生命倫理
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13 巻, 1 号
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  • 原稿種別: 表紙
    2003 年 13 巻 1 号 p. Cover1-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 付録等
    2003 年 13 巻 1 号 p. App1-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 目次
    2003 年 13 巻 1 号 p. Toc1-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 目次
    2003 年 13 巻 1 号 p. Toc2-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 養老 孟司
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 3-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 盛永 審一郎
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 4-11
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    この論文では、第一に、現代の倫理的状況について概観し、それを「価値真空状態」、「集団的行為」、「抽象性のはき違いという誤謬」として特徴づけた。第二に、巨大テクノシステムと市場経済が支配する時代においては具体的人間性に欠けた精神が支配しているということ、必要なのは、他人の安全や幸福に対して関与し、自己のものとして関わり、身代わりとして共感的に関わる共同責任だということをH・レンクにしたがって考察した。レンクはそれをIn dubio pro humanitas concretaという命題にまとめている。第3に、人間の胚は治療法の開発という研究目的のためなら利用することは許されるのか、という問題を考察した。そもそも「胚」は人間の尊厳を持つのだろうか。この問いに対して有力な議論として登場してきたのが、間接的議論としてのNIP議論とメタ議論としての用心議論Vorsichtsargumentである。これらの議論を紹介し、In dubio pro embryoneをわれわれの時代の真理としたい。
  • 秋葉 悦子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 12-19
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    国際的な生命倫理の基本原則としての「人間の尊厳」と、ヒトの始まりについての生物学的事実は、必然的にヒト胚の科学実験を禁ずる。
  • 蔵田 伸雄
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 20-27
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本稿で問題にすることは、人の胚の道徳的地位に関する議論における「人間の尊厳」という価値の性格である。例えば人の胚の破壊は「人間の尊厳」を損なうことだと言われている。だがその場合の「人間の尊厳」とは、西洋文化に特有の価値にすぎないわけではない。またそれは個々人の「人権」によって守られるような価値に尽きるものでもない。それは胚が可能的な人格であるという自然的事実に基づく規範的価値である。また「人間の尊厳」とは、「人間性」という語に置き換えることのできるような価値でもある。このような点を考慮すれば、人の胚の破壊を容易に認めることはできないであろう。
  • 野嶋 佐由美
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 28-35
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 平良 専純
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 44-52
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    わが国における遺伝子研究とか疫学研究のような「ヒトを対象とする調査研究」で倫理の問題が議論されるようになったのは、平成13年3月に三省合意のガイドラインができた頃からであり、つい最近のことである。それまでは、体外受精や臓器移植といった臨床医学の場面での倫理問題が主体であった。財団法人放射線影響研究所(放影研)では、1977年に人権擁護調査委員会を発足して以来、調査研究における倫理面での審査を行ってきたが、この委員会が設立したのは、当研究所が日米合同調査研究機関であることから、米国において黒人男性を対象として行われていた人体実験、「タスキギー研究」発覚に端を発する、施設内審査委員会(IRB)の設置が義務付けられたことに起因している。放影研では過去230件あまりの調査研究における倫理問題をこの人権擁護調査委員会において審査している。その間、被爆二世健康調査をはじめ、さまざまな倫理問題を取り扱ってみて、筆者は、「調査する側」と「調査される側」がいかにお互いの立場を理解していくか、どうやってその信頼関係を築いていくかが倫理問題の基本であるように思っている。
  • 弘 睦夫
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 53-57
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    倫理原則に限らず真理一般を、唯一絶対の普遍的なものとして考えようとする風潮を、批判的に再考することが本稿の主題である。絶対主義的で原理主義的な思想は、近代の合理主義思想の正統な伝統の上に成立する考え方であるが、現在の状況下では無条件に受け容れられるものではない。生命倫理的問題に限らず、歴史的社会的に広く相関する問題化の視点が重要であると思われる。そしてそこでもつとも切実に要求されているのが、寛容の精神に基づく柔軟な人間的な態度ではないであろうか。
  • 松井 富美男
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 58-62
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    「人間の尊厳」の語はひんぱんに使用されるわりには概してあいまいである。人間の尊厳があいまいなのは人間の概念があいまいだからである。にもかかわらず、人間の尊厳は歴史的体験性に裏づけられた、まさにドイツ的な了解概念であって、それ自身がさらなる根拠を必要としないのは明らかである。ここでは人間の尊厳は以下のように規定される。第一には、人間は「神の似姿」として創造されたというキリスト教的言説をもとにすれば、人間の尊厳は少なくとも「差異化」と「水平化」の二重機能を有する。第二には、人間の尊厳はその文脈に応じて「生」にかかわるだけでなく「死」にもかかわる。人間の尊厳はこの点で生命の尊厳から明確に区別される。第三には、人間の尊厳は道具化禁令として、すなわちカントの人間性の定言命法として定式化される。しかしこの原理をもってしても育成目的のクローン人間を阻止することはできないであろう。このような場合には、「偶然性」「不確実性」「不完全性」「自然性」などの諸要素を加えて人間像を再構築し、新たに「人間的善」を追求する必要がある。
  • 白井 泰子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 63-69
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    2001年3月に文部科学省・厚生労働省・経済産業省は「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を告示し、2002年6月には文部科学省・厚生労働省による「疫学研究に関する倫理指針」が告示された.こうしたー連の流れからは、ガイドラインを策定しその遵守を求めることで関連領域における医学研究の適正化を図ろうという行政の姿勢が見て取れる.これらの指針では、各々の研究機関や病院に設置されている倫理審査委員会が適正に機能していることを暗黙の前提として、研究の科学的妥当性と有用性の検討ならびに被験者・試料提供者の人権の尊重とプライバシー保護の観点に立った研究審査という任務を委員会に課している.しかし日本では、研究機関や病院における倫理(審査)委員会の設置さえ十分には把握されていない状況にある.三省指針等の立脚点である「倫理(審査)委員会が適正に機能している」という前提自体の妥当性については、日本の倫理(審査)委員会の実状を把握した上で改めて検討する必要があろう.我々のプロジェクトでは2002年3月〜4月にかけて、全国の大学医学部・医科大学、医学系研究所および病院など2,248施設を対象として「遺伝子解析研究を中心とした倫理審査委員会の現状に関する調査」を実施した.本報告では、調査を通じて見えてきた日本の倫理(審査)委員会の実状と問題点についての検討を行うと共に、研究倫理と医療ケアの倫理との乖離に対処するさいの問題点についても言及した.
  • 甲斐 克則
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 70-74
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 難波 紘二
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 75-80
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本論文タイトルの疑問に答えるために、科学におけるクローンとは何かを簡単に検討した。クローンとは受精卵以後に一個の体細胞に由来して形成された、組織された細胞集塊をいい、このため遺伝的構造が同ーとなる。クローンには多種多様な存在が知られている。「人間の尊厳」という言葉の歴史を検討し、それが時代を超えて普遍の意味をもつというのは事実でないことを明らかにした。しばしばこの言葉は議論において根拠を提示することなく、異論を封じ込めるのに用いられている。ヒトのクローン技術は現時点においても生殖医学において許容できる範囲の安全率をもっていると考えられる。従って、この技術を利用する以外に自分の子供を絶対にもつことができない個人が出現した場合に、この技術の人間への応用が、他の個人や社会に危害を与えることが明らかに証明されるのでない限り、それを禁止するのは自由に対する行き過ぎた抑圧と見なされるべきである。
  • 浅井 篤, 大西 基喜
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 81-88
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    主要な倫理理論に基づいた倫理ガイドラインや法的規制は、極めて有用かつ重要である。しかし、時にそれらだけでは解決し得ない倫理的ジレンマが存在する。この論文では、困難な倫理的ジレンマに直面した時の、患者ケアの倫理的判断に関わる人々の持つ徳(virtue)の役割について考察する。我々が重要だと考える徳は、医療の目的、医療において患者に利益を与えられる可能性、医療に関わって自分が幸福になれる可能性という観点から導き出される。我々は、患者ケアの倫理的判断に関わる人々の持つ徳性は、判断の内容や結論ではなく、決断に至る過程に一定の指針を与えることができるという意味で有意義だと考える。そして、彼らが有徳であれば、そうでない場合と比較し、患者ケアにおいてより善い結果が生まれるかもしれない。さらに何が善いことかわからない時こそ、患者ケアの倫理的判断に関わる人々の有徳さ-善いことを行なおうとする気質-が必要とされるのではないだろうか。
  • 山本 剛史
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 89-96
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本稿は、環境問題を引き起こす集団的行為をコントロールするための倫理学的アプローチを考察するものである。従来の環境倫理学は損傷を受ける側の自然を倫理的共同体に組み入れようとしてきた。しかし自然そのものが倫理的に振る舞うことはありえない。従って、本稿では集団的行為そのものにおける倫理的行為者の理念形成が試みられる。ハーディンは行為者が自己利益の最大化を目指すものと規定するならば、集団的行為に関わる道徳が放棄されざるを得ない、と主張する。しかしそれは環境問題の解消と言う目的のもとに生じる犠牲者を、やむをえないものと正当化することを意味する。一方、ヨナスは「未来倫理」の命法に基づき、将来世代に対する我々の義務と、未来倫理を通して真に守られるべき「人類の理念」を明らかにする。さらにヨナスは、行為主体を未来倫理が課す責任を履行し、かつ独力では存し得ない責任対象に対して応答するものと規定する。この主張を参考にして、義務を負う能力に応じた責任の分配こそが環境倫理学における真の課題ではないかと問題提起がなされる。
  • 栗原 千絵子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 97-104
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    世界医師会によるヘルシンキ宣言第29条は、医学研究の被験者はいずれも公平に最善とされる治療法を提供されなければならないという研究倫理の原則を表現しており、29条後半では最善と証明された方法が存在しない場合のプラシーボもしくは無治療との比較対照試験を許容している。この条文は宣言の2000年改訂に向けて国際的論争を喚起したが、採択された条文では29条の理念がほぼ維持された。しかし2000年版採択後も議論が続き、29条について研究倫理の理念を覆す「注記」が2002年世界医師会総会で承認された。一方、被験者を保護する包括的な法制度のない日本において「臨床研究の指針」が2003年春告示されるが、上述のような論争について十分な議論はなされていない。「国家戦略」として医学研究が推進される現況に照らし、歴史的考察を踏まえ公共政策的な生命倫理学の観点からプラシーボ対照許容範囲についての意思決定が求められる。
  • 細川 理恵, 今井 博久, 村岡 潔, 中尾 裕之, 月野 浩昌, 加藤 貴彦
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 105-112
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は、遺伝子医療に対する人々の意識や思考過程について、医師、医学生、一般市民の間における差異を検討することである。遺伝子医療の倫理意識と価値判断について、医師、医学生、一般市民を対象に意識調査を実施した。質問票を医学生には直接配布し、医師・一般市民には郵送した。有効回答数は、医師109人(54.5%)、医学生365人(72.9%)、一般市民121人(60.5%)であった。調査の結果、医師・医学生・一般市民のグループ間の意識に大きな差は見られず、人クローン技術の人への応用に対しては、全体として慎重な態度がみられた。遺伝子診断による受精卵の選別については、遺伝的問題のある家系である場合や、疾患の重症度が高い場合には賛成意見が多くみられた。また、年齢や性別によって回答傾向に違いがみられ、遺伝子医療に関する意思決定には知識以外の年齢・性別・経験などが関与することが示唆された。
  • 松井 美帆, 井上 正規
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 113-121
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は、入院高齢患者の終末期ケア、特に延命治療の意向とアドバンス・ディレクティブの是非について明らかにすることである。対象は大学病院内科病棟の65歳以上の入院患者52名で男性29名、女性23名、平均年齢は72.7歳であった。末期の延命治療については6つの医療処置に対して、全体で「希望しない」47.1〜54.9%と回答したものが最も多く、次いで「医師の判断に任す」、「家族の意向に任す」が合わせて同程度みられ、「希望する」は3.9〜9.8%と少ない結果であった。アドバンス・ディレクティブの是非については支持するが55.8%であり、女性に有意に多い結果であった。その理由として最も多かったのは「家族が判断するため」51.7%、「自分の意向を示しておくことは重要だから」34.5%であり、一方、支持しない理由としては「家族や担当医にその場になって決めてもらう」56.5%であった。以上の結果から、入院高齢患者では積極的な延命治療を望むものは少なく、家族への配慮や自己決定の重要性により55.8%がアドバンス・ディレクティブを支持していたことから、前期高齢者の世代から自らの事前指示の意向を示しておくことが重要である。またわれわれ医療人はこのような入院高齢患者の終末期ケアに関する意向を踏まえつつ、意思決定への支援を行っていく必要がある。
  • 会田 薫子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 122-129
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    1997年の「臓器の移植に関する法律」の施行以来、脳死からの臓器移植に関する諸問題は、そのほとんどが片付き、残る課題の中心は、小児からの臓器摘出の可否の検討とドナー増を図ること、と考えられている。しかし、日本も採用している全脳死の概念への疑義が「臓器移植先進国」アメリカで再燃し、本質的な問題は、再び、「脳死とは何か」に戻ってきている。「脳死は人の死」というのは過去の理解であり、今やアメリカで移植医療に関わる医師や生命倫理研究者は、全脳死の概念を「論理的整合性を若干欠いていても、移植医療を支える社会的構成概念として有用」と理解しているが、ドナーになる一般市民はこれを知らない。しかし、善意のドナーが臓器移植システムの土台を成す以上、一般市民には正確な情報が与えられなければならない。善意のドナーの誤解を利用したまま臓器移植システムを運営することは許されない。
  • 前田 まゆみ, 伏見 清秀, 高瀬 浩造, 田中 雄二郎
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 130-139
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    医療に対する社会的要請が増すなか、法改正による卒後臨床研修制度が義務化される。これに合わせ、卒前・卒後教育、受け入れ病院での研修カリキュラムの構築が急務とされている。特に医学教育では臨床倫理教育、すなわち、患者との信頼関係・医療秩序・医療モラルに関する教育の不足が近年認識され、新たなる教育カリキュラムの導入が待たれている。しかし具体的な教育内容については議論力て始まったばかりであり、医師の倫理意識の現状把握さえも十分とはいい難い。そこで今回、卒前教育を終えたばかりの研修医を対象に、臨床倫理教育という観点より教育内容を検討する目的で意識調査を試みた。調査の結果、比較的患者側に配慮する意識と法・倫理への興味の存在が明らかになったが、臨床倫理の意識は低いものであった。また、研修医の意識の背後にある因子を主成分分析により抽出し、判例教育という注目すべき項目を導き出した。この判例教育内容の工夫によって倫理的な判断や分析、解決、評価の思考能力を習得できると思われた。具体的な教育方法としてはPBLやロールプレイを提案した。
  • 渡辺 義嗣
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 140-149
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本小論は、ある仏教者の脳死・臓器移植反対論を検討することによって、その問題に対して宗教者に期待されるアプローチを示唆しようとするものである。山折哲雄氏の脳死・臓器移植反対論は非常に興味深いものであるが、反対に成功しているとは言い難いように思われる。その理由は次のとおりである。1)彼は脳死・臓器移植に際して死の作法が本来的に成り立たないというが、必ずしもそうとはいえない事例がある。2)彼は捨身飼虎の説話成立の過程に遡って臓器提供を否定するが、それは歴史的批判に基づく否定であって、仏教精神に基づく否定とはいえない。3)彼は断食したいので臓器を提供しないと主張する力て、それは不十分な前提から導かれている。また、彼の主張には次のような特徴や限界が見受けられる。1)一つの説話/教義だけに基づいて反対の意見を導いている。2)はじめから彼の理想とする死の作法や断食死を想定して議論しているため、事実上、脳死・臓器移植問題は議論から閉め出されている。3)その結果、ドナー、レシピエント、およびその家族といった、臓器移植をめぐる人たちが議論の外に置かれている。以上を踏まえると、特に宗教者には、次のようなアプローチが期待されるだろう。1)現代医療の諸問題に対して宗教の側から発言する場合、個々の教義からではなく、できればその宗教の根本原理から説明、あるいは議論の展開をしていただきたい。2)宗教者は死の専門家とみなされているのだから、死にゆく人に共感を示しつつ、現代医療、特に救急医療の現場をよく知った上で、その専門知識や経験を生かしていただきたい。
  • 鶴若 麻理, 岡安 大仁
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 150-157
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本稿は、わが国の高齢者の生きがいに関する研究の現状をふまえ、特別養護老人ホーム入所者、特定有料老人ホーム入居者、通所リハビリテーション・デイケアに通う高齢者、ホスピスに入院している高齢末期がん患者、さらに長寿でしかも活動的な高齢者(新老人の会)などの5つのグループごとに、主として後期高齢者を対象とし、高齢者の語り(ナラティヴ)から、高齢期における生きがいの実態とその本質を明らかにすることを目的とした。高齢者の語り(ナラティヴ)から、生きがいを感じさせるものとして、(1)連帯感、(2)充実感・満足感・幸福感、(3)達成感・追求感、(4)有用感、(5)価値という5つが示された。主として家族を中心とした身近な人々との連帯感、日常生活における充実感、今までの人生の満足感などが生きがいとして捉えられていた。また高齢期の生きがいは、過去から現在に至るまでの時間の流れの中で捉えていくことが重要であると示された。さらに、生きがいは自己や人生への肯定を通して語られることが多いと示された。高齢者の生きがいの内実を明らかにするためには、高齢者の語り(ナラティヴ)に注目することは必要かつ有効であった。またバイオエシックスの立場からも、ナラティヴ・アプローチは、介護、看護、医療の現場でのケアの向上に対して有益な視点を提供しうるものであると言えよう。
  • 永水 裕子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 158-166
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    本稿では、アメリカにおけるメディカル・ネグレクトに関するいくつかの判例の分析を行う。まず、即座に生命を脅かすわけではないが、生命に関わり、かつ治療効果が確実とは言い難い小児がやHIV抗体陽性の子どもへの治療を親が拒否した場合の、アメリカの州最高裁レベルの判例(Custody of a Minor, Newmark v. Williams, In re Nikolas E.)を紹介する。次に、これらの判例から、子どもの医療決定に関する親、州、子どもの利益が何であるかにつき分析する。最後に、本稿で紹介した判例においては、これらの利益分析が子どもの最善の利益により支配されていること、及び子どもの最善の利益を決定するために、(1)治療の有効性、(2)治療の性質(副作用、治療の危険性、侵襲度)、(3)子どもへの影響(親子を引き離すことが子どもに与える情緒的影響)が考慮されていることを明らかにする。
  • 平塚 志保
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 167-174
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    アメリカ合衆国で提訴されたKatskee v. Blue Cross/Blue Shield of Nebraskaでは、乳癌-卵巣癌症候群と診断された原告の予防的臓器切除手術を保険がカバーするか否かをめぐり、疾病と病気の概念が争点とされた。ネブラスカ最高裁判所は、原告の状態は病気に該当し、未だ発病していない状態に対する予防的臓器切除手術を治療と認定した。本稿では、遺伝学的知見の増大は、反規範主義、規範主義のいずれの見解をとるにせよ、従来の疾病概念を拡張する可能性、もしくは疾病概念に否定的価値を付与する可能性があることを述べる。さらに、遺伝的状態に対する医学的介入について発症前、易罹患性および遺伝子多型に分類する試論を提示し、疾病や病気とみなされる限りにおいては治療の一形態として位置づけられることを結論する。
  • 羽賀 俊明
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 175-180
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    歯科相談の内容は、歯科医療の倫理的問題点を示唆している。口腔内は知覚が鋭敏であるが、歯科疾患の自己診断は往々にして当っていないから、自己診断の誤りを正しておくことは重要である。多くの歯科疾患は生体に不可逆性の変化をもたらすから、歯科治療によっても罹患前の状態が再現されるわけではないにもかかわらず、歯科疾患を放置することに対する危機意識は希薄である。口腔機能の維持・回復のために必要であれば、治療を受けるよう患者を説得しなければならないが、歯科的適応性の科学的根拠はこれからも検証され続けなければならない。外貌の改善が目的であれば、患者の決定が尊重されなければならない。患者が合理的な自己決定ができるようにするためには、患者の口腔衛生意識を高めることと、歯科医師の倫理意識を高めることが重要であろう。1本の歯とどう向き合っていくかは、その人の死生観が問われている。
  • 大柴 弘子
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 181-189
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    現在、ARTにより出現する多様な「母」たちは「サロゲート・マザー」「ホスト・マザー」「借り腹・貸し腹」「ドナー」などの語で呼ばれ、あるいは呼称がないなど、その存在が瞹昧視あるいは無視されている。このことは、「母」のみならず「母・子」関係そのものが存在しないかのごとく、否定される危険性がある。この新たな「母」たちは、従来の母概念では説明できない存在者である。そこで本論では、まず、新たな概念設定によりARTによる新たな「母」の存在を明らかにする。次に、それに基づきこの多様な「母」たちおよび「親・子」の実態と問題を示す。そして、多様な「母」たちの存在を社会がいかに公認できるかという問題ではなく、問題の根源は「不妊治療」そのものにあることを示す。
  • 仙波 由加里
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 190-197
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    近年、日本では少子高齢化が社会問題として注目され、これを打開するために政府は少子化対策をすすめている。この中で不妊に注目し、不妊治療に保険適用しようとする動きがある。しかし、少子化対策の本来の目的は出生回復させることであり、不妊当事者の利益を第1に考えているわけではない。Warwickは家族計画プログラムの検討の際に、(1)自由(2)正義(3)福祉(4)真実の告知(5)安全・生存という5つの倫理原則を設けた。少子化対策として不妊治療に保険適用する場合も、これらの原則に照らすと様々な問題を抱えていることがわかる。バイオエシックスの視座に立てば、不妊治療への保険適用は、少子化対策としてではなく、リプロダクティブライツの尊重や不妊当事者のQOL向上の視点から検討していくことが必要である。
  • 宮崎 真由
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 198-204
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
    これまで、インフォームド・コンセント(以下IC)について議論するときには、患者個人の「医療に参加」や「自己決定」に焦点が絞られて議論されてきた。だが、アメリカでは、患者だけでなく、患者を取り巻く様々な「関わり」にも注目して、インフォームド・コンセントを捉えようとする概念が出てきている。こうした概念には2つの傾向があると思われる。ひとつは、「患者と家族等との『関わり』を重視したIC概念」である。そしてもうひとつは、「医師と患者との『関わり』を重視したIC概念」である。これらの議論を通じて、私は、ICの概念には、第1に、患者が「医師」や「家族」等との「関わり」の中で存在するということ、第2に、患者の意思が最も尊重されるという視点が必要であると考えた。この概念を実現するために、患者が「治療法について考える」過程と、患者が「治療法を決定する」過程との2つの過程に分けて、ICを捉えるべきだと提案したい。
  • 原稿種別: 付録等
    2003 年 13 巻 1 号 p. 205-208
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 付録等
    2003 年 13 巻 1 号 p. 209-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 付録等
    2003 年 13 巻 1 号 p. App2-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 付録等
    2003 年 13 巻 1 号 p. App3-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 原稿種別: 表紙
    2003 年 13 巻 1 号 p. Cover2-
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
  • 加藤 久雄
    原稿種別: 本文
    2003 年 13 巻 1 号 p. 36-43
    発行日: 2003/09/18
    公開日: 2017/04/27
    ジャーナル フリー
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