質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
22 巻, 1 号
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  • 授業の「不調」場面に焦点を当てた現象学的探究
    呉 文慧
    2023 年22 巻1 号 p. 7-24
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,ある特別支援学校の教師がどのようにASD のある生徒と社会的相互作用を成立させているのかを存在論的に探究した。20xx 年12 月から20xx+1 年2 月にかけて,A 特別支援学校高等部の「食品生産」の授業で合計5 回のフィールドワークを行った。そこで授業の担当であるA 先生と副担当のB 先生が,ASD のある高校3年生のX さんとの社会的相互作用を行っている場面に注目し,ビデオで撮影した。撮影した記録から,円滑な社会的相互作用の成立や授業の進行が妨げられている「不調」場面を抽出し,合計10 分程度のビデオクリップを作成した。そして,これを対象教師に見ていただきながら,合計2 回のインタビューを行った。インタビューデータはベナーの解釈学的現象学の分析方法を参考に分析した。結果として,対象教師の在り方は,生徒を発達させること以上に適切な「枠」を生成することに関心が向かっており,その身体に根差した知性は,対象教師,対象生徒,「物」というさまざまな主体の意図や特性を満たすことができるような「枠」を生成するように発揮されていたことが明らかになった。
  • 協働的インタビューとムービングTAEを用いた言語化の試み
    山田 美穂, 橋本 有子
    2023 年22 巻1 号 p. 25-44
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本論文は,ラバン/バーテニエフ・ムーブメント・スタディーズ/システムに基づいた身体教育を実践する教師/研究者(第二著者)が,大学の演習授業において感覚的に活用している身体知を探索した自己研究を,共同研究者(第一著者)が記述し提示するものである。身体的体験の言語化という困難な課題に取り組むため,身体的ムーブメントを交えた5 回の協働的インタビューの後,TAE ステップにムーブメントを組み合わせた「ムービングTAE」を用いた6 回の分析セッションを行った。インタビューを通して,身体知の中核には教師が「マーブル」と呼ぶ全身での学習体験があり,試行錯誤を通してそれが受講生にマーブルを生じさせるための教授法へと変換されていることが示され,マーブルについての説明は細密になっていったが,十分な言語化には至らなかった。ムービングTAE ではさらに授業中の教師の行為についての身体知が探索され,教師と受講生との相互作用や授業空間における現象を含んだ理論が生成された。以上から,身体知の自己研究においては,教師/研究者が苦しみながらも自身の経験と向き合う方法と,他者との対話にひらかれる方法との間を反復することが重要である と考えられた。そのために身体感覚とムーブメントを活用して教師/研究者の体験を身体的に再現するという方 法の有効性と,そこに存在する共同研究者によるサポートの意義および留意点について考察した。
  • 対話構造と内容の変化に関する分析
    横山 愛
    2023 年22 巻1 号 p. 45-61
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,教師から指名されていない児童がどのように一斉授業に参加しているのかを示し,一斉授業の対話がどのように成立するのかを明らかにすることである。小学校2 年生の算数授業を対象に,授業の対話構造の分析と,授業進行についての事例分析を行い,指名されていない児童が参加する授業がどのように進行するのか検討した。その結果,指名されていない児童は,自発的に発話して授業に参加しており,一斉授業の対話を構成する一員となっていることが示された。また,授業の導入,展開,まとめの各場面に応じた多様な対話構造が見られ,指名されていない児童も授業段階に応じた対話構造の中で授業参加をしていると考えられた。指名されていない児童の参加によって,授業の導入場面では,授業で扱う問いが提案されるきっかけが作り出され,展開場面では問いを広げ,答えに至る根拠を考えるきっかけとなる問題提起がなされていた。まとめの場面では,指名されていない児童の疑問から話し合いの内容を再確認する授業展開となっていた。ここから,指名されていない児童が参加する一斉授業においては,多様な対話構造が形成され,対話内容に広がりが生じ,教師主導ではなく児童が中心となった授業が作られる可能性が示唆された。
  • 対話的相互理解実践にむけた自閉症をめぐる現象学・当事者視点の理論的検討
    山本 登志哉, 渡辺 忠温, 大内 雅登
    2023 年22 巻1 号 p. 62-82
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    発達障がい者と定型発達者の共生を如何に実現していくか,という問題を,主にASD(Autism Spectrum Disorder:自閉症スペクトラム障がい)をめぐる困難とその理解に関連した先行研究を取り上げながら理論的に検討した。その際,ASD 者を「不完全な定型発達者」と見なすのではなく,「定型発達者とは異なる特性をもって生きる主体」と考える立場から,ASD 者と非ASD 者の間に発生しやすい困難を,「異なる特性を持つ主体間のディスコミュニケーションが顕在化した状態」と考える視点を採用した。そのズレの調整のために,非ASD者とは異なる「ASD 当事者の視点」に注目することの重要性を指摘し,関連する理論・実践として,村上靖彦による「自閉症の現象学」や熊谷晋一郎や綾屋紗月らによる「当事者研究」を参照した。そのうえで,早くから浜田寿美男によって注目されてきた,対人コミュニケーションの一般的基礎としての「能動=受動」の図地一体構造に関わる現象に両研究が共通して注目している点を確認し,社会的相互行為の一般構造として「能動=受動」の多重の媒介構造を図式化したEMS(Expanded Mediational Structure:拡張された媒介構造)概念を用いつつ,非ASD者による一方的な説明・解釈ではなく,対話的相互理解に基づく関係調整が必要であることについて考察を行った。
  • 学習文脈と生徒の特性に着目して
    星 瑞希
    2023 年22 巻1 号 p. 83-101
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,主権者育成を目標とする歴史授業を高校生がいかに意味づけたのかを,学習文脈と生徒の特性に着目して明らかにする。高校教師である筆者の授業を受けた高校生全員に対し質問紙調査と,そのうち18 名に半構造化面接を行い,M–GTA を用いて,意味づけのプロセスを明らかにした。暗記することに執着がある生徒以外は筆者の主権者育成を目標とする歴史授業を肯定的に意味づけていることが明らかになった。肯定的に意味づけている生徒は歴史事象と現代社会を関連づけたり,現代の歴史論争問題に関与したりすることを肯定的に意味づけ,歴史を学ぶ意味を実感していた。調査校では多大な歴史知識の暗記が求められる受験を意識しない学びが許容されている一方で,多くの歴史授業では生徒が多大な歴史知識を暗記することを評価している。そのため,暗記が苦手な生徒は多大な知識の暗記を要求しない筆者の歴史授業を肯定的に意味づけている。これに対し,暗記が得意でこれまでの試験で充分な試験の得点を取ってきた生徒は,筆者の試験でも充分な得点が取れる場合には,筆者の授業を否定的に意味づけることはなかったが,充分な得点が取れない場合は,筆者の授業を否定的に意味づけている。歴史マンガや家族との歴史談笑を好む生徒は,筆者の意図とは異なり歴史事象と現代を関連づけることをあまり肯定的には意味づけておらず,過去を学ぶこと自体を肯定的に意味づけていることが明らかになった。
  • 医療依存度の高い小児病室のエスノグラフィーに基づいて
    川名 るり, 有元 典文
    2023 年22 巻1 号 p. 102-119
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    医療の現場において看護師には,既習の専門的知識や技術を未習の場に応用させる学習の転移が期待される。しかし,看護学教育で期待される転移可能性と実情との間にギャップがあり,うまく機能しないことがある。本研究では,看護師の学習の転移を伝統的な認知研究にみられる個人内変化という捉えから,観察枠をより広く取り直し,社会的な状況内のダイナミクスとして捉え直す転移研究のトレンドを採用する。そして,働く場を異動した看護師の携わる実践において学習が生起する臨床現場の社会的プロセスを記述し,説明することを試みた。それによって,学習の転移を支える環境デザインの要素を検討することにチャレンジした。医療現場において一年間のフィールドワークを行った。その結果,フィールドとなった小児病棟では,働く場を異動した看護師も以前から勤務している看護師も,小児患者の命に関わる緊張感と覚悟が必要な医療依存度の高いC 病室において,各々の知識と技術を出し合う,学び合いの実践を展開していたことが明らかになった。そして,働く場を異動した看護師がC 病室という病棟の中心的な相互学習の場を通して,周辺からの実践参加を加速させていく過程を,働く場を異動した看護師の学習の転移の過程として理解できるのではないかと提案した。総合考察ではホルツマンのパフォーマンスの概念を用いて学習の転移を支える環境デザインとして共同して学習する場について論じた。
  • 授業後の半構造化面接における語りの質的分析
    一柳 智紀
    2023 年22 巻1 号 p. 123-144
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,グループでの学習時における教師の即興的思考の多元的な特徴を,介入しないという判断や直 面する困難も含めて明らかにすることである。子ども同士が相談しながら一緒に問題に取り組み,教科の学習内容について理解を深めることを目的にグループでの学習形態を取り入れた授業を日常的に実践している小・中学校の教師 10 名を対象に,グループでの学習形態を取り入れた授業実施後に,授業ビデオを視聴しながら半構造化面接を実施し,得られた語りについて修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析した。結果,【クラス全体の俯瞰】【対象の焦点化】【問題に取り組む過程の理解】【関わりの把握】【情動を伴う思考】【教材やねらいへの立ち戻り】【支援の決定】【グループ後の展開のデザイン】の 8 個のカテゴリーが導出された。これらの概念関係図を生成したところ,①教師は個人,グループ,クラス全体と,焦点を当てる次元を変えながら,そこで得られる情報を総合するというように,多元的に子どもの学習状況を把握し,支援を行う判断をしていること,②教師は子ども自身が問題を解決するために,子どもに委ね,見守ることも支援と捉えていること,③教師は時に計画との間で葛藤するなどの情動を伴う困難も経験していることが示された。
  • 複線径路等至性アプローチ(TEA)による分析を通して
    小沼 豊
    2023 年22 巻1 号 p. 145-160
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/23
    ジャーナル フリー
    本研究は,初めて特別支援学級の担任を経験し,バーンアウトから休職を選択した1 名にインタビューを行い,心理的プロセスと特別支援学級(以下,支援学級)への意識の変容,教師への支援の在り方について明らかにすることを目的とした。方法論として,個人の径路の深みを探ることができる,複線径路等至性アプローチ(TEA)を採用し分析に用いた。その結果,〈子どもからの抵抗感〉,〈子ども理解・支援計画を立てる〉,〈学校行事と校務分掌に追われる〉,〈評価のための資料収集(テストづくり)〉,〈保護者との協力に不安がある〉という分岐点を経験していた。保護者対応のストレス,子どもからの暴力に対する無力感が蓄積し,休職に至るまでの選択が明らかになった。TLMG 図からは,特別支援教育と自身の実践(働きかけ)の関連について,行動と意識レベルでの内省が生じていることが示された。見通しがもてなく不安な状態の中で,「子どもとの関わり方の模索」「保護者対応」(行動)といったことに影響し,意識の変容が生じていた。本研究では,特別支援教育に携わった経験がない場合には,見通しや専門的見立ての援助を受けられるような体制の重要性が示唆された。
  • 荒関 守
    2023 年22 巻1 号 p. 161-179
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,部下のいる陸上自衛隊員(以下「指揮官等」)が,駐屯地の臨床心理士に期待する業務とその期待の形成プロセスを明らかにすることである。A 駐屯地の指揮官等4 名から得られたデータを,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによって質的に分析した。その結果,7 つのカテゴリー,11 のサブカテゴリー,29 の概念が得られた。またカテゴリー,サブカテゴリー,概念間の関係を説明したプロセス図が得られた。結果から,①指揮官等は,臨床心理士とのかかわりを通して臨床心理士への期待を形成していくこと,②臨床心理士への期待の土台には「専門職としての信頼」と「適切な距離感」があること,③指揮官等の臨床心理士への期待の中心は二次予防であること,④臨床心理士の活動を概ね肯定的に受け取り,今後も現状通りの活動を望んでいること,が示された。本研究の結果は,駐屯地の臨床心理士にとって,指揮官等とかかわることが重要であるということを示している。また,指揮官等は,臨床心理士の中核的業務ともいえる臨床心理面接についての期待が薄い可能性も示された。今後,利用者の属性の違いに着目した研究や,業務の担い手である駐屯地の臨床心理士自身も対象とした研究を行い,駐屯地の臨床心理士の役割についてさらなる検討の必要がある。
  • 石井 悠
    2023 年22 巻1 号 p. 180-205
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究は,近年,小児疾患を経験する子どもに対する長期的・包括的なケアの鍵として注目されるイルネス・アンサーテンティ(Illness Uncertainty: IU)に着目し,病棟保育士の関わりが,入院中の子どもが経験するIUの発生や低減に対してどのように影響する可能性があるのか明らかにすることを目的とした。調査では,筆者の過去の調査で入院期間を超える長期的な保育目標を語った病棟保育士3名を対象とし,非構造化面接に近い半構造化面接という形をとって,保育士自身の語りに寄り添いながら探索的に子どものIUと病棟保育士との関係を検討した。その結果,病棟保育士が,特に低年齢の子どもの入院中の生活の見通しをつけるという形で,子どものIUの低減に関わっていることが強く示唆された。そしてこれを行う方法としては,子どもへの直接的な働きかけはもちろんのこと,養育者や医療者への働きかけ,また,環境の構成という形をとっていることも示唆されている。また,本調査では,子どもの中ですでに生じたIU を低減する関わりに関する語りだけでなく,IUに対する予防的な働きかけに関する語りも多く得られており,少なくとも熟達した病棟保育士においては,入院中の子どものIUの予防や低減に資する働きかけを行っている可能性が示唆された。
  • 倫理−存在−認識論に立つ研究
    楠見 友輔
    2023 年22 巻1 号 p. 206-224
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    人間を世界と切り離して分析する研究法では,大加速する地球規模の危機に人間自身が巻き込まれている現代社会の問題を解決することが困難である。このような状況下で,質的研究の内部において,ドゥルーズの哲学,ニューマテリアリズム,ポストヒューマニズム等の理論とともに思考し,反-表象主義,物質と人間の対称性,脱人間中心主義を標榜するポスト質的研究を希求する運動が生じている。ポスト質的研究は,倫理-存在-認識論という独自の立場から研究を行うため,調査と分析の過程や論文の文体は,伝統的な研究と大きく異なっている。さまざまなデータと研究者は脱領土化・脱層別化された内在平面で内-作用し,新しい知識を創造することが目指される。ポスト質的研究で用いられる造語と転義に親しむこと,ポスト質的研究への批判を概観すること,ポスト質的研究の重要な特徴をつかむことを通して,本稿は,質的研究のフレームを開き,ポスト質的研究の可能性を拓くことを目的とする。
  • 当事者研究の視点を援用して
    西垣 正展
    2023 年22 巻1 号 p. 225-243
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    聴覚障害のある児童生徒は,きこえないことにより様々な社会的障壁を経験し,それゆえに困難を認知することが予想されるが,それを自身の「困りごと」としてどのように認知しているのかについては明らかにされていない。この困りごとを抱える児童生徒に対する理解と支援のありかたを明確化することは,児童生徒の障害認識の形成支援につながる。そこで,聾学校中学部の自立活動で,自身に起きている困りごとが何であるか,その背景と構造について認知していくことを目的に授業実践を行った。そこでは,「問題と思われている出来事に当事者自身が向き合う態度や視点をもつ」という当事者研究の視点を援用した。本研究は,その授業実践において,困りごとの認知経験が生徒にどのような態度や行動の変容を促すものになったのかをエピソード記述を用いて質的に分析し,本授業実践の教育的意義を考察した。エピソードから見られた「困りごとの認知が妨げられる様相」では,困りごとと認知する経験上の課題や対象生徒が抱える固有の課題が示唆された。一方,「困りごとの認知を促進する様相」では,困りごとの構造を認知していく過程が他生徒との協働活動による出来事の精緻化やそれを誘導・展開した当事者でもある授業者の対応から見出された。このことから,本実践では,聴覚障害当事者の困りごとに対する態度を形成していくことが障害認識の形成支援として援用できると考えられた。
  • 定時制高校の職員室における教師のメンタリングについての質的分析
    早坂 重行
    2023 年22 巻1 号 p. 244-259
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    近年,大量退職,職員の年齢の不均衡などの要因により,若手教師の養成が課題となっている。また,「働き方改革」の課題である教師の多忙化により,バーンアウトしてしまう教師もいる。こうした問題に対し,教師が職場で教室以外に主に過ごす職員室における教師のメンタリングについて詳細に描写し分析することは,若手教師の養成の方略を明らかにし,教師のメンタルヘルスの問題を解決する上で,有用な役割を果たすと考えられる。しかしながら,職員室における教師のメンタリングの研究の蓄積は不十分である。そこで本研究の目的は,職員室におけるメンタリングに焦点を当て,質的な分析を行った上で,教師の自発的なメンタリングが成立する要因,条件を明らかにすることである。分析の結果,職員室で教師は,切実な生徒・保護者への思い・責任感,教師・教職への魅力・憧れを動機づけとし,同僚の教師とさまざまな情報交換を行い結びつきを強めていた。その上で教師たちは,メンターとメンティの間で互恵的な発達支援関係を築き,自発的なメンタリングを行っていた。教師たちの情報交換はミドルリーダーなど効果的な人的配置と机の配置や机上の本棚の置き方などの物理的環境の工夫によって促進されていることが示唆された。今後,職員室での効果的な人的配置や物理的な環境・レイアウトの工夫に着目することにより,教師のメンタリングの意欲や主体性が高まることが期待される。
  • 小学校音楽科授業の観察を通じた検討
    森 薫
    2023 年22 巻1 号 p. 260-275
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    替えうたは,既存の歌の歌詞の一部ないし全部を改変したり,歌詞のない器楽曲の旋律にオリジナルの歌詞をつけたりしてうたわれるうたで,音楽学研究においてはわらべうたの一種と位置づけられる。本論文は,子どもたちが替えうたを創出してうたい,時としてそれを共有する過程と,そこにある意味を明らかにすることを目的とする。小学校第3学年の音楽科授業を対象とした1年間にわたるマイクロ・エスノグラフィを行い,子どもたちが自発的に替えうたをうたった65事例について量的・質的に分析・検討した。子どもたちはさまざまな場面で,教材となっている楽曲の旋律から替えうたを創出しており,その歌詞は,フィクション,そのときの心情,語義をもたないシラブルの3タイプに分類された。また,合奏曲《くまのおどり》の学習活動において生じた替えうた創出と共有の事例群をもとに,教室談話研究と拡張的学習の理論に依拠した解釈的な考察を行った。その結果,替えうたは多義的な音楽表現であり,子ども同士の符牒としての機能をもつこと,また,替えうたを創出しくり返しうたうことは,【矛盾】を契機とした学習対象の楽曲への【媒介する人工物】を用いた働きかけであると考えられ,その結果として子どもたちが楽曲の意味を拡張していることが明らかになった。
  • 外的リソースの獲得・活用に着目して
    芝崎 文子
    2023 年22 巻1 号 p. 276-295
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,成人期にADHDを自認する者におけるレジリエンスのプロセスを検討した。幼少期から問題行動が目立った3名のADHD者を対象とし,TEM(Trajectory Equifinality Model: 複線径路・等至性モデル)を参考にして,ADHD者が適応に至るまでの経緯を可視化した。3名は,就業経験期における失敗経験を通じて,ADHDの特性への気付きが得られ,自分が納得できる環境を選択することで適応状態へと向かっていた。青年期までは,親や教師といった身近な外的リソースを受動的に活用していたが,成人期に移行するにつれ,友人や仕事のパートナーやADHDに関する情報といった外的リソースを能動的に活用するようになっていた。ADHD者が能動的に獲得・活用した外的リソースは,自己理解を深めて環境選択を行うこと,そして選択した環境で必要とされる能力を補償するために活用されていた。今後,ADHD者のレジリエンスを促進するためには,自分に合った環境についての理解を深める機会を提供することや,ADHD者自身が納得感を持てることを重視した支援が必要であることが示唆された。
  • 当事者同士の語り合いの質的検討から
    金 智慧, 能智 正博
    2023 年22 巻1 号 p. 296-313
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究は,女性バイセクシュアル当事者同士の語り合いを通して,女性バイセクシュアルを生きる体験を概観しつつ,その中で抱え得る心理的葛藤を明らかにすることで,今後の心理支援に役立つ知見を得ることを試みたものである。女性バイセクシュアルであると自認している当事者2名と第一筆者が複数回にわたる「語り合い」を行い,分析においてはメタ観察を援用し,語る内容と語り合う行為の両方に注目して考察を行った。その結果,異性愛主義社会と性的マイノリティ社会(特にレズビアンコミュニティ)の両方から受け入れてもらえない「孤独を生きる」体験が浮かび上がってきた。また,この「孤独を生きる」体験は,当事者達が一度受け入れたはずの自分のセクシュアリティを肯定的に受け入れることを妨げ,女性バイセクシュアルという性的アイデンティティの揺らぎにつながっていた。その点から,女性バイセクシュアルというありのままの自分を受け入れてもらえる体験は,当事者達自身の肯定的な自己受容を可能にし,精神的健康の維持だけでなく,女性バイセクシュアルを生きる体験そのものをより豊かにすることにつながると考えられた。
  • 両義的な聴き方を通した音楽と言葉の調和
    神林 哲平
    2023 年22 巻1 号 p. 314-331
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究は,学級歌づくりの実践事例において,特別な音楽技能を伴わない小学生児童がどのように曲を聴いて作詞をするのか,その創作過程と聴き方について検討することを目的とする。現場での問題意識と先行研究・実践から,①児童はどのような手法で歌詞づくりをしたのか,②児童は自分たちの方法と異なる方法とを比較しながら,どのような特性を見出したのかの2点の研究課題を設定した。調査対象は,作詞の中心メンバーとなった小学生児童5名である。質問紙調査と半構造化面接を段階的に実施し,データはM–GTAによって分析した。その結果,3個の大カテゴリー,10個の中カテゴリー,27個の概念が生成された。コアカテゴリーの[試行錯誤の連続]を中心に考察したところ,①読譜や採譜といった特別な音楽技能を伴わなくとも,児童は試行錯誤しながら独自の手法で作詞した,②言葉選びでは,音楽的な側面とテーマ的な側面を往還しながら作業を進めた,③オリジナル楽曲での曲先の作詞では,創作詩よりもリズムやメロディによる言葉の制約は見られるが,詞先よりも修正負担は少なく,替え歌のように原曲の影響を受けずにオリジナリティを見出せる,といった知見が得られた。本実践の作詞においては,没頭する聴き方と分析的な聴き方の間に位置づけられる両義的な聴き方を通して,音楽と言葉との調和を図る様相が最終的に考察された。
  • ナラティヴ・アプローチから捉える新たな制作物の開発過程
    竹内 一真 
    2023 年22 巻1 号 p. 332-351
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    近年,地域に伝わる固有の伝統工芸が復活するという現象が起こっている。一方で,復活する際にどのように当事者が不在の先行世代と関係を築き,時代に合った新たな制作物を生み出しているのかという世代間の関係性構築に関して十分に研究されていない。本稿では,一度は途絶えたが復活を果たした技能に関して,ナラティヴ・アプローチを通じて新たな制作物の開発に至るまでの過程を捉える。本稿において研究協力を依頼したのが,各地域においてガラス工芸の復活に関して中心的に携わった3名の当事者である。調査では各研究協力者にライフストーリーインタビューを実施した。その結果,二つのことが示された。一つ目が,継承リテラシーの獲得過程である。復活を行う当事者は当該技能の習熟と先行世代との内的対話を通じて継承リテラシーを深める。そして,継承リテラシーの深まりとともに,先行世代との関係性が構築されることが示された。二つ目は,新たな制作物作成過程を物語的自己同一性の観点から捉えることである。作り手は受け手と先行世代の間に自らの経験を媒介させる形で新たな制作物を作る。その過程で,制作物の物語的自己同一性を代替的に再構築することが示された。
  • 抗がん剤治療を続ける身体とその物語
    細野 知子, 鷹田 佳典
    2023 年22 巻1 号 p. 352-368
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本稿は子宮頸がん・転移性肺がんの抗がん剤治療を続ける女性の語りを手がかりに,その病いの経験の動的な諸様相を記述することを目的とする。原山さんというその女性の物語においては,「身体」が主要なトピックとなっていた。がんへの罹患や抗がん剤治療によって変わりゆく身体に言及しつつも,原山さんはセルフケアを通じて治療が継続できる身体を維持することに努めていた。また,ラテン音楽を楽しむ日常も,細やかな身体描写とともに語りだされていた。本稿ではこうした原山さんの経験を下支えする身体を現象学的に記述した。続いて本稿では,原山さんの身体経験と物語の関係を,アーサー・フランクの物語論に依拠して分析的に記述した。フランクが提示する四つの身体類型を手がかりとしつつ,原山さんの身体-自己が一つの類型に収まらない多面性を有していることを明らかにした。さらに,回復の物語や探求の物語を基調として展開されていた原山さんの病いの物語が,インタビュー終盤に転調した点に着目し,そこに身体を通して語られる物語を読み取ろうと試みた。この語りから原山さんの病いをいかに記述し,この動的な経験に肉薄した理解ができるか。研究方法を探究した末に行き着いた病いの経験の複合的な記述により,誰もががんサバイバーになりうる現代社会に,抗がん剤治療を受け生きることを理解する視点が提供された。
  • 金原 衣理子, 笹田 哲
    2023 年22 巻1 号 p. 369-387
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,脳卒中により半身麻痺となった女性が,ファッションショーへの参加という体験をきっかけに,どのように心理・行動が変化したのかを明らかにすることで,障害を持ちながらも能動的に社会生活を広げるための示唆を得ることである。4名の対象者に半構造化面接を行い,複線径路・等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach ; TEA)を用いて,個々の対象者の径路の多様性を描いた。結果として,対象者は脳卒中の発症により,洋服は「着られればよいもの」となり,周囲からの視線にネガティブな感情を抱いていた。前向きな障害者との出会いがファッションショーへの参加を決意するきっかけとなり,準備期間には他の参加者との関係性の中で自己を見つめ直し,障害者であることに対しよい意味で「開き直る」「吹っ切れる」経験をした者もいた。そして,本番当日にはヘアメイクと衣装で華やかに装い,いつもとは違う自分を発見し,様々な想いを胸にランウェイを歩いた。本番終了後にはお洒落の楽しみ方が変化し,家族や仲間と新たなやりたいことに挑戦する中で〈一人じゃないと思う〉ことができ,周囲からの視線が抑圧的に働かなくなっていた。最終的には,障害があるからこそ得られた自身の経験を活かし,同じように悩んでいる人のために活動を実践していることが語られ,自身の障害の捉え方に変化が生まれていたことが示唆された。
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