沙漠研究
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33 巻, 1 号
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小特集
  • 篠田 雅人
    2023 年 33 巻 1 号 p. 1
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー
  • 白石 典之
    2023 年 33 巻 1 号 p. 3-8
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    本稿では,ゴビ砂漠以北のモンゴル高原を対象に,牧畜の伝来から遊牧の開始,さらに騎馬遊牧民の成立までのプロセスを,考古資料にもとづき論じた.紀元前3000年ごろ,アルタイ山脈からハンガイ山地にかけての地域に,中央アジアからアファナシェヴォ文化が到来し,ヒツジ・ヤギ・ウシによる牧畜を伝えた.この新来の集団は,在地の狩猟採集民と交わり,紀元前2500年ごろには,家畜とともに遊動性の高い生活を始めた.これをモンゴル高原における遊牧の初現とする.遊牧は,紀元前2000年ごろの湿潤化で良好な草原が広がったモンゴル高原西北部に拡大した.紀元前1250年ごろには家畜化したウマが到来し,車両の牽引に用いられ,紀元前1000-900年ごろには騎乗をこなす騎馬遊牧民が形成された.

  • 尾崎 孝宏
    2023 年 33 巻 1 号 p. 9-15
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    モンゴルの遊牧という生業を規定するのはステップの自然環境である.しかし,遊牧民も社会や国家の中で生きており,人文社会的な事象が彼らの遊牧実践に大きく影響している.例えば近現代においては,社会主義化や民主化といった政治経済体制の変化が大きな影響を与えてきた.本稿では,科学技術や社会制度から波及する要素,主として諸インフラを取り上げて論じる.モンゴルにおける近現代に発生した質的変化として,セメントや重機を使った建築や井戸などの構造物の出現が挙げられる.例えば1950年代末から本格的に始まるネグデル期のインフラ構築は,学齢期の子供や高齢者の越冬地としての定住集落と,遊牧民の労働場所としての草原の双方を睨みながらの季節移動や営地選定といった,現在まで続く新たな空間利用の形態をもたらした.また移動技術と結びついたモータリゼーションも近現代の質的変化の一つである.2000年以降には季節移動の手段としての自己所有の自動車の普及や,放牧を含む近距離移動手段としてのバイクの利用などが頻繁にみられるようになった.また同時期に及した生活用具の中で,特に大きな影響力を持っていると思われるものは,発電機と蓄電池のセット,携帯電話,プラスチック容器などである.プラスチック容器は従来,世帯レベルでの商品化が困難であった乳製品を容易に運搬可能とした点で大きな意義があるが,その背景として携帯電話の普及によるコミュニケーションの簡便化,さらには携帯電話の利用を可能とする電力へのアクセスによってもたらされた変化である.現状ではインターネットが遊牧実践に及ぼす影響の更なる増大が予測される.近年,スマートフォンの普及に伴いSNS利用の拡大などが見られ,その結果インターネットへのアクセス可否が営地選定に大きな影響を及ぼしている.この新しいインフラの普及は過去の社会制度の変化や災害と同様,再び彼らの牧畜戦略を変化させる可能性がある.

  • 冨田 敬大
    2023 年 33 巻 1 号 p. 17-24
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    モンゴル科学アカデミー地理学研究所の研究者たちは,1980年代に協同組合下の牧民の移動を調査し,その理論化を試みた.本稿ではこれらの研究成果のうち,『モンゴル人民共和国の牧民の移動』をもとに,社会主義時代の放牧地の利用・管理の特徴について検討する.彼らは,標高差や地形の違いを季節ごとに使い分ける牧畜システムを科学的に裏付け,自然条件および資源を完全に利用する「正しい」移動を明らかにしようとした.

  • 押田 敏雄, 上薗 薫
    2023 年 33 巻 1 号 p. 25-41
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    シカやイノシシなどの野生鳥獣とヒトの棲み分けが機能していれば農業被害,人的被害などの特別な問題は少なかった.しかし,最近では棲み分けが思うようになされずに,病気の面で家畜と家畜,家畜とヒトのような人獣共通感染症が家畜やヒトの生活の安定を脅かすことが多くなってきた.本稿ではシカやイノシシの生態と特性に触れ,家畜の感染症,伝染病の概略について述べる.次いで,シカとウシ,イノシシとブタの関係における感染症について,代表的な感染症を概説し,ヒトが注意しなければならない事項について解説する.そして,近年,深刻化しているダニ感染症(SFTS:重症熱性血小板減少症候群),食用ジビエとしてのリスク回避について触れる.

  • 立入 郁
    2023 年 33 巻 1 号 p. 43-49
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    過去に自ら開発した家畜体重モデルの将来シナリオへの適用を目的とし,現在取り組んでいることの進捗を報告する.まず,全球気候モデルのうち,生態系などの物質循環を含むモデル(地球システムモデル)の将来シナリオ実験結果を解析し,モンゴル周辺では将来基本的に植生量が増えると予測されていること,その度合いは高温シナリオでより顕著なことを確認した.これは,二酸化炭素の施肥効果,気温上昇,施肥などによる窒素濃度上昇が原因と考えられる.次に家畜体重モデルへの入力データの準備のため,オフライン植生モデルと畳み込みニューラルネットワークとを組み合わせたダウンスケーリング手法の試行結果を示した.前者により0.5°×0.5°の解像度が実現され,さらに後者により8 km×8 kmまで細かくできた.これにより,いくつかの技術的問題が残されているものの,遊牧の解析を行う上で十分な解像度で将来の植生量分布が得られる可能性を示した.最後に,上記手法で作成した2021-2030年のRCP8.5シナリオについてのLAI(葉面積指数)分布を用い,毎月家畜が周囲で最もLAI値が高いグリッドに移動するという仮定を与え,家畜が滞在するグリッドのLAIを計算し,家畜体重が低下する4月を基準に直前の1年間の平均LAIを示した.今後は,ダウンスケール手法および家畜体重モデルの改良をさらに進めたいと考えている.

  • 小宮山 博
    2023 年 33 巻 1 号 p. 51-58
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    本稿では,今後10年間の世界の農業見通し,温室効果ガス・家畜感染症・アニマルウェルフェアなどの畜産を巡る世界的な動きとモンゴルにおける状況,モンゴルの牧畜業に関する計画と将来目標,モンゴルの畜産物の輸出入状況等について考察することにより,モンゴルの牧畜業の将来方向を示唆した.

  • 鬼木 俊次, ダギス カディルベック, 坂本 剛, 八木 風輝
    2023 年 33 巻 1 号 p. 59-65
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    草原を持続的に利用するためにはその利用に関する社会規範が重要である.本研究の目的は,モンゴル各地の牧草地利用に関する社会規範を比較することで,それが成立する社会経済的な条件を示すことである.結果によれば,社会規範は人口密度が高いほど形成されやすく,市場アクセスが良いほど形成されにくい.今後,市場経済の急速な発展のもとで社会規範を形成するためには積極的な政策介入が必要であることが示唆される.

原著論文
  • 上村 明
    2023 年 33 巻 1 号 p. 67-76
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    本論文は,過去約10年間にモンゴルの牧畜民が経験した変化について,2009年から2011年と2021年から2022年にトゥブ県バヤンウンジュール郡において行った調査のデータにもとづき論ずる.調査は,無作為抽出した牧畜民世帯に対するアンケートと自由形式のインタビューによって行われた.

    調査の結果,牧畜民は,突然の砂嵐,春の冷雨,夏の干害,降水量のピークが夏の初めから秋に移るなど,異常気象が以前とくらべて頻繁に起こるようになったと考えていることが明らかになった.それとともに,多くが顕著な牧地の悪化を認識している一方,世帯の所有する平均の家畜頭数は2011年に比べて2022年は約2倍になり,家計は変わらないかよくなったと認識している.

    牧畜民世帯の状況を見ると,牧畜民の平均年齢は上昇し,単独で牧畜を営む世帯が増えた.さらに,ほとんどの世帯は夫婦のみが牧畜に従事しており,そこに労働負荷が集中している.これに対して,家計の向上によって,牧畜移動を容易にする韓国製トラックやワゴン等の導入が進み,車の燃料代などの移動コストの負担力も増している.

    もっとも大きな変化は,長距離の移動をするようになったことである.とくに,50 km以上の移動を行った世帯の割合が顕著に増えている.牧地の悪化と家畜の増加によって必要に迫られ,長距離の移動を余儀なくされていることは,牧畜民が営地や牧地に対して,排他性の強い権利でなく,より弱い権利を求める傾向を生んでいると考えられる.

短報
資料・報告
  • 伊藤 健彦, 森永 由紀, 篠田 雅人, Tserenpurev BAT-OYUN, Yadamjav PUREVDORJ, 土屋 竜太
    2023 年 33 巻 1 号 p. 85-90
    発行日: 2023/06/30
    公開日: 2023/06/30
    ジャーナル フリー

    複数の遊牧民が同じ空間を利用する,モンゴルの草原の持続的利用を考えるためには,同じ地域を利用する可能性のある家畜の動きを同時かつ長期的に観測する必要がある.共有草原における複数遊牧民の利用実態を把握するために,馬乳酒の名産地であるモンゴル北部のボルガン県モゴド郡で遊牧を営む2軒の隣接遊牧民が所有する家畜ウマを対象に,GPS首輪を用いた1年以上の同時追跡を行い,行動圏と利用分布重複を解析した.家畜ウマは2頭とも1年目と2年目で利用分布の大部分が重なったが,同一月内における個体間の利用分布重複は比較的小さく,隣接する遊牧民間における放牧戦略の違いの存在も示唆された.遊牧の持続可能性を探る上で,GPSを用いた多個体同時追跡研究は有効だろう.

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