【要旨】私たちは、3つのテーマ:1)脳を診る、2)脳を読む、3)脳を変える、ことで、どのようにヒトの脳内ネットワークが働き、時々刻々と変化する外界からの情報を適切に処理し、行動しているか研究している。
本講演では、「脳を診る」というテーマから並列的視覚情報処理の基礎と臨床応用に関する研究を紹介する。アメリカ留学(シカゴ・ロヨラ大学神経内科・Celesia 教授)の際、ネコ・ヒトの網膜電図(ERG)、視覚誘発電位(VEP)を研究した。帰国後は、並列的視覚情報処理の研究を開始した。至適な視覚刺激を用いることで、網膜から高次視覚野に至るまでの視覚情報を担う神経細胞の種々の情報を抽出することができる。例えば、要素的な刺激である格子縞のパラメータ(輝度、コントラスト、波長、空間周波数、時間周波数)を変えることにより、一次視覚野(V1)の機能を定量化できる。また高次視覚野の刺激には、顔、文字、コヒーレント共同運動などが至適刺激であり、V4 やV5の機能を検索できる。
健常成人・老年者のデータを基に、認知症や自閉スペクトラム症(ASD)などの病態生理に迫ることができる。ヒトが直進方向に移動すると、外界の放射状の動きが生じ、これをオプティック・フロー(OF)という。自己運動の知覚に関与し、後部頭頂葉で処理される。アルツハイマー病では、頭頂葉障害により、OF知覚が障害され、迷子や危険運転の原因となる。認知症の予備群である軽度認知機能障害(MCI)患者では、OF 刺激による誘発電位(P200)は高い特異度、高い感度をもって、MCI 患者と健常老年者を区別できることを発見した。非侵襲的で安価かつ信頼性のあるMCIの早期診断バイオマーカーとなることが期待される。
我々の一連の研究成果及び文献的考察から、ASDで生じている視覚ネットワーク異常に関する新しいモデルを発表した。つまり、ASDの病態は単一の脳領域の障害ではなく、複数の脳領域間の複雑な機能的・構造的な脳内ネットワークの障害が本質であることを示し、ASDは「コネクトパチー」であるという新しい疾患概念を提唱した。
以上、目先の研究成果にとらわれず、サステナビリティー研究をすることが、ヒトの高次脳機能解明につながると考える。
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