秋田県内では、史料保存利用運動の第1期が、昭和20年代後半に県主導で展開された。これに関わった地方史研究者で教育次長の山崎真一郎は、老練な行政手腕で史料の散逸防止と保存を文書管理の諸施策に反映させた。30年代初め、東大史料編纂所の山口啓二が山崎と交流したことで、第2期が山崎による県立史料館構想を基に始動した。山口の影響を受けた県立史料館構想は、公文書引継ぎを行わない文部省史料館をモデルとした。
36年に山崎は県会議員を動かし計画の具体化に成功したが、翌年の急逝で挫折に至る。海外アーカイブズ学文献を研究し組織および収集アーカイブズ型の両方を備えた山口県文書館、これに学んだ40年代の埼玉県立文書館と対比すると、30年代までは文部省史料館をモデルとする収集アーカイブズ型が主流であり、秋田県立史料館もその潮流上で計画されている。
抄録全体を表示