キク科トウヒレン属において,北海道からツルイトウ ヒレンSaussurea yachiyotakashimana Kadota,本州からオヌカトウヒレンS. ochiaiana KadotaとトヨグチトウヒレンS. toyoguchiensis Kadota の3 新種を記載した. ツルイトウヒレン(基準産地:北海道阿寒郡鶴居村)は頂生の花序が複散房状となり,筒形の総苞をもつ頭花を多数つけ,茎や葉の下面に腺点があって粘る点でコンセ ントウヒレンS. hamanakaensis Kadota とススヤアザミS. duiensis F.Schmidt に似る.ツルイトウヒレンは①枝は広角度に伸長して先端が下垂し,②茎葉が長さ15–30 cm とより長く,③総苞中片と外片に紫色の縁取りを欠く点でこれらの2 種と異なる.ツルイトウヒレンは林下 の湿地に生える植物である. オヌカトウヒレン(基準産地:広島県庄原市東城町多飯が辻山)は狭筒形の総苞をもつ小型の頭花を散房状 につけることで,キリガミネトウヒレンS. kirigaminensis Kitam.とネコヤマヒゴタイS. modesta Kitam.に似るが, ①横走する長さ10 cm にもなる太い地下茎をつけ,②経 年個体では複数の花茎をこの地下茎から立ち上げ,花茎の枝は広角的に長く伸長し,③葉がやや肉質で鈍い光沢がある点で異なる.さらに,オヌカトウヒレンはキリガミネトウヒレンからは④総苞外片が狭卵形で先端は短く伸び,⑤茎葉の鋸歯は低平である点で異なり,ネコヤマヒゴタイからは⑥頭花が無柄で,⑦湿地に生える点で異なる.オヌカトウヒレンは蛇紋岩植物であり,また同時に湿地の植物でもある. トヨグチトウヒレン(基準産地:長野県下伊那郡大鹿村豊口山)は小型の多年草で,花期に根出葉が生存し,頭花 が普通単生することなどで,シラネヒゴタイS. kaialpina Nakai に近い.しかし,トヨグチトウヒレンは,①総苞は筒形で緑色,長さ10–12 mm,直径5–6 mm となり, ②総苞片はやや革質,外片は紫色の縁取りを欠き,③根出葉と下部の茎葉の葉身は粗い鋸歯縁となり,④痩果がより長い点でシラネヒゴタイと異なる.トヨグチトウヒレンは石灰岩植物である.
底生羽状珪藻クチビルマガイケイソウ属(フナガタケイソウ科)のSeminavis exigua Chen, Zhuo & Gao の被殻微細構造を光学および電子顕微鏡を用いて詳細に観察し,以下の帯片構造と生育環境についての新知見を得た.半殻帯は4 枚の帯片から構成される.これらはすべて無紋であるが,微細構造の差異(長さ,幅)により,4 タイプに区別された.本邦新産種であり,かつタイプ産地の中国・福建省崇武镇に続く2 例目の発見となる.生育域は,原記載の情報も合わせると汽水域〜海水域と考えられる.
多様な倍数性をもつシコタンタンポポTaraxacum shikotanense( キク科)の各倍数体の出現頻度を検証する目的で,北海道の13地点で採集した292個体について,フローサイトメトリー (FCM) を用いて核DNA量 (2C) を測定した.染色体数で倍数性を確認した八倍体 (2n=64) 11個体(7地点で採集)のモノプロイドゲノムサイズ (1Cx) は1.14–1.22 pg で,九倍体 (2n=72) 5 個体(2 地点で採集)のモノプロイドゲノムサイズ (1.13–1.17 pg) とほぼ同じであった.このモノプロイドゲノムサイズ (1.13–1.22 pg) を用いて,各倍数体が示す核DNA量の推定値を計算し,この値とFCMの測定値から各個体の倍数性を推定した.その結果,292個体の62.7% は八倍体であると推測され,六倍体,七倍体,九倍体および十倍体と推定された個体の頻度は低かった.シコタンタンポポのモノプロイドゲノムサイズは,日本産二倍体種 (1.41–1.59 pg) よりも有意に小さく,シコタンタンポポはゲノムサイズが小さい未知の祖先種から生じたか,あるいは,倍数性レベルが増加するにつれて核DNA量の減少が起こったのではないかと推察した.
センキュウは中国からに日本に伝わったとされるセリ科の薬用植物で,日本や韓国で広く薬として用いられている.『第十八改正日本薬局方』にはCnidium Rhizome,CNIDII RHIZOMA,川芎として登載されている生薬で,「本品はセンキュウCnidium officinale Makino (Umbelliferae) の根茎を,通例,湯通ししたものである」と記載されている.植物学では学名はCnidium officinale MakinoあるいはLigusticum offininale (Makino) Kitag.が適用されている.センキュウは不稔で成熟果実が得られないため,果実の解剖学的特徴による属の決定が困難であった.不稔である理由として,染色体に対合しないペアが存在し,花粉形成では減数分裂が正常に進行しないことが報告されている.さらに部分的に対合が観察されることから,センキュウは近縁種間の雑種であると推定された(Hatano et al. 1970).Suk et al. (1974) はセンキュウと近縁属との未熟果実を解剖学的に比較して生薬川芎はミヤマセンキュウ属Conioselinum属であることを示したが,学名は扱わなかった.Pimenov et al. (2003) は果実解剖の結果に基づいてセンキュウと近縁のL. jeholense とL. sinense とをミヤマセンキュウ属に移した.Kondo et al (1996)はcpDNAを用いた分子系統解析によってセンキュウはL. chuanxiong, L. jeholense やL. sinense に近縁であることを示した.さらに最近の分子系統解析結果では,L. jeholenseやL. sinenseはミヤマセンキュウ属のタイプC. tataricum Hoffm.を含むSinodielsia cladeに含まれ,Cnidium やLigusticum のタイプはSinodielsia cladeとは系統的に離れていることが明らかになった.したがって,本論文ではセンキュウをミヤマセンキュウ属に 移し,学名をConioselinum officinale (Makino) K.Ohashi & H.Ohashi と変更した.
静岡県伊豆半島のブナ樹皮上やブナ樹皮上のコケ上と長野県大阿原湿原のコケを伴う岩上から採集された標本に基づき,ダイダイサラゴケ科ダイダイサラゴケ属の Coenogonium isidiatum (G.Thor & Vězda) Lücking(ト ゲダイダイサラゴケ,新称)を本州から初めて報告する.本種は国内(北方領土を含む)ではこれまで色丹島のみから報告されていた.得られたITS rDNA領域の配列は本種の既知配列と高い相同性を示した.本種は地衣体上に長さが最大0.5 mm の単一からわずかに分枝する裂芽を生じることで,日本産の類似種から容易に区別することができる.
コウメバチソウの八重咲き品が長野県白馬村白馬鑓温泉,標高2100 m付近で発見され,ヤエザキコウメバチソウParnassia palustris L. var. tenuis Wahlenb. f. multipetala H.Ohashi と命名された.タイプ標本は東北大学植物園のTUS 543051 と指定された.
ラオス調査でこれまで同地で記録の無かったEremochloa ciliatifolia Hack. を見出したので,ラオス産の標本に基づく形態的な記載を行い,類似種からの識別点などについて報告した.
Anemonastrum Holub(キ ンポウゲ科)はハクサンイ チゲに似て,複散形花序を付ける一群の植物で,これまでイチリンソウ属ハクサンイチゲ節Anemone L. sect. Omalocarpus DC. に含めて扱われてきた.南北両半球に46 種が認められ,インドにはヒマラヤ地域を中心に13種がある.本稿では,Anemonastrum demissum (Hook.f. & Thomson) Holub,A. elongatum (D.Don) Holub 及び A. polyanthes (D.Don) Holubの3種のレクトタイプ選定を行った.なお,これら3 種はヒマラヤ地域で最も普通に見られる植物である.
黄果をつけるクロガネモチの品種キミノクロガネモチ Ilex rotunda Thunb. f. xanthocarpa Uyeki & Tokui(モチノキ科)は,原記載中に1点の標本 (O.Tokui, Jan. 1953) が引用されており,これをタイプの指定とみなすことができるが,その収蔵場所は示されていなかった.Uyeki and Tokui が発表したほかの学名のタイプが収蔵されている愛媛大学農学部森林資源学コース所蔵の標本(MATSU) を調査した結果,タイプそのものに相当する標本は見つからなかったが,原資料と判断できる標本 (O.Tokui, Dec. 1952) 1点を見出すことができた.タイプ標本の採集者である得居 修氏の標本が収められている可能性のある他の機関にもタイプ資料が見つからなかったことから,唯一の原資料であるこの標本をレクトタイプとして指定した.