生命倫理
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28 巻, 1 号
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目次
巻頭言
原著論文
  • 福家 佑亮
    原稿種別: 原著論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 4-10
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     本論稿の目的は、医療従事者の頭脳流出に歯止めをかけるために、途上国が自国の医療従事者の出国の権利を一時的に制限することはいかなる条件の下で正当化可能であるのか、という問題を検討することである。この問題を考察するにあたって、医療従事者が負う政治的責務に焦点が当てられる。政治的責務の根拠として親子関係や友情との類比関係に訴える連帯責務論も利益の自発的享受に着目するフェアプレイ論も、頭脳流出の文脈においては、政治的責務の導出に失敗している。本論稿は、公衆衛生倫理の枠組みを援用し、過重な負担を負わない限り、基本的人権の維持と創設に貢献せよと命じる正義の自然的責務論が、医療従事者の政治的責務を正当化するのに有望であると論じる。しかし、正義の自然的責務論は、先進国に住まう人々に過重な政治的責務が課せられることを正当化する恐れがある。

  • -独居高齢者―訪問看護師間のケアプロセスと具体的支援の分析を通して-
    大桃 美穂, 鶴若 麻理
    原稿種別: 原著論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 11-21
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning、以下 ACPとする) のプロセスの中で重要な位置を占める「ケア提供者―療養者間」のコミュニケーションとケアがいつどのようになされることが療養者の望む生き方の実現と結びつきやすいのか「独居高齢者―訪問看護師間」の援助の分析を通してACPのプロセスと具体的支援を考察した。経験年数3年以上の訪問看護師26名を対象に半構造化面接を行い、提供された36事例を分析した。ACPを促進する要因として【療養者から専門職として信頼される】【療養者の意向を明らかにする】【選択肢を提示する】【不安の原因を探り軽減するよう関わる】【迅速な支援と技術で意向を実現するタイミングを逃さない】の5 つの構成要素と各要素を達成するための具体的支援を抽出した。ACPの障壁となる要因として【信頼関係が築けない】【意向がわかりづらい】【医療者の判断と療養者の意向に相違がある】【不安が解消されない】【療養者の意識レベルがクリアでない】【療養者の価値観と在宅支援方法の対立がある】の6 つの構成要素を抽出した。「ACPを促進する要因」「ACPの障壁となる要因をとりのぞくために訪問看護師が考慮すべき事項」を援助に取り入れることは、在宅ケアにおけるACPの質を担保することにつながると示唆された。

  • 瀬川 真吾
    原稿種別: 原著論文
    2019 年 28 巻 1 号 p. 22-30
    発行日: 2019/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     人格概念は、生命医療倫理学における生と死をめぐる議論と結び付けられ、とりわけ胎児といった生命の初期段階にある人間的生命の道徳的地位をめぐる議論において、大きな役割を果たしてきた。ところが、人格であることが何らかの能力ないし性質(自己意識など)を前提とし、人格であることと道徳的地位が結びつけられる結果、人格ではない人間的存在にはいかなる道徳的地位も与えられないという道徳的ジレンマが生じている。人格概念がこうした帰結の原因を担ってしまうため、この概念はそもそも生命医療倫理学の議論にとって有用であるのか、という問いが生じる。

     この問いにルートヴィヒ・ジープが肯定的に答え、独自の人格概念を展開するのに対し、ディーター・ビルンバッハーは否定的に答え、人格概念の生命医療倫理学からの全面的な3 3 3 3 放棄を提案する。本稿ではジープの試みが失敗し、ビルンバッハーの提案が部分的に3 3 3 3 誤りであることを、自発的積極的臨死介助の道徳的容認可能性の議論を引き合いに出すことで明らかにする。このことによって、生命医療倫理学における人格概念の有用性を示す。

報告論文
  • -国内の臨床倫理ケースブックの分析から-
    中田 亜希子, 和田 千穂子, 木村 安貴, 田代 志門
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 31-39
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は、既存の臨床倫理に関するケースブックを網羅的に収集し、倫理的な課題ごとに整理・分類したうえで、がん医療とそれ以外の医療における倫理的課題の特徴を探索的に検討することである。

     CiNii Booksの検索エンジン等を用いて抽出した10冊(133ケース) のうち、多職種での討論に適した89ケースを対象とした。倫理的な課題ごとに分類した結果、「人生の最終段階における治療選択」、「療養場所の選択」、「情報提供のあり方」、「医療者が必要だと判断した医療・サービスの拒否」、「医療資源の配分」、「抑制・行動制限」、「虐待」、「その他」の8カテゴリーが得られた。「人生の最終段階における治療選択」の中の内訳はがんとがん以外の医療とで大きく異なっていた。また、関係者間の意見の対立のパターンごとに分類した結果、がん医療の場合は「患者対スタッフ」「家族対スタッフ」の他に「患者対家族」というパターンが挙げられていたことが特徴的だった。

  • 南 貴子
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 40-48
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     オーストラリア・ビクトリア州において、2017年11月29日にVoluntary Assisted Dying Bill 2017(自発的幇助自死法案)が議会を通過し、2019年6月19日までに施行されることになった。ビクトリア州に住む18歳以上の成人で、意思決定能力があり、余命6か月以内の末期患者に対して、自ら命を絶つために医師に致死薬を要請する権利が認められる。オーストラリアでは、北部準州において1995年に世界で初めての「医師による患者の積極的安楽死並びに自殺幇助」を認める安楽死法Rights of the Terminally Ill Act 1995(終末期患者の権利法) が成立したが、施行後9か月で無効となった。その後20年の歳月を経て、ビクトリア州で幇助自死を認める安楽死法がオーストラリアで唯一成立したことになる。

     Andrews政権が「世界で最も安全で最も抑制のきいたモデル」と評するビクトリア州の「自発的幇助自死 法」の成立と特徴について、そのセーフガードに焦点を当てつつ、他国の安楽死・幇助自死法との比較も踏まえながら分析する。

  • -日本とノルウェーの事例から-
    遠矢 和希, 會澤 久仁子, 吉松 淳, 松井 健志
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 49-60
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     近年、国内の研究用バイオバンクにおいて、臍帯血・胎盤等の周産期試料が組み入れられている。例えば国立循環器病研究センターバイオバンクにおいては、2014年4月から医療情報等と連結した羊水・胎盤・臍帯血の集積を開始しており、ELSI (Ethical, Legal and Social Issues) を含む事例の検討・対応が必要となっている。

     周産期試料のバンキングは、議論の蓄積がある成人由来試料、死亡胎児由来試料の研究利用とは論点に差異があり、インフォームド・コンセントや、児の長期的追跡研究に関するELSIの検討が不足している。具体的なバイオバンク運営上の課題は、ドナーのリクルート時点(収集) の問題点と、長期的調査に関する問題点に分けられる。

     周産期試料のバンキングに関するELSIの検討を踏まえ、バイオバンクの倫理的な運営について考察した。

  • -体系的な文献レビューに基づいて-
    三羽 恵梨子, 中澤 栄輔, 山本 圭一郎, 瀧本 禎之, 赤林 朗
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 61-74
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

    背景:近年、コミュニケーションと機器の操作を目的とした出力型BCI (Brain-Computer Interface)の実用 化に向けた研究開発が進められている。現在のところ、医療応用が中心だが、将来的には社会全体に大きな影響を与える技術と評価されている。そのため、技術的課題の克服と同時に倫理的・社会的議論も併せて行う必要が指摘されているが、議論は整理されておらず、具体的な提言に至っていない。

    目的:出力型BCIに関する倫理的問題について、現在提出されている議論を系統的に整理し全体像を明らかにする。

    方法:先行研究の体系的収集と主題分析による分析を行った。

    結果:BCIに関する倫理的議論は、【BCIの研究倫理】、【BCIがもたらす社会への影響】、【BCIがもたらす人間性への影響】、【BCI倫理とは何か】に大別された。

    考察:議論の現状として、トピックの提示にとどまっており、議論としての内実を伴わない傾向がみられた。 今後、方法論を含めた、議論のさらなる深化が求められる。

  • -介護科目で講義される倫理的内容の分析を通して-
    角田 ますみ
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 75-86
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     本稿では、介護科目で教授される倫理に着目し、介護福祉士養成課程(4年課程)の介護科目に関するシラバス及び使用教科書を収集し、倫理に関する内容の分析を行った。その結果、介護科目の全てに倫理的な内容が含まれており、科目設定の段階で倫理を教授の基盤としていることがわかった。内容の特徴として【介護福祉士の職業規範から学ぶ倫理】、【生命倫理学の基礎知識から学ぶ倫理】、【介護福祉士の専門的技術と介護現場から学ぶ倫理】といった3つのカテゴリーが抽出された。そこから、介護科目で倫理を学ぶ意味として、 1) 倫理で用いられる抽象度の高い概念を具体的に学ぶ、2) 生活支援を通して、個人の価値観や個別性の重要性を学ぶ、3)「介護を必要とする人の理解」を通して 、他者の援助を受けることで生じる葛藤や倫理的問題を学ぶ、4) 介護職が「意思決定」に影響を及ぼすことの意味を学ぶ、5)「コミュニケーション技術」が倫理的態度につながることを学ぶ、6)実習や事例検討を通して「具体的な倫理的問題」について考える、の6 項目が見出された。

  • -システマティック・レビューを通じて-
    吉田 達見, 山本 圭一郎, 中澤 栄輔, 瀧本 禎之, 赤林 朗
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 87-98
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     生体腎移植においては、医学的不適合により移植を行えない場合や、移植結果が望ましくない場合がありうる。こうした問題への対策として、免疫抑制療法に加えて、海外ではドナー交換腎移植と呼ばれる方策も実施されている。ドナー交換腎移植では、医学的不適合性のある生体腎提供者とレシピエントの組を複数集め、彼らの間でマッチングを行うことで、移植数および移植成績を向上させる。本稿ではシステマティック・レビューを行い、世界におけるドナー交換腎移植一般の実施状況を包括的に捉えた上で、ドナー交換の利点ならびに医学的・技術的問題と倫理的問題を網羅的に整理した。このような整理に基づいて、日本移植学会による「ドナー交換腎移植に関する見解」を批判的に検討した。

  • -古典派経済学にたどる労働思想の原型-
    徳永 純
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 99-106
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     日本人高齢者には障害に対する否定的な考え方や差別意識があり、生存権に基づき療養環境を得るという意識が弱いことが指摘される。本稿では、戦後高度成長期に形成された労働思想がこうした価値観を形成する一因になったことを明らかにする。製造業が経済成長をけん引し、完全雇用が実現した当時の日本は、古典派経済学者リカードが理念的に描いた経済状態に近く、そこでは働く者こそが社会にとって有用であり、働かない者は差別されてしまう。古典派及びマルクス経済学では労働価値説が分析概念として用いられたが、同時に労働道徳を説く概念装置として機能した。日本ではこの規範概念が憲法や社会福祉政策の根幹に入り込み、生存権が勤労の義務を伴うものとして決定づけられ、伝統的な勤労思想と一体化して機能した。労働価値説が示してきた価値観は転換すべきであり、勤労の義務と生存権を明確に分離する政策的な方向付けが必要である。

  • -得られた偶発的所見・二次的所見が第三者への危害を生じうる疾患に関連する場合について-
    大橋 範子
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 107-115
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     近年の遺伝医学領域の飛躍的な発展の結果、研究・臨床の両分野で、ゲノム網羅的な解析の利用が広まりつつあるが、それとともに偶発的所見( IF) や二次的所見( SF) の取り扱いをめぐる新たな問題ももたらされた。

     これまで、この問題は解析を受けた本人やその血縁者への返却という視点でのみ論じられ、現在のところ、解析によって判明した遺伝性疾患が第三者の安全に関わりうるものであった場合についての議論はない。「第三者の安全に関わりうる」というのは、その疾患が、一見健康な者に、突然の失神や死を引き起こす可能性がある場合、運転中に発症すれば、本人だけでなく、他者の生命・身体まで危険にさらしかねないが、そのような事態を想定している。

     そこで本稿では、第三者の安全に関わりうる偶発的所見や二次的所見が見つかった場合の取り扱いを新たな問題として提起し、対応のあり方を検討する。

     なお、この問題は臨床・研究の双方で起こりうるが、本稿では診療契約により医師―患者関係が成立するクリニカルシークエンスに限定して論じる。

  • 服部 健司
    原稿種別: 報告論文
    2018 年 28 巻 1 号 p. 116-125
    発行日: 2018/09/29
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

     臨床現場の個々のケースの倫理問題を個別の諸事情に即して暫定的かつ蓋然的に解消しようとする臨床倫理学では、さまざまな方法が案出されてきた。その中のひとつ、本邦ではほとんど注意を向けられてこなかった解釈学的アプローチを概括し、その他の方法と比べ、その特質と課題を明らかにする。解釈学的アプローチはケースを単なる倫理問題の例としてではなく物語としてとらえなければならないこと、その倫理問題を同定し解消するにはケースのより深い理解に基づかなければならないことを他の方法より重くみる。解釈学的アプローチの源流のひとつは、1990年前後、ナイメーヘン大学(現 ・ラドバウド大学) 哲学部にある。その方法は、ケースの直感的把握にはじまり、物語論的分析、倫理学的概念との関連づけを経て、当初の直感的把握を修正するというものである。筆者はそれに近い立場をとりつつも、倫理学的概念を参照する過程を不要と考え、文学的想像力と発見的発問能力に支えられた別のかたちの解釈学的アプローチを構築し、教育してきた。 このアプローチは、事前に固定した問いを設定したりせず、ケースに応じて流れを大きく変えるため、定式化することが難しいが、可能なかぎりで定式化を試みた。いずれの方式をとるにせよ解釈学的アプローチを行うには、ある水準以上の文学的想像力が必要となる。それを医療者に求めるのは過剰な要求であり、想像力をさほど必要としない従来の方法がよいという意見もあろう。しかし、医療者であれ倫理コンサルタントであれ、文学的想像力の乏しい者が臨床倫理の問題に向き合おうとすれば、どのような方法を選択しようとも、それ自体があやうい営みだと言われなければならない。

第29回日本生命倫理学会年次大会プログラム
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