千葉県の房総丘陵に位置する東京大学千葉演習林には、ヒメコマツ天然個体が隔離分布している。近年、個体数が急激に減少しているが、その要因としてマツ材線虫病の影響が指摘されている。現在、マツ材線虫病抵抗性を有するヒメコマツ実生苗の作出が検討されているが、天然個体の自然交配では自殖が多いため、実生苗のマツ材線虫病抵抗性が弱まっていることが懸念される。そこで本研究では、ヒメコマツ天然個体の自然交配苗と人工交配苗に強病原性マツノザイセンチュウ(Ka-4)を接種し、接種後の生存率を比較した。天然個体(荒樫沢 13)の自然交配苗の生存率は0%であったが、同じ個体を片親とする人工交配苗(前沢 1×荒樫沢 13)では 65%と有意に高かった。また、樹高や地際径は、自然交配苗の方が有意に小さく、自殖による近交弱勢の影響が示唆された。一方、もう一つの天然個体(荒樫沢 3)の自然交配苗の生存率は50%で、同じ個体を片親とする人工交配苗(前沢 5×荒樫沢 3)の生存率45%と有意な違いがなく、樹高や地際径も同等であった。以上の結果から、ヒメコマツ天然個体の中には、人工交配を行うことで近交弱勢を回避し、次世代のマツ材線虫病抵抗性を向上できるものがあると考えられた。
植物遺伝資源の長期的な維持・管理方法として、生殖質の生息域外保存は有効な方法のひとつである。遺伝資源を効率的に確保する上で、種子の保存は利点の多い手段であるが、乾燥耐性がほとんどない難貯蔵種子も数多く存在する。本総説ではコナラ亜属を例に、難貯蔵種子の取り扱いに関する問題点を生理的要因と生物的要因の面からまとめた。コナラ亜属においては種子が生理的な活性を保てる温度と湿度において、いかに生物学的な害(虫害、菌害)を取り除くかが重要であると考えられた。また、生理的な休眠機構を活用するには、種子の採取時期やコーティングなどの技術を検討する必要性が示唆された。今後は低温耐性や保存条件を調べることで、海外樹種で成功している−2℃程度の低温保存の検討が望まれるであろう。
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