社会言語科学
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23 巻, 2 号
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研究論文
  • 佐藤美奈子
    2021 年 23 巻 2 号 p. 3-18
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    ブータンは,19の言語を擁する多言語社会である.急速に進む近代化のなか,首都ティンプーには全国の民族地区から大量の国内移民が流入し,その割合は85%に達しようとしている.本研究が対象とするティンプーの下町市場,ホンコン・マーケットでは,ホストコミュニティの言語であるゾンカ語ではなく,民族語が高い割合で使用されている.本研究では,ホンコン・マーケットにおける民族語の使用とティンプー市内のそのほかの市場における特徴的な言語使用を,市場の地域性と商人と客の関係性,およびティンプーにおける民族移民の言語社会化とそれに伴う移動から明らかにした.その結果,第1に,ティンプーでは,ホスト側の商人が客に歩み寄り,客の民族語を習得している実態が明らかになった.ただしそれは,厳密には民族移民の多くにとっても第一言語ではない,広域民族語(リンガフランカ)であった.市場には市場の論理があり,ホスト社会と移民の歩み寄りが商人と客のどちらの言語でもない第3の媒介言語を生み出したのである.第2に,ホンコン・マーケットも含め,ティンプーの異なる市場における特徴的な言語状況は,そこに集まる移民の言語社会化段階を反映したものであることが明らかになった.自身が社会化過程のその段階にあるという自己認識,およびその市場と,その市場が位置する地域に対する商人と客の認識が言語使用として具現化したのである.

  • 青山 俊之
    2021 年 23 巻 2 号 p. 19-34
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    本稿は,日本社会において「自己責任」ということばが使用される記号過程とその再帰的な転送過程を自己責任ディスコースとする.本稿の分析は,2015年1月から2月にかけて起きたISIS(Islamic State of Iraq and Syria)日本人人質事件の人質に対し,批判的に言及したブログ記事とその記事上のコメントを対象とする.分析対象の記事とコメントでは,「自己責任」と「迷惑」という語彙が際立って使用された.本稿では,ブログ参与者による記事とコメントの詩的連鎖により,自己責任ディスコースに対する記号イデオロギーが生成されることを論じる.分析では,人質への批判的言及に介在する主体に対する連続的な認識枠組み(個人‒社会文化‒ヒト)に焦点を当てる.分析によって,自己責任ディスコースを再生産する歴史的状況に文化的規範としての社会関係的立場・役割規範が関係することを論じる.

  • 木本 幸憲
    2021 年 23 巻 2 号 p. 35-50
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    言語学では1990年代から消滅の危機に瀕する言語についての研究が精力的に行われ,言語ドキュメンテーションや言語復興運動など関連する取り組みも盛んに行われている.本論文ではこれに対し,本来多面的で複雑な事象であるはずの危機言語の問題が過度な単純化を持って取り扱われてきたことを明らかにする.ここでは事例研究として,フィリピンにおいて,10人の母語話者によってしか話されていないアルタ語を取り上げ,その社会言語学的活性度と消滅のプロセスを詳述する.具体的には,アルタを取り巻く多言語社会では,国語,公用語ではなく,相対的に大きな言語コミュニティの言語へのシフトが起こっていること,その言語シフトには,同じ狩猟採集民であるという文化的アイデンティティが関与していることを明らかにする.さらにアルタにとっての言語シフトは,周辺のマジョリティに柔軟に対処するために戦略的に選択されていることを論じ,危機言語を悲観的に評価する従来の態度は相対化されるべきであることを指摘する.

  • 太田 有紀
    2021 年 23 巻 2 号 p. 51-66
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    本稿は,節境界を手掛かりとしてあいづちの出現環境について分析,考察を行ったものである.分析の結果,東京の会話では絶対的な境界を示す文末系のところで,大阪では絶対的な境界ではない接続詞系のところであいづちが出現しやすいことが明らかとなった.さらに,節境界以外で出現したあいづちの分析では,2地域の結果に違いが見られた.これらの分析結果を踏まえ,2地域の会話及びあいづちを特徴づけると次のようになる.大阪では,聞き手が会話に絡んできやすい状況を話し手が作り出したり,聞き手に話の続きを推測させたりして,会話参加者同士が相互行為を楽しみながら会話を行う傾向が見られ,あいづちは話し手の調子に合わせてうたれているように見える.つまり,話し手主体のあいづちであると考えられる.一方,東京では話し手が発話権の保持や情報の不確定さを示しながら会話を進める話し手主体の傾向が強く,あいづちは聞き手が話の内容を把握した時点で現れているように見える.よって,聞き手主体のあいづちであると言える.

資料
  • 山元 一晃, 浅川 翔子
    2021 年 23 巻 2 号 p. 67-80
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    看護師を目指す留学生等の外国人は,今後増加してくることが予想され,実習記録などのライティングに困難を覚える学生も増えてくると思われる.本稿では,まず,国内の調査および英語圏における複数の文献レビューを参照し,ライティング支援の必要性があることを示した.さらに,国内においては実習記録の言語面について扱った研究は少なく,その研究も,ライティングの支援には活かすことが難しいことを指摘した.それらのことを踏まえ,実習記録の言語面での特徴を探るため,その第一段階として,語彙についての分析を行った.看護学生が目指すべき実習記録の様相を知るため,国内において出版されている実習記録の書き方について扱った書籍の中から,完成形の手本が示されているものを収集し,その中でも「小児看護学」「成人看護学」などの複数の領域における例を収容しているものを対象とした.分析対象とした書籍に含まれる「アセスメント」,「看護計画」,「実施・評価」,「サマリー」の手本を分析し,それぞれに含まれる語彙を頻度や対数尤度比を基にした特徴度を指標として,その様相を探った.その結果,記録の種類や記入する項目により,品詞の分布が異なり,名詞の割合が高いものと,名詞・助詞・動詞や助動詞がまんべんなく使われている項目があることが分かった.また,用いられている語についても,記録の種類や項目ごとに特徴があることが分かった.

  • 今村 圭介
    2021 年 23 巻 2 号 p. 81-90
    発行日: 2021/03/31
    公開日: 2021/05/29
    ジャーナル フリー

    本論は筆者が行なったパラオ語における日本語借用語辞典の作成について,その福祉言語学的研究としての位置付けを論じ,事例共有を行うものである.これまでの福祉言語学の議論を整理し,その輪郭を明らかにした上で,日本語借用語辞典作成プロジェクトの概要を説明し,どのように現地の教育に役立てるのかを記述した.また,本研究で基礎研究が福祉言語学的研究に発展する過程と,基礎研究と社会貢献の相互関係について論じた.そこから,「当該コミュニティーとの関係構築」「関連機関との連携」「研究のアウトプット」を積極的に行うことにより,「研究成果の社会的貢献」につながることを示した.さらに,基礎研究を発展させて,言語研究と社会貢献を相互互恵の関係にすることの重要性を指摘した.

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