鉱化していない木材遺体の研究は日本ではほぼ100 年前に始まった。その後の研究の経過を1980 年以前と1980 年以降に分けて概観し,1980 年以前における研究の意義は,基本的に木材遺体の樹種を同定して,その分類群を明らかにする点にあったと指摘した。これに対し,大規模な低湿地遺跡が発掘されるようになった1980 年以降の研究の意義は,木製品類だけでなく自然木も大量に扱うことによって,自然環境の変遷や背景の森林資源を考慮して樹種選択や木材資源利用を解明した点にあると指摘した。ついでウルシとイチイガシを取りあげて,1980 年代以降に行われた日本産樹木の木材組織の研究を背景として,2000 年以降に両種が木材構造から識別できるようになった過程を記述した。そして,両種の同定によって解明されつつある先史時代の木材資源利用の側面を,具体的な研究例にもとづいて紹介した。木材遺体に関する研究のこうした発展の背景には,近年充実してきた日本産木材標本の収集と,日本産木材標本および識別データベースのWeb 上での公開,遺跡出土木材データベースと元データを含むCD-ROMの出版といった基礎情報の公開がある。そうした情報の公開が,種の識別や,研究の現状と問題点の把握といったことに具体的にどう貢献しているのかを例をあげて記述する。最後に現状における木材遺体研究のデータを総覧して,研究の問題点を指摘して将来にむけての研究の展望について議論する。
抄録全体を表示