2021年より始まった学術変革領域「クロススケール新生物学」では,これまでアプローチすることが難しかった細胞内の20~500 nm程度の大きさに焦点をあてて研究を進めようとしている.このスケールの現象や構造を観察する幾つかの方法の内の一つがクライオ電子顕微鏡(以降,Cryo-EM)である.Cryo-EMについては昨年の顕微鏡誌(57巻3号)で「クライオ電子顕微鏡の現在」という特集が組まれているので,そちらを参照していただければ幸いである.本稿では,「クロススケール新生物学」というコンテクストで,主にCryo-EM/単粒子解析による細胞内複合体の解析と,クライオ電子線トモグラフィー(以降,Cryo-EM/Tomo)について解説する事にする.
原子間力顕微鏡(AFM)は,液中で生体分子の動きを直接観察できることから,生物学分野でも重要な分析ツールとして活用されている.しかし,従来のAFMによる分子スケール観察技術の多くは,細胞外で基板上に構築したモデル系に対してのみ有効であり,生細胞内の現象を直接観察することはできなかった.我々は,この問題を解決するためにナノ内視鏡AFMを開発した.この技術では,細長いニードル状探針を生きた細胞の内部に挿入し,細胞内の構造や現象を直接AFM観察する.これまでに,細胞全体の内部構造やアクチン線維の3次元分布,細胞膜の裏打ち構造の2次元ナノ動態などが観察されている.本技術は,これまでに提案されてきた細胞内AFM計測技術とは異なり,探針を細胞内構造と直接相互作用させられるため,分子分解能観察,力学物性計測,分子認識観察などの主要なAFM計測が原理的には実現可能であり,今後,様々な細胞内現象の研究への活用が期待される.
クライオ電子線トモグラフィー法をはじめとする高分解能イメージング技術の進展により,分子レベルからオルガネラ・細胞レベルまでの定量的クロススケール計測,特に細胞内で20~500 nm程度の大きさの「メゾ複雑体」の計測が可能となり,生命現象や病気の起源がどのように決定されるのかという根源的な問いを,分子レベルからオルガネラ・細胞レベルまでシームレスに解明することが現実的になってきた.本項では,クロススケール計測技術を用いた応用例として,1)表皮ランゲルハンス細胞に存在するメゾ複雑体「バーベック顆粒」の免疫防御機構の解明,2)微小管ネットワーク形成初期に現れるメゾ複雑体「CAMSAP2液-液相分離」が先導するネットワーク形成の分子機構,3)遺伝性拡張型心筋症のクロススケール計測による分子病理機構の解明を紹介する.
近年,超解像顕微鏡やクライオ電子顕微鏡などの顕微技術の急速な発展,および観測試料調製および標識の技術開発により,細胞内の微細構造や分子の動態を観測する試みが多くなされている.本稿では,これら手法によって明らかにされつつある (ⅰ)小胞体の微細構造および小胞体膜カルシウムポンプSERCA2の細胞内局在分布,(ⅱ)ミクロオートファジーとマクロオートファジーを介したフェリチン液滴のリソソーム輸送機構,(ⅲ)生体組織における細胞微細構造の分子レベルでの観察,(ⅳ)酵母プリオンタンパク質Sup35のアミロイド生成・脱凝集過程の観察,に焦点をあてた実例を紹介する.いずれも,20~500 nmの大きさ(いわゆるメゾスケール)の細胞内構造体である「メゾ複雑体」に相当しており,それらの細胞内構造および動態に関する知見が得られつつある.
細胞表面の動態観察は,細胞遊走や浸潤,分化などの理解に重要であり,高い時空間分解能かつ細胞へのダメージの少ないライブセルイメージング技術を必要とする.生理環境下で試料形状を非接触で計測可能な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)は,これまでに光学顕微鏡では可視化できないナノスケールの細胞動態の観察技術として活用されてきた.近年,SICMによる動態観察の課題である時間分解能を向上させるため様々な研究開発が進められており,細胞表面のエンドサイトーシスや微絨毛,神経細胞などの構造変化の可視化が可能となった.本稿では,SICMの高速化のためのハードウエア開発(ピエゾアクチュエータなど)からソフトウエア開発(プローブの走査方式)について概要を説明し,これまでに行われた高速化に関する研究について紹介する.
2探針走査トンネル顕微鏡(STM)による半導体表面の電気伝導測定において,金属探針と半導体表面間にSchottky障壁が形成されるため,大きな接触抵抗を示すことが問題であった.本稿では,探針-表面間における再現性の良いOhmic接触の形成が電気伝導測定にとっていかに重要であるかを紹介する.本手法とSTMリソグラフィーを組み合わせることで様々な表面ナノ領域の電気伝導特性を調べることが可能となる.
小胞体で合成された膜・分泌タンパク質は,ゴルジ体に運ばれて翻訳後修飾を受けた後,細胞膜,エンドソーム,リソソーム/液胞といった最終目的地へと選別配送される.近年の蛍光顕微鏡法の発展により,この物質輸送(膜交通)の詳細な過程を生きたまま「観る」ことが可能となり,新しい概念が次々に提唱されている.本稿では,我々が開発した高速超解像顕微鏡法(SCLIM)により明らかになった知見を中心に解説する.
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