大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)と光学顕微鏡を搭載した装置について,改良・追加された機能を述べる.試料は,大気に開放された薄膜ディッシュ上におかれる.ディッシュ底には電子線を透過可能な薄膜があり,その上に置く試料は液体に浸された状態でも良い.薄膜ディッシュは,倒立型SEM鏡筒の先端に設置され,鏡筒内を真空に保つシールの役割も果たす.また,薄膜ディッシュの上方には光顕を搭載しており,上から光顕像,下から薄膜を通して電子線を試料に照射しSEM像の取得ができる.改良・追加された機能は,モーターステージ,万が一の薄膜破壊に備えた鏡筒汚染保護機構,装置を制御するグラフィカルユーザーインターフェイスである.本装置は,ASEM観察しながらの試薬の投与を可能にし,体積変化のある現象にも対応できる.このような利点により,液中のシリカ粒子のランダムな運動を観察しながら,食塩水を滴下した際の反応を観察できた.
シナプス形成は複雑かつ精巧な脳神経ネットワーク構築の要のステップの一つである.近年,小脳におけるGluRδ2-Cbln1-NRXN複合体などの脳シナプス形成を担うシナプスオーガナイザーの存在が明らかになってきたが,シナプスの形成過程,分子基盤については不明な点が多い.SiN薄膜窓を底面にもつASEMディッシュ上に初代培養神経細胞を培養し,光学顕微鏡と電子顕微鏡による同一視野観察が可能な大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)を用いてシナプスに局在する分子の観察を試みた.さらに,シナプス形成を誘導するタンパク質をコートした磁気ビーズを培養神経細胞に添加することで,ASEMディッシュ上の任意の場所にシナプス前部の構造を作り観察できることが示された.初代神経細胞培養とASEMによる解析は,シナプス形成の分子機構を解明する上で有力なツールになるものと期待される.
細胞運動は,がん細胞などに顕著に認められ,細胞外マトリックスとの相互作用を通して調節される.近年,細胞膜に存在する微細な機能ドメインの役割が大きな注目を集めている.特に,脂質ラフト(lipid raft)は細胞膜における細胞内外の情報変換の中心的な部位であると考えられており,細胞接着・細胞運動を司るタンパク質が存在する.本稿では,脂質ラフトの細胞運動における役割に焦点を当て,大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)を用いた成果を交えて論考した.
血液中の細胞成分の一つである血小板は,骨髄において巨核球から生産される.巨核球は多核細胞であり,成熟に伴い胞体突起を伸長する.その突起がちぎれることにより血小板が形成される.一方,樹状細胞は抗原提示細胞として機能する自然免疫細胞である.細菌などを食作用により細胞内にとりこみ,抗原情報をT細胞に提示すると共にサイトカインなどの様々な液性因子を産生して獲得免疫を誘導する.これら細胞の微小な内部器官とタンパク質複合体による機構には,未知の部分が多い.巨核球を,コーティングしたSiN薄膜上で初代培養し,前血小板中の接着因子P-selectinを免疫ラベルした.大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)で水中観察したところ,前血小板はラベルされたα顆粒らしい構造を含み,周囲に微小管が張りめぐらされていた.また,細菌が樹状細胞に貪食され,細菌を取り込んだ食胞がF-actinに囲まれる様子をASEMで観察した.
カチオン性の水酸化物ナノシートから構成される層状複水酸化物(LDH)は,膨潤・剥離することにより,様々なナノ構造材料としての応用が期待されている.これまでLDHの膨潤や剥離挙動の評価は,主に乾燥後のLDHを用いて粉末X線回折装置,透過型電子顕微鏡及び原子間力顕微鏡で行っており,溶液中のLDHの直接観察は行われていない.これらの現象を溶液中で直接観察できれば,LDHの膨潤・剥離の容易な観察と,反応過程に関する新たな情報の取得が期待できる.本研究では,従来困難であった溶液中での高分解能の観察が可能な大気圧走査電子顕微鏡(ASEM)に着目し,LDHの膨潤・剥離挙動を純水,ラウリン酸ナトリウム溶液及びホルムアミド溶液中で直接観察することを試みた.その結果,LDHが純水及びラウリン酸ナトリウム溶液中で膨潤する様子やホルムアミド溶液中で瞬時に剥離する様子が観察され,ASEMが溶液中のLDHの膨潤・剥離挙動の観察に有用なことが明らかになった.
界面活性剤が水溶液中で形成する会合体のナノ構造は,クライオ電子顕微鏡(cryo-TEM)によって観察することができる.本稿では,分子内に2本のフッ化炭素鎖を有するフッ化炭素系ジェミニ型,フッ化炭素と炭化水素の異種の疎水鎖を有するハイブリッドジェミニ型,3本のアルキル鎖を有するトリメリック型の3つのタイプの特異な構造をもつ界面活性剤について,cryo-TEMによる会合体のナノ構造を紹介する.これらの界面活性剤の会合体の構造はアルキル鎖長,連結鎖長および界面活性剤の濃度によって異なり,フッ化炭素系ジェミニ型界面活性剤では多角形ベシクル,フッ化炭素―炭化水素系ハイブリッドジェミニ型界面活性剤では600~800 nmの多重層ベシクルを形成するなど,従来型の界面活性剤では認められないユニークな会合体特性を示す.
コルチコステロイドは,脂溶性であるため細胞膜を容易に通過し,細胞内の特異的受容体と結合し,多彩な作用を発揮する.コルチコステロイド受容体の細胞内局在について,これまでに様々な方法で調べられてきたが,その詳細は未だ完全には解明されていない.近年,GFP(green fluorescent protein)という緑色蛍光タンパクとの融合蛋白を用いることによって,生細胞内での受容体の動きをリアルタイムに可視化して解析することが可能となり,これまでの固定した細胞内では見られなかった新しい知見が得られるようになってきた.本解説においては,glucocorticoid receptor(GR)とmineralocorticoid receptor(MR)に焦点を置き,これらとGFPあるいはそれらの色変異体との融合蛋白を培養細胞に発現させ,蛍光イメージング法による受容体の生細胞内における動態の解析について概説する.
金属表面を伝播する表面プラズモンポラリトン(SPP)は表面に局在する電磁場を伴う電荷密度波であり,光の回折限界を超えて波長以下の狭い領域に閉じ込めることができ,入射光の電場を増強する性質をもつことから,その性質を利用したプラズモニクスと呼ばれる技術分野が急速に発展している.SPPは高速電子の入射により励起できるので,走査型透過電子顕微鏡(STEM)の細く絞られた電子ビームを用いることでナノメーターオーダーの高い空間分解能の測定が可能となる.励起されたSPPは表面ナノ構造により光に変換される.STEMと組み合わせたカソードルミネッセンス(CL)検出システムは,放射された光のエネルギースペクトル,偏光特性,放射角依存性を調べることができる.本稿では,STEM-CL法を用いてプラズモニック結晶やプラズモニックCavityにおけるSPPの分散関係やバンドギャップ,定在波の性質を調べた結果を紹介する.
メソ構造物質は通常の物質と比べて一桁から二桁大きなメソスケールの空間的特徴(数nmから数百nm)をもつ系であり,そのひとつにシリカメソ多孔体がある.シリカメソ多孔体は,メソスケールでは周期性をもつが原子スケールではアモルファスという構造上の特異性のため,その構造解析にあたり透過電子顕微鏡(TEM)法が必要不可欠である.特に電子線結晶学を用いることによりTEM像から結晶構造因子の位相と振幅を実験的に抽出し,初期モデルを仮定すること無くシリカメソ多孔体の三次元構造を決定できる.また,電子線トモグラフィはメソ多孔性シリカナノ粒子中の細孔構造など周期配列していない三次元構造を決めることができる.本解説では,電子線結晶学および電子線トモグラフィを用いたシリカメソ多孔体の三次元構造解析について紹介する.二元系ナノコロイド結晶の電子顕微鏡法による構造解析についても触れる.
生活環のほとんどを他の昆虫体内で過ごす内部寄生蜂は,それぞれの宿主に適応するため驚くべき進化を遂げている.本稿で扱うキンウワバトビコバチCopidosoma floridanumは宿主卵,そして孵化した宿主幼虫の中で生き延びるために,進化的にバリエーションが少ないはずの初期発生を大幅に変更し,卵割後,アメーバ様に移動できるステージを獲得した.この移動性の寄生蜂胚は宿主細胞に自己と誤認させ,宿主胚の胚発生に伴う細胞移動に便乗し,その細胞間を通って宿主胚体内に侵入する.孵化した宿主幼虫体内で寄生蜂胚は,宿主細胞の臓器を保護する宿主由来の嚢組織(cyst cell)で周囲を覆わせて宿主免疫を回避するだけでなく,酸素を得るため宿主に気管を形成させていた.本講座では,共焦点レーザー顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて一連の現象を明らかにした経緯と,分子擬態に関与する分子機構の一部について紹介する.
FIB-SEMでのシリアルセクショニングによる組織の三次元的観察について,主にハードウェアの観点から,手法とクオリティを決める因子について概説する.この観察に適したFIBとSEMの配置を持つ装置の紹介と,それにより得られたデータをもとに,より高い精度でより多くの情報を持つ観察に向けた基礎的な方針を考察する.
蛍光顕微鏡を用いた細胞観察では,様々な色の蛍光プローブを用いることにより生体分子を染め分け,色によって様々な種類の生体分子を見分ける.もし,電子顕微鏡で蛍光顕微鏡のように色を付け観測することができたなら,1個1個の蛋白質の種類を見分けながらのイメージングも夢ではないだろう.電子顕微鏡を用いた細胞のカラーイメージングを目指し,電子線照射によってカソードルミネッセンス(CL: cathodoluminescence)を呈する3色の希土類添加Y2O3ナノ蛍光体を作製した.また,作製したナノ蛍光体はUV光照射によっても蛍光発光を呈するので蛍光顕微鏡による観察も可能である.本稿では,これら希土類添加Y2O3ナノ蛍光体の作製と,電子顕微鏡及び蛍光を用いた培養細胞観察への応用について概説する.
科学機器研究所で開発した環境走査電子顕微鏡AQUASEMⅡは,後方散乱電子をYAG:Ce3+ scintillation単結晶で,二次電子(SE)を静電分離器付イオン化SE検出器,イオン化SE検出器,あるいは,新開発の走査電子顕微鏡・環境走査電子顕微鏡兼用scintillation SE検出器で検出する.これらの検出系と特別に設計した試料室差動排気・加湿系を装備し,従来困難とされた条件下での半導体などの試料や生きた状態にある生物の,その場あるいは動的その場観察を可能にした.
生物の微細構造の観察/解析には,走査型電子顕微鏡が有効な機器として用いられて来たが,生きたままの試料を高倍率・高分解能観察することは不可能と考えられていた.著者らは,生物が生来もつ粘性物質に電子線またはプラズマ照射することで得られるナノ薄膜が,超高真空下でも体内の水分やガスの放出を抑制する効果を生みだし,FE-SEMへ適用できることを発見した.本稿では,当手法発見に至った経緯と現状について紹介する.