本研究はブータン王国における教授言語に対する認識の変化を教育政策とその変遷との関連から読み解く.ブータンは19もの民族語を擁する多言語社会である.1960年代,学校教育の導入に際し英語を教授言語に選定した.現在英語は,国語(ゾンカ語)と並ぶ全国的な共通語として機能し,英語を第一言語とする世代も登場している.本研究では学校教育導入から今日までのブータンの教育政策を3つの時期にわけ,政府が教育目標として掲げる「教育の平等」(MoE, 2014) の概念がどのように変遷してきたかに着目した.教育への「アクセスの平等」を目標に,教育が平等な成功を導く(MoE, 2014) と謳われた第I期,「同じである」という認識の育成が教育の目的(RUB, 2013)とされ,国家アイデンティティの促進を国家目標とした(平山,2006)第II期,現在第III期は格差が広がる社会に対応し教育の多様化を新たな目標に掲げる (MoE, 2014).世代が異なる教師と学生を対象に教授言語に対する認識を調査した結果,教師は「平等性」を教授言語選択の重要な基準に挙げ将来の平等な成功を導く言語として英語を重視した.一方,学生は「アイデンティティ」を基準に全国民の国語による教育の重要性を強調した.両世代が抱く「望ましい教授言語」像は各世代が受けてきた教育政策の目的や社会における言語の位置づけを反映していることが明らかになった.
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