HLAは多重遺伝子族を構成し, しかも各遺伝子座が多数の対立遺伝子を持つ. この遺伝的多型は世界のどの集団にもみられるが, その対立遺伝子の構成は集団ごとに異なる. ここでは, HLAの対立遺伝子が世界の民族の中でどのように分布しているかを示し, 対立遺伝子頻度の統計学的解析を通して, ヒトの進化の歴史について論じる. 1. HLAの遺伝的多型 ヒトの主要組織適合性複合体(MHC)であるHLAは, 免疫機構の中で非自己抗原の認識を担当する分子である. HLAの遺伝子には多数の対立遺伝子があり, 個体ごとに異なるタイプの遺伝子を持つ場合が多い(1). このような遺伝的多型は, HLAに限らず他の多くのタンパク質をコードする遺伝子でも観察される現象である. しかし, HLAの遺伝的多型は他の遺伝子とは異なり, 対立遺伝子の種類が極端に多い. 実際に, HLAは, ヒトの遺伝子の中でもっとも変異に富む遺伝子であるかもしれない. そして, この遺伝子の変異を比較研究することによって, さまざまなヒトの集団の間の進化的系統関係を探ることができるのである.
Bourletらによって最初の非哺乳類MHC遺伝子(ニワトリのクラスIIβ鎖遺伝子)がクローニングされた後,爬虫類,両生類,硬骨魚類,軟骨魚類から続々とMHC遺伝子が分離され,現在では最も原始的な脊椎動物である無顎類(ヤツメウナギ,メクラウナギ)を除くすべての脊椎動物綱からMHC遺伝子が分離されている. 本稿では,ヒトから軟骨魚類に及ぶ多様な生物種のMHC遺伝子を解析することにより明らかとなったMHC遺伝子(分子)の進化の特徴について述べてみたい.