脳のメカニズムを比較心理学的に検討するためには, サカナは興味ある対象である。サカナの脳には, まだ皮質が発達しておらず, その前脳 (forebrain) には, 高等脊椎動物でいえば辺縁系にあたるものの前段階が含まれているからである。最近, 藤田 (4) は比較心理学的見地から動物の学習を展望したが, その結果, サカナは脳の進化と学習の関係を研究するためにも, 重要な対象であることが分った。
サカナの前脳除去が行動に及ぼす影響については, これまでにいくつかのことが明らかにされている。まず, 泳ぎや食餌のような日常行動は影響されず (6, 7), 明るさの弁別と白黒への般化 (2) や単純な迷路学習といった簡単な学習も影響されない。これに対して, 攻撃行動 (7), initiative, 迷路学習への社会的促進 (6) といった社会的性質を帯びた行動は阻害され, また色の弁別学習 (2), 条件回避反応 (1, 5), それに伴って出現する試行間反応 (ITR) といった学習行動は著しく損われることが報告されている。
そこで本実験では, キンギョの条件回避反応の把持と再学習に, 前脳除去がいかに影響するかを検討し, 脳と学習の関係に一つの知見を加えようとした。その結果, 試行間隔が重要な要因として浮び上ってきたので, 実験皿においては, 特に試行間隔の要因を検討した。
Exp. I : キンギョを被験体として, 光をCS, 電撃をUS, 試行間隔60秒で回避反応を条件づけたところ, 250試行の訓練で, 被験体の70%が学習規準に達した。試行間反応は学習の進行とともに増加し, 特に次の試行の直前に生ずるようになった。学習の完成したものを前脳除去群 (F群) と偽手術群 (S群) に分け, 前者では前脳を除去した。この結果, 回避反応はほぼ完全に消失し, 再学習は形成されなかった。また, 手術前後の活動量に群差がなかったことからして, 前脳除去は運動機能を阻害したのではなく, 学習機能に影響したことが分った。
Exp. II : Exp. Iの結果, キンギョが試行間隔を手がかりとして回避反応を習得したことが考えられたので, 試行間隔をランダムにして実験を反復した。その結果, 学習を完成したものは30%に過ぎなかった。Exp. Iと比べると, これは有意な減少である。試行間反応はExp. Iより多く, 分布が拡がる。前脳除去によって, Exp. Iと同様に, 回避反応とITRは完全に消失し, 再学習もできなくなった。
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