平成24年2月13日付の最高裁判所決定(いわゆる「奈良県医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件」)は,医師を被告人とした秘密漏示罪の成否に関する初の判例とされる。また,その補足意見では,ヒポクラテスの「誓い」が引用された。すなわち,本決定は,倫理的観点から法的守秘義務の実質的根拠をも論じているという意味で過去に類例がない判例である。本稿は,このような倫理的観点の導入により,いかなる変容が法的守秘義務の射程範囲に生じたのかを本決定を素材として検証するものである。特に秘密を巡る当事者間の信頼関係の要否が守秘義務の限界を画する上でも重要であることを本稿において指摘した。この点,本決定によれば,秘密漏示罪の成立に関して,当事者間における具体的な信頼関係が構築される必要はないという結論が採用された。本稿は,そのような結論を支持しうる幾つかの生命倫理学的な論拠を検討し,それらの多義性と普遍性の両面を確認した。その上で,本決定では,必ずしも十分な理由付けが示されないまま,法的守秘義務の拡張傾向が生じているとして批判的に考察を加えた。最終的に,この法的守秘義務に関する判例・学説の検討を通して,本稿は「法と倫理」の関係性が再確認されるべきことの必要性を強調するものである。
抄録全体を表示