日本語の大きな変革期にあたる中世末期の口語資料である狂言台本虎明本には,有情物を主語とし,動詞連用形に「〜てある」がついた形で,アスペクトの動作の完成(〜シタ)の意味を表す用例が多数みられる。中古の「〜てあり」には全くみられなかったこの用例が,なぜ中世末期という時期にみられるのか,主語が有情物なのにどうして「〜ている」が用いられなかったのか,また,この用例がその後みられなくなったのはなぜかなどについて,抄物資料の「中華若木詩抄」や,狂言台本の虎寛本,および近松の世話浄瑠璃等を資料にして考察を試みた。その結果,完成の「〜てある」の出現は,テンス形式(た)の発生に伴う「たる」の衰退によるものであり,また,その消滅は,その後の,「たる」から生じた「た」への吸収によるものであることを明らかにした。
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