生命倫理
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巻頭言
依頼論文
  • 樽井 正義
    原稿種別: 依頼論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 4-11
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は、日本の医療の場に臨床倫理委員会と臨床倫理コンサルテーションが形成される経緯と現状、 その役割を明らかにし、対応すべき課題を示すことにある。1980年代に研究を審査する倫理委員会の設置が始まり、90年代にはそこでの臨床における倫理問題の検討、あるいはそれを扱う臨床倫理委員会の設置が進み、 また臨床倫理コンサルテーションが提供されるようになった。委員会とコンサルテーションを規定する法もガ イドラインもないが、現在は全病院のおよそ4 分の1 で自主的に運営されている。この手続の履践が、下される判断の適法性を担保すると考えられる。委員会とコンサルテーションの役割は、1) 個別事例への倫理的助言、2) 院内の指針作成、3) 医療者への情報と研修の提供である。取り組むべき課題として、1) 活動の記録、2) 学会を通じた知見の共有、3) 制度の普及、4) 専任者配置による活動の持続化が挙げられる。

原著論文
  • 高井 ゆと里
    原稿種別: 原著論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 12-20
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     本稿では、医療資源の分配をめぐる正義を論じる政治哲学や生命倫理学の議論が希少性疾患をどのように扱 うかを批判的に吟味する。まず、コスト対効用比に注目するQALY評価は、希少性疾患の治療費が総じて高 く、またその現状は正義とは無関係の資本主義の論理によるものであるため、希少性疾患を不当に不利に扱うものである。他方で運の平等主義は、実際の分配則として同時に支持される仮想的保険市場が希少事例を除外するため、やはり希少性疾患に対して不利な理論とならざるを得ない。加えて、いずれの理論もそのうちに健常主義的な前提を抱えており、しばしば「障害」カテゴリーと密接な関係にある希少性疾患(患者)に対して差別的な議論を展開してもいる。希少性疾患の患者集団がそのもとに置かれている不正義を解消するためには、分配的正義論における健常主義を乗り越えるのみならず、社会の障害者差別を可能な限り解消し、希少性疾患の研究開発の遅れを産み出してきた、医学研究を取り巻く環境をも変える必要がある。

  • -拡大トリアージモデルによる思考実験-
    徳永 純
    原稿種別: 原著論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 21-29
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     COVID-19のパンデミックは、トリアージが差別に当たるかどうかという論争を引き起こした。救命措置の優先順位を決めるトリアージの理論は、帰結主義の立場から、高齢者や基礎疾患のある弱者を差別する含意なしに、救命可能性が高い患者を優先する結論を導く。ただ、既存の理論はパンデミック下における医療資源の可変性を考慮しないため、感染対策の不徹底が生む差別を隠蔽しかねない。本稿では、軽症者から重症者までの医療体制を見渡し、その整備に要する時間も考慮したトリアージについて理論モデルの構築を試みる。それにより救命数最大化を地域レベルで徹底すると、軽症から中等症については、重症化リスクの高い弱者を優先するマキシミン・ルールに基づく医療資源の拡充こそが最重要の倫理的要請であることがわかる。帰結主義の枠内で思考実験を行い、論争の着地点を探る。

  • -“被験者としての胎児”という概念について-
    伊吹 友秀, 山本 圭一郎, 松井 健志
    原稿種別: 原著論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 30-38
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     妊婦への介入は母胎内の胎児に様々な形で影響するにもかかわらず、その影響がよくわかっていないものが少なくないため、本来的には胎児を対象とした医学的な研究が必要である。しかしながら、国内外において、研究に巻き込まれる胎児をどのように扱うべきかについての議論はいまだ十分とは言えない。そこで、本稿で は、1) 現在の国内外の研究倫理指針上で、胎児がどのように扱われているのかを確認した上で、2) 胎児が関わりうる研究の類型化を行い、3) 少なくともその中の一部の研究において胎児を被験者として扱うべき研究が存在することを確認した。その上で、4) 胎児を被験者として扱う場合の実践的な含意について論じた。結 果的には、胎児自身の健康に関連する目的で妊婦に介入する研究と胎児自身の健康に関連する目的で胎児自身 に介入する研究については、“被験者としての胎児” という概念を導入することができるが、この場合に検討す べき課題が様々にあることを示した。

報告論文
  • 松井 健志, 大北 全俊, 川﨑 唯史, 井上 悠輔, 山本 圭一郎, 門岡 康弘, 高野 忠夫
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 39-48
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     震災、水害、感染症パンデミックをはじめとする大規模災害が発生した際には、被災者の健康状態等の把握や必要な治療・支援・公衆衛生施策の検討に役立つ医学系調査研究の速やかな開始が時に重要となる。ヘルシンキ宣言をはじめ、研究倫理に関する一般的な国際ルールでは、医学系調査研究を開始するにあたっては、研究開始の前に研究倫理審査委員会による審査を受け、実施の承認を予め得る必要がある。しかし、この従来方式の審査では、災害時の早期からの研究開始が一律困難となるため、近年、従来とは異なる倫理審査の形につ いて幾つかの提案がなされている。本論では、2011年以降の10年間に日本で類似の大規模災害を複数経験した東北地方及び熊本県の基幹大学(病院を含む)2 施設を対象に、災害直後から第5 か月末までに倫理審査に 申請された実際の研究課題を調査し、得られた調査データと先行研究での諸知見・提案を踏まえたうえで、災害後の早期フェーズに備えた研究倫理審査システムの在り方について検討・提案する。

  • -質問紙調査と委員会規程の分析の結果報告-
    一家 綱邦
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 49-59
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     わが国の医療機関において臨床倫理委員会(HEC)と研究倫理審査委員会(REC)が独立する機運が見られる中で、2020年7月から9月にHECの実態調査(質問紙調査と委員会規程の分析調査)を実施した。がん診療連携拠点病院等447病院を対象にし、質問紙回収率は35.8%、規程収集率は24.4%であった。最も重要な調査結果は以下の点である。質問紙調査への回答で「臨床倫理の問題を扱う専門委員会として設置される委員会」との回答は96件(67.1%)である一方で、収集した109件の規程を分析すると、HECとして認められる委員会の規程は46件(42.2%)であった。すなわち、自らの委員会をHECと認識する割合と、規程上HECと筆者が認めた割合には開きがある。そこで、本稿では、質問紙調査の結果について、全ての回答と規程上HECと認められる委員会の回答を並記し、特にHECの実態にフォーカスした。また、HEC規程46件を対象に定められる内容・項目を確認した結果を示す。これらの調査結果に基づき、HECにフォーカスした調査の必要性やHEC の実態に関する考察を加える。

  • 中村 裕美, 白鳥 孝子
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 60-67
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     本研究は、患者の権利や尊厳を擁護する看護師の役割遂行を評価する保護的な看護アドボカシー尺度の日本 語版の作成を目的に、Hanks (2010) が開発したProtective Nursing Advocacy Scale (PNAS) の日本語版の内的整合性・構造的妥当性の検討を行った。全国の手術室看護師に属性および37項目5段階のリッカートスケールで質問紙調査を行い、443人を分析対象とした。主因子法プロマックス回転による探索的因子分析の結果、4因子24項目が採択された。また、信頼性を確認した結果、尺度全体のCronbach's α係数が0.85で、下位尺度で0.73~0.90であった。確認的因子分析では適度な適合性が示された。尺度の信頼性と妥当性は統計的 に許容範囲内であることが確認され、看護師が患者の権利や尊厳を擁護する役割遂行の程度を知る指標として活用できる。

  • -性と生殖を巡るフェミニズムの運動に立ち返る-
    冨岡 薫
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 68-75
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     生命倫理とフェミニズムを融合するひとつの動きとして「フェミニスト生命倫理」の発展が挙げられる。本稿はそこで論じられるトピックの中でも特に、自律を抑圧に抵抗する拠点として論じる「フェミニスト的な関係的自律」に関する先行研究を概観することを主たる趣旨としている。フェミニスト的な関係的自律は、それが「関係的であること」と「フェミニスト的であること」に関して、それぞれ批判を受けてきた。そこで本稿では第一に、それらの批判を概観し、哲学的な理論上ではフェミニスト的であることを重くとらない関係的自律の議論に一定の優位性があることを確認する。第二に、フェミニスト生命倫理やフェミニスト的な関係的自律の起源として、性と生殖を巡るフェミニズムの運動に立ち返る。このことを通して、抑圧への抵抗としてフェミニスト的な関係的自律を論じ続けることには依然として意義があり、またそれは歴史的観点から要請されるものでもあるということを提示する。

  • 鈴木 将平, 河村 裕樹, 高島 響子, 荒川 玲子, 松井 健志, 山本 圭一郎
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 76-85
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     常染色体潜性遺伝(劣性遺伝) 病は、同じ遺伝子変異を持っている非発症の保因者同士が子どもをもうけた場合、4 分の1 の確率で子どもが重篤な症状を発症する。そのため、1970年代以降、欧米等では子どもの疾患 のリスクを事前に把握するために、特定の民族・地域集団に対する保因者検査が実施されてきた。近年では、遺伝子解析技術が高度化したことで、一般人口に対象を拡張した保因者検査が行われつつある。本稿ではこう した背景を踏まえて、(1) 保因者検査をめぐる歴史と国際的な動向の紹介、(2) 日米の方針の比較、(3) 先行研 究の論点整理を行う。その上で、一般人口向けの保因者検査が商業目的に限らず医学的理由等から導入され得 ることを指摘し、保因者検査のELSIについて日本でも議論を蓄積していく必要性があることを述べる。

  • -誤診率を手がかりとしたケアの方法論を出発点として-
    戸田 聡一郎, 日笠 晴香
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 86-94
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     かつて「植物状態」と呼ばれていた意識障害は、近年、その病態が含意するものの変遷により無反応覚醒症 候群( UWS) と呼ばれるようになった。しかし意識障害の診断基準や呼称の変遷、診断精度の向上にもかかわらず、その誤診率の高さは臨床において信用されるほど下がっていないとも指摘される。UWS患者にとって日常的なケアは重要であり、ケアの継続によってたとえわずかであっても意識の回復(発見) の可能性が担保される。しかし、誤診に基づいて適切なケアが行われない場合もあり得る。本稿では、意識障害の患者のケアにおいて、「確率論的転回」が求められることを主張する。そのために、診断された「無意識の状態」をどのように認識(前提)すべきかに関する確率論を用いた議論を行う。それにより、ケアの態度の前提となる事前条件を「彼/彼女はコミュニケーション障害に陥っているだけであり、意識的である可能性がある」とすることが実臨床においても、家族とのコミュニケーションにおいても有用性があることを示す。

  • 柳橋 晃, 松井 健志
    原稿種別: 報告論文
    2022 年 32 巻 1 号 p. 95-103
    発行日: 2022/09/28
    公開日: 2023/08/01
    ジャーナル フリー

     第二次大戦後、ニュルンベルク綱領、ベルモント・レポート、45CFR46等の医学研究における被験者保護のための原則や規制が成立した。それらの原則や規制は、子どもをはじめとする社会的弱者を特別に保護すべきとしたが、そのような弱者を研究から遠ざける結果を招いた。これに加えて、製薬企業も、利益が見込めない小児医薬品の開発に消極的であった。そのため、小児医薬品の安全性と有効性に関するデータは今もって十分でなく、その大半が未だにオフ・ラベルで使用されており、医療制度の中での小児医療の立場は不安定なものとなっている。この状況を改善するためには、子どもが医学研究に登録される機会を確保する必要がある。 D. ヴェンドラーは、「最小限のリスク」と利益を捉え直すことで、子どもを対象とする医学研究の倫理的正当化を試みている。本論では、ヴェンドラーの議論の成否、及び、適用可能性について検討する。

第33回日本生命倫理学会年次大会プログラム
著作権規定と投稿規定
編集後記
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