鉱物内に保持された流体包有物は地殻内流体の様々な情報をもたらす有用な試料である.特に鉱床学分野においては,金属の運搬や鉱石鉱物の沈殿メカニズムを知る上で,単一流体包有物の化学分析は,鉱化流体の組成を直接求めることができるため非常に重要とされ,特に定量分析においてはこれまでに様々な試みが行われてきた(Shephred and Rankin, 1998).その中で,近年最も精力的に試みられている方法が,非破壊分析である荷電粒子励起X線分光法(PIXI)(Baker et al., 2003),および放射光蛍光X線分析法(SXRF) (Nagaseki and Hayashi, 2008)である.このように,流体包有物における定量分析技術の発展はめざましい一方で,地殻内流体の起源や挙動を理解する上でより強力な情報を与えてくれることが期待される元素同位体の研究は一部の揮発性元素を除けば極めて限られていた(Banks et al., 2000など).特に鉱床試料の流体包有物の同位体研究においては,固体地球分野では汎用的に利用されているストロンチウム(Sr)同位体比でも指標として用いた研究例はほとんど皆無である.流体包有物の難揮発性元素の同位体研究が進んでいない主たる理由は鉱物試料中の流体包有物に含まれるSr等の元素量が極めて少ないことである.この抽出できる元素量の少なさ故に流体包有物を選んで分析することは極めて困難となる.そこで本研究では,タングステン鉱床の鉱液を保持する石英を全岩破壊することで抽出した流体包有物の化学組成及びSrとLiの同位体組成等を同時に測定することを試みる.こうして得られた多元素指標をマルチトレーサーとして用いて流体包有物の起源等に関して多次元的な解析を試みる.鉱物からの流体包有物抽出から元素分離までクリーンルーム内で作業を行うことで分析時の汚染を低減する.抽出された極微量のLiやSrの同位体組成の分析は高知コアセンターのNEPTUNE-MC-ICP-MS及びTRITON-TIMSを用いた.
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