本稿の課題は,昭和初期における中小小売商の商家所得について検討し,その困窮が社会問題化していた「小売商問題」の理解を深めようとする点にある。昭和初期の中小小売商においては,商業所得がきわめて低い水準にあったが,およそ半数の割合で商外所得を得ていた業者が存在し,商業所得を大きく上回る商外所得を得ていた業者も少なくなかった。商外所得の内容としては,資産収入が中心であり,規模が大きく,営業年数の長い業者に多くみられたが,一方で,規模が小さく,営業年数の短い業者のなかには,多就業による勤労収入を得ていた者もみられた。資産収入の存在は,短期的には商業利潤を自己の再生産が不可能な水準まで切り下げることを可能にし,新規参入者にとって厳しい競争条件を生み出した。一定の規模を確保できない限り,専業で望んでも十分な商業所得を得られず,勤労の傍ら商業を営むことになるが,それでは商業経営のパフォーマンスが低い。こうして,昭和初期の小売商問題においては,所得が問題の結果であると同時に,その問題状況を再生産する要因になっていたと考えられる。
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