日本産カンアオイ属ウスバサイシン節植物の形態変異を明らかにするために,国内の全分布域・既知の分類群,地域集団を含む55集団について野外調査を行った.同節に関する過去の研究はいずれも量的形質の評価が不十分であるため,本研究では今まで用いられてきた形質,新たに採用した形質の評価に加え,花の量的形質に基づく多変量解析を行った.その結果,形態より区別できる8型が認識された.日本の同節はまず萼筒内壁のカラーパターンで2型に分けられ, D 型は全面暗紫色なのに対し, L 型は基底部は暗紫色,中央部は黄緑色ないし淡紫色,萼筒開口部は暗紫色ないし白色だった. D 型はさらに萼筒内壁,萼裂片内面の毛の細胞数,雄蕊・雌蕊の数で D1-D4 の4型に分けられ, L 型は萼筒の形態,萼筒開口部の大きさ,萼裂片の形態,サイズで L1-L4 の4型に分けられた.この8型はほぼ異所的に分布し,それぞれ独立の分類群に値するまとまった地域集団と推定された.
日本国内のカンアオイ属ウスバサイシン節植物には今まで4分類群が知られていたが,本研究はイズモサイシン Asarum maruyamae, トウゴクサイシン A. tohokuense, ミクニサイシン A. mikuniense の3新種を含む7種が分布することを明らかにした.今までの同節の分類体系の多くは葉や萼裂片の形状,雄蕊・雌蕊の数を重視していているが,本研究では種の識別点として,より明瞭な萼筒内壁のカラーパターン,萼筒形状,萼筒開口部の幅,萼裂片の形態,萼筒内壁の隆起の数,高さを採用した.
7種はほぼ異所的に分布し,ウスバサイシン A. sieboldii は本州中西部,中国中南部および朝鮮半島に,アソサイシン(新称) A. misandrumは九州・阿蘇山地および韓国南部に,オクエゾサイシン A. heterotropoides var. heterotropoides はサハリン南部・千島列島・北海道・東北北部に,トウゴクサイシンは関東北部,東北一円に,ミクニサイシンは関東北部に,イズモサイシンは中国地方に,クロフネサイシン A. dimidiatum は本州西部,四国,九州に分布する.
大隅諸島黒島より採集したカヤツリグサ科スゲ属植物4種について染色体数を報告した.トカラカンスゲ (Carex atroviridis var. scabrocaudata) が 2n = 38 = 19II, 39 = 19II + I, 58 であり,種内異数体が観察された.アオミヤマカンスゲ (C. multiflora var. pallidisquama) が 2n = 72,フサカンスゲ (C. tokarensis) が 2n = 26 = 13II,ツシマスゲ (C. tsushimensis) が 2n = 32 = 16II であった.これらの4種については今回が初めての報告である.これらのうち,トカラカンスゲとフサカンスゲは黒島とトカラ列島に固有である.トカラカンスゲはヒメカンスゲ (C. conica) あるいはオオシマカンスゲ (C. oshimensis) と細胞学的に近縁であることが明らかとなった.フサカンスゲは近縁種とされているコカンスゲ (C. reinii) と同じ染色体数であった.