東南アジアでは,過去数十年にわたり様々な局面において,農業・農村の重要度が低下する「脱農化(de-agrarianization)」が進行してきたといわれる.一方で,農地面積の拡大や農業生産の増加といった「農業化(agriculturalization)」傾向も同時期にみてとれる.本研究の目的は,この逆説的状況の解明である.まず,国・地域レベルの公式統計を用いて脱農化と農業化を概観し両者の関係を整理した.次に,それを東南アジアの地域固有性の観点から検討した.その上で,非農業部門の拡大(脱農化)と農業生産の増大(農業化)との関係性についての説明仮説を推論した.その結果,東南アジアでは総人口に対する農村人口比率の急減に代表される相対的な脱農化が進む一方で,依然として農村には数多くの人びとが住み続けるとともに技術的な集約化や面的拡大を含む農業発展が同時進行しており,脱農化パラドクスと呼びうる状況が見出された.欧州や東アジアが経験したような脱農化が東南アジアで同様のかたちで顕在化していない理由は,東南アジアが持つ農業資源の賦存量の大きさ(東南アジアの地域固有性)を以て説明できるだろう.また,相対的な脱農化と農業発展との因果関係に対して,不確実性の高い環境下で営まれる熱帯農業の特徴を踏まえ,人びとのリスク観に着目した推論をおこなうことで一定の合理性を与えた.つまり,小農の世帯生計におけるリスク恒常性を仮定することで,非農業部門の拡大が集約的技術による農業の近代化を誘起しうることを演繹的に示した.この説明仮説に従えば脱農化パラドクスは農業と非農業部門との経済的な共栄関係を示唆しており,現代東南アジアは脱農化よりむしろ「共農業化(co-agrarianization)」の最中にあるといえる.
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