地衣類ホシゴケ科のSporodophoronコナユキゴケ属(新称)に所属するS. primorskiense ビジョノコナユキゴケ(新称)が日本で初めて富山県美女平のブナ樹皮上で発見された.本種はロシア・プリモルスキー地方から採集されたタイプ標本1点のみが知られていただけであり,本報告は世界で二番目の産地である.それらの標本に基づく本種の特徴は以下の通りである.地衣体は樹皮に固着し,白色で突出し独立した分生子座sporodochia(幅0.25–0.50 mm × 高さ0.25 mmまで)を有する.その分生子(= 粉子)は0–2個の横隔壁があり,幅3.0–6.0 µm,各分生子がややジグザグ状に連なる.地衣成分として未同定物質(lepraric high unknown)を含む.タイプ標本との同一性はmtSSU塩基配列が一致することからも確かめられた.本種に関連する分生子座または粉霜で被われる粉子器を有するホシゴケ科の日本産種としてSporodophoron gossypinumコナユキゴケ(新称)(岩上生,地衣体に2ʹ-O-メチルペルラトリン酸を含む),分生子座を欠き粉霜に被われた粉子器を有するInodermaコナユキゴケモドキ属(新称)のInoderma byssaceumコナユキゴケモドキ(新称)(地衣体および粉子器はK−,レプラル酸を欠く)およびInoderma nipponicumヤマトコナユキゴケモドキ(新称)(地衣体および粉子器はK+レモン色,レプラル酸を含む)があり,それらの検索表も併せて示した.
ダイダイサラゴケ科ダイダイサラゴケ属地衣類のCoenogonium moniliformeジュズスミレモモドキ(新称)が日本で初めて福岡県福岡市の住宅地の石垣上で発見された.本種は北米,南米,アフリカ,オーストラリア,アジア(ネパール)から報告されているが,地衣体が自由生活の糸状体緑藻類のスミレモ類と見間違えやすく,子器も小さく淡黄色で目立たたないため,世界での採集事例も多くない.これまでに生葉上および樹皮からのみ採集されてきたが,今回世界で初めて岩上に生育していることを確認した.ジュズスミレモモドキの地衣体はフェルト状,子器直径は最大0.45 mm,子嚢胞子は大きさ8‒14 × 3‒5 µm,共生藻はスミレモ科の Trentepohlia monileジュズスミレモ(新称)であった.藻体は細胞が数珠状に連なり,地衣化状態では細胞はほぼ球形で径16‒22 µm,培養状態では長円形から樽型で20‒30 × 12‒16 µmであった.ジュズスミレモを共生藻に持つダイダイサラゴケ属地衣類は本種のみであり,近縁種から容易に区別できる.
キク科コウヤボウキ属カシワバハグマ節(またはカシワバハグマ属)の日本固有種オヤリハグマは,最近では,Pertya trilobaまたはMacroclinidium trilobumのように,形容詞trilobusを種形容語とする学名が用いられている.しかし,これらは,類似した形容詞trilobatusを種形容語とするM. trilobatum Makinoと「同じタイプに基づいた混同しやすい類似の学名」であるため,両者は正字法上の異形体として扱われる(国際藻類・菌類・植物命名規約 第61.5条).したがって,コウヤボウキ属のもとでは,もっとも早く正式に発表されたMacroclinidium trilobatum Makinoに基づくPertya trilobata (Makino) Makinoが正名である.また,オヤリハグマとカシワバハグマの雑種とされていたセンダイハグマ(P. ×koribana)は,染色体数や外部形態,予備的なDNA解析においては,雑種とする積極的な根拠は無く,オヤリハグマの無裂葉型として扱うのが適当である.
‘稚木の桜’は,牧野富太郎が1906年に高知県産の標本をもとに学名を記載した分類群で,冬芽から伸びたシュートの多くが花と葉をつける混生枝となるヤマザクラの栽培品種である.現在,牧野の記載した株から増殖された系統が栽培されているが,野生では確認されていない.ところが,高知県大月町の月光桜と名付けられたヤマザクラの実生苗を育苗したところ,‘稚木の桜’と同じく花と葉をつける混生枝をつける2年生の実生苗が2株確認された.‘稚木の桜’は,高知県を含む西日本に広く存在する突然変異であることが示唆された.
ウマノスズクサ属(ウマノスズクサ科)の花は一般に筒状に変化し,また花筒部に内向する毛を密生することで,送粉昆虫を花筒内に閉じ込めて送粉をおこなう,いわゆるトラップ状花とみなされている.日本に分布するウマノスズクサについては実際どうなのか,また開花に伴って花筒内壁の毛や葯の裂開がどのようなタイミングで変化するのか,送粉昆虫は何かなどについて,長野県塩尻市の集団においてカメラによるインターバル撮影を駆使して調査した.その結果,この集団では花にハエ目クロコバエ科 (Milichiidae) やキモグリバエ科 (Chloropidae) の小さなハエが頻繁に訪花していることが確認された.これらのハエの体には花粉の付着も確認されることから,有効な送粉者と考えられた.花は早朝に開き,花冠が開いた時には雌性期で,葯はほぼ1日遅れて翌朝に裂開した.一方,花筒内壁の毛は,花冠が開いた時にはまっすぐ伸びた状態であるが,翌朝になると徐々に短く萎縮してしまった.毛の萎縮は葯裂開のタイミングとよく合致していた.これは,花筒内に侵入したハエが伸長する毛のために雌性期の間は花外へ逃げ出しにくいが,葯が裂開する雄性期には毛が萎縮することで花粉を付着したハエが花外へ逃げ出しやすい構造といえるであろう.実際野外では毛の伸長した雌性期においてハエを捕獲した花の割合が有意に高く,雄性期では低いことが確認された.従って,日本のウマノスズクサにおいても花筒の毛の変化が送粉に重要な役割を演じているように思われる.
タイにはこれまで41種のGlobba属(ショウガ科)が知られていたが,今回同国北東部のUbon Ratchathani Provinceにおいて,G. bicolor Gagnep.を新しく記録した.本種はこれまでベトナムとカンボジアにのみ知られていたものである.ここでは本種を図示し,得られた標本にもとづいて詳しく記載した.本種は形態的にG. cambodgensis Gagnep.に似ているが,先端が暗紅紫色から赤色で,全体が黄白色から緑色を帯びた苞をもつことで区別できる.
トチカガミ科のトチカガミ属Hydrocharisは浮葉植物で,H. chevalieri (De Wild.) Dandy,H. dubia (Blume) Backerトチカガミ, H. morsus-ranae L.の3種からなる.インドのカシミール・ヒマラヤではこれまでトチカガミのみが知られていたが,2013年になって初めてH. morsus-ranaeが見出された.この侵略的な水生植物はカシミールのMiragundとHaigamの二ヶ所の湿地で得られている.H. morsus-ranaeはヨーロッパ西部や北部原産の種で,既に北アメリカに帰化し,分布域を拡大しているという報告がある.南アジアや東南アジアでも本種の侵入に注意する必要がある.
これまで東北地方からは記録のなかったフォーリーガヤSchizachne purpurascens (Torr.) Swallen subsp. callosa (Turcz. ex Griseb.) T. Koyama & Kawanoを,岩手県下閉伊郡岩泉町大川にある高峰の標高1060 m,岩塊斜面の落葉樹林下から見出した.本種の標本記録はこれまで北海道と中部地方に限られていた.
イワギキョウ(キキョウ科)の八重咲き品種を,南アルプス北岳産の標本にもとづいて,キタダケヤエイワギキョウCampanula lasiocarpa Cham. f. duplex Kadotaとして記載した.
改訂新版『日本の野生植物』(平凡社)第2巻中のマメ科で発表するシダレエンジュとムラサキクララの新学名を含めて,エンジュとクララの種内分類群の学名をここで正式に発表する.
エンジュはクララ属に含められていたが,分子系統解析ではフジキ属に近いことが分かり,最近のマメ科の分類では別属として,エンジュ属Styphnolobiumとする (Ohashi 2001,Pennington et al. 2005).しかし,中国では最近の研究でもエンジュはクララ属に含められている (Bao and Vincent 2010,Zhu 2015).中国ではエンジュにいくつかの変種と品種があり(Ma 1994,Zhu et al. 2015),それらはエンジュ属のエンジュとしても分類群として認められる.その中から4分類群をエンジュの品種として新組み合わせを発表した.
また,クララSophora flavescens Aitonにも変種が知られており,日本ではムラサキクララがある.この変種は松村任三が1902年にSophora flavescens var. galegoides (Pall.) DC.として記録している.牧野富太郎は牧野日本植物図鑑1290図で「花ハ暗赤色ヲ帯ブル」ムラサキクララを裸名で命名し,図示した.その後,この裸名は正式に発表されず,それに基づいたf. purpurascens (Makino) Sugim.も正名ではないが,2008年の大橋他の新牧野日本植物図鑑でもこの学名が用いられている.中国ではムラサキクララに対する形にはvar. galegoides (Pall.) DC.が生かされている.しかし,単なる花弁の色変わりであり,この誤りを正して,クララの品種としてf. galegoides (Pall.) H. Ohashiとしておきたい.
フサタヌキモの学名Utricularia dimorphantha Makinoのタイプは選定されていないので,ここでタイプ選定をおこなった.原発表では3点のシンタイプと1点の図解が引用され,シンタイプはいずれもMAKに現存する.レクトタイプはシンタイプが存在するならばまずシンタイプから選定しなければならない(メルボルン規約第9.12条).シンタイプ3点を比較した結果,“[Prov. Echigo. T. Kurihara!] Aug. 11, 1904”と引用された標本が唯一花を備えており,花の記述の詳しい原記載によく一致した.この標本は採集者のラベルを欠くが牧野のメモに基づくとJapan. Honshu. Niigata Pref., Shirone-shi, Shirone. Aug. 11, 1904. T. Kurihara s.n. (MAK 311228) である(Fig. 1).この標本を学名Utricularia dimorphantha Makinoのレクトタイプと選定した.なお,同日同所で伊藤誠哉によって採集されたフサタヌキモの標本が北海道大学総合博物館にある(SAPS 013326).伊藤は1883年生まれ,新潟県立新潟中学校を経て東北帝大農科大学(北大)で宮部金吾の弟子,菌類学者であったから若い時から植物にも深い関心があったのであろう.2点の標本の関連は不明だが,伊藤が栗原九十九と共に珍奇な水草(後のフサタヌキモ)の標本を作ったのかもしれない.
牧野富太郎は1926年に Sasa hisauchii を発表した.発表の時点では,Pseudosasa hisauchii Makino を基礎異名とする新組み合わせとされたが,P. hisauchii が発表されたとされる “Three Pl. New Jap. (1925)”なる出版物は,文献および牧野富太郎関連の資料探索において見いだすことはできず,久内清孝氏の報告にもあるとおり,実際に世に出ることはなかったものと考えられた.したがって,Pseudosasa hisauchii はSasa hisauchii の基礎異名とはなり得ない.ヒメスズダケに対する最も早い有効名は Sasa hisauchii Makino (1926) と考えられ,Pseudosasa hisauchii (Makino) Makino (1928),Sasaella hisauchii (Makino) Makino (1929),Arundinaria hisauchii (Makino) Nakai (1934),Nipponobambusa hisauchii (Makino) Muroi (1961) はすべて Sasa hisauchii を基礎異名とする組み合わせと考えられる.
オオシマコバンノキ属(タカサゴコバンノキ属)Breynia J. R. Forst. & G. Forst. は花盤を欠き,雄花の萼が逆円錐型または洋こま形をしていることなどを特徴とし,アジアおよび太平洋諸島の熱帯・亜熱帯に分布する35種の植物によって構成された属である(Webster 1994, Radcliffe-Smith 2001, Govaerts 2015).カンコノキ属Glochidion J. R. Forst. & G. Forst.は花盤を欠き,合着してしばしば柱状となる花柱や肉質の種皮などを特徴とし,アジア,太平洋諸島およびオーストラリアの熱帯・亜熱帯に分布する約300種の植物によって構成された属である(Webster 1994, Radcliffe-Smith 2001, Hoffmann and McPherson 2003).近年の分子系統学的研究により,オオシマコバンノキ属とカンコノキ属は,アマメシバ属Sauropus Blumeとともにコミカンソウ属Phyllanthus L.の派生的な1系統の中に含まれることが明らかとなった(Kathriarachchi et al. 2006).そのため,Kathriarachchi et al. (2006)およびHoffmann et al. (2006)はオオシマコバンノキ属とカンコノキ属をコミカンソウ属に含めることを提案した.系統を反映した分類にした上で,オオシマコバンノキ属やカンコノキ属に属としての地位を継続して与えるためには,20を超える小属に分割せざるをえないためである(Kathriarachchi et al. 2006).コミカンソウ属が形態的に多様で種数が多くなる(Govaerts et al. 2000をもとに算出すると1,296種となる;Kathriarachchi et al. 2006)ことから,Pruesapan et al. (2008)のように,これに慎重な意見もある.しかし,オオシマコバンノキ属とカンコノキ属をコミカンソウ属に含めた扱いは,広く認められるようになってきている.この扱いを地域のフロラで実践すると,多くの分類群で命名規約上の検討が必要となるが(Kathriarachchi et al. 2006; cf. Govaerts 2015),実際近年各地で学名の提案がなされるようになってきている(例えば,Chakrabarty and Balakrishnan 2009, Wagner and Lorence 2011).
『日本の野生植物』(平凡社)の改訂にあたって,オオシマコバンノキ属やカンコノキ属の日本産の種類について学名を確定する必要が出てきた.上記のような情勢から,オオシマコバンノキ属とカンコノキ属を独立属として維持することが専門家の間で今後も支持を得る可能性は低いと判断し,コミカンソウ属に合一した学名を検討した.その結果,日本に生育するオオシマコバンノキ属1種の学名は,オオシマコバンノキPhyllanthus vitis-idaea (Burm.f.) Chakrab. & N. P. Balakr.,カンコノキ属の7種の学名は,ウラジロカンコノキPhyllanthus triandrus (Blanco) Müll. Arg.,カキバカンコノキPhyllanthus gaertneri T. Kuros., nom. nov.,カンコノキPhyllanthus sieboldianus T. Kuros., nom. nov.,キールンカンコノキPhyllanthus keelungensis T. Kuros., nom. nov.,ケカンコノキPhyllanthus hirsutus (Roxb.) Müll.Arg.,ツシマカンコノキPhyllanthus puberus (L.) Müll.Arg.,ヒラミカンコノキPhyllanthus rubrus (Blume) T. Kuros., comb. nov.となる.なお,種の範囲はOhba (1999)およびGovaerts (2015)に従った.
日本産のアズマシライトソウChionographis hisauchiana (Okuyama) N. Tanakaの多くの地域集団と,日本に生育するシライトソウC. japonica (Willd.) Maxim. のごく一部の地域集団は雌性両性異株(gynodioecious)であるが,日本以外のアジア大陸に分布する本属の種では,雌株の存在は知られていなかった.標本館に所蔵されている中国産の本属の標本を調査したところ,C. chinensis Krause(チュウゴクシライトソウ ─ 新称,中国白糸草)にも雌性両性異株(gynodioecy)の存在が判明したので報告する.
研究対象とした標本は,中国広東省,海南省,広西壮族自治区から採集された花期または果期の性型判定可能な22個体(うち1個体は花茎のみ)である.このうちの4個体(18.2%)は雌株であった.他の18個体(81.6%)のうち,2個体は雄株であり,16個体は両性株または雄性両性同株であった.各雌株は両性(・雄性)系の個体とともに4場所(広東省3場所,広西壮族自治区1場所)でそれぞれ同時に採集されているので,各生育地の集団は雌性両性異株とみられる.
雌花は両性花や雄花に比べて,花糸が短く,葯が小さく不裂開かつ不稔であり,花被片はやや短いという特徴が見られた.これと同様の特徴はアズマシライトソウ類(クロヒメシライトソウとミノシライトソウを含む)の雌株でも見られる.被験個体数は少ないが,雌株も両性系株も大変高い稔実率(両性花または雌花の総数に対する稔実果総数の割合で100%)を示していた.
北海道紋別郡遠軽町の中新世からJuglans japonica Tanai (1961)が記載されたが,これはJuglans japonica Siebold ex Miq. (1867)の先行名があるため,不適法であった.そこで植村はPterocarya japonica Uemura (1988)を発表した.しかしながら,この学名もPterocarya japonica Hort. ex Dippel (1891)があるため,適法ではなかった.そこで,新しい置換名Pterocarya rhoifolioides Doweldをここに提唱した.この学名は問題の植物が現世のP. rhoifolia Siebold & Zucc.に近似していることを強調するために命名したものである.