測地衛星「ラジオス」に対して,世界のレーザ追跡局によって観測された衛星レーザ測距データの解析結果について述べる.データはNASA地殻力学プロジェクト提供の1983年9月~1986年12月のフルレートデータを使用した.フルレートデータは極めて多量であるため,航技研において,3分間のデータから1個のノーマルポイント(正規点)を生成し,この圧縮したデータを解析に使用した.まず,全期間のラジオスデータを30日毎のアーク40個に分割する.各アークの元期における軌道要素,ラジオス抵抗係数,太陽輻射圧係数,地球回転パラメータ(極運動と世界時)を各アークに固有のパラメータとして,そして局位置座標を全アークに共通するパラメータとして,重み付き最小2乗法によって全データから唯一解として求めた.この局位置解(NAL8701システム)は,レーザ追跡局(39局)の地球重心に関する3次元位置座標を表わし,航技研におけるレーザデータ解析の基準座標系を与える.各位置座標成分の精度は3~5cmである.また,5日平均の極運動シリーズの内部精度は2mas(1masは1秒角の1000分の1)以内,1日の長さの超過分(世界時の数値微分として求めた)の精度は0.15ミリ秒である. 次に局位置および基線長(局間距離)のプレート運動によると思われる時間変化を見るために,12アーク毎に局位置座標解(年平均解)を遂次決定した.ただし,1984年1月からの3年間連続して高精度データを観測した15局のみ考慮した.こうして,基線長について年度毎の観測値を求める.基線長の年変化から,この3年間の平均的な基線長変化率およびそのプレート毎の平均としてプレート運動の速度を観測した.一方,MINSTER and JORDANはトランスフォーム断層の向き,震源スリップベクトルの方向,海洋底の地磁気縞模様,等の地質学的データからおよそ300万年間の平均的なプレート運動を推定している.そこでレーザデータから求めた基線長変化率およびフ.レート運動を,地質学的モデルから予測される値と比較したところ,このデータ期間においては一般に良く一致することが認められた.特に,本解析では日本唯一の第3世代レーザ測距装置である下里局(和歌山県那智勝浦町)のデータも同時処理しており,下里を基準点として,日本列島と太平洋プレート,インド・オーストラリアプレートとの相対運動の観測に衛星レーザ測距としては初めて成功した.今回のデータ解析によって得られたプレート運動に関する主要結果は次のようである.()の数値はMINSTER and JORDANモデルによる予測値を示す. (1) 日本列島(下里局)とハワイは毎年約9.4cm(8.5cm)ずつ接近している. (2) 日本列島(下里局)とオーストラリアは毎年約6.5cm(6.5cm)ずつ接近している. (3)ハワイと南米大陸は毎年4.4cm(4.6cm)ずつ離れている. (4)ハワイとオーストラリアは毎年7.7cm(6.7cm)ずつ接近している. (5)オーストラリアと北米大陸は全体として毎年1.8cm(1.5cm)ずつ接近している. (6)ハワイと北米大陸は毎年0.7cm(1.3cm)ずつ離れている. (7)オーストラリアと南米大陸は毎年2.7cm(2.4cm)ずつ離れている. (8)北米大陸と西ヨーロッパは全体として毎年2.4cm(1.6cm)ずつ離れている. (9)北米大陸と南米大陸は毎年約1.2cm(0.8cm)ずつ接近している. (10)西ヨーロッパと日本列島(下里局)は毎年1.1cm(0.0cm)ずつ接近している. これらの結果は予備的ではあるが,現実に今,プレートがどう動いているかについて興味ある知見を与える.高精度レーザ測距データの蓄積とデータ解析技術の一層の発展によって,より高信頼の,より短い時間分解能のプレート運動の観測が近未来には可能になると期待される.
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