高次脳機能障害とは、脳損傷に起因する、運動および感覚麻痺などでは説明できない言語・動作・認知などの障害のことであり、失語、失行、失認や記憶・注意・思考・遂行機能などの障害を含む包括的用語である。高次脳機能障害を呈した者は、個々の機能障害を有するだけでなく、日常生活に大きな不都合が生じ、社会生活にも多大な不利益を受けるため、そのリハビリテーションに携わる者は、対象者の個々の機能障害と活動・参加の状況を全体として捉え、サービスを提供する必要がある。高次脳機能障害のリハビリテーションには、1.半側無視患者に対する視覚的走査訓練や記憶障害患者に対する記憶訓練のような、個々の機能障害を改善するために特定の課題を反復するアプローチ、2.半側無視患者に対する更衣動作訓練や記憶障害患者に対するメモリー・ノート活用訓練のような生活技能の獲得を促すアプローチ、3.就労支援の現場やデイケアなどで行われる包括的アプローチ、の3 つがある。この3 つのうちの1 つ目の特定の課題を反復するアプローチにおいて、訓練課題となる可能性のある課題に心的回転課題がある。われわれは、図形および手の心的回転課題について、その反応時間計測やNIRS による脳機能計測を行なってきた(Shimoda, Takedaら, 2008, Takeda, Shimodaら, 2009)。図形の心的回転課題は、一対の図形を異なった回転角度で提示し、その2 つの図形が同じか、または鏡像かを判断させる課題である。手の心的回転課題は、手の写真や線画を様々な回転角度で提示し、その提示された手が左手か右手かを判断させる課題である。この手の心的回転課題における反応時間や課題遂行時の脳機能計測の結果から、被験者は、提示された手の写真や線画に自身の手を重ねる運動をシミュレートしながら課題遂行している可能性が示唆されてきた。この運動イメージを用いている可能性があるという知見を基に、この課題をComplex Regional Pain Syndrome type 1(CRPS1)による疼痛軽減に用いる試みが報告されている(Moseley, 2004)。また、失行患者(Tomasino, 2003)や半側無視患者(Vromen, 2011)ではこの課題の正答率が低いことが報告されている。本シンポジウムでは、われわれが行なってきた心的回転課題における反応時間やNIRS による脳機能計測の研究を紹介するとともに、手の心的回転課題研究の最近の動向を紹介し、この課題に関する基礎研究の今後の方向性や運動および高次脳機能障害に対するリハビリテーションへの応用可能性について考えたい。
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