認知神経科学
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14 巻, 2 号
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第17回認知神経科学会学術集会
特別講演
文化対談
  • 堀 文子
    2012 年 14 巻 2 号 p. 90
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    自然の美しさや生命の神秘を描き続ける日本画家・堀文子。1939 年、女子美術専門学校(現・女子美術大学)在学中、新美術人協会展に初入選、第二次世界大戦後も、創造美術、新制作協会、創画会と革新的なグループで活躍を重ねた。風景や動植物など自然界に取材した初期作品には、既に旧来の日本画とは一線を画し、西洋絵画の表現をも取り入れた新しい絵画を目指す強い意志を見ることができる。1961 年には、エジプト、ヨーロッパ、アメリカ、メキシコなどを単身で巡り、異国の文化を探求した。3 年に及ぶこの欧米旅行は、異国を主題とした斬新な作品を生む一方、堀文子が日本画と向き合い、画家として再出発を果たす契機ともなった。その後、49歳の時に東京から神奈川県大磯町に転居、12 年後には軽井沢にアトリエを構えて大磯と行き来する生活を始めた。さらに69 歳で単身、イタリア・アレッツォ郊外にアトリエを構え、6 年間にわたり日伊を行き来して豊かな自然に取材した作品を描いた。自身の感動に根ざした独自の表現と新しいモチーフを常に求めて、堀は80 歳を越えても中南米やネパールなどへ取材旅行を行い、異境の風景などに取材した作品を発表した。80 歳代半ば以降は、顕微鏡下の微生物や中国古代の甲骨文字など神秘的な自然世界と不可思議な歴史世界からインスピレーションを得た作品で新境地を開き、90 歳を越えた現在も、飽くことなく創造を追究し続けている。こうした堀文子の長期に及ぶ創造の歩みと人生に対する姿勢は、多くの人々から感嘆と共感をもって支持されている。
会長講演
教育講演Ⅰ
  • 中野 今治
    2012 年 14 巻 2 号 p. 92
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    脳の基本構造:異常を知るには正常を知らねばならない。これは全ての領域に通じることであるが、複雑極まる構造を有する脳においては殊の外当てはまる。また、機能的に局在化している脳では、その領域を肉眼的に同定することが重要である。見当外れの部位の標本を調べても正しい病変はとらえられない。また、認知症を呈する症例の脳は何らかの萎縮を呈する。萎縮の有無を判定するためにも脳の正常のボリュームを知り、萎縮の確実な指標をとらえることが必要である。前段では、このような正常と萎縮のマーカーについても触れたい。【II】認知症疾患の病理:正常の認知機能は、大脳の神経細胞体→軸索→軸索終末と樹状突起(あるいは神経細胞体)間のシナプス→神経細胞体→軸索……という連綿かつ広範な信号伝達で営まれている。認知症はこの信号連鎖がcritical な箇所、或いは広範に断たれた結果として生じるものと考えられる。この様な離断を生じる疾患は多岐にわたるが、認知症をもたらす疾患は大凡以下のように分類できる。1)主として灰白質(従って主に神経細胞体やシナプス)を侵す疾患には、(1)神経変性症としてはAlzheimer病、前頭側頭葉変性症(Pick病、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、嗜銀顆粒性認知症、ALS with dementia)、dementia with Lewybody などがあり、(2)感染症としてはプリオン病が代表的である。2)白質を主病巣とする(髄鞘や軸索を侵す)疾患には、脱髄疾患としての多発性硬化症やADEM、感染症としてのPML、代謝疾患としての白質ジストロフィーやMarchiafava-Bignami病、腫瘍では血管内悪性リンパ腫症、血管障害ではビンスワンガー病やCARASIL やCADASIL などが挙げられる。3)白質と皮質をほぼ同等に侵すのは動脈硬化性の多発性脳梗塞、血管炎、Sneddon 症候群などが有り、感染症ではSSPE やHIV encephalitis が数えられる。後段では演者が経験した認知症疾患の基本像や興味深い疾患を取り上げ、解説を加えてわかりやすく提示したい。
教育講演Ⅱ
  • 杉下 守弘
    2012 年 14 巻 2 号 p. 93
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    19 世紀後期以来、失語症は大脳のどの部位に損傷があるか示してくれる存在であった。たとえば、ウェルニッケ失語なら、左側頭―頭頂葉損傷、純粋失読なら左後頭葉内側面損傷といった具合である。しかし、1970年代のCT、そして1980 年代からのMRI の登場により、大脳のどこに損傷があるかは、失語症に頼らずとも、知ることができるようになった。そうなると、失語症研究はその意義を失ったかというとそうでもない。失語症研究は、「大脳の損傷部位を示す」という役割以外に、大脳のどの部位の損傷で、どのような失語症(言語症状)が起こるか」を明らかにするという役割がある。これによって、「大脳で言語がどのように営まれているか」を推定できるので重要な役割である。この役割はMRIの登場によって強化された。すなわち、MRI の発達により、2 mm程度の損傷でも同定されるようになったので、小さな損傷でどのような言語症状が生ずるか明らかにすることが、容易に出来るようになったからである。大脳のどの部位の損傷でどのような言語症状が生ずるかという知見をもとに、大脳の言語メカニズムを推定する研究は1870 年代のウェルニッケ、1970 年代のゲシュウィンドなどによって進歩してきた。しかし、その後の発展ははかばかしくない。それは、小さな損傷でどのような言語症状が生ずるのかについての知見が蓄積されてこないことが原因と思われる。それでは、小さな損傷でどのような言語症状が生ずるか明らかにできるとして、具体的にどのようなテーマがあるだろうか。本講演ではウェルニッケ―ゲシュウィンドモデルを参照しつつこの問題を論じたい。「大脳のどの部位の損傷で、どのような言語障害が起こるか」を明らかにするという失語症のアプローチは、大脳における言語メカニズムを解明するアプローチとしては間接的である。一方、機能的MRI のように「いろいろな言語課題を被験者に行わせ、その被験者の脳活動測定する」直接的アプローチがある。たしかに、間接的方法よりも直接的方法のほうが利点が多い。しかし、現状では、機能的MRI は精度が低いのが問題である。このため、依然として、失語症による「言語の大脳メカニズムの研究」は魅力あるアプローチとして評価されてしかるべきである。
教育講演Ⅲ
  • 加藤 敏
    2012 年 14 巻 2 号 p. 94
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    創造活動一般は、大局的にみると各人の1)(生物学的エネルギーにあたる)生命力動と2)(認知パターンを含む)人格構造の2 つの要因によって駆動されると考えることができる。Jamison(1989)は、イギリスとアイルランドの少なくとも一つの賞をとった詩人、小説家、芸術家47人を対象にして、88%が感情障害の既往をもち、小説家および芸術家の1/ 3は循環性気分変動の既往を、1/ 4 は高揚気分状態の既往があったとする知見を出した。そして生命的エネルギーが高まって精神の活動性が速くなり、高揚気分のなかで一定期間高い生産性が発揮される状態を、「創造性エピソード」(creative episode)と名づけ、およそ全体の9 割の人にみられたという。この研究は生命力動の視座からの創造性の要因を指摘したものといえる。他方で、芸術家や思想家、また一般人の創造活動の質的特徴は、それぞれ人の人格のありようが寄与しているところが大きい。各人の人格は、一般に、不断の生成のなかにある。それゆえ微細にみれば不安定な均衡状態にある。この状態から、なんらかの均衡創出への内的促しのもとに、創造活動がはじまり、作品が形づくられると見ることができる。極めて概括的な見方だが、われわれは、大きく3 つの人格構造を区別でき、それぞれ創造性の3 つの質的違いに対応する。(世俗的社会に馴染ない)統合失調スペクトラム、(Ex. ウィトゲンシュタイン)、(世俗社会への自然な協調的参入をする)躁うつスペクトラム(Ex. ゲーテ)、(特定の異性に対する強い愛の感情、またその裏返しの憎しみ、攻撃の感情の併存を一つの特徴とする)神経症スペクトラム(Ex. フロイト)がそれである(加藤、2002)。これら3 つの人格構造は、言語を必須の媒介項にして不断に形成される社会脳の3 つの類型ということができる。発表においては、傑出人の例をだし、精神病理学の見地から社会脳の質的な違いを述べ、生命力動の視座と人格構造の視座は、人間を対象にした認知神経科学においても、その方法論において参考になることを指摘したい。
特別企画
  • 杉下 守弘
    2012 年 14 巻 2 号 p. 95_0-95
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    アルツハイマー病の領域においては、治験でも研究でも軽度の症例に研究の重点が移っている。そこで、はじめに、「アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)の診断基準」(2011)で推薦されているエピソード記憶の検査5 つと、エピソード記憶以外の領域の検査5 つを取り上げたい。また、最近では、軽度認知障害(MCI)より「前臨床期アルツハイマー病」が問題になってきている。「前臨床期アルツハイマー病」での微妙な認知機能の衰退をどうとらえるかが今後の課題となっている。一定期間における認知機能の継時的変化やクロスモーダルな連合記憶などが手掛りになると言われている。この領域の検査としてMMSE も有用とされているので、日本で本年春に出版されたMMSE-J(「精神状態短時間検査―日本版(MMSE-J)」翻訳・翻案杉下守弘,2012)についても言及する。
  • 林 俊宏
    2012 年 14 巻 2 号 p. 95_1-95
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    認知症の機能画像診断には脳血流SPECT やPET が用いられている。一方、機能的MRI(fMRI)は課題作成・刺激提示装置・解析環境の必要性などから専ら認知症の病態研究に用いられてきた。近年、課題を施行しない安静時にも脳の内因性活動のゆらぎが脳の大域的ネットワーク内で同期していることをfMRI で検出できるようになり、安静時fMRI という研究分野が興隆してきた。認知症疾患関連では、アルツハイマー病にてdefault mode network という後部帯状回・楔前部と内側前頭前野を中心とした大域的ネットワーク内の活動同期性が下がることが注目されている。安静時fMRI は施行が比較的容易であり、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)さらにその前段階でも異常が検出可能であることから、「前臨床期アルツハイマー病の診断基準」(2011)にて有望な画像バイオマーカーだと言及され、国際プロジェクト「アルツハイマー病神経画像戦略2」(ADNI2)や優性遺伝性アルツハイマー病ネットワーク(DIAN)にて採用された。本講演では、アルツハイマー病の安静時fMRI 研究を中心に概説し、その有用性と問題点についても検討したい。
  • 平田 幸一
    2012 年 14 巻 2 号 p. 96_0-96
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    レビー小体型認知症(Dementia with LewyBodies : DLB)はアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症とともに現在日本では三大認知症の1 つとして知られている。アルツハイマー型認知症とは機序が異なるが、同じ神経変性を基盤とする認知症の一種である。認知障害だけでなくパーキンソン病のような運動障害も併発することもある。かつては、びまん性レビー小体病と呼ばれていた。レビー小体とは、神経細胞の内部にみられる特異な封入体であり、レビー小体はα-シヌクレインが含まれるため、α-シヌクレノパシーともいわれその成因病態が注目をあびている。症状として特徴的なことは幻覚、特に視覚性の幻覚が初期からみられることにある。次第に、アルツハイマー型認知症のような認知障害と、パーキンソン病にみられるパーキンソニズムと呼ばれる運動障害の両方が症状として出現するが、ときに、パーキンソン病から症状が始まることもある。症状は次第に進行し、比較的早期に寝たきりになる。初期には、診断が困難でありアルツハイマー型認知症やパーキンソン病と診断されたり、時にはうつ症状のためうつ病と診断されることもある。近年、病態の解明と治療の進歩が進みつつある。
  • 林 洋一, 小池 敦, 竹内 具子
    2012 年 14 巻 2 号 p. 96_1-96
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    認知症に薬物を始め種々の治療を行った場合、その治療効果を測定するために心理検査が用いられる。そのような心理検査の中で最も多く使用されるのがADAS-COG である。心理検査は検査者が正しく検査し、その結果を正確に解釈する必要がある。米国で始まった国際プロジェクトADNI ではADAS-COG を用いて検査する人は資格認定試験に合格することが義務付けられている。本講習会では米国と同じ試験問題を用いて資格認定を行う。なお、試験は平易で95%近くの受験者が合格する。
シンポジウムⅠ
  • 川口 英夫
    2012 年 14 巻 2 号 p. 97
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    近年普及してきた新しい脳機能計測法の一つであるNIRS(Near Infra-Red Spectroscopy)は、安全かつ低拘束状態で比較的簡便にヒトの脳機能を測定できるため、リハビリテーションなどの臨床現場や認知心理・教育などの分野で活用できるツールとして期待されている。このNIRSについて、先ず初めにその原理や特長を紹介し、さらに計測時に留意すべき点について述べる。一方、報告者は近年、ヒトの行動解析を通した『社会能力の定量化』を試みている。例えば、『社会能力』を把握するため、『社会的相互作用』が発現する場として2 人で実施するゲームを用いた。具体的には、積み木を用いたバランスゲームであるジェンガを採用した。この場面において、社会能力に困難のある高機能広汎性発達障害児(HFPDD : High Functioning Pervasive DevelopmentalDisorders)と、社会能力に困難のない定型発達児の行動特徴を比較することで、『社会能力に関連する行動指標』の抽出を目指した。検者(成人)を一定とし、対戦相手であるHFPDD 児または定型発達児のゲーム時の行動特徴を比較した。モーションキャプチャ・システムを用いて可視化した行動軌跡について、場面間での行動特徴の相違に関しても検討した。さらに、重要な社会的シグナルと考えられる視線の方向および発話をコーディングし、行動データと比較した。行動解析の結果、対戦型ゲーム(ジェンガ)場面において、相手の番でも、相手の指先を追ってしまう行動が多く見られた。これは『行動の引き込み(entrainment)』が生じたと考える。さらにこのゲーム場面において、HFPDD 児の頭部の運動範囲は検者に比して狭く、定型発達児のそれは検者と同等であることが明らかとなった。実際に、検者の頭部の運動範囲で規格化したHFPDD 児と定型発達児の運動範囲の平均値は、危険率0. 1%で有意に異なった。したがって、頭部の運動範囲を指標として、HFPDD 児と定型発達児の識別ができる可能性がある。次に、2 台のNIRS を用いて、上記の対戦型ゲーム場面において、ゲーム中の2 人の脳活動を同時に計測することを試みた。その結果についても報告する。
  • 武田 湖太郎
    2012 年 14 巻 2 号 p. 98
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    NIRS は脳活動計測法の中で特に簡便性が高く、計測時の拘束性の低さが利点のひとつとして挙げられており、様々な動作や姿勢における脳活動が計測可能であるとされている。またその特徴から、リハビリテーションをはじめとした臨床における脳活動計測法として期待されており、多くの報告がなされてきた。脳卒中の後遺症のひとつに片麻痺があり、脳卒中が生じた脳部位の反対側の手足に運動機能障害が現れることが多い。機能が障害されたとき、また、回復したときには脳活動に変化が生じていると考えられており、脳卒中患者の脳活動が運動機能回復後に変化していることがPET やfMRI を用いた研究により報告されてきた。脳活動の変化を捉えるためには経時的に繰り返し計測することが望ましいが、PET やfMRI を用いて数日おきに計測することは患者に負担がかかる。そこで我々は、負担が少なくルーチン検査が可能であるNIRS を用い、軽度片麻痺例を対象として脳卒中発症直後から経時的に麻痺手運動時の脳活動を計測した。軽度片麻痺例では、急性期において広範囲の両側一次感覚運動野が賦活し、発症後約1 ヶ月を境として健常者と同等の脳賦活パタン(対側優位)へ変化することが示された。また、運動機能が回復しきらない中等度片麻痺例の慢性期における計測では、同側賦活や両側賦活パタンといった異常な脳活動パタンが残存していた。我々はこれまで、中等度片麻痺例の回復前や重度片麻痺例における脳活動については報告してこなかった。麻痺手を動かそうとしたときに他の筋肉も同時に動いてしまう共同運動がみられることが多く、それに依存して頭部や体幹の傾斜が生じ、NIRS 計測信号にモーション・アーチファクトと思われる信号が重畳したためである。そこで我々は健常成人を対象として頭部および体幹をチルトベッドへ固定し傾斜させる実験を行い、傾斜角度に依存したアーチファクトがNIRS 信号へ混入することを確認した。また、NIRS 計測時に、通常の計測よりもProbe 間距離の短いチャネル(Short-Ch)を用いて頭皮血流を同時に計測することにより、体幹傾斜によるアーチファクトの多くが頭皮血流として混入することが判明し、また、その成分を計測データから除去することができた。近年、皮膚血流信号はNIRS 計測におけるアーチファクト問題として重要視されている。Short-Ch を用いた皮膚血流の除去法は有用であるが、全てのチャネルに対してShort-Ch を配置するためには通常の2 倍近い数のProbe が必要であり、広域を計測する実験には向かない。そこで、少数のShort-Ch のみを用いて頭皮血流を除去する手法を提案し、シミュレーションにより脳活動を精度よく抽出できることを確認した。本提案手法を用いることで、体動の大きい患者の脳機能計測も可能になると考えられる。
  • 下田 信明
    2012 年 14 巻 2 号 p. 99
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    高次脳機能障害とは、脳損傷に起因する、運動および感覚麻痺などでは説明できない言語・動作・認知などの障害のことであり、失語、失行、失認や記憶・注意・思考・遂行機能などの障害を含む包括的用語である。高次脳機能障害を呈した者は、個々の機能障害を有するだけでなく、日常生活に大きな不都合が生じ、社会生活にも多大な不利益を受けるため、そのリハビリテーションに携わる者は、対象者の個々の機能障害と活動・参加の状況を全体として捉え、サービスを提供する必要がある。高次脳機能障害のリハビリテーションには、1.半側無視患者に対する視覚的走査訓練や記憶障害患者に対する記憶訓練のような、個々の機能障害を改善するために特定の課題を反復するアプローチ、2.半側無視患者に対する更衣動作訓練や記憶障害患者に対するメモリー・ノート活用訓練のような生活技能の獲得を促すアプローチ、3.就労支援の現場やデイケアなどで行われる包括的アプローチ、の3 つがある。この3 つのうちの1 つ目の特定の課題を反復するアプローチにおいて、訓練課題となる可能性のある課題に心的回転課題がある。われわれは、図形および手の心的回転課題について、その反応時間計測やNIRS による脳機能計測を行なってきた(Shimoda, Takedaら, 2008, Takeda, Shimodaら, 2009)。図形の心的回転課題は、一対の図形を異なった回転角度で提示し、その2 つの図形が同じか、または鏡像かを判断させる課題である。手の心的回転課題は、手の写真や線画を様々な回転角度で提示し、その提示された手が左手か右手かを判断させる課題である。この手の心的回転課題における反応時間や課題遂行時の脳機能計測の結果から、被験者は、提示された手の写真や線画に自身の手を重ねる運動をシミュレートしながら課題遂行している可能性が示唆されてきた。この運動イメージを用いている可能性があるという知見を基に、この課題をComplex Regional Pain Syndrome type 1(CRPS1)による疼痛軽減に用いる試みが報告されている(Moseley, 2004)。また、失行患者(Tomasino, 2003)や半側無視患者(Vromen, 2011)ではこの課題の正答率が低いことが報告されている。本シンポジウムでは、われわれが行なってきた心的回転課題における反応時間やNIRS による脳機能計測の研究を紹介するとともに、手の心的回転課題研究の最近の動向を紹介し、この課題に関する基礎研究の今後の方向性や運動および高次脳機能障害に対するリハビリテーションへの応用可能性について考えたい。
  • 谷口 敬道, 平野 大輔
    2012 年 14 巻 2 号 p. 100
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    私たちは、「反応がない」「反応が乏しい」といわれる重症心身障害児(重障児)が、様々な生活体験を通して、変化、発達していく姿を目の当たりにしてきた。当初は、母から「この子、なんだか私の声を聴いているように思えるんですよね」といった語りや療育スタッフの「もしかしたらこの子わかってるんじゃない」といった個人の印象にすぎないものが、介入により複数の観察者が同じ印象をもつまでに変化する。私たちは、「観察」を通して特定の印象をもつ。これは、詳細な行動観察や自らの働きかけに対する児の応答をつぶさに「観察」した結果から得られるものであるが、児のことをわかろうと努めているからこそ得られた結果であり、すべての観察者が当初から同じ印象をもつことは難しい。また、そのような「観察」結果から療育目標を設定し介入方法を決定していくとき、この「観察」=事実に対する客観的裏付けが欲しいと願う療育関係者は多い。客観性に対する疑問がある中で「観察」しか手段をもたない私たちは、何らかの科学的指標をつくり上げたいと同時に願う。NIRS を用いる目的は、対象となる重障児の個別的な介入方法を検討するためである。fMRIをはじめ様々な脳機能計測法とNIRS の違い、各々の位置づけについては本シンポジウムの主題ではないので割愛するが、本目的を達成するための測定方法として、他にはない位置づけにあると実感している。NIRS の特長は、第1 に特別な部屋を必要とせずベッドサイドでも測定可能、第2 に測定課題は、「観察」から得られた「もしかしたらこれわかっているんじゃないか」という「これ」を課題にすることができる、第3 に測定デザインの設定は、測定データの加算を必要としないデザイン、加算を必要とするデザインの場合も3 回から5 回で信頼性の高い結果を得ることが可能であり、対象児を拘束する時間的制約は短い、などが列挙できる。私たちは、普遍的な脳の機能を発見するために脳機能計測を行っているのではなく、事例検討の一手段として脳機能計測を行う。私たちの進捗状況は、本領域におけるNIRS 測定の有用性を確認し、再現性の高い測定方法を身に付けた段階である。2004 年3 月よりNIRS 装置を導入し、ようやく実践的に用いることが可能となった。この背景には、NIRS データの解析方法、信頼性の高い結果を得る方法などNIRS を正しく使用するためにいくつかの段階を必要としたためである。私たちは、健常者を対象とした測定の蓄積を先行して行い解析方法の検討、測定技術の習熟を優先してきた。本装置の使用には、日本光脳機能イメージング研究会(2004 年3 月から本年度第15回)を代表に様々な学会に参加しリアルタイムに知見を得ながら使用することが求められる状況と言える。本シンポジウムにおいては、上記の経過を踏まえ、複数の事例測定の結果、重障児施設における療育活動に測定結果を活かした例について報告する。
シンポジウムⅡ
  • 三分一 史和, 越久 仁敬, 岡田 泰昌, 川合 成治, 田村 義保, 石黒 真木夫
    2012 年 14 巻 2 号 p. 101
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    最近の計測技術の進歩により、グリッドタイプの時空間イメージングデータの計測が可能となっている。データ解析には主に回帰分析や相互相関解析が用いられ、脳神経の賦活の様子が統計量としてマップ化される。これらの解析法には神経賦活の時間的変化を反映した参照関数を先験的に仮定する必要があり、言い換えれば、神経賦活のうち、その変動パターンが参照関数と相似性の高いものが検出されるということになる。また、参照関数が定義出来ない場合は、解析そのものが困難になってしまうという問題がある。本講演では、これらの問題点を回避するために、我々の研究において開発された時空間フィルタリング法を解説する。これは、コントロール条件下の区間で自己回帰(AR)型の時系列モデルを同定し、残りの区間をその同定されたモデルによりフィルタリングを施しイノベーション(残差)を推定するイノベーションアプローチに基づく方法である。イノベーションの中にはコントロール区間のモデル化で予測することができない信号が含まれていれば、それは、コントロール区間では生じていなかった神経賦活と推定することができる。有意な神経賦活の検出にはイノベーションの振幅レベルを統計検定する必要があり、繰り返し測定されたデータと単一試行データの場合とでその統計処理法と統計量の空間マップ化法を紹介する。
  • 菊地 千一郎
    2012 年 14 巻 2 号 p. 102
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    前頭前野の機能のうち、ステレオタイプの抑制は日常生活において大変重要である。私たちはステレオタイプの抑制に関係が深いと言われており、課題の遂行ペースが統制しやすく被検者にとって親しみ深い、後だし負けじゃんけん課題を用いたNIRS(近赤外線スペクトロスコピー)研究を行ってきた。私たちはブロックデザインを用い2 つの条件の差分法を用いたNIRSで、負けじゃんけん課題が勝ちじゃんけん課題よりも、前頭前野のうち特に前頭前野外側で課題遂行中の脳血液量変化が大きいことを示した(Kikuchi et al., 2007)。私たちを含めた多くの先行研究において、外側前頭前野や補足運動野がステレオタイプの抑制に関連があることが示唆されている。しかしながら、この抑制に関する研究では、データ解析方法のうち、難易度を変化させていく研究はほとんど行われていない。そこで私たちは、後だしじゃんけん課題の難易度を段階的に設定してNIRS を施行した。関心領域は両側の外側前頭前野と補足運動野を中心にして、難易度を2 つの側面から設定した。まずは「質的な難易度」、つまり手を決定するためにより複雑な判断を要求される刺激課題を4 種類設定した。具体的には、コンピューターからランダムに提示されるじゃんけんの手に対して、(1)WIN(勝ち続ける課題)、(2)LOS(負け続ける課題)、(3)ALT(勝つ手、負ける手、勝つ手、負ける手を交互に出し続ける課題)と(4)RND(コンピューターの出す手に勝つ手、もしくは負ける手を出すべきか50% の確率で指示される課題)とした。多くの健常被検者に施行したところ、主観的な難しさはWIN < LOS < ALT <RND となったにもかかわらず、課題難易度の上昇に伴い血液量変化は上昇していくわけではなく、右腹外側前頭前野においてWIN>LOS の血液量変化が最も際立っていた(Matsumoto et al.,in press)。次に私たちは「量的な難易度」、被検者の可能な範囲内でLOS 課題をより一定時間内により素早く行う刺激課題を設定した。具体的には24秒間の刺激課題中、例えば、(1)2. 4 秒間隔、(2)2. 0 秒間隔、(3)1. 5 秒間隔、(4)1. 2 秒間隔でLOS を施行してもらったところ、左の外側前頭前野と両側ブロードマン6 野付近で課題難易度の上昇に伴い脳血液量が線形に上昇していった(Yamauchi et al., on submission)。難易度を2 つの側面から変化させていったこれらの研究をまとめると「ある程度複雑な判断が要求される課題をできるだけ忙しく行う」ことで前頭前野活動が最も大きくなることが判明した。しかしながら質的な難易度で必ずしも活動が上昇していくわけではない理由については不明であり、今後とも研究を続けていきたい。
  • 清水 俊治
    2012 年 14 巻 2 号 p. 103
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    本研究は、運転課題遂行中の認知行動と脳活動の関連性を考察し、左右の空間認知に関わる脳部位を明確にすることを目的とし、脳血流量の変化を測定するNIRS を用い、大きく分けて、(1)模擬運転時の脳活動計測、(2)実車を運転時の脳活動計測、の2 条件について脳活動を計測した。それぞれの結果から傾向・パターンを解析・考察する。被験者は、年齢が20代で運転歴のある右利きの健常男性である。この研究の最終目的は、高齢者や障害者の支援や、人々の社会生活の安全性を向上させるためのアプリケーションの開発である。まず、(1)模擬運転時の脳活動計測では、左右の提示を元に被験者にステアリングを回してもらい、提示された方向に対し、正転、反転、ワンバック課題を行ってもらった。入力(提示された方向)は同じであるのに対し、出力(ステアリングを回す方向は)異なる課題を行うことで、脳の認知や処理過程に差を出し、その差を統計処理によって検定にかけることで、活動レベルの差から空間認知に関わる脳部位を考察した。(2)では、(1)の結果との比較・検討や先行研究における結果の検証を行うことを目的とし、実車運転中の脳活動を計測した。交差点進入時の脳活動を解析した結果、左脳半球外側前頭前野において統計的有意差が確認でき、これは先の研究と類似した結果が得られた。したがって、先行研究の検証に関しては、一定の成果が得られたと考えられる。加えて、新たな試みとして、眼球運動やステアリング操作を基準に運転中の脳活動をさらに詳細に解析することで、目視で得た情報からその後の行動を決めるまでの認知・判断・決定の過程を考察した。結果として、左脳半球下前頭回から側頭葉にかけての部位において統計的有意差が見られたことから、言語理解や音声認識に着目し、(1)の追加実験として言語認知と空間認知の関係について考察したので報告する。
  • 柏倉 健一
    2012 年 14 巻 2 号 p. 104
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    近赤外計測装置を用いて疲労に関連する脳部位を特定し、疲労の強度と当該部位の脳賦活応答量との関係性を評価する。
  • 西村 幸香
    2012 年 14 巻 2 号 p. 105
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    精神疾患の診断と治療は問診や臨床症状によって行われ、臨床検査がないことは限界のひとつであり、医療者だけでなく、患者やその家族がともに理解できるような、客観的なバイオマーカーの探索が望まれている。近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)による脳機能計測法は、自然な姿勢・環境で実施できるため、非侵襲的で簡便な精神疾患の臨床検査として、臨床応用可能性の高い測定法のひとつである。2009 年に厚生労働省の先進医療検査として承認された、「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」では、言語流暢性課題遂行中のNIRS 変化信号パターンの違いに注目し、うつ症状を呈する患者について、約7〜8 割の精度で大うつ病性障害・双極性障害・統合失調症の操作的診断基準(DSM)と合致した結果を示すとされている(滝沢ら、2009)。東京大学医学部附属病院精神神経科においても、2009 年9 月より、先進医療による光トポグラフィー検査を開始し、その実証性について検討を行っている。さらに、統合失調症圏(F2)及び気分障害圏(F3)を対象として、縦断的に測定を行い、波形の変化や臨床指標(症状・機能評価)との関連について検討を行っているため、その現状を紹介する。対象は、東京大学医学部附属病院精神神経科を受診し、外来・入院をした患者(一部に当科で運営する「こころの検査プログラム」に参加した他院通院中の患者を含む)と、スクリーニング検査で精神疾患を呈していないことを確認した健常対照者である。統合失調症圏には発症危険群At Risk Mental State(ARMS)の患者も含んでいる。本研究は東京大学医学部倫理委員会に承認され、被検者には事前に趣旨を説明し書面にて同意を得て実施している。計測手順・教示は、多施設共同研究「こころの健康に光トポグラフィー検査を応用する会」の検査プロトコールに従った。統合失調症圏(F2)では、横断的な検討において、ARMS 群ですでに健常者に比して有意に賦活反応性が低下している部位や、初発統合失調症や慢性統合失調症へと病期が進んでいくに従って低下していく部位を見出し、前頭葉機能は臨床病期の進行に伴って、脳部位に応じてそれぞれに変化する可能性を報告している(Koike et al, 2011)。また、気分障害圏(F3)の横断データでは、DSM に即した診断とNIRS 信号パターンとの一致率は、全体では約5〜6 割となり、先行研究の約7-8 割と比べて低下した。ただし、うつ症状を呈し、メランコリー型の気分障害患者に絞ると約7 割となり、対象患者群の異種性についても考慮すべき点があると考えられた。本発表では、これらを踏まえ、臨床応用を進める上の現時点での限界と今後の可能性についても考察したい。
シンポジウムⅢ
  • 平田 雅之, 柳澤 琢史, 菅田 陽怜, 貴島 晴彦, 吉峰 俊樹
    2012 年 14 巻 2 号 p. 106
    発行日: 2012年
    公開日: 2017/04/12
    ジャーナル フリー
    開眼時のαblockingなど脳活動にともなって大脳の律動状態が変化することが知られている。我々はこの脳律動変化を脳磁図や皮質脳波を用いて計測し、感覚・運動・言語等の脳機能の局在や時間的推移を調べ、脳外科の術前評価に用いてきた。たとえば、末梢神経電気刺激により対応する一次体性感覚野にhigh γ帯域の同期反応が認められることや、黙読課題によりBroca 野にlowγ帯域の脱同期反応が認められることを明らかにし、術前の中心溝同定・言語優位半球評価や機能局在評価に用いてきた。最近ではこうした知見をブレイン・マシン・インターフェースに応用して、皮質脳波を用いてロボットアームのリアルタイム制御を達成した。さらに位相情報解析により、運動前にhigh γ帯域の振幅がα帯域の位相にカップリングしていることを明らかにして、運動制御のメカニズムへの関連性を調べている。本発表では、こうした脳律動変化を用いた脳電磁イメージングとブレイン・マシン・インターフェースへ応用について紹介する。
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