本稿は近世尾張方言におけるラ抜き言葉の成立過程について論じる。尾張方言では,中央語(上方・江戸)に約100年先駆けて19世紀初頭にはラ抜き言葉が用いられるが,初期は2拍動詞にのみ起こる現象であった。その成立は,尾張ではラ行五段動詞の可能動詞形(ex. おれる)と尊敬レル形(ex. おられる)の意味対立をラ音の有無によるとみなす異分析が生じ,この異分析が[語幹‐接辞]の分析が困難な2拍一段動詞に過剰適用されたことによると推定した。この「異分析の過剰適用」を促した主要因はレル・ラレル敬語法と,可能動詞として頻用されるラ行五段動詞オルであると考えられる。この仮説によれば,同条件を備えていない中央語ではラ抜き現象が生じず,同条件を満たす中国地方にラ抜き言葉が多いこととも整合する。
本稿は,笑い方の表現を考察対象とした日露比較により,動作主と動作の描写におけることばと人物像(キャラ)の結びつきの多寡および強さという日本語の特徴を示すものである。ロシア語原文小説とその日本語訳版の比較調査,および日本語原文小説とそのロシア語訳版の比較調査の結果,日本語がロシア語に比べ笑い方の表現の種類が豊富であることがわかった。また,笑い方の表現がどのような人物像にふさわしい笑いとして認識されているか,日露それぞれの母語話者を対象に行った意識調査の結果,「微笑む」に相当するロシア語がどのような笑い手にも使えるニュートラルな表現であるのに対し,対応する日本語の「微笑む」「にこっと笑う」などは笑い手を限定する,特定の人物像と結びついた表現であることが明らかとなった。
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