ブナ林植生が日本海側多雪地と太平洋側少雪地で大きく異なる現象(背腹性)が引き起こされる過程について,積雪の包含する環境因子の影響をメカニスティックアプローチにより解析した。(1)ブナ林植生の種多様性・個体群構造と気候パラメーターの相関関係を日本海型-太平洋型ブナ林の植生推移帯で解析したところ,ブナ林背腹性は積雪傾度に対して異なった反応を示す3つの種群,すなわち,ブナ,汎存種群(ブナを除く),少雪地偏在分布種群の組み合わせによって生じていることが明らかになった。(2)ブナが多雪環境下で生じる雪の物理的圧力に強いことが日本海型ブナ林におけるブナの優占理由であるとする「雪圧仮説」について検証した。ブナは極めて高い雪圧まで直立した形状を維持することができ,雪害を受ける率も明らかに低いために多雪地でも最大サイズが制限されない。(3)太平洋側でブナの優占度が低くなる原因はブナの少雪地における初期更新の悪さに起因するとする「初期更新仮説」について検証した。1993年の全国同調型豊作年に全国15サイトでブナの種子生産から実生定着までの生残過程を比較したところ,1)種子散布時点では,しいな率・堅果落下量には地域間の違いが見られず,種子生産量は背腹性の原因とは考えられない,2)昆虫による被害率は多雪地帯で有意に低くなり,背腹性形成の一因と考えられる,3)堅果落下後の越冬期間に乾燥・菌害(およびバクテリア害)・ネズミ害によって少雪地の健全種子密度が大幅に低下し,実生バンクが機能していない,4)乾燥害・ネズミ害はともに積雪深と負の相関を持つ因子で背腹性形成に強く関与している,ということが明らかになった。(4)以上の結果より,積雪とブナ個体群更新の関係性は緊密なものであり,後氷期の分布変遷と日本海側地域の多雪化との関係性を強く支持するものであると結論された。
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