本研究は,企業における組織や個人の特性が組織内自尊感情に与える影響,また組織や個人の特性と組織内自尊感情が知識提供動機や知識提供行動に与える影響を明らかにすることを目的とする.アンケート調査により企業において知識労働に従事している従業員500名から得られたデータを用いて因果モデルを検証する.
分析の結果,組織の信頼関係や自由な雰囲気,個人の真の自尊感情や随伴的自尊感情が組織内自尊感情を強めること,組織内自尊感情が内発的知識提供動機を強めること,内発的知識提供動機が知識提供行動を促進することが明らかにされた.また,信頼関係が内発的動機や知識提供行動を直接に促進すること,真の自尊感情が知識提供行動を直接に促進すること,随伴的自尊感情が外発的動機を強めること,そして外発的動機が知識提供行動を抑制することが明らかにされた.
クラウドという言葉が企業ITにとってトレンドとなって久しい.しかし,業務システムにクラウドを導入している企業はまだ少ない.何が導入の妨げになっているのか,また,さまざまな効果をもたらすクラウドであるが,何を期待するかによって導入形式は異なるのか,について,企業データを用いて実証分析を行った.分析の結果,クラウドの効果がわからないことが導入を阻害し,情報共有や経営改革への期待等がクラウド導入を推進していることなどがわかった.企業規模別でも導入要因は異なることを確認した.
ITを活用した価値連鎖の変革を実行するうえで参照すべき国際的フレームワークとして,ITガバナンスの専門家が構成するISACAが策定したCOBIT5がある.COBIT5は,企業の事業価値創出全体のマネジメントの一環としてITをマネジメントすることを目的として,前の版のCOBIT4.1から大きく改訂され2012年に公開された.本研究の目的は,変革に関する先行研究を用いてCOBIT5の内容をITを活用した変革のための方法に拡張し,それを日本企業へのアンケート調査によって企業の変革の実態と照らし合わせて,企業における変革行動を説明できる方法であることを確認することである.
さらに,本研究の考察において分析の結果を総括し,「変革の効果は,価値連鎖の創発的変革と計画的変革の実行によって生み出され,効果を生む創発的変革と計画的変革のイネーブラー(実現を可能にするもの)は,人間系システム(価値観,組織,人材,プロセス)と情報システム(IT)である.情報システムの整備は人間系システムの整備を促すことによって,事業戦略は人間系システムの整備と情報システムの整備を促すことによって,間接的に変革の実行に影響を与える」というモデルを作成した.