常間隙水圧下での剪断すべりに起因する(例えば、Obara, 2011)。したがって、浅部マントルウェッジ蛇紋岩体の流体および変形プロセスを調べることは、ETSの発生機構の理解を理解する上で重要である。これまでは深部(約60 km以上)マントルウェッジ起源の蛇紋岩体について主に構造解析が行われており、蛇紋岩体の変形は蛇紋石集合体の延性流動によって特徴付けられている(例えば、Mizukami and Wallis, 2005; Hirauchi et al., 2010)。そこで本研究は、ETSの震源域に相当する温度圧力条件下(温度約500°C、圧力約1 GPa)で形成した浅部マントルウェッジ起源の蛇紋岩体(Aoya et al., 2013)を研究対象とし、構造岩石学的解析を行った。

     四国中央部三波川帯には大小様々な蛇紋岩体が散在的に分布する。本研究では、富郷地域におけるざくろ石帯と曹長石・黒雲母帯の境界(深さ約30 km;Aoya et al., 2013)の泥質片岩および塩基性片岩に囲まれた幅数10 mからなる蛇紋岩体に着目した。この蛇紋岩体には無数の開口破壊および開口・剪断破壊が発達し、レンズ状のブロック(最大長さ1 m)と周囲のマトリックスからなるblock-in-matrix構造が認められる。ブロックの形状は亜円礫状から円礫状をなし、ブロックの表面が溶解した構造をもつ。ブロックとマトリックスはともに蛇紋石(アンチゴライト)からなる。マトリックスからなるアンチゴライトの一部は幅数10 μmの局所的な剪断帯を形成しており、動的再結晶による粒径減少が認められる。

     上記の解析結果は、前弧マントルウェッジ先端付近において、蛇紋岩体が静岩圧を超える間隙水圧下において開口および開口・剪断破壊していたことを示唆する。そして、破壊後の比較的低い間隙水圧下において、アンチゴライトの溶解・沈殿プロセスが起こり、マトリックスが形成されたと考えられる。このプロセスは再び破壊に必要な高間隙水圧条件の達成を促すことから、破壊イベントの発生サイクルがアンチゴライトのカイネティクスに依存することを示唆する。また、一部のマトリックスに存在する局所的な剪断帯の発達は、破壊直後における低間隙水圧および高歪速度下でのアンチゴライトの転位クリープの結果として考えられる。したがって、本地域で観察された破壊イベントとETSに関連性があると仮定した場合、ETSは静岩圧を超える高間隙水圧下での数多くの破壊面(モードI型およびモードI–II型)の形成(微動)と引き続き起こる局所的な粘性クリープ(スロースリップ)であると理解することができる。

    引用文献:Aoya et al. (2013), Geology, 41, 451–454. Hirauchi et al. (2010), Earth Planet. Sci. Lett., 299, 196–206. Mizukami and Wallis (2005), Tectonics, 24, TC6012.

T4(口頭)二次改変された過去の弧-海溝系の復元:日本およびその他の例
  • 澤木 佑介, 坂田 周平, 大野 剛
    セッションID: T4-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    砂岩中に含まれる砕屑性ジルコンの年代分析は、既に消失した地質体の年代も提供しうるため、日本列島の構造発達史の解明において大きな役割を果たしてきた(Aoki et al., 2012; Isozaki et al., 2017など)。これに加えて、ジルコンを供給した母岩組成などに関する情報も得る事ができれば、日本列島形成史の理解のさらなる深化が期待できる。ジルコンの酸素同位体比やHf同位体比などから、ジルコンを晶出したマグマ(母岩)が取り込んだ堆積物量などを見積もる手法が提案されている(Valley et al., 2005など)。この原理を砕屑性ジルコンに応用して、21億年前頃から堆積物を取り込んだ花崗岩マグマの比率が増加した事などが主張されている(Iizuka et al., 2013)。私たちはジルコン中の微量元素濃度からも、同様に母岩に関する情報を引き出したいと考えている。ジルコン中のREE濃度をマグマが取り込んだ堆積岩種の指標とすべく為された先行研究もあるが(Hoskin and Ireland, 2000など)、現状ではその有用性は確立されていない。これは分析に用いられた各々の花崗岩において初生メルトや取り込む堆積岩の組成、晶出鉱物が多様であることに一因があると考えられる。そこで初生メルトが似通っており、堆積物混入量が少しずつ異なる花崗岩を用いて、堆積物の混入量に応じて増加する微量元素を特定したいと考えている。 甲府花崗岩体は伊豆-ボニン-マリアナ弧(IBM弧)の北延に位置し、白亜紀から古第三紀の付加体である四万十帯に貫入している。甲府花崗岩体を構成する花崗岩は芦川-藤野木、笹子、塩平、三宝、広瀬、瑞牆、昇仙峡の7つ程度に細分され(Saito and Tani, 2017)、15~10Maの形成年代を持つ(Sawaki et al., 2020)。甲府花崗岩体の花崗岩はIBM弧下で形成された初生マグマが四万十帯の堆積物を取り込んだ混合マグマから形成されたと考えられている。各岩体における堆積物混入量は全岩の放射性起源Sr同位体比から見積もられており、おおよそ上述の順に堆積物の混入量が増加し、瑞牆岩体や昇仙峡岩体が最も堆積岩を取り込んで形成された花崗岩と見込まれている(Saito and Tani, 2017)。そのため甲府盆地周縁に産する花崗岩は本研究目的に対して最適である。 採取した花崗岩から粉末試料を作成した後にガラスビードを作成し、主要元素の全岩組成はXRF(RIX2100)にて測定した。また、ガラスビードを用いて全岩の微量元素濃度をLA-ICP-MSにて測定した。また、花崗岩から分離したジルコンをEpo-fix樹脂に埋め込み、学習院大学のLA-ICP-MSを用いて各ジルコン内の微量元素濃度を測定した。本発表では堆積岩混入指標としてよく使用されるNbやTa, Thなどの元素について、薄片内に見られる副次成分鉱物の晶出状況などを加味しながら有用性を議論する。砕屑性ジルコンに応用する際の鍵はジルコンの晶出温度とゼノタイム置換の度合いである事も明らかになりつつあり、これらが弧-海溝系の復元研究の一助となれば幸いである。

  • 堤 之恭, 谷 健一郎
    セッションID: T4-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    九州の先白亜紀基盤岩類は、第三紀以降の激しい火山活動による噴出物によって大部分が被覆されているものの、各所に白亜紀花崗岩類が点在することが分かっている。それらの活動史の研究は、長らくRb-Sr全岩(―鉱物アイソクロン)年代やK-Ar年代を用いて行われてきが、近年急速に普及したジルコンU-Pb年代は、古典的な活動史を各地において更新してきた。今回、大分県東北部の国東半島地域および西部の朝地地域より計12試料の白亜紀花崗岩類よりジルコンU-Pb年代測定を行ったので、その結果を報告する。

     国東半島地域の花崗岩類は、半島南東部では108~111 Maと比較的古い値を、半島中央部から福岡県県境地域にかけて95~100 Maを示した。前者の年代は肥後帯(108~113 Ma:堤, 2019)に対応するものと思われる。一方、後者は領家帯に一般的にみられる年代に対応し、瀬戸内海を挟んだ柳井地域(Skrzypek et al., 2016)や高縄半島(Shimooka et al., 2019)の年代とも良い一致を示すので、領家帯の西方延長と考えることができる。

     朝地地域古くは領家帯の西方延長と考えられてきたが、近年では肥後帯に含める場合もある。花崗岩類は、荷尾杵花崗岩を中心として、山中花崗閃緑岩、綿田花崗閃緑岩が存在する。荷尾杵花崗岩のジルコンはU濃度が極めて高く、激しくメタミクト化しているためにほとんど測定できなかったが、測定できた少数のデータは約117 Maおよび123 Maを示した。山中および綿田の試料は約105 Maを示した。荷尾杵花崗岩からは106 ± 4 MaのモナザイトCHIME年代(高木ほか, 2007)や134.7 ± 2.8 MaのジルコンU-Pb年代(藤井ほか, 2008)が報告されている。荷尾杵花崗岩のモナザイトCHIME年代は、山中・綿田両岩体の貫入を記録していると思われる。ジルコン年代に関しては今後も検討の余地が残るが、山中・綿田両岩体より古いことは確実であろう。

    藤井ほか (2008) 地雑 114, 127-140.; Shimooka et al. (2019) JMPS 114 284-289.; Skrzypek et al. (2016) Lithos 260, 9–27. 高木ほか (2007) 地雑 113, 1-14.; 堤 (2019) 地質学会要旨 126, 42.

  • 辻森 樹,  山田 千夏, 青木 翔吾, 青木 一勝, 常 青, 木村 純一
    セッションID: T4-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    Based on the B-isotope characteristics, Yamada et al. (2019a) Lithos discriminated serpentinites in the Franciscan Complex into two groups. HP serpentinites showed lower δ11B values (–12 to +8.8‰) than LP serpentinites (+7.2 to +24.4‰; mostly > +10‰). Yamada et al. (2019b) JMPS also showed a B-isotope difference of antigorite serpentinites among two different metamorphic units of the Itoigawa–Omi area; they found that low δ11B (< +10‰) serpentinite in the blueschist- and eclogite-bearing unit can be distinguished from high δ11B (> +10‰) serpentinite in the amphibolite-facies unit. These observations indicate that HP serpentinites were affected by forearc slab fluids with lighter B signature at deeper depths. In order to evaluate the origin of serpentinite in a blueschist-bearing serpentinite-mélange, we applied the isotope-mapping approach on a 1:5000 scale map of the Osayama Serpentinite Mélange (OSM), SW Japan. The OSM serpentinites show small chemical variations of relict Cr-spinel and no mappable systematics of those, excepting for sporadic occurrences of Na-bearing tremolite and Zn-rich metasomatic chromite rims. However, based on a 219-spots isotope analysis of 39 samples, we were able to map the distribution of two groups of serpentinites. Overall, OSM serpentinites show a wide range of B (9–913 µg/g; mostly > 100 µg/g). The B-isotope mapping revealed the distribution of lenticular antigorite serpentinite blocks with high-δ11B (> +10‰) within low-δ11B (< +10‰) serpentinites. The trace-elements geochemistry found a positive correlation between W and B; the correlation among W/Th and Ba/W ratios suggests an influence of sediments-derived fluids. Moreover, enrichments of As and Sb in the low-δ11B serpentinite suggest an infiltration of As- and Sb-rich fluids from subducting sediments at blueschist-facies depths where sulfide breakdown occurs. We have also evaluated effects of contact metamorphism by a Cretaceous granite. The thermal effect is not extreme in the isotope changes, but in the contact aureole, our data suggests that deserpentinization reactions release boron and cause a small decrease of δ11B. Our isotope-mapping approach offers an alternative and effective new method to constrain and map serpentinite mélange complexes.

  • 沢田 輝
    セッションID: T4-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    砕屑性ジルコンのウラン鉛年代測定は, 2000年頃からレーザー焼灼誘導結合プラズマ質量分析器(LA-ICPMS)の普及によって国内外で広く行われるようになった. 各地の多様な構造場で形成された砂岩などの堆積岩およびそれを原岩とする変成岩の中に含まれる砕屑性ジルコンの大量のデータが供給された. これらのデータは, 様々なスケールの地質研究の進展に大きく貢献した. それらを空間スケールの小さなものから順に列挙すると, (1)堆積年代制約, (2)後背地推定, そして(3)大陸地殻消長史などがあるが, 本発表では(2)および(3)についてレビューし, さらに今後の発展について議論する.

    砕屑性ジルコン年代分布は, 堆積当時の後背地の地殻を構成する岩石の年代分布をおおよそ反映すると考えられている. このことを用いて, 古地理復元や大陸地殻消長の議論が行われてきた. 世界各地の地球史を通じた様々な年代の堆積岩から得られた砕屑性ジルコン年代分布のコンパイルを通じて, 大陸地殻消長史が議論されてきた.

    当初は現世の世界各地の大河川の河口から得られた砕屑性ジルコン年代分布を用いて現在の大陸地殻の年代分布が議論されていたが(e.g. Rino et al., 2004; 2008), 後には年代や地域, 構造場などを区別せずにコンパイルした巨大なデータから, 大陸地殻の形成または保存の卓越した時期を探す試みが行われた(e.g. Condie et al., 2009; Hawkesworth et al., 2009). このような研究は定性的には非斉一的な大陸地殻成長を示す証拠となったものの, 形成と消失を繰り返す大陸地殻の進化を詳細に解読するにはこのような手法は不適であるとし, 堆積年代ごとに区別してデータをコンパイルした砕屑性ジルコン年代の多様性から大陸サイズの変遷を推定することが提案された(Sawada et al., 2018). 約34~32億年前以前の堆積岩には堆積年代以前の数億年程度の間の砕屑性ジルコンしか含まれていないのに対して, 32~23億年前頃には8~10億年程度の間の砕屑性ジルコンが含まれるようになり, さらに23億年前以降は20億年以上の間のものが普遍的に含まれるようになることが示された. このような砕屑性ジルコン年代分布パターンの変化は, 大陸サイズの変化を表していると推定された. 約34億年前以前は海洋性島弧のような細長く年代多様性の少ない大陸地殻が主体で, それらのマントルへの消失も活発であった. このような未熟な大陸地殻が衝突・合体を繰り返し, 32億年前頃には数百~数千kmスケールの萌芽的大陸が現れ, さらに23億年頃には現代の大陸に匹敵する10,000 kmスケールの大陸が現れたと考察される. 一方で, 近年, このような砕屑性ジルコン年代分布パターンの変化を大陸サイズそのものではなく, 大陸地殻の厚さの変化に依存した海面から上に露出している陸地部分の変化でしか無いという見方も提案されている(Reimink et al., 2021). 2020年代となった今でも砕屑性ジルコン分析に依拠した研究は進行しているが, 理解の進展を得るにはこれまでの単純な延長, 拡大では限界に達している. 特に弧海溝系での大陸地殻形成についてはこれまで単純化して議論されてきたが, それらの構造的な個性や地質時代の違いによる区別した議論しなければならず, それを可能とするためには現状の砕屑性ジルコン年代分布以外の判別指標の構築をする必要がある. このような観点から(1)ジルコン以外の鉱物の年代測定, (2)砂岩の全岩組成, (3)LA-ICPMSでは直接分析不可能な微細サイズのジルコン粒子の分析, 等についても紹介する予定である.

    Rino et al. (2004). Physics of the Earth and Planetary Interiors, 146, 369-394.

    Rino et al. (2008). Gondwana Research, 14, 51-72.

    Condie et al. (2009). Gondwana Research, 15, 228-242.

    Hawkesworth et al. (2009).Science, 323, 49-50.

    Sawada et al. (2018). Geoscience Frontiers, 9, 1099-1115.

    Reimink et al. (2021). Earth and Planetary Science Letters, 554, 116654.

  • 植田 勇人, 奈良 幸明, 阿久津 優太
    セッションID: T4-O-5
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    【はじめに】北海道東部の常呂帯仁頃層群は,オホーツク海南縁に形成された付加体と考えられている.オホーツク海は20 km内外の薄い大陸性地殻を有するが,ジュラ紀以降の岩石(おもに花崗岩類や苦鉄質~珪長質火山岩)しかドレッジされておらず,その起源が不明な海盆である.同海盆の北や西には陸弧(オホーツク-チュコトカ火山帯や東シホテアリン火山帯)や白亜紀付加体があるため,白亜紀(~古第三紀?)には,オホーツク海はユーラシア大陸とも,太平洋の海洋プレート(イザナギプレート)とも独立したプレートであった可能性が高い.したがってその成因は,中生代の日本列島周辺のプレート配置や新生代の衝突テクトニクスに大きな制約を与えうる.本発表では,常呂帯仁頃層群で認識された海溝充填堆積物の産状と砕屑物組成に基づいて,オホーツク海の成因や地史について議論したい.

    【仁頃層群の海溝堆積物】仁頃層群は,玄武岩(MORB~OIB)や火山砕屑岩,赤色泥岩とチャートを主体とする付加体であり,黒色泥岩や石英長石質砂岩を全く含まない.このため,付加体でありながら海溝充填堆積物が充分認識されてこなかった.我々は,玄武岩に伴われるトラカイトからジュラ紀のジルコンU-Pb年代を得た一方で,従来海山玄武岩に伴う再堆積性の火砕岩類として扱われてきた緑色の火山砕屑性砂岩から,チャート(ジュラ紀末~前期白亜紀)より若い後期白亜紀の砕屑性ジルコンを得た.また,EDS面分析やLA-ICPMSによって,火山岩片が本質的に火山弧起源の組成を持つことが示された.以上から,仁頃層群の緑色砂岩は,海山のエピクラスタイトでなはく,海溝充填堆積物であったと評価される.

    【砕屑物組成】仁頃層群の砂岩はきわめて岩片質で,玄武岩から流紋岩までの幅広い組成の火山岩片を主体とし,しばしば火山ガラス片や軽石片を多量に含む.これらに加え,角閃岩~変斑れい岩やトーナル岩片を様々な割合で含むことがある.砂岩に伴われる赤色泥岩はしばしば含礫泥岩状であり,玄武岩やドレライトのほか角閃岩~変斑れい岩やトーナル岩を角礫として含む.赤色泥岩を伴う混在相中には,メートルサイズのトーナル岩のブロックも見られた.砂岩中の火山岩片と含礫泥岩中の変成岩片は島弧火山岩の特徴を示す一方,含礫泥岩中の火山岩片はMORBに類似した組成を示した.トーナル岩ブロックからはジュラ紀末のジルコンU-Pb年代が得られた.砂岩は砕屑性ジルコンにきわめて乏しいが,80–100 Maのジルコンが最若集団をつくるほか,後期ジュラ紀から前期白亜紀のジルコンもわずかに含まれる.

    【後背地】 含礫泥岩と砂岩では砕屑物の組成や粒度に違いがあるため,少なくとも2種類の後背地が推定される.一つ目はタービダイト砂岩の給源としての後期白亜紀火山弧である.ジュラ紀より古い砕屑性ジルコンを欠くなどユーラシア大陸の古期岩類の関与が認められないことや,苦鉄質~珪長質の多様な火山岩で構成される点は,オホーツク海のドレッジと共通する.そのため,この火山弧はオホーツク海の古千島弧であったと対比できる.2つ目は含礫泥岩の給源としての海溝陸側斜面であり,MORB的な火山岩と角閃岩化した島弧火成岩,および古期トーナル岩が露出していたと推定される.IBM海溝陸側斜面には,島弧形成初期の岩石・層序が露出することが知られる.そのため,海溝陸側斜面から供給されたと推定される仁頃層群の含礫泥岩中の礫やブロックも,オホーツク海の古千島弧形成初期の岩石である可能性がある.それらの岩石は,古千島弧の基盤が元来は海洋地殻的であり,ジュラ紀末には既に島弧火成活動がおこり,後期白亜紀にかけて火成弧として成熟していった生い立ちを示唆している.

  • 磯崎 行雄, 中野 智仁, 長谷川 遼, Godot Juliana, 堤 之恭, 可児 智美
    セッションID: T4-O-6
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    中新世に起きた日本海の拡大は現在の列島の形を決めた主要なイベントであったが、その直前の古第三紀の古地理の詳細については未解明の点が多く残されている。とくに低温高圧型三波川変成岩の最初の地表露出(成田ほか, 1999)および低角度の古中央構造線(plaeo-MTL; 磯﨑・丸山, 1991)の活動開始の時期がともに始新世であったと推定されている(長谷川ほか, 2019; 磯﨑ほか, 2020; 中野ほか, 2021)。演者らの研究グループは弧-海溝系の構成要素が比較的良く保存されている白亜紀に注目し、当時の火山弧周辺および前弧で堆積した砂岩の後背地の変遷を砕屑性ジルコン年代の大量測定によって解明してきた(Aoki et al., 2014; 中畑ほか, 2016; 堤ほか, 2018; 長谷川ほか, 2018; 石坂ほか, 2021など)。10,000粒を越すジルコン年代測定の結果、白亜紀日本の後背地の地殻構成が、先白亜紀付加体などの多様な地質体の組み合わせからほぼ白亜紀の火成岩類のみへと、白亜紀中葉アルビアンに非可逆的に変化したことが明示された(長谷川ほか, 2020)。またこの体制は古第三紀暁新世まで継続し、白亜紀中葉(100 Ma)から暁新世末(56 Ma)までの約4500万年間は極めて安定した前弧堆積場が存続したたことも確認された(磯﨑ほか, 2020; 中野ほか, 2021)。

     一方、その直後の始新世および漸新世での後背地地殻の変遷については、これまで年代情報が不足していた。そこで、演者らは日本各地に産するこれらの年代の前弧砂岩について検討を進めている。本発表では、九州天草の始新統弥勒・本渡層群、山口西部の漸新統日置層群・幡生層、四国西部の始新統ひわだ峠礫岩と平田層、そして北海道中央部の始新統石狩層群から得られた結果について予察的に考察する。

     各地層から採取した砂岩中の砕屑性ジルコンのU-Pb年代測定(最若粒子の年代:YSGおよび1σYC)の結果、平田層は漸新統最上部、また幡生層はおそらく始新統と、各々従来とは異なる堆積年代が判明した。さらに年代スペクトルを比較した結果、始新世に明瞭な2回の後背地地殻構成の変化が検出された。すなわち、白亜紀後期から暁新世まで、前弧域にほとんど供給されていなかった先白亜紀(ジュラ紀、石炭・ペルム・三畳紀、原生代前期)の古期粒子が始新世前期に流入し始め、さらに始新世後半には原生代後期粒子が前弧に流入し始めた。前者は、それまで後背地に支配的に露出していた白亜紀火成岩類に加えて、おそらくその下位のジュラ紀付加体も地表砕剝され、古期粒子がリサイクルされたことを、また後者は、さらに大陸(大・南中国地塊西側の揚子ブロック)から新たな種類の砕屑物が直接供給された始めたことを記録している。前者は、始新世最前期に三波川変成岩が最初に地表露出したタイミングであり(成田ほか, 1999)、変成岩の構造的上位に累重していたジュラ紀付加体の地表削剝を示している。これはKubota et al. (2020)が指摘した正断層活動の時期とよく一致する。一方、後者は初生的な低角度MTLが活動を開始した時期、またKubota et al. (2020)が先砥部時階と呼んだ逆断層活動の時期にあたる。おそらく弧地殻の大陸側部分が長距離海洋側へ移動した時期と推定される。その後、中新世直前まで同様大陸地殻からの古期砕屑粒子の流入が継続した。

     これまで年代データの不足から詳細不明であった日本海拡大直前の日本の弧-海溝系の前弧地殻変遷について、砂岩の砕屑物の年代組成の変化から初めて具体的な議論が可能となりつつある。

    文献: Aoki et al. (2014) Terra Nova 28, 139-149; 長谷川ほか(2019, 2020) 地学雑 128, 391-417, 129, 397-421; 石坂ほか(2021) 地学雑 130, 63-83; 磯﨑ほか(2020) 地質雑 126, 639-644; 磯﨑・丸山(1991) 地学雑 100, 697-761; Kubota, Y. et al. (2020) Tectonics, 39, e2018TC005372; 中畑ほか(2016) 地学雑 125, 353-380; 中野ほか(2021 印刷中) 地学雑 130; 成田ほか(1999) 地質雑 105, 305-308; 堤ほか (2018) 地学雑 127, 21-51.

  • 山本 啓司, 岡本 和明, 上田 脩郎, 寺林 優
    セッションID: T4-O-7
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    琉球弧は九州南端と台湾の間に約 1200 km にわたって連なる島々からなる島弧である.琉球弧の地体構造は、専ら「本州弧の○○帯の延長がどこを通過するか」という観点からから検討されている。地理的に隣接する台湾や中国南東部を含めた議論はほとんどなされていない。日本に比べて台湾や中国の地質情報が不十分という問題があったかもしれないが、その差はなくなりつつある.

     徳之島は琉球弧中央のやや北東寄りに位置し,大きさは南北約26 km, 東西約14 km である. 徳之島の地質は,中川(1967),斎藤ほか (2009)などによる先行研究から要約すると,先古第三紀の堆積岩類,玄武岩質火山岩類,古第三紀の花崗岩質貫入岩類, およびそれらを不整合に覆う第四紀の礁性石灰岩と火砕堆積物から構成されていて, 島の中央部には超マフィック岩類を含むメランジが分布する.Ueda et al., (2017) は, 徳之島中央部の剥岳周辺の詳細な地質踏査と変形構造解析を行い, 斎藤ほか (2009)が「四万十付加体のメランジ」としている岩体が,泥質片岩,砂質片岩,閃緑岩質片麻岩,角閃岩, 超マフィック岩類から構成され,角閃岩相の低圧部に相当する温度圧力条件を経た変成ユニットであることを明らかにして,この変成ユニットの内部構造が北西に緩傾斜するホースからなるデュープレックスであることを提示した.Ueda et al., (2017) は,この変成ユニットの帰属の候補として本州弧の複数の低圧高温型変成帯を挙げているが,特定には至っていない.

     Yamamoto et al., (2020) は, Ueda et al., (2017) が記載した砂質片岩,閃緑岩質片麻岩,および島の北部に分布する花崗閃緑岩から分離したジルコンのU–Pb年代 とHf 同位体比を測定し,閃緑岩質片麻岩の2試料から2つのインターセプト上限年代 (1846 ± 27 Ma, 1814 ± 57 Ma) と,1つの 下限年代 (185.9 ± 5.6 Ma)を, 砂質片岩の1試料から1組の上限・下限年代 (2089 ± 18 Ma, 181 ± 15 Ma) を決定した.また,古原生代のジルコン測定スポットが正のεHf(t) 値 (+0.8 〜 +12.7) を示し,ジュラ紀の測定スポットが負の値 (-22.8, -19.6) であることから,古原生代に形成された地殻物質が前期ジュラ紀に変成作用を受けたと考えた.Isozaki et al. (2010)などは,南中国地塊に属するカタイシア (Cathaysia)の延長部が沖縄トラフおよび九州北部に達していることを提唱しているが,徳之島中央部の変成ユニットの年代はカタイシアで知られている地殻形成・改変のイベントと調和し,この見解を支持するものである.

     Yamamoto et al., (2020) によると,花崗閃緑岩の試料から抽出したジルコンの206Pb/238U 重み付平均年代は 61.3 ± 1.0 Ma で, εHf(t) 値 (+12.0, +12.6) は未成熟のマグマソースを示す.徳之島の花崗閃緑岩は,暁新世の中国南東部にあった火成活動帯に由来し,その北東延長が本州の山陰帯花崗岩類に相当すると考えられる.

    引用文献

    Isozaki et al., 2010, Gondwana Research, 18, 82–105.

    中川久夫, 1967,東北大学地質古生物研究邦報, no. 63, 1-39.

    斎藤眞ほか, 2009, 20万分の1地質図幅「徳之島」. 産総研.

    Ueda et al., 2017, Island Arc, 26. e12199.

    Yamamoto et al., 2020. International Geology Review, vol. 63, 1-16.

T5(口頭)文化地質学
  • 藤本 幸雄
    セッションID: T5-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    7月にユネスコの世界文化遺産に登録された北海道・北東北の縄文遺跡群は,秋田県では鹿角市の大湯環状列石(C14:4160±30yrBP~3460±30yrBP;藤井ほか,2017)と北秋田市の伊勢堂岱遺跡(C14:3760±30yrBP~3550±30yrBP;加速器分析研究所,2011)で,ともに十和田火山起源の更新世末火砕流台地に立地している.

     大湯環状列石(OS)について藤岡・佐藤(1952)は遺跡が十和田火山中湖起源と推定した「大湯浮石層」の下位にあり,石材は大部分が輝石ひん岩で当時の川礫が使用されたことを述べた.その後加納(1985)は「輝石ひん岩」を石英閃緑ひん岩(Qdp)として記載し,起源を大湯川支流の安久谷川中流に分布する諸助山石英閃緑ひん岩岩体(諸助山岩体)と特定した.藤本(2017)は石材の悉皆調査から十和田火山起源の安山岩(An)が相当量含まれることを示し,諸助山岩体の節理系と安久谷川~大湯川の河床礫を調べて石材の採取地を推定した.一方,伊勢堂岱遺跡(IS)は起源の異なる多種類の石材が使用され,その採取地は遺跡に近い米代川・支流河床と推定された(藤本,2016).今回は両遺跡の立地,石材の岩種組成と形状,帯磁率をまとめてみる.石材と周辺の河床礫(OS12地点,ISは段丘礫も)の岩種組成,形状(円磨度R・最大径L・中間径M・最短径S),帯磁率(ISの花崗岩類GrとAn ,OSのQdpとAn)の概要は以下のとおりである.

    大湯環状列石: 万座環状列石(MN;6488個)と野中堂環状列石(NO;2051個)からなる.後者は東西南北にAnを配した「日時計」状の整った配石を含む.岩種組成はそれぞれQdpが59.7%,59.1%,Anが28.8%,30.0%で河床より多い.Lの平均値はQdpが36.1cm,36.8cm,Anは24.9cm,24.4cmで頻度分布も似ている.共に河床礫より小さく,Qdpは柱状,Anは薄いものが多い.Qdpの帯磁率(×10-3SI)はMN(381個)の平均値が19.0,NO(159個)が18.9で諸助山岩体と一致する.Anは石材,河床礫とも20.6-21.7である.節理面解析から諸助山岩体は北東に伸張,北西に60度程度傾斜する岩脈状と推定される.石材と河床礫の組成・L・円磨度から,石材は遺跡に近い当時の大湯川河床から採集された.

    伊勢堂岱遺跡:北からABCDの4環状列石で構成され,A(1057個)は凝灰岩類(Tf)29.3%,流紋岩(Ry)24.1%,An18.6%,ひん岩(Po)15.7%,B(309個)はTf19.1%,Ry27.5%,An14.6%, Po21.4%,C(1281個)はTf18.4%,Ry20.4%,An26.8%,Po23.7%,D(535個)はTf32.9%,Ry21.3%,An20.9%,Po17.2%で米代川河床礫(100個;Tf16.3%,Ry20.0%,An27.5%,Po28.7%)と類似し,Grや小猿部川源流の新第三紀花崗岩類も含む.Lの平均値はA24.4cm,B19.5cm,C22.3cm,D18.7cmと減少し,頻度分布もAの正規型から,10-15cmピークの非対称型を示す.形状は河床礫より細長く,円磨度はAnで高い.岩質と帯磁率から,Grは段丘から供給された阿仁川源流の太平山花崗岩体起源,Anは田代岳火山起源が多い.石材は遺跡周辺の米代川・小猿部川・湯車川の河床で採集された.

     OSは花輪盆地北部に開けた大湯川左岸の台地上にある.太平洋側から来満峠を越えて安久谷川を下る古道沿いでは,緑色柱状のQdp河床礫は目立つ礫である.一方ISは鷹巣盆地西部で米代川左岸の段丘上にあり,周辺河川の河床礫は特に多量な岩種はない.ISの配石にはOSと小牧野遺跡に似た形式もある.各環状列石は地形地質・周辺河川の礫種・形状に規定され,選択的に採取された石材を活かして施工された.

    文献:藤井安正・赤坂朋美・工藤 海(2017):特別史跡大湯環状列石総括報告書,357. 藤岡一男・佐藤 久(1952):埋没文化財発掘報告,no.2,23-40.藤本幸雄(2016):秋田地学,73,1-16.藤本幸雄(2017):秋田地学,74,1-14.加納 博(1985):大湯環状列石周辺遺跡発掘報告書(1),62-79.加速器分析研究所(2011):史跡伊勢堂岱遺跡発掘調査報告書,北秋田市教育委員会,181-189.

  • 三澤 裕之
    セッションID: T5-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    はじめに

      山形県最上町にある材木遺跡は、縄文時代晩期(約3,200年前~2,400年前)の遺跡である。1973年に最上町教育委員会が主体となり小規模な発掘調査が行われたが、正式な発掘調査報告書は作成されていない。

     筆者は、高校時代から同遺跡を訪れて表面採集を行ってきたが、採集品の中に、未成品を含む緑色の石製品や、その素材となる石材がたくさんあり、その数は大小合わせて61点を数える。筆者は、これらを新潟県糸魚川産のヒスイであると思い長年保管してきた。  

    緑色の石材の分析結果とその特徴

     2018年10月、東北大学東北アジア研究センターの辻森樹教授に材木遺跡の石材の薄片を提供して分析をしていただいたところ、クロム(Cr)入りの緑泥石を少量含んだ石英主体の岩石であることが判明した。その後、東北大学総合学術博物館の長瀬敏郎准教授にも別の資料を分析していただいたが、同じ結果であった。

      お二人からは、この石材について、次のようなことをご教示いただいた。

    (1)緑色であるのは、石英の中にクロム入りの緑泥石が微量に含まれてい るためである。

    (2)クロム入りの緑泥石を含む石英主体の岩石は、これまで日本では確認されていない。

    (3)クロムを含む緑色の鉱物に含クロム白雲母があるが、材木遺跡の石材には雲母は含まれていない。

    (4)クロムが入っていることから推測すると、蛇紋岩が分布する地域で形成された可能性が高い。

     また、この石材(以下、「緑色石英」とよぶ)を、縄文時代に利用された他の緑色系統の石材(ヒスイ、ネフライト、碧玉、緑色凝灰岩等)と比べると、次のような特徴をあげることができる。

    (1)全体的に明るい緑色を呈し、光の透過性が高い。

    (2)粗粒な石英の集合体からなる岩石であるため、研磨された面であっても、ヒスイやネフライト、碧玉などと比べると、滑らかさに欠ける。

    (3)比重は2.6前後であり、ヒスイ(3.3前後)やネフライト(3前後)よりも小さい。

    緑色石英製の玉類の生産と流通

     2019年2月から各地にある遺物の保管先を訪問し、緑色石英の有無を調査し、その結果を報告した(三澤 2020)。2021年6月現在、材木遺跡以外に山形県及び宮城県、秋田県、岩手県の17の遺跡から計24点(玉類22点、礫1点、剥片1点)の緑色石英を確認することができた(図1)。これらのうち玉類については、22点中8点がヒスイと誤認されており、発掘調査報告書等に「ヒスイ製」あるいは「硬玉製」と記載されている。

     分布状況や確認できた遺跡の時期から、緑色石英は、勾玉や小玉などに加工され、縄文時代晩期に東北地方中南部地域を中心に流通していたことが明らかになってきた。出土数はヒスイと比べても少なく、緑色石英製の勾玉が墓坑から出土している例もあることから、緑色石英は当時、ヒスイと同じように価値の高い希少品として扱われていた可能性が高い。発掘品や地権者所有のものを含め、現在65点の緑色石英が確認されている材木遺跡は、緑色石英を用いた玉類の生産・流通の拠点集落であったと考えられる。

    緑色石英の産地

      緑色石英の産地についても、調査を進めているが、現在のところ特定できていない。岩石学・鉱物学の専門家は、着色元素であるクロムに着目し、蛇紋岩が分布する地域に産地があると推定している。山形県や秋田県では、蛇紋岩の分布は確認されていない。材木遺跡の近くでは、遺跡の東方約20㎞にある宮城県の川渡で、小規模ながら蛇紋岩が産出することが知られている。考古学関係者からも情報を収集しているが、産地の特定に結びつくような手掛かりは得られていない。しかし、これまで確認できた分布状況を踏まえると、材木遺跡からそれほど離れていないところに産地があると推定される。      

    引用文献

    三澤裕之 (2020) 山形考古、第49号、1-11.

  • 大友 幸子, 三澤 裕之
    セッションID: T5-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    1.はじめに  

     三澤(2020)は,山形県最上町の縄文時代晩期の材木遺跡で表面採集された緑色の玉類やその石材が緑色の石英からなる岩石であることを報告し,緑色石英を手がかりにして,縄文時代終末期の東北地方中南部地域の物流について考察している.この緑色の岩石は,東北大学の辻森樹氏,長瀬敏郎氏,台湾中央研究院地球科学研究所の飯塚義之氏によって,ほぼ石英からなり,Crを含む微少な鉱物(緑泥石)が含まれる岩石であることが鑑定されている.また,三澤は,このような緑色の石英岩の産地を調べるために,何人もの地質,岩石,鉱物学の専門家(フォッサマグナミュージアム宮島宏氏,益富地学会館の石橋隆氏,秋田大学鉱業博物館の西川治氏,宮島氏を経由して国立科学博物館の松原聰氏等)に岩石を見てもらっているが,今のところ類似するものの情報は得られていない. 今回は緑色石英の肉眼観察,岩石薄片の記載を行い,材木遺跡周辺の地質構成から産地の推定ができるかどうかを検討する.

    2.岩石薄片試料の肉眼観察  

     薄片作成のために切断された断面を観察すると,1mm前後の丸みをおびた粒子の集合であり,丸みを帯びた粒子が目立つが,入り組んだ境界をなすところも見られる.粒子は緑色を帯びたものも,白色のものもある.  また所々に空隙がある.三澤(2020)によると,他の試料も含めて空隙には錐状の結晶(石英)が見られるものがある.

    3.偏光顕微鏡観察  

     大部分は径0.5-1mmの石英からなり,ごく微量の白雲母等を含む.石英は空隙部以外の大部分は他形で,モザイク組織を示す.粒界が入り組んだものもある.粒界を横切る微細な粒子の配列したヒールドマイクロクラックが卓越した1方向に発達している.空隙には,結晶面を持つ自形結晶(図2)がみられる.石英には波動消光をなすものが多く,また放射状の消光(ラメラ?)を持つ粒子(図1)も多い.放射状の消光の中心部にはダスト状の微粒子が集合しているのが見られる.  白雲母は0.1mm以下で,石英の包有物としても少量見られるが,石英の粒界に沿って並ぶもの,粒界に放射状に集合したものがある.

    4.材木遺跡周辺の地質と石英岩について  

     材木遺跡は約80万年前の向町カルデラ内に位置する.カルデラ壁をなすのは先新第三紀の変成岩類(阿武隈変成岩),白亜紀花崗岩,中新統の及位層,金山層であり,カルデラ内には一刎層が堆積している(山形応用地質研究会,2016).周辺の河床礫を観察すると,石英脈は緑色変質した安山岩や凝灰岩中に見られるものがほとんどである.しかしこれらの石英脈は白色のもので筆者がこれまで見てきたものと同様のものであり,緑色のものは見つかっていない.一刎層(礫層)の礫も,周囲の基盤岩類や新第三系に由来するものからなる.依然として緑色石英の産地や地質体の候補が絞られてない状況である.

    文献

    三澤裕之(2020)最上町材木遺跡で採集した緑色の石英についてー縄文時代終末期の東北地方中南部地域の物流に関する一考察ー.山形考古,49,1-11. 

    山形応用地質研究会(2016)山形県地質図(10万分の1)説明書 .山形大学出版会,61p

  • 川村 教一
    セッションID: T5-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    概要

     兵庫県朝来市山東町柊木の寿賀神社には,但馬地方ではほかに見られない石材を用いた燈籠が1基ある.その特徴的な岩相と帯磁率の値から,この燈籠の石材は香川県小豆郡土庄町の豊島産の「豊島石」と対比可能である.風化が著しい様子から,燈籠は近世以前の製作と推察される.近世の「豊島石石造物」は香川,岡山両県をはじめ,四国全域や中国地方・九州北部,京阪神には知られている(松田,2009).本報告では,燈籠の「豊島石」との対比の根拠を示すとともに,但馬地方南部の朝来市の神社に設置された経緯について推測する.

    調査方法

     燈籠および豊島石丁場露頭で岩石の帯磁率の測定とその観察を行った.調査対象の丁場は,日本応用地質学会中国四国支部豊島石研究チーム(2009),長谷川(2010)を参考に,豊島(香川県小豆郡土庄町豊島家浦,同唐櫃,同甲生(転石のみ)),小豆島(土庄町滝宮),男木島(高松市男木町),女木島(同女木町),屋島(同屋島西町)とした.

     調査方法は川村・崎山(2021)と同様である.つまり,調査を非破壊で行うため,石材表面の色調,組織,構成鉱物を肉眼で観察した.また,野外調査と同じ機器を用いて帯磁率を測定した.

     帯磁率は,露頭や転石では植物に覆われていない平坦面を選んで20点ずつ測定した.測定点の間隔は5 cm以上空けるが,全測定点が1 m四方の区画内に収まるようにした.測定機器には携帯型帯磁率計(Terraplus社製KT-10)を使用した.なお同機器の「コア直径」の設定はしていない.燈籠は,笠,火袋,中台,柱,台座などの部材から構成されるが,柱の部材を対象に帯磁率の測定を竿の側面で行った.

    燈籠の岩相記載

     件の燈籠はいずれも同様の岩相の石材から構成されている.竿の部材の岩相は,暗灰色の砂質ユニットと細礫サイズの淡褐灰色の軽石質ユニットの互層で構成されている.

    燈籠の部材の帯磁率

     竿の部材のうち,砂質ユニット8.2×10-4SI,軽石質ユニットの帯磁率は,6.0×10-4SI,7.5×10-4SIである.

    燈籠の石材と類似した豊島石露頭の岩相と帯磁率

     豊島石は,暗灰色の火山礫凝灰岩で,径数 cm以下の黒色を呈する玄武岩の岩片を多く含む(西山ほか,2014).しばしば最大径数cmの軽石を含む層が挟在する.

     豊島甲生の転石は7.5~11×10-4SI,屋島の登山道わきにあるいわゆる「洞窟」の露頭では8.8~13×10-4SIである.そのほかの豊島石の露頭で寿賀神社の燈籠の岩相と類似するものは,燈籠よりも帯磁率は比較的高い値(1×10-3SI以上)を示す.

    対比

     寿賀神社の燈籠の柱は,帯磁率特性から豊島甲生の豊島石と対比可能である.

    課題

     なぜ,但馬の内陸部に豊島石石造物が見られるのかについては,社殿建築にかかわった大工が淡路島からきていることが関係すると推察される.今後はこの点についての検証が必要である.

    謝辞 本研究の費用の一部は,日本学術振興会科研費(基盤研究(B)課題番号 17 H02008,研究代表者 鈴木寿志)によった.ここに記して感謝の意を表する.

    文献

    長谷川修一(2010)讃州豊島石の特性と豊島石石造物の時空分布に関する調査.財団法人福武学術文化振興財団平成 20 年度瀬戸内海文化・研究活動支援調査・研究助成報告書,142p.

    川村教一・崎山正人(2021)兵庫県養父市関宮町及び大屋町とその周辺に分布する 近世・近代の蛇紋岩石造物の石材産地と用途の変遷.人と自然,31,41-54.

    松田朝由(2009)豊島石石造物の研究 I.財団法人福武学術文化振興財団 平成19 年度瀬戸内海文化・研究活動支援調査・研究助成報告書,157p.

    日本応用地質学会中国四国支部豊島石研究チーム(2009)讃州豊島石の応用地質学的研究事始.日本応用地質学会中国四国支部平成 21 年度研究発表会発表論文集,59-64.

    西山賢一・宮本和季・長谷川修一(2014)香川県に分布する豊島石製石造文化財の風化程度の評価.徳島大学総合科学部 自然科学研究,28, 4,45–53.

  • 先山 徹
    セッションID: T5-O-5
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
    会議録・要旨集 フリー

    六甲山地に分布する花崗岩(六甲花崗岩)はかつて御影の浜(現兵庫県神戸市御影)から各地に積み出されたため,御影石と呼ばれるようになった.このことは江戸時代の名所図会に記述されている.そして現在は,花崗岩類石材全般を御影石と呼ぶようになっている.このことは六甲花崗岩が全国的に広く流通していたことを物語っている.六甲花崗岩は淡紅色のカリ長石を特徴的に含むことや瀬戸内海沿岸地域の他の花崗岩と比べて高い帯磁率を有することなどから,比較的容易に産地の同定が可能であり,中世(鎌倉~室町時代)から西日本を中心に広域的に流通していたことが知られている(市村,2013;先山,2013).一方瀬戸内海沿岸地域には花崗岩が広く分布し,大坂城築城の際には多くので石材が供給された.それらの石材産地と比べた時,六甲山地は活断層が多く大きな石材が得られにくいこと,急峻な山地のため搬出が難しいことなど,良好な産地であるとは言いづらい.それにもかかわらず,六甲花崗岩のみが広域に流通したのはなぜだろうか.本発表では,その要因として六甲山麓で頻繁に発生した土石流の可能性を名所図会の記述と六甲山麓の地形・地質との関係から検討する.

     江戸時代の名所図会で御影石を記述したものとしては日本山海名産図会(1799年)と摂津名所図会(1796年)がある.日本山海名産図会の説明文では,(1)御影の浜から各地に搬出していたため御影石と呼ばれたが, (2)海岸線が海側に移動して遠くなり, (3)山地入り口付近のものは取りつくされてしまい, (4)現在は山地奥で採石して御影まで運んでいることが記されている.図会では山地の崖から石を切り出す様子が描かれているが,この記述によると以前は山麓の岩塊を採石していたことが想定される.

     現在,六甲花崗岩を採石している場所はなく,1カ所で住吉川河床の岩塊を採取しているのみである.下図に示した2万分の1仮製地形図神戸及び六甲山(兵庫県立人と自然の博物館所蔵)では,住吉川上流の山中の2ヶ所で採石場が記されているのみで,大量に出回っている六甲花崗岩全体から見ると少ない.六甲山地の花崗岩は徳川大坂城築城に際して大量の石材が供給されたとされ,その残石は大名の刻印を記された「刻印石」や石割の過程を示す「矢穴石」として現地に多く存在するが,その大半は東方の芦屋川流域から西宮に至る地域で,その多くは尾根部に存在する花崗岩のコアストーンや過去の土石流による岩塊である.

     地形的に見ると御影地域を含めた住吉川流域は六甲山麓最大の扇状地であり(下図参照),過去に頻繁な土石流に襲われていたことが知られている.この扇状地地形が海岸線まで達していることから推測すると,御影が村として栄える以前にはこのような土石流によって運ばれた堆積物は海岸線付近まで存在していたと考えられる.このような地形的背景と日本山海名産図会の記述に採石遺物の産出状況を考え合わせると,当初は山麓の扇状地上で,土石流によって運ばれた岩塊を採石していた可能性が高い.中世から六甲花崗岩が他地域の花崗岩類に先駆けて全国に出回り,「御影石」が花崗岩の代名詞となるまで普及した背景には,土石流による岩塊が海岸近くにあり,運搬が容易だったことがあると推測される. 摂津名所図会には,御影石の項目に滋賀県の「木戸石」と京都「白川石」の2ヶ所の石材も示されている.「木戸石」は琵琶湖西岸の比良山地を構成する花崗岩で,山麓には扇状地や沖積錐が発達する.また白川石は京都盆地東部の比叡山周辺の花崗岩で,山地部と盆地境界には扇状地が発達し,山麓に土石流によって運ばれた花崗岩塊が残されている.これらも併せて考えると,江戸時代以前の採石や運搬技術が未発達な頃,石材確保の場は土石流の頻発地域であり,特に海岸近くまで岩塊が運ばれていた御影地域は,絶好の石材産地となったのであろう.

    市村高男(2013)御影石と中世の流通―石材識別と石造物の形態・分布.高志書院,282p.

    先山 徹(2013)花崗岩の識別と帯磁率による産地同定.御影石と中世の流通-石材識別と石造物の形態・分布-(市村高男編),高志書院,45-58.

  • 後 誠介
    セッションID: T5-O-6
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに 紀伊半島南東部の熊野地域には,明治後期から昭和初期に運用開始された7つの水力発電所があった.いずれも地元資本により建設・経営が始まったもので,これら初期の水力発電所は,熊野酸性岩類分布域の辺縁部に位置する点で共通する.年降水量の多い気候条件のみならず,地形・地質を活かして効率的な発電となるよう企図したと考えられる.このため土砂災害の履歴も少なくない.

     ここでは熊野酸性岩類分布域にある水力発電所の立地について報告し,初期の水力発電所の立地と地質の関連について考察する.

    地形・地質の概要 中新統熊野層群に貫入した熊野酸性岩類の大規模岩体が分布する(Miura,1999;川上・星,2007).主岩体はラコリスを形成した流紋岩(熊野花崗斑岩)で,柱状節理や方状節理が発達する硬岩である.先行して噴出した流紋岩質火砕岩が,火成岩体の辺縁部に分布することがあり,タフォニを形成しやすい軟岩である.また初期に噴出した流紋岩(神ノ木流紋岩)があり,柱状節理が発達する硬岩である.熊野層群は前弧海盆堆積体の軟岩である.硬岩である岩体は高い山地を形成しており,岩体の内部と辺縁部に滝が発達し,地質を反映した地形になっている.

    水力発電所の立地 1899(明治32)年に運用開始された鮒田発電所跡では,取水堰は硬岩である流紋岩の渓床に設置され,そこから尾根に設けられた上部水槽まで緩やかな傾斜で導水され,水圧鉄管により発電所へと送水された.発電所跡は,地形が緩傾斜に変わる火成岩体辺縁部に位置する.取水堰と発電所の間は銚子滝をはじめとする渓谷からなり,上部水槽と発電設備の有効落差を流紋岩体に形成された滝や渓谷を活かして得た立地となっている.

     このような取水堰・上部水槽・発電所の位置関係は,これ以降の水力発電所(大里発電所,1903年開始;那智発電所,1913年開始;平野発電所跡,1919年開始;高田発電所,1919年開始;滝本発電所,1921年開始;矢ノ川発電所跡,1927年開始)に受け継がれた.

     すなわち①取水堰は,硬岩である流紋岩の渓床に設置;②上部水槽は,谷を避けて尾根に設置;③有効落差を,滝や渓谷を活かして得る立地;④発電所は,地形が緩傾斜に変わる火成岩体辺縁部に設置されている.流紋岩体に形成された滝や渓谷は,地域の名所となっている.

    発電所の立地と土砂災害 初期の水力発電所は渓谷に立地するため,崩壊・土石流により取水堰や導水路がくり返し破壊されてきた.

     矢ノ川発電所は,取水堰が大破し4年間で廃止された.鮒田発電所跡では,取水堰の上流に砂防堰堤跡が見出された.大里発電所は,1954(昭和29)年に存廃の危機に陥った.那智発電所は,2011年に被災した第1導水路が未だ復旧されていない.

    発電所の立地と地質 当該地域の明治後期から昭和初期に運用開始された水力発電所は,硬岩である流紋岩体に形成された滝や渓谷を活かして,発電のための有効落差を得た立地となっていた.これらの近代化遺産は更新され,現在4つの水力発電所が稼働している.土砂災害からの復旧コストなどの課題はあるが,存続が望まれる.

    引用文献 Miura, D.,1999,Jour. Volcanol. Getherm. Res.92,271-294.

    川上裕・星博幸,2007,地質雑,113,296-309.

T6(口頭)災害多発時代における学術資料・標本散逸問題―大学・博物館は何をすべきか−
  • 大路 樹生
    セッションID: T6-O-1
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    私は従来より自身の古生物学の研究のため、日本、海外の多数の博物館を訪れ、その標本を扱ってきた。また私は2010年に大学博物館に移って以来、化石標本の保管と登録にも従事してきた。このシンポジウムでは以下の3点に関し私が標本と博物館について考えるところを述べたいと思う。

    1.博物館の標本は使える状態になっているべきである。退職する教員の責任は大きい。

     大学を退職する教員が自分の研究したサンプルを博物館に寄贈する、というケースが良くある。その際博物館は原則として、サンプルそれぞれにラベルが付いていて、産地やその化石や岩石の名称が分かることが受け入れの最低条件である。また一連のサンプルを保管するのであれば、リストも必要である。ラベルとリストが付いていない資料を博物館が引き受けてしまうと、その資料を使えるようにするために、とてつもない労力が必要となってしまうケースもある。従って、見た目でどれだけ大事なサンプルのように見えても、ラベルとリストのない資料は使うことが困難で博物館に引き取ってもらえない。また退職する教員は自分の標本を残したいと思うならば自身がラベルとリストを準備し、将来その標本が活かされるような対処をすべきである。

    2.「愛知県に自然史博物館を!協議会」

     沖縄に国立自然史博物館を設立する運動が行われ、沖縄県も積極的にこの計画を支援しているが、私はこの5年ほど、愛知県で自然史博物館の設立を目指す活動を協力者とともにボランティア的に進めている。この協議会には愛知県の動植物学や鉱物学の研究者も参加されている。日本の都道府県中で県立博物館を持たないのは愛知県が唯一である。学術会議から以前「文化の核となる自然系博物館の確立を目指して」という提言が出されたが、愛知県に県立の自然史博物館を作ることによってこの地の研究活動を活発化させ、また次世代へ自然史科学の重要性を伝える拠点を置くことになる。我々はこの提言の大村知事への申し入れを行い、有力議員の協力等もあり、徐々にではあるが活動は前進している。その活動の紹介をしたい。

    3.自然史標本の意味

     自然史標本は色々な意味を持っている。例えば過去のある地域の動植物群のコレクションと現在・未来の動植物群を比べて、その地域の動植物相の歴史的変遷を把握したり、多様性の変動、絶滅を議論できる。また動植物や化石では「模式標本」という学名を付けるもととなった標本を特に重要視し、博物館等の施設で保管し、研究者の希望があれば公開することが義務付けられている。このように自然史標本の保管が重要なことは言を俟たない。

     しかしだからと言って、自然史標本を何が何でも保管すべきであるという立場に私は立たない。これらを使って今後何を研究できるのかを考えるべきである。図書館の図書のようにいずれかはそれが利用されるかもしれないので、全て取っておくべきであるとすれば、博物館の収蔵庫はすぐに満杯になってしまうだろう。

     過去に標本を用いた研究があったとする。それをもう一度検証して新たな考えを提唱する際に、その過去の標本に再度当たってもよいが、むしろ大事なことはその提唱された考えが果たして正しいのかどうかを検証することだろう。その際は新たに(別の種でもよい)標本を集め直し、その自分のデータに基づいて議論することも多い。必ずしも同じ標本(群)に基づいて議論する必要はないのである。サイエンスにおける標本の持つ意味とは、それ自体が重要というより、そこから得られる普遍的な価値、一般性をもつ結論が導き出されるかどうかが重要である。すなわち過去に研究された資料標本は、その当時の結論を引き出すのに使われた重要な材料であるが、標本自体に意味があるのではなく、そこからどのような研究を行ってどのような一般性のある結論を導き出すのかによって意味が異なってくる。

  • 佐々木 猛智
    セッションID: T6-O-2
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    学術標本の長期的な収蔵管理は古くからある問題であるが、最近特に重要性が増している。研究の進展とともに標本数は増加するが、収蔵施設や予算などの資源には限りがあり、状況は改善が求められている。我が国は既に人口減少時代に突入し、将来は研究機関の統廃合が行われる可能性も考えられる。貴重な資料が廃棄されたり行方不明にならないよう、国全体で考える必要がある。

     本発表では、個別の収蔵機関ではなく、日本全体で収蔵管理体制を議論することの重要性を強調したい。そのためには各地の収蔵機関が全国のコレクションの状況を容易に把握できるシステムが重要であると考える。そのような理想的な体制はまだできていないが、ひとつの出発点は「日本古生物標本横断データベース(jpaleoDB)」である。このデータベースは九州大学の伊藤泰弘博士と佐々木が議論して始めたもので、現時点で日本を代表する37機関に収蔵された383161標本のデータと、12873文献のデータを収録している。このデータベースに登録されているのは日本国内に存在する古生物標本の一部にすぎないが、国家レベルで重要と思われる古生物標本のデータの大半はここに含まれているはずである。

     一方、個別の収蔵機関では、限られた予算と人材の制約の中でより効率的な運営を行うための工夫が求められている。状況は収蔵機関によって異なるが、博物館において日常的にコレクションの管理を経験してきた立場から、留意すべき点として以下の3点を強調したい。

     (1) 優先順位:標本収蔵管理は優先順位を明確にするべきである。標本収蔵管理のための資源が有限である以上、膨大な数の資料を全て等しく管理するという幻想は持たない方がよい。東京大学総合研究博物館の古生物コレクションは、出版された証拠標本を最優先する形で長い間運用してきた。これには合理的な理由がある。研究者が博物館標本を調査研究する場合、既に出版された論文等を手がかりに調べることが多く、現実に利用希望の大半は出版済標本である。従って、出版されていない標本は「2軍」扱いで、出版されることで「1軍」に昇格を果たすシステムを採用している。研究者にとって重要な標本とは、何らかの研究成果を発表したいというモチベーションを与えるような標本であり、そのような興感を与えない標本は未出版標本の中に残り続ける。

     (2) 位置情報:データベースには標本の所在がすぐに特定できるようなデータを入力するべきである。電子化、データベース化が効率的な標本管理に必須であることは論を待たない。経験的に電子化されていない資料はほとんど利用実績がないことがないからものこのことは明白である。しかし、本当に重要なことはデータベースの検索結果から短時間で確実に実物の標本に到達できる収蔵システムを作ることである。これには正解はなく、先端的なテクノロジーを用いれば高度なシステムを構築可能であるが、コストとの兼ね合いが問題である。

     (3) 画像作成:標本を電子化する場合必ず画像を作成するべきである。文字情報のみの標本データベースは、利用者にとって、利用しようとするモチベーションがあがらない。実際に自分自身の研究に活用できる状態かどうか判断できないからである。画像はプロの写真家が撮影したようなものを目指すとコストばかりかかり、実りが少ない。高級な画像を作成する必要はなく、標本の存在形態を確認できる程度の簡単な画像を大量生産する方がよい。一例として東京大学総合研究博物館の古生物部門では画像10万点計画を推進中である。

     標本管理で最も難しい問題は場所の確保である。どの収蔵機関においても標本が増え続けているが、建物や土地は容易に増やせない。海外の大規模な博物館には郊外に大きな収蔵庫を構えているところがあるが、今後は日本でも同様の取り組みが参考になると予想される。効率だけを考えれば、国家レベルで一箇所に集中させ管理する方式もあり得る。しかし、災害の多い日本では、集中管理方式は一度に壊滅的な被害を受けるリスクがあるため、各地の機関に分散収蔵した方がよいと考えられる。

  • 寺林 優
    セッションID: T6-O-3
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    香川大学博物館は、四国初の大学博物館として2007年4月に設置、2008年4月に開館した。香川大学と地域との連携を文化面から深めるため、以下の理念と目標を持つ。1. 香川大学の教育・研究において蓄積された数万点に及ぶ標本・資料・発明品などの知的財産の収集・保管・研究活動に重点を置く。2. 香川大学における教育・研究の成果を活かし、地域の自然や文化を研究する市民研究者や郷土史家、小中高の教員、学芸員、サイエンスボランティアなどの研修や交流の場としての「教育・研究型」博物館。3. 香川大学の教職員がその専門的な知識や経験を生かして、香川県全域に展開するさまざまな博物館・資料館、及び歴史、地理、生物、科学、地学などに関する研究団体などの研究活動を支援する「地域密着型」博物館。

     活動として以下を掲げている。収集・保存:香川大学の全ての学部、各学科、各研究室などに所蔵されている標本・資料のリストを作成しホームページで公開する。大学の教育・研究活動によって増加する標本・資料を収集・保管する。さらに学外から寄贈・寄託される標本・資料を積極的に受託する。展示・交流:博物館の基本的性質を示す常設展のほかに、大学内の教育研究成果や、大学博物館と学外のさまざまな個人、団体との教育によって多様な企画展を開催する。教育・普及:「モノ」を通して、真理を学ぶ生涯学習の場を提供する。本学教職員や学外協力員をミュージアム・アドバイザーとして、学生や学外の個人、団体が共に研究し、学ぶ「協育」を基本とする。多彩なテーマのミュージアム・レクチャーを開講する。企画展のテーマに合わせた公開講座を香川大学生涯学習教育研究センターと協力して開講する。

     理念と目標、そして活動目標は崇高であるが、実情は厳しいものがある。施設は、展示室・収蔵庫・実習スペースを合わせて、延床面積約250m2しかない。展示室は、教室ほどの面積しかなく、企画展・特別展の際は常設展示を撤収する必要があり、標本・資料等に少なからずダメージを与えることになる。収蔵庫は、学内外からの移管・寄贈標本でほぼ満杯で、実習スペースにも収蔵し、体験教室は学内の実験室等を活用している。専任教員は不在で、館長(併任)と研究担当と資料担当の2名の副館長(いずれも併任)、全学委員会である博物館会議委員と博物館の活動に協力的な教職員、そして学生らによって運営と活動がなりたっている。職員は、事務補佐員2名(再雇用職員と非常勤職員)で、1名は完全な事務職であるが、もう1名は民間の文学館における勤務経験があり学芸員的な業務に精通しているのが支えである。

     開館から13年間(新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、2020年3月中旬から2021年2月初旬まで臨時休館)に、企画展を毎年2回、夏休みには自然系、秋には人文系を基本とし、計24回開催した。特別展は、開館前に開催した学外特別展2回を加えると計15回に上る。合計39回の企画展・特別展では、関連行事としてミュージアム・レクチャー、特別講演会、講演会、セミナー、トークイベント等を開催した。これらの活動は高く評価されており、科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)を平成25年度に「自然史系標本資料活用の拠点形成による科学への理解増進」で、平成31年度に「持続可能社会への地域の知恵に学ぶ水環境と減災の理解増進」で演者を含む関係教員が受賞している。さらに、令和2年度高松市文化奨励賞(顕彰部門)を演者が受賞している。

     所蔵するコレクションの一つに、「岩﨑コレクション」がある。オフィオライト研究者として著名な岩﨑正夫氏(1922-2016)によって、世界各地で採集・収集された岩石鉱物標本である。寄贈申し込みが2011年12月にあり、2021年7月からリストとともに受け入れを開始した。2015年8月までに受け入れた標本は、もろぶた(木製の大型のもの)71箱、950個である。その後、もろぶた200箱以上、二千数百個の標本を受け入れたが、ラベルの記載からリストを作成し、撮影した写真とともにクラウド型データベースシステムに収蔵品の登録を順次行なっている。

     2021年4月から、大学博物館等協議会の会長校を香川大学博物館が務めている。大学博物館等協議会は、会員相互の緊密な連絡と協力によって博物館活動の進展に寄与し、当面する問題の解決を図っていくために、大学附置の博物館や設置準備委員会、国立博物館等で創設された団体で、加盟館は現在41館である。年に一度介し、大学博物館等が抱える課題と取り組みについて協議・検討し、同時に開催される博物科学会では、教育、情報、研究、地域との連携、展示、マネジメントに係る事例紹介や成果発表が行われ、活発な議論がなされている。大学博物館に共通した課題についても紹介する予定である。

  • 堀 利栄
    セッションID: T6-O-4
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
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    私の所属する愛媛大学の大学ミュージアムは、約10年前に設立され愛媛大学に所属する研究者の研究活動を紹介するポリシーのもと多様な展示を展開している。しかしながら、自然系や文化系標本・資料を保管するスペースが、昆虫標本以外はほとんど設けられていない。小松正幸元地質学会会長の貴重な北海道・飛騨外縁・イギリス等の岩石標本の多くが、退職後に大学に保管するスペースがなくご自宅に引き取られていった。記載鉱物学を専門とされていた皆川鉄雄元教授の標本は、見栄えする鉱物標本の一部は大学ミュージアムに展示されているが、ほとんどが大学理学部標本庫に、退職後整理されず残されている状態である。新たに赴任した助教が鋭意整理を試みているが、膨大な量と評価されない業務活動且つ、全く業務外のボランティアワークであって、なかなか進まない状況となっている。愛媛大学は、愛媛県内にある西予市ジオパークと連携協定を結び、博物館実習や学術研究活動など、様々な連携活動を行なっているが、最近学術標本保管において面白い事例があった。西予市ジオパーク三瓶町須崎海岸においては、黒瀬川構造帯に属する凝灰岩レキ層中に礫として産するハチノスサンゴや日石サンゴの報告があり、その標本は某大学に保管されていると「地質学雑誌」に明記されていた(槇坂・加藤, 1983)。しかしながら2021年6月に地元からの問い合わせがあり某大学に問い合わせた所、標本が行方不明(現在も鋭意探索していただいている)であることが判明した。関係教員の退職後、更にそれに関係する教員も退職した後においては、大学にデポジットされている学術標本の多くは追跡が困難な状況である。このように地方にある国立大学は、学術標本保管・共有について様々な問題を抱えており、地方のみならず学術標本を扱う多くの大学における共通の問題であると言える。 地球惑星系教員の大量退職・災害多発時代を迎え、全国を網羅する標本保管・管理のためのネットワーク制度の設立が急務と言える。

    日本学術会議では、60年ほどから自然系の学術標本問題に着目し自然史科学の振興と自然史系博物館の充実をはかる議論を重ねてきており、多数の関連の声明・提言・報告が出されている。最近では2016年に提言「国立自然史博物館設立の必要性」が出され、沖縄県における自然史博物館設立の検討の契機となっている。日本学術会議第24期(2017-2020)では、自然史・古生物学分科会にて学術標本散逸問題検討Working Groupを立ち上げ、全国の国立大学に協力頂き固体地球科学系の大学資料・標本の現状調査を行った。その結果、1980年に大学所属自然史関係標本調査会によって調査・報告された約540万点の国立大学・公立大学の学術標本のうち、2019年時点で岩石鉱物・古生物系標本の60%以上が喪失し、論文に使われた標本の約65%が所在不明と判明した。その詳細は、2019年日本地質学会学術大会における本問題の関連トピックセッションで報告された。1980年の調査とその報告書「自然史関係大学所蔵標本総覧」(日本学術振興会1981)は、後の大学博物館設立の機運ともなったが、「ユニバーサルミュージアム構想」は、大学改革や国立大学法人化に伴なって、次第に下火となった。日本学術会議では、2020年5月28日に提言「オープンサイエンスの深化と推進に向けて」が出され、その中で研究データの共有促進と共有のためのプラットフォームの重要性が議論されている。それを受け第25期の2021年5月に地球惑星科学委員会地球・惑星圏分科会 では、新たに学術試料共有小委員会および学術データ共有小委員会が組織され、関係各所の委員とともに学術データおよび試料の散逸・保存問題とともに共有化についての実装のための議論をはじめている。一方、日本学術会議の自然史・古生物学分科会では、自然史博物館自然史系標本を保存する方法としてのソフトを充実する対策として「自然史財法」等のための議論をはじめようとしているところである。

    このように、大学・高等教育機関における学術標本散逸・共有問題は、古くて新しい問題である。コロナ禍によって加速されたインターネット社会の中で、どのように実物の学術資料・標本を扱い保管し、それに紐付けられたデータを共有していくか、喫緊の課題となっている。本問題を関係学界の皆さんと議論し、海外の取り組み例も参照しながら、次世代のための学術資産として残せるよう、より良い解決策を見いだしたい。

    引用文献:槇坂・加藤(1983)地学雑誌 V.89, n.12, 723-726.

  • 小宮 剛
    セッションID: T6-O-5
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/05/31
    会議録・要旨集 フリー

    日本地質学会では、2019年に日本鉱物科学会と共同で、大型研究マスタープラン2020に『地球惑星研究資料のアーカイブ化とキュレーションシステムの構築』というタイトルで、国内に地球惑星試料や資料を大規模かつ系統的に保管し、キュレーションをするシステムを構築することを申請しました。大型研究マスタープランとは、科学者コミュニティの代表としての日本学術会議が、各学術分野が必要とする学術的意義の高い大型研究計画を網羅・体系化することにより、学術の発展や学術の方向性に重要な役割を果たす我が国の大型研究計画のあり方について一定の指針を与えることを目的とするものです。 これまで、3年毎に見直しされてきており、2023年に見直しされる可能性があるので、学会では現在次期マスタープランに向けて準備を進めています。

     ところで、2020年に日本学術会議において「オープンサイエンスの深化と推進に向けて」と題した提言がされました。そこでは、「研究成果をもたらした第1次物質的試料の永久保存体制の構築やそれらの背景となった第0次試料の選択的保存について、基本方針を確立する必要性」が説かれております。このように、研究試料のアーカイブ化は今や早急に取り組むべき課題となっています。そこで、25期においても、大型研究計画の施設整備に地球惑星研究資料のアーカイブ化とキュレーションシステムを早急に構築することを申請する予定です。本発表では大型研究マスタープラン2020で申請した内容を紹介するとともに、現在進行形ではありますが、次期申請に向けた準備状況を報告し、みなさんのご意見を伺いたいと考えております。大型研究マスタープラン2020で申請した『地球惑星研究資料のアーカイブ化とキュレーションシステムの構築』の概要は以下の通りです。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-24-t286-1.htmlでも見られますので、そちらもご確認ください。

     『日本で近代科学が産声をあげて150年、日本の研究者は公的な研究費を用いて国内外から多くの岩石・化石試料や隕石、地質・地形情報等(以下、地球惑星研究資料または資料)を集めてきた。しかし、博物学が重要な位置付けを占める欧米と異なり、日本では研究資料のキュレーション施設の整備が大きく立ち遅れている。そのため、学術的価値の高い資料や科学的遺産にあたる資料でさえ維持するのが難しい。加えて各国の土地開発や紛争及び試料の採取・持出制限によって、新たな外国産資料の確保がますます困難になりつつある。そこでキュレーションがますます重要となる。既存資料の保管による科学的貢献の例として、近年のアポロ試料の再分析による月の水の存在の新証拠の発見やカンブリア爆発の概念を創出したバージェス頁岩の研究等がある。どちらも30年以上、公的機関に保管された試料の研究から始まった。さらに、近年の急速な研究技術の進歩を考えると、現在不可能とされる化石の超微量分析、古代ゲノム、地震時に形成された断層岩の超微小領域解析も将来可能となろう。本計画は、現在分散保管されている資料のデジタル・オープンアクセス化とアーカイブ化、それらを網羅する統合データベースの構築、そうしたデジタルデータと実試料の保管・提供を統括する『地球惑星研究資料アーカイブセンター』の新設を提案する。その体系を早急に構築することで、短期には現在日本の地球科学において国際競争力のある岩石・化石試料を基盤とした研究分野を支え、長期では未来の研究者との共同研究として研究技術が高度に発達した30~100年後を見据えた科学の発展に寄与する。また、古地形や地盤データのオープンアクセス化、資源試料の提供及び研究資料の博物館、初等教育機関及びマスメディアへの貸出の一括管理は日本の産業、国土開発、領土管理、生涯学習及び初等教育にも貢献することが期待される。』 

     今後進めていく項目として、(1)本申請内容がより広範な科学者コミュニティから支持される内容であり、かつ多くの科学者が切望しているものであることを示すために、他の学会からの賛同を得ることを進めています。6月の時点では、日本鉱物科学会、地球環境史学会、日本堆積学会、日本地球化学会などから共同提案者や賛同者として、賛同を得ることができ、この取り組みは現在も続けられています。(2)地球惑星研究資料アーカイブセンター設立の準備委員会を立ち上げ、設立に向けた議論を関係する学会や機関の関係者と開始します。(3)日本学術会議地球惑星科学委員会地球・惑星圏分科会に学術資料共有化小委員会が設立されました。両委員会には共通の委員も多くいることから、それらの委員会を両輪として、本計画の準備を進めていきたいと考えています。

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