日本放射線影響学会大会講演要旨集
日本放射線影響学会第49回大会
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低線量・低線量率放射線の生物影響の分子的解析
  • 本間 正充, 高島 良生, 安井 学, 谷田貝 文夫, 鈴木 雅雄, 林 真
    セッションID: WS5-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    放射線はDNAに直接損傷を与えるだけでなく、間接的に細胞機能に影響を与え、ゲノムの不安定化を引き起こすと言われている。しかしながら、後者の本態については明らかではない。この研究を困難にしている原因は、放射線による直接作用と、間接作用を分離して解析することが困難な点にある。この問題の克服のため、我々は放射線による2本鎖切断(DSB)のモデルとして、制限酵素I-SceIによるDSB発生系を利用し、DSB修復機構に及ぼす放射線の間接作用を検討した。チミジンキナーゼ(TK)遺伝子中にI-SceI部位を有するTSCE5(TK+/-)、TSCER2(TK-/-)細胞を用いた。TSCE5細胞ではDSBの非相同的接合(NHEJ)修復を、TSCER2細胞では相同組換え(HR)修復を選択的に検出することができる。I-SceI酵素の発現によるTK遺伝子領域でのDSBの発生効率は、放射線の1万倍以上も高く、放射線による直接的なDNA損傷作用はほとんど無視できる。細胞を24時間30mGyの低線量で処理した後、I-SceI発現ベクターを導入し、DSBを発生させ、NHEJ、HRによる修復効率を検討した。その結果、NHEJは全く影響が見られなかったのに対して、HRは1.5~2倍程度の増加が観察された。このことは、低線量放射線がHRの修復に何らかの影響を及ぼしていることを示すものである。現在、放射線によって修飾されたHRの様式の特徴を検討中である。
  • 杉原 崇, 村野 勇人, 田中 公夫, 小木曽 洋一
    セッションID: WS5-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    マウスNIH/PG13Luc細胞を用いて、低・中線量率放射線照射(LDR・MDR)時の遺伝子発現量の時間的変化を調べるため、p53転写活性依存性遺伝子群(CyclinG1p21Ephx1)、細胞外マトリックス関連遺伝子群(TncCol1a2Fbln5)、細胞周期関連遺伝子群(Mapk9Rbl1Mcm6Cdc2a)について遺伝子発現解析を行った。照射には137Cs-γ線(LDR:1 mGy/h, MDR:15、60、90 mGy/h)照射を72時間行なった。また、別の試料に総線量が同じになるように1回の高線量率放射線(HDR:1.1Gy/min)照射をLDR・MDR開始時(遅延応答)、あるいは、照射終了時(初期応答)に行い、LDR・MDR時との遺伝子発現比較を行なった。その結果、p53転写活性依存性遺伝子の発現量は、15 mGy/h以上のMDRを行なった場合に増加した。また、HDRでは遅延応答時、初期応答時ともに、p53転写活性依存性遺伝子群の発現上昇が見られた。一方、細胞外マトリックス関連遺伝子群の発現は1 mGy/h以上の線量率の放射線照射で増加したが、HDRでは初期応答時には発現変化がなく、遅延応答時にのみ発現上昇が見られた。ヒトのrTGF-β1添加によって、TncCol1a2 の遺伝子発現が上昇及び、放射線照射によってTgfb1遺伝子の発現上昇が見られたことから、TGF-β1が照射によるTncCol1a2の遺伝子発現上昇を制御している可能性が考えられた。また、細胞周期関連遺伝子群の発現量はMDR(15、60 mGy/h)によって逆に減少した。これらの結果から、LDR・MDRにより活性化されるp53転写活性非依存性遺伝子群の発現変化は、p53依存性遺伝子とは異なるシグナル伝達経路によって制御されている可能性が考えられた。(本記載事項は青森県からの受託事業により得られた成果の一部である。)
  • 小倉 啓司, 鎌倉 寿恵, 馬替 純二, 川上 泰, 小穴 孝夫
    セッションID: WS5-6
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    キイロショウジョウバエは遺伝学的バックグラウンドを厳密にそろえることができるため、伴性劣性致死突然変異法における自然突然変異頻度(通常0.3%程度)のばらつきを極めて小さく抑えることができる。この実験系を用いると、低線量・低線量率の電離放射線を照射されたハエは非照射に比べて突然変異の頻度が低くなるホルミシス効果を示す。本研究ではショウジョウバエの未成熟精子を持つ胚に60Coを線源とした0.5mGyのガンマ線を1分間で照射を行った。その結果、子孫における伴性劣性致死頻度が約0.1%に低下した(p<0.05)。このホルミシス効果の機構を解明するために、同じ発生段階でガンマ線を照射したショウジョウバエの胚からRNAを抽出し、マイクロアレイ法による遺伝子発現の変化を調査した。その結果、hsp70Aのような既知のストレス反応タンパク質をコードする遺伝子を含めた約160の遺伝子の発現が影響を受けることが判明した。しかし、高線量・線量率の放射線照射によって遺伝子の発現に影響を受けるmei-41p53といった修復、細胞周期、アポトーシスに関与する遺伝子群の発現の有意な変化は観察できなかった。すなわち、DNA修復、細胞周期、アポトーシスなどに関与する遺伝子の発現には閾値がある可能性があることが示唆された。
  • 松本 英樹, 大塚 健介, 冨田 雅典, 平山 亮一, 古澤 佳也, 畑下 昌範, 林 幸子
    セッションID: WS5-7
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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     放射線に対する応答により細胞から分泌される内因性物質への二次的な応答が非被ばく細胞に誘導されることが明らかとなり、放射線誘発バイスタンダー効果として注目を集めている。内因性NOラジカルが関与する高および低LET放射線に対する正常および腫瘍組織の放射線適応応答について幾つかの知見が得られたので報告する。
    【材料および方法】
    (1)材料:ヒトp53欠損非小細胞肺癌(H1299)細胞に正常型p53を導入した細胞(H1299/wtp53)を使用した。
    (2)X線照射:X線照射装置(HITEX150)を用い、予備照射として0.02 Gy(1 mA, 130 kVp)、本照射として0 - 6 Gy(5 mA, 130 kVp)照射した。
    (3)重粒子線照射:炭素線(290 MeV/u, mono, LET 70 KeV/µm)を予備照射として0.02 Gy、本照射として0 - 3 Gy照射した。
    (4)生存率の測定:コロニー形成法により行った。
    【結果】
    (1)X線照射による放射線適応応答の誘導:0.02 GyのX線予備照射により顕著な適応応答(X線放射線抵抗性)が予備照射後3 - 12時間目に認められた。この適応応答の誘導はcarboxy-PTIO (c-PTIO) の添加により部分的に抑制された。
    (2)重粒子炭素炭素線照射による放射線適応応答の誘導:0.02 Gyの炭素線予備照射により顕著な適応応答(炭素線線抵抗性)が予備照射後3 - 24時間目に認められた。この適応応答の誘導はc-PTIOの添加により部分的に抑制された。
    【考察・結論】
     ヒト培養癌細胞において、低LET放射線のみならず高LET放射線である重粒子炭素線によっても予めの低線量照射によって放射線適応応答が誘導されること、およびその誘導にNOラジカルが寄与していることが示された。これらの放射線適応応答の誘導にはNOラジカルを介する放射線誘発バイスタンダー効果が大きく関与していることが示唆される。
酸化的塩基損傷と塩基除去修復
  • 久保 喜平, 寺西 梨衣, 西田 友紀, 橋本 知也, 松山 聡, 井出 博
    セッションID: WS6-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    塩基除去修復(BER)の中間産物である脱塩基部位(AP sites)は同時に最も多く生じる損傷で、突然変異や細胞死を引き起こす。AP sitesを定量することは、DNA修復機構を解析する上で極めて重要と考えられる。われわれは近年、AP sitesのアルデヒドに特異的に反応するプローブ化学化合物、Aldehyde Reactive Probe(ARP)を合成し、これによるAP sitesの定量法を確立した。本研究では、5-[Nユ-(2-Aminooxyacetamidoethyl) thioureido] fluorescein(FARP-1)により、DNAを抽出することなく、細胞内AP sitesを直接定量する方法を確立し、これを用いてBERの細胞周期依存性を検討した。G1およびS期のHeLa RC-355同調細胞DNA中のmethylmethanesulfonate(MMS)誘発AP sitesを ARP法により定量した。また、対数増殖期のRC355細胞中のG1およびS期細胞中の誘発AP sitesを PIとFARP-1の二重染色法後、FCMにより定量した。DNA中の誘発AP sitesはG1期の方が僅かに多かったが、差は有意ではなかった。一方、FARP-1 法による細胞あたりのAP sitesは期待通りS期の方が多く、同法の有用性が確認された。また、methoxyamine前処理の濃度に依存してシグナルが減少したことから、FARP-1の反応特異性が確認された。
  • 泉 忠秀
    セッションID: WS6-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    Apurinic/apyrimidinic endonuclease は、DNA塩基除去修復反応(DNA base excision repair, BER)において重要な役割を担う。APE1は、ほ乳類細胞のAP endonucleaseで、遺伝子発現調節因子としても知られる。APE1のknockout (ko) mouse は胎児致死性を示し、ko胎児繊維芽細胞 (MEF)も樹立されていない。APE1の細胞内での必要性について知るため、APE1がCre発現条件下で欠失するMEFを樹立し、APE1除去後の細胞を解析した。
    cre遺伝子をマイクロインジェクション法により直接細胞核に導入した。細胞は12時間後にはアポトーシスを誘導し始め、24時間後ほとんど全ての細胞がクロマチン凝縮を起こしていた。この細胞死はcre遺伝子発現に依存し、またAPE1 cDNAをcre遺伝子とともに核内導入すると細胞は正常であることから、APE1は細胞にとって必要不可欠であると結論できる。
    DNA二重差切断修復に異常のある細胞は、BER阻害剤に高感受性になることが報告され、この発見の癌治療への応用が注目されている。APE1除去後、細胞死までの間に起こる現象を解き明かす事は、今後の研究課題として重要性が高い。
  • 田野 恵三, Paul D. Chastain II, 浅越 健二郎, 足立 典隆, 園田 英一朗, 永田 憲司, 小山 秀機, Samue ...
    セッションID: WS6-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    Flap endonuclease1(FEN1)は塩基除去修復(BER)におけるLong-Patch 修復(LP-BER)に関与していると考えられている。またDNA複製時のラギング鎖の複製にも寄与している。しかし脊椎動物生細胞においてFEN1がLP-BERにどの程度関与しているのかは明らかではない。我々は、トリDT40細胞のFEN1欠損細胞を用いて酸化ストレス下における酸化塩基損傷修復へFEN-1の役割について解析した。細胞抽出液を用いたin vitro 解析ではFEN1欠損株ではLP-BER活性の著しい減少が見られた。FEN1欠損株は過酸化水素に対して感受性を示し、過酸化水素処理3時間で速やかにアポトーシスに移行した。またこのアポトーシスはカスパーゼ阻害剤で抑制された。さらにMolecular Combing 法を用いたDNA fiberのIodo-dUとchloro-dUの免疫蛍光2重染色による解析から過酸化水素処理後にFEN1欠損細胞で複製の開始及び伸張の顕著に阻害が起こることを見いだした。以上の結果より、FEN1は酸化損傷のLP-BERに強く関与するとともに、LP-BER過程で生じる中間損傷であるdRP-Flap 構造による複製ファークの停止を避けることでカスペースに依存したアポトーシスを抑制していることが示唆された。
  • 張 秋梅, 高取 和弘, 中村 允耶, 米倉 慎一郎, 立花 章, 高尾 雅, 安井 明, 米井 脩治
    セッションID: WS6-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    電離放射線はクラスター損傷と呼ばれる特有の損傷を作る。クラスター損傷とは放射線の1つのエネルギー付与によってDNAらせん1?2巻きのうちに2つあるいはそれ以上の損傷(鎖切断、塩基酸化体など)が生じるものである。クラスター損傷部位における損傷の修復およびその制御の機構を明らかにすることは私たちの重要な研究課題の一つである。大腸菌を用いた研究から、塩基除去修復に関わるタンパク質の一つであるDNAグリコシラーゼ(MutM, Nth, Nei)の高発現によって二重鎖切断が誘導され、その結果、細胞の放射線感受性を増大させることが分かった。しかし、真核生物とくにヒト細胞におけるクラスター損傷の修復の研究はまだ十分に行われていない。私たちは、核に局在する8-オキソグアニン-DNAグリコシラーゼ(Ogg1)と、ミトコンドリアに局在するOgg1とをそれぞれ高発現させたHeLaS3細胞を分離し、それらのガンマ線感受性を調べた。それぞれの高発現はRT-PCRによって確かめた。どちらのOgg1を高発現させた細胞も通常のHeLaS3細胞に比べてガンマ線に高感受性を示した。Ogg1の高発現に伴うabortiveなDNAグリコシラーゼ反応によりクラスター損傷部位で二重鎖切断が誘導された可能性を考えた。すなわち、クラスター損傷部位で、一重鎖切断の向かい側の塩基損傷が Ogg1 によって除去されるか、あるいは DNA の両鎖でDNAグリコシラーゼ反応に伴う鎖切断が起こると考えた。事実、γ-H2AX fociを指標とした二重鎖切断定量によって、高発現されたOgg1の作用により二重鎖切断が増幅される結果が得られた。二重鎖切断は生物にとって致死的な損傷である。細胞がクラスター損傷をどう処理するかを明らかにすることは重要な課題である。
  • 片渕 淳, 松原 真由美, 井出 博
    セッションID: WS6-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    電離放射線や活性酸素により、DNAには多様な酸化塩基損傷が生じる。酸化塩基損傷はDNAグリコシラーゼが開始する塩基除去修復機構で修復され、この機構はバクテリアからヒトまで保存されている。大腸菌では、酸化ピリミジン損傷は重複した損傷特異性を示すEndo III及びEndo VIIIにより除去される。両酵素の欠損株を用いた解析からも、細胞内でのこれらの役割が重複していることが示されている。Endo IIIのヒトホモログhNTH1、及びEndo VIIIのヒトホモログhNEIL1、hNEIL2も酸化塩基損傷を除去するが、細胞内でのこれらの酵素の役割は明らかではない。本研究では、hNTH1、hNEIL1、hNEIL2の酸化塩基損傷に対する特異性を比較検討した。hNTH1及びhNEIL1はthymine glycolの立体異性体(5R-Tg及び5S-Tg)に対して異なる活性を示した。hNTH1の活性の比は5R-Tg:5S-Tg = 13:1であったのに対し、hNEIL1の比は1.5:1であった。また、HeLa細胞粗抽出物はhNTH1と同様に5R-Tgを優先的に除去した(5R-Tg:5S-Tg = 13:1)。このことから、細胞内ではhNTH1が両Tg異性体除去の主要な活性であると考えられる。また、hNTH1及びhNEIL1は共にTg以外の酸化ピリミジン損傷を除去する活性を示したが、各々の損傷に対する特異性は異なっていた。hNEIL2はAPサイトに対して高い活性を示したが、酸化塩基損傷に対する活性は極めて弱かった。本研究の結果、hNTH1及びhNEIL1は個々の損傷に対する活性に差はあるものの、重複した特異性を持つことが明らかとなった。従って、hNTH1及びhNEIL1は大腸菌ホモログと同様に細胞内において重複した役割を担っていると考えられる。
  • 米井 脩治, 菊地 政弘, 森永 浩伸, 米倉 慎一郎, 中村 允耶, 山本 和生, 石井 直明, 張 秋梅
    セッションID: WS6-6
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    活性酸素がDNAに反応すると強い酸化反応をひきおこす。その結果、鎖切断を起したり、チミングリコール、8-オキソグアニン、5-ホルミルウラシル(5-foU)などの塩基酸化体を生成し、これらが突然変異や発癌を起こすもとになると考えられている。生物はこのようなDNAの非特異的酸化による作用を抑制するため、酸化されたDNAの修復機構を進化の過程で獲得してきた。DNA 塩基の酸化的損傷はおもに塩基除去修復によって修復される。塩基除去修復は、損傷塩基をDNAから除去するDNA グリコシラーゼの反応によって開始する。塩基除去修復の機構についてはこれまで多くの研究成果が得られてきたが、DNAグリコシラーゼを欠損させた個体や細胞が致死的になるとか、突然変異の頻度が高くなるといった観察は少ない。私たちは、酸化的塩基損傷を認識するDNAグリコシラーゼには幅広い基質特異性がある、さらに、未同定の修復酵素が存在しており、それらの複数の酵素が相互にバックアップしているからだと考えている。これまでに、私たちはDNAグリコシラーゼを研究するなかで大腸菌やC. elegansなどの新規のDNAグリコシラーゼ(あるいはDNAグリコシラーゼ活性をもつタンパク質)を同定した。現在、それらのタンパク質および遺伝子の構造と機能の解析を進めている。例えば、大腸菌ではAlkA、Nth、Nei、MutMが5-foUを除去するDNAグリコシラーゼとして見いだされているが、crude extractでは5-foUを含む二重鎖DNAを認識する新規のタンパク質(KsgA)を見いだした。本学会では、KsgAの活性と機能を中心にしてこれまでに得られた研究成果について述べる。さらに、大腸菌mutM nth nei変異株の高い自然突然変異を抑えるC. elegansなどの新規遺伝子についても紹介し、塩基除去修復の全体像を考察する。
がん突然変異への挑戦
  • 山本 和生, 今井 勝, 布柴 達男, 小村 潤一郎, 小野 哲也
    セッションID: WS7-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    がんは,細胞異常増殖及びアポトーシス阻害によって生まれる。これを導くのは,protooncogeneのpower-up及びがん抑制遺伝子のpower-downである。これらの変化は,突然変異によって生じると(がん突然変異説)考えられている。がんは1つの正常細胞が,clonal expansion で転移が可能な病気としてのがんとなる。この過程には6~10個の遺伝子変化が関わる。突然変異頻度を10-6-/cell/generation,6個の遺伝子変異が関わるとすると,(10-6)6 = 10-36 の頻度でがんが出来る。ヒトの総細胞数を1018個とすると,総分裂回数は1018回(20 + 21 -- + 2n-1 式を解けばよい)となる。以上の計算より, 1018人あたり1人のがん患者がでると計算できる。これは,実質的にがんは生じないことを意味する。変異原に発がん作用があることも,がん突然変異説の根幹を支える理論の一つである。他方,非変異発がん物質と呼ばれる物質は,DNA損傷は作らないし,Ames試験は陰性であるが,マウスにがんを作る。この2つの点から考えても,がんが突然変異で生じると考えると,非現実的である。  別の説はaneuploidy説で,ほとんど全てのがん細胞にaneuploidyが見られる。AneuploidyはM期の染色体の分配異常で生じる。その結果,protooncogeneを持つ染色体が増える,あるいはがん抑制遺伝子を持つ染色体が減り,相対的な酵素量の不均衡が生じ,ゆっくりとではあるが細胞増殖傾向,アポトーシス抑制傾向を示し,がん年齢になって発症する。非変異発がん物質の作用機構を,2倍体酵母と培養細胞を用いて解析した。本ワークショップではその成果を俎上にのせdebateしたい。批判大歓迎である!
  • 能美 健彦, 増村 健一
    セッションID: WS7-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    染色体異常(転座、欠失、挿入)は、点突然変異(塩基置換、フレームシフト)とともに、発がん過程において重要な役割をはたすゲノム変異である。一般に放射線はDNA鎖切断に基づく染色体異常を効率良く誘発し、発がん物質や紫外線は塩基修飾に基づく点突然変異を誘発するとされている。我々はさまざまな環境発がん因子のゲノムに対する変異作用を個体レベルで検討するため、欠失変異と点突然変異を検出するgpt deltaトランスジェニックマウスを開発し、これを用いて放射線(γ線、X線、重粒子線)、紫外線、発がん物質(ヘテロサイクリックアミン、マイトマイシンCなど)によって誘発されるゲノム変異を分子レベルで解析してきた。重粒子線照射は肝臓に1 kb以上の大きな欠失変異を誘発したが、点突然変異は誘発しなかった。これに対し、γ線とX線照射は欠失と塩基置換変異の両方を誘発した。紫外線照射は皮膚に塩基置換変異(ピリミジン塩基が隣接する部位でのG:C→A:T変異)を誘発したが、1 kb以上の大きな欠失変異も誘発した。こげた食品に含まれる発がん物質PhIPは、大腸に塩基置換変異(G:C→T:A)と1塩基欠失を誘発したが、大きな欠失の誘発は観察されなかった。マイトマイシンCは骨髄に塩基置換変異(二つの隣接する塩基が一度に変異するタンデム塩基置換)を誘発したほか、1 kb以上の大きな欠失を効率よく誘発した。以上の結果は(1)γ線やX線などの低LET放射線照射はDNA鎖切断以外にDNA塩基の酸化修飾に基づく塩基置換を誘発すること(2)紫外線や発がん物質はDNAの塩基を修飾することで塩基置換変異を誘発する以外に、複製停止・DNA鎖切断に基づく欠失変異(染色体異常)を誘発することを示している。
  • 續 輝久
    セッションID: WS7-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    電離放射線や環境中に存在する化学物質、さらには通常の代謝活動によっても生体内に活性酸素が生じる。活性酸素は生体高分子を酸化し、様々な作用を生体にもたらすが、中でもDNAの酸化は突然変異を引き起こすことが示され、発がんや老化に深くかかわっていることが示唆されてきた。種々のDNAの酸化的損傷の中で、グアニン塩基の酸化はその強力な突然変異原性により注目されている。グアニン残基の8-オキソ体は、ヌクレオチド並びにDNA中のグアニン残基の直接酸化により生じることが明らかにされた。酸化的DNA損傷に対抗する各種DNA損傷の防止・修復系としては、ヌクレオチドの浄化を担うと考えられるMTH1(Mth1)、また、酸化損傷塩基を含む対合に対するDNAグリコシラーゼ活性を有するOGG1(Ogg1)やMUTYH(Mutyh)等が知られている。最近の解析ではミスマッチ修復系のMSH2(Msh2)が酸化的DNA損傷の排除に関与する可能性も得られている。これらのシステムが破綻した個体における突然変異・発がんに関する研究を、Mth1遺伝子欠損マウス、Mutyh遺伝子欠損マウスでの解析を中心に紹介し、酸化的DNA損傷に起因する突然変異・発がんの抑制に関する分子機構の意義を考察する。
  • 吉田 光明
    セッションID: WS7-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    ヒト悪性腫瘍における疾患特異的な染色体異常の発見が,その後のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の発見ならびに発がん機構の解明に大きく貢献してきたことは言うまでもない。がん細胞における染色体異常を解析するということはゲノム全体の変化を捉えることが出来るという利点,また,個々のがん細胞における変化を知ることが出来るという大きな利点がある。我々はこれまでヒト腎細胞癌(RCC)を対象として染色体レベルにおける変化を長年にわたり追跡してきた。本疾患には第3染色体短腕(3p)の欠失型構造異常が頻発することは周知の事実であり,RCCの発生に関わる最も重要な変化として注目されている。既に3pに存在するがん抑制遺伝子の候補が幾つか単離され,その機能の解明が進められているが我々は染色体レベルにおける変化という視点から,RCCの発生や進展について考察してみた。まず,3pにおける欠失領域に着目して多くの症例を見てみると,現在,候補として注目されているがん抑制遺伝子の存在領域だけではなく,短腕の動原体近傍から末端まで実に大きな範囲にわたって消失していることがわかる。このような大きな領域にわたるDNAの消失はそれだけで細胞にとっては相当のダメージが有るものと予想される。このような染色体の欠失によってゲノムに生ずる不均衡(アンバランス)も発がんの過程において何らかの役割を担っている可能性は無いのだろうか? RCCでは3pの欠失型構造異常以外にも実に多種多様な染色体異常が認められる。この事実は単に染色体レベルでの異常という点に着目しただけでも,がんの発生機構は一つではなく,複数の過程が存在するかもしれないという可能性を示しているように思えてならない。また,最初に生じたゲノムの不均衡ががん細胞の分裂過程においてさらなる不均衡を生み出し,浸潤や転移能力を持つより悪性な癌へと変貌していくことも予想される。
  • 渡邉 正己
    セッションID: WS7-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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     放射線による細胞がん化の第一標的は、DNAであると信じられてきた。しかし、そのことを直接的に証明する結果はない。我々は、これまでシリアンハムスター(SHE)細胞を用いた細胞がん化実験系を用いて放射線による細胞がん化誘導機構を追跡し、グレイあたりの細胞がん化頻度が平均的な体細胞突然変異頻度の500~1,000倍高いことを報告してきた。このことは、細胞がん化が複数の突然変異の集積で生ずるという“多段階突然変異説”と矛盾するものである。
     我々は、この矛盾を解決するためにSHE細胞を用いて細胞がん化に関連する細胞内標的を探索したが、その結果、高密度培養や放射線被ばくによって細胞内酸化度が昂進し、それに伴ってセントロメアあるいはセントロゾームの構造異常を生じることがわかった。それらの細胞集団では、染色体構造異常は起こらないが染色体異数化が高頻度に見られる。
     これらの結果は、放射線による細胞がん化の主たる標的はDNAではなく、セントロメアあるいはセントロゾームなどの染色体安定性維持機構を構成するタンパク質である可能性を示唆している。
マイクロビームを用いた研究の進展
  • 小林 克己, 宇佐美 徳子, 前澤 博, 林 徹, 檜枝 光太郎, 高倉 かほる, 古澤 佳也
    セッションID: WS8-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    私たちは低線量放射線影響研究に有力なツールであるX線マイクロビーム細胞照射装置を開発して放射光科学研究施設での共同利用に供している。その性能は、最小ビームサイズが5ミクロン角でそれ以上の任意のサイズのビームが利用可能、X線エネルギーは5.35 keVで固定、線量率は毎秒約40 Rである。システムソフトウエアの改良の結果、現在は領域スキャンモードで、決められた領域内の標的を自動的に探し出し、認識し、照射することが出来るようになったので、生存率曲線を精度良く得ることが出来るようになった。また、これと位置座標情報を共有できる照射効果観測用のオフライン顕微鏡にはレーザー共焦点顕微鏡が組み込まれたので、免疫蛍光抗体やGFPの検出感度は非常に高くなった。
    一方で、放射光の特徴である波長可変性は、垂直ビームを利用している現在の装置では活かすことは出来ない。低線量域では放射線によって誘導されたシグナルが細胞内外に伝達されて生物影響が発現していることが知られてきたので、シグナル誘導過程におけるエネルギー量依存性が着目されている。そこで照射X線エネルギー可変のマイクロビーム細胞照射装置を開発している。この装置では細胞試料を載せるステージが鉛直平面内にあるので、位置の再現性や、細胞試料の生理的な条件が良好に保てるか、等の問題が有る。これらに関する検討結果をふまえた装置がほぼ完成し、この秋からテストが始まる。
  • 濱野 毅, 安田 仲宏, 小西 輝昭, 磯 浩之, 石川 剛弘, 王 旭飛, 今関 等
    セッションID: WS8-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    細胞を認識し、それらの細胞核や細胞質に決められた量の放射線を照射できるマイクロビーム細胞照射は、低線量放射線の生物影響を研究する有力な手法として知られている。特に、バイスタンダー効果という、粒子照射を受けた細胞の近傍にいて照射されていない細胞に照射の影響がみられる効果などの存在が実証されており、マイクロビーム細胞装置はこの分野の研究を進めるためのツールとして大きく貢献しつつある。
    放医研では、既設のPIXE分析用タンデム加速器およびビームラインに、マイクロビーム細胞照射用のビームラインを増設し(SPICE)、それに細胞照射の際に使用する照射位置決め用顕微鏡システム及びシングルイオン照射システムを設置して細胞照射試験を現在進行している。
    照射位置決め用顕微鏡システムは、細胞観察と照射位置決め兼用の蛍光顕微鏡と細胞位置を移動するステージで構成されている。蛍光顕微鏡はオリンパス社製(BX-51)のパーツを、ビームラインを通す穴を開けた石定盤に固定した。また、通常観察用のハロゲン光源と蛍光観察用のキセノン光源の両方を有する。ステージ部分は、市販品のボイスコイルモータステージをベースに新規開発した。これは可動部が軽量で、トルクのムラやバックラッシュがないため、細胞観察・照射のような短ストローク(X, Y方向に10 mm)、高速動作(18万点/1時間)かつ高精度の位置決め制御(0.2μm)に適している。この顕微鏡システムに搭載しているイオン検出用の小型シンチレーションカウンタ、これからの信号をパルス電源に送るシステム及び電源に接続されている静電デフレクタをシングルイオン照射システムと呼ぶ。これらのシステムを組み合わせて行った照射試験の結果について報告する。また、ビーム照射位置と細胞の位置を確実に一致させるために新規に製作した細胞皿の開発およびその位置決め性能についても報告する。
  • 岩井 良夫, 池田 時浩, 小島 隆夫, 金井 保之, 小林 知洋, 根引 拓也, 成沢 忠, 山崎 泰規
    セッションID: WS8-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    生きている細胞及び細胞内小器官を標的として1μm3オーダーの領域だけにイオンビームを照射するための技術開発をしている。これまでに出口径1μm前後の先細り型ガラスキャピラリーを用いて、イオンビームを出口径の太さまで収束することに成功している。最近、ガラスキャピラリーの出口を薄いガラスで蓋をする手法を開発した。その蓋付きガラスキャピラリーを用いることで、ビームラインの真空を維持したまま液相中及び気相中に収束イオンビームを取り出せるようになった。ビームエネルギーと蓋の厚さは調整できるため、エネルギー付与領域を3次元的に1μmオーダーで制御可能となった。今回、液相中でのエネルギー付与領域を可視化するために、蓋付キャピラリーの先端部を液体シンチレータに挿入し、先端部から抜けてくるイオンビームによるシンチレータの発光を顕微鏡で観察した。例えば、3 MeVのα線を蓋の厚さが7μmで出口の内径が1.5μmのキャピラリーに入射した場合、発光領域は長さ約6μm、直径約4μmとなり、飛程計算コード(SRIM2003)で算出した値とほぼ一致した。蓋付キャピラリーを用いることで、イオンビームのエネルギー付与領域を3次元的に1μmオーダーで制御し、その領域を細胞1個程度の大きさにすることに成功した。
  • 前田 宗利, 宇佐美 徳子, 小林 克己
    セッションID: WS8-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    [目的]我々は、放射光単色X線(5.35 keV)マイクロビーム細胞照射装置を用い、低線量放射線の生物影響研究を行っている。この装置では、5ミクロン角以上の任意のビームサイズのX線マイクロビームを細胞あるいは細胞核の一部に照射し、それらを個別に追跡して照射効果を検出することができる。昨年度の大会において、本装置を用いて10ミクロン角のマイクロビームで細胞核を照射した細胞の生存率において、細胞集団を照射した場合(ブロードビーム照射)と比べ、低線量高感受性が明らかに増強されることを報告した。今回は、50ミクロン角のマイクロビームを用い、単一細胞の全体を照射し、細胞核を照射した場合の生存率と比較し、細胞質への照射効果が低線量高感受性に与える影響について検討を行った。
    [方法] 2000個のV79細胞を専用ディッシュに撒き、単一細胞の細胞核を10 ミクロン角、あるいは、細胞全体を50ミクロン角のX線マイクロビームによって照射した。照射後60時間培養し、計数した個々の照射細胞のコロニーあたりの細胞数から細胞の生死を判定し生存率を測定した。細胞核平均吸収線量を基に生存率をプロットし、線量-生存率曲線を作成した。
    [結果・考察]50ミクロン角のX線マイクロビームで単一細胞全体を照射した場合の生存率曲線は、ブロードビーム照射によって得られた生存率曲線とよく一致しており、個別コロニー観察法がこれまでの方法と比較できる結果を与えることが示された。また50ミクロンのビームで照射した場合には、細胞核を照射した場合と比べ、明らかに低線量高感受性が抑制された。低線量高感受性の発現は、細胞のDNA修復機構と密接に関係していると考えられている。放射線照射された細胞質において生成されるなんらかのシグナルが、細胞の修復活性を誘導しDNA損傷の修復を促進させることによって低線量高感受性が抑制されることが示唆された。
  • 高倉 かほる, 丹野 悠司, 中村 洋暢, 梅山 研一, 達家 雅明, 小林 克己
    セッションID: WS8-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
      高エ研,PF-BL27 の生物試料用マイクロビーム照射システムは、近年K. Kobayashi らのグループによって開発されたシステムであるが、培養細胞を生きたまま照射し、照射直後からの細胞に起る変化を顕微鏡と高感度のCCD カメラを通して、直接観察できるシステムである。取り扱いの容易さや、細胞の培養液を抜かずにそのまま照射できる系であるため、生物照射実験にふさわしい優れたシステムであると言える。我々は、このシステムを用いてHeLa 細胞の核に5.35 keVの単色のマイクロビーム(10 シm x 10 シm) 照射を行い、これによっておこる細胞分裂異常のようすをくわしく見る実験を行った。M期のHeLa細胞は、細胞分裂期に発現するオーロラBタンパクをEGFPで可視化することで、細胞がM期のどのstage にあるのかを見分ける事ができる。5つのstageは、前期prophase, 前中期prometaphase, 中期metaphase, 後期anaphase, 終期telophaseの5つである。各々のstageにある細胞の核をねらって、1個づつ単独に10 Gy のマイクロビーム照射を行い、その後の細胞の分裂の様子を丁寧に観察した。この照射実験を、色々条件をかえて、いくつもの細胞について行い統計的な処理を行ったところ、以下の点が明らかになった。(1)telophaseやanaphase で細胞を照射しても細胞分裂の停止はおこらないこと(2)prophase, prometaphase, metaphase で照射をすると細胞分裂の停止が起こるが、その停止はmetaphase での停止によるものであること、などがわかった。これらの実験は、照射線量を変えても行われた。また、M期の停止に関わっていると思われるチェックポイントたんぱく質の検出なども試みた。
  • 冨田 雅典, 前田 宗利, 宇佐美 徳子, 松本 義久, 小林 克己
    セッションID: WS8-6
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    DNA2本鎖切断(DSB)は、DNA損傷の中でもっとも修復困難であるとともに修復ミスの原因となりやすい重篤な損傷である。このDSBを修復する経路として、ヒトをはじめとする高等真核生物では、少なくとも非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え(HR)が存在すると考えられている。これまでの研究において、数多くのタンパク質が、NHEJ、HRに関与することが報告されている。
    近年、リン酸化したヒストンH2AXをはじめとするDSB修復に重要なタンパク質が、DNA損傷部位に集積してフォーカスを形成する現象が注目されている。蛍光抗体法やGFP融合タンパク質を用いて、放射線照射後のフォーカス形成を観察する手法は、DSB修復機構を解明する手段として有効である。しかしながら、通常のX線発生装置では、細胞全体に照射されるため、損傷部位に特異的なDSB修復タンパク質の初期応答を厳密に捉ることは困難である。我々は、X線によって生じたDSBに対する修復タンパク質の応答機構を解明するため、高エネルギー加速器研究機構・放射光科学研究施設の放射光マイクロビーム細胞照射装置を用い、細胞核の一部をマイクロビームで照射し、さまざまなDSB修復タンパク質のリン酸化・局在変化を蛍光抗体法により観察した。
     まず、リン酸化ヒストンH2AXに対する抗体を用い、局所照射した部位にDSBが生成していることを確認した。次に、照射30分後に固定したヒト正常細胞MRC-5を用い、さまざまDSB修復タンパク質の照射部位への集積を観察した。その結果、X線照射後にフォーカスを形成すると報告されているタンパク質のうち、NHEJの初期過程に関与するDNA依存性プロテインキナーゼや、HRにおいて重要なNBS1、ATM等の集積は確認できたが、一部集積しないタンパク質も見出された。細胞周期チェックポイントに関与するタンパク質の結果等も合わせて報告する。
  • 深本 花菜, 佐方 敏之, 白井 孝治, 坂下 哲哉, 舟山 知夫, 和田 成一, 浜田 信行, 柿崎 竹彦, 原 孝光, 鈴木 芳代, 小 ...
    セッションID: WS8-7
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
     比較的大型な完全変態昆虫であるカイコは、発生および細胞分化を研究する上で極めて興味深く、実験室内での飼育・経代が容易な実験材料である。幼虫斑紋や形態を中心とした約 400 系統の突然変異の一つであるコブ突然変異(K)は幼虫背面の斑紋が瘤状に突出する。昆虫の皮膚を構成する真皮細胞は一層の細胞からなり、哺乳類で見られるような皮膚の多層性は認められていない。現在、コブの主な原因は真皮細胞が異常分裂して局所的に多層になるためと考えられるが、コブ形質に関わる遺伝子の発現がいつどこで発揮されるのかなど、不明な点が多く残されている。発表者らがこれまでに行ったカイコ 4 齢幼虫のコブ形成領域への重イオン局部照射によっては、この形質の顕著な抑制は認められなかった。
     そこで、外見上コブがまだ形成されていない、孵化直後の幼虫への重粒子線局部照射を行い、コブ形質発現の抑制の有無を調べた。まず孵化幼虫の特定領域に限定して照射するため、孵化幼虫にあわせたサイズの穴を多数有する、アルミ板の幼虫固定ディスクを作成し、その穴に孵化幼虫を入れ上下面に OHP フィルムを貼ることで、幼虫の動きを抑制した状態で照射をおこなった。
     孵化幼虫の、コブが将来形成される領域に炭素イオン照射(LET=127.9 MeV/μm、照射径 180-μm)を行ったところ、コブ形質発現の消失が認められる個体は生存個体の 7 割以上であった。またコブ消失部位では真皮細胞の異常分裂が抑制され、正常カイコの真皮細胞層と同じ 1 層のままであった。これらの結果から、コブ形質を発現する細胞・領域の決定は孵化直後に完了していることが明らかになった。今後は照射後のコブ形成領域と正常個体での細胞分裂頻度の違いに着目して調査を行っていきたい。
  • 浜田 信行, 原 孝光, 坂下 哲哉, Ni Meinan, 和田 成一, 柿崎 竹彦, 舟山 知夫, 深本 花菜, 鈴木 芳代, 横田 裕 ...
    セッションID: WS8-8
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    電離放射線の生物効果は、核が照射された場合(標的効果)にのみ認められると長年に渡り考えられてきたが、細胞質に照射された場合、さらには、照射細胞の近隣の細胞(バイスタンダー効果)や生存子孫細胞(遺伝的不安定性)といった直接的に照射を経験していない細胞にも認められることが近年明らかにされ、これらの現象は非標的効果と呼ばれている。標的効果に関しては、その誘発が放射線の線エネルギー付与(LET)により異なることが広く知られている一方で、非標的効果のLET依存性は明らかにされていない。そこで、本研究では、LETが異なる重イオンマイクロビームを高密度に接触阻害させた培養ヒト正常線維芽細胞に照射することにより誘発されるバイスタンダー細胞死を解析することを目的とした。約100万個の細胞のうち数個の細胞に重イオンを照射すると、コロニー形成能を基準とした生存率が約10%低下すること、また、TdT-mediated dUTP nick end labeling(TUNEL)陽性率は照射後24時間で最大に達することがわかった。一方、10%生存線量のブロードビームの照射によって、TUNEL陽性率は、照射後72時間までは増加した。そして、その照射後72時間における陽性率は、バイスタンダー細胞における照射後24時間での陽性率と同程度であることがわかった。以上の結果から、照射細胞とバイスタンダー細胞では細胞死の機序と時間動態が異なる可能性が示唆された。さらに、これらのバイスタンダー効果は、イオン数(1, 5, 10発)およびLET(103, 294, 375 keV/μm)に依らず同等に誘発されることも分かった。
  • 東谷 篤志, 森 ちひろ, 杉本 朋子, 太齋 久美子, 坂下 哲哉, 舟山 知夫, 柿崎 竹彦, 浜田 信行, 和田 成一, 小林 泰彦
    セッションID: WS8-9
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    モデル生物の1つである線虫Cエレガンスは、多細胞真核生物として全ゲノム解読が最初に行われるとともに、様々な遺伝的突然変異体の単離やRNA干渉法による網羅的な逆遺伝学的解析がなされている。さらに、世代交代期間が約3日と短く、発生過程における全細胞系譜が明らかにされていることが特徴としてあげられる。私たちは、成虫においてもその体長が約1 mmと比較的小さく、透明で各細胞・組織を低倍率の顕微鏡下で観察できることから、マイクロビームを用いた局部的な放射線照射の生物影響を調べる上でも格好の材料と考えている。そこで、TIARAの重イオンマイクロビーム照射装置を用いて、主にCエレガンスの生殖細胞系における放射線応答に関する研究を展開してきた。本発表では、これまでの実験系とその成果、生殖腺幹細胞における細胞周期の停止とアポトーシスについて紹介するとともに、今後の方向性についても議論したい。
  • 篠原 邦夫, 八木 直人
    セッションID: WS8-10
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    1950年代後半に、宇宙線の生物影響を調べる目的で、25μm幅の重水素ビームのマウス脳への照射実験がなされ、1mm幅のビームの場合に比べて組織傷害が極端に小さいことが明らかにされた。Slatkinらは、同様の検討を放射光X線で行い、ビーム幅20μm、ビーム間隔200μmのスダレ状の並行平板ビームとしてラット脳に照射した。その結果ビーム内1回線量625Gy以下では、全く放射線障害が検出されないと報告した[Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92, 8783(1995)]。その後この現象を放射線治療に応用する試みがなされ、ビーム幅25μm、ビーム間隔100μm でラット脳腫瘍の治療を試み625Gyの直交2方向、各1回照射で、担がん動物に大幅な延命効果があるとの報告が出た[Laissue et al, Int. J. Cancer 78, 654(1998)]。
    本治療法は、放射光の高い指向性を利用し、これまでの概念とは異なる照射方法をとっており、腫瘍消滅の機構は不明であるが、生物学的にも治療手法としても新しい問題を提起しているものと注目を集めている。
    ここでは、ワークショップの背景となる本研究の現状について文献をもとに整理して紹介し、ワークショップにおける議論の活性化の糧となるよう話題提供をしたい。
  • 大野 由美子, 取越 正己, 八木 直人, 上杉 健太朗, 夏堀 雅宏, 鈴木 雅雄, 小山田 敏文
    セッションID: WS8-11
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    Microbeam Radiation Therapy (MRT)はハードX線を幅20μm程度の簾状にしたビームを用いて照射を行う放射線治療であり、NSLSで提唱され現在ESFR等の放射光施設で基礎研究が行われている。治療効果を議論するのに、高線量部分(peak)と低線量部分(valley)の比が重要となるが、計算による知見のみで、今まで定量的に実測したデータはない。今回このマイクロビームの線量分布測定を行い、計算とも比較した結果を報告する。
  • 鈴木 雅雄, 鶴岡 千鶴, 取越 正己, 大野 由美子, 八木 直人, 小西 輝昭, 夏堀 雅宏, 梅谷 啓二, 篠原 邦夫, 小山田 敏文 ...
    セッションID: WS8-12
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    【目的】放射光の臨床応用として注目されているMicrobeam Radiation Therapy (MRT)は、50-120keVの白色X線を200μm程度の間隔に並んだ幅20μm程度のスリット状のコリメータを通してがん組織に照射する方法である。その特徴としてがん細胞だけが死滅し,周辺の正常細胞は損傷を受けないとする報告がされている。メカニズムについてはほとんどわかっていないが、X線を照射された領域と照射されない領域が交互に並ぶ照射条件からバイスタンダー効果の関与が示唆される。本年は、放射光X線マイクロビームによる正常細胞とがん細胞の致死効果に対する応答の違いを報告する。
    【実験方法】ヒト皮膚由来の正常細胞とヒトメラノーマ由来のがん細胞株を用いた。放射光X線マイクロビームの照射はSPring-8のBL28B2で行った。白色光をスリット幅25μmのコリメータ(スリットピッチ200μm) によってマイクロビーム化した。コロニー形成法による細胞致死効果とリン酸化ヒストンH2AXのフォーカス形成を指標にして、マイクロビームの照射痕・バイスタンダー効果によるDNA損傷の空間的広がりを観察した。
    【結果】(1)マイクロビームが照射された細胞全面積(10%)に対して、正常及びがん細胞の細胞生存率は90%生存率でレベルオフすることが無く、指数関数的に減少した。(2)正常細胞では、細胞間情報伝達を阻害した場合の細胞生存率が、阻害しなかった場合に対して低くなった。(3)一方がん細胞では、正常細胞で観察された細胞間情報伝達に依存する細胞生存率の差がなかった。
    以上の結果から、直接照射以外の原因で細胞致死が生じていることがわかる。さらに生じた細胞致死に対して、正常細胞ではギャップジャンクションを介した細胞間情報伝達機構が密接に関連したメカニズムによって、照射された細胞の致死効果が回復されたことが示唆される。
  • 粕谷 新音, 夏堀 雅宏, 小山田 敏文, 取越 正己, 大野 由美子, 古澤 佳也, 鈴木 雅雄, 八木 直人, 上杉 健太朗, 宮澤 国 ...
    セッションID: WS8-13
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    スリットを通して幅20-30 μm程度の平面状としたごく薄い放射光X線を格子状に腫瘍へ照射(microplanar beam radition: MR)することで、治療に応用する試みがNSLSで提唱されている。しかしMRが腫瘍や正常組織に与える影響は十分解明されていない。我々はSPring-8の共用ビームライン(BL28B2)で正常ラットへの小脳に対するMRの線量ならびに経時的な病理組織学的影響について評価した。MRはタングステンと高分子フィルムの多層スリット(太さ25 μm、200 μm間隔)により簾状ビームを形成した試作コリメータ(三田屋製作所)で作成した。放射光X線は縦2 mm×横2 mmに形状を調整しコリメータを通し、電離箱を検体の直前に配置して照射線量を測定した。ラットはペントバルビタール麻酔下で、耳孔と後頭骨の中間部の皮膚にマーキングした部位を照射中央部とし、右側前後二方向からのレーザーポインタによるガイドによって0.04-13 kGy(65 Gy/s)を小脳右側から左側に向けて照射した。照射3-20日後では、2 kGyを超えるまで小脳には明らかな肉眼的変化は認められなかったが、顕微鏡の観察では200 Gy以上で小脳顆粒層細胞に縞状のアポトーシス領域が観察された。これは照射3時間後より明瞭に観察され始め、日数を追うごとにその幅は縮小し、正常組織に置換されてゆく様相を呈し、20日後にはスリット幅のほぼ半分まで縮小した。また2 kGyを超える線量域では、線量の増加に伴い縞状のアポトーシス領域は不明瞭になり、照射領域全体に組織の空胞変性ならびに融解壊死が観察された。以上より、小脳に対するMR照射は1 kGyの高線量であっても機能障害に与える影響は最小である可能性が示唆され、その病理組織学的な影響から、少なくともスリット外の小脳正常組織に有意な損傷を与えない効果的な最大許容線量は1-2 kGyと推察された。
  • 古澤 佳也, 夏堀 雅宏, 粕谷 新音, 武藤 光伸, 小山田 敏文, 佐野 忠志, 伊藤 伸彦, 八木 直人, 取越 正己, 大野 由美子 ...
    セッションID: WS8-14
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    放射光からの強力なX線ビームをスリットを用いて非常に細く形成し、これを一定の間隔で取り出したマイクロスリットビームを用いて癌の治療に応用しようとする研究がある1,2。こういったスリットビーム照射による生物効果のメカニズムは判っていないが、正常組織は回復がみられ癌細胞ではそれが無いと考えられている。
    我々はSpring-8の白色X線回折ラインBL28B2に25 μm幅のビームを200 μm間隔で10段重ねたマルチスリットを用いてマイクロスリットビームを得、下肢に腫瘍を移植したマウスに照射して腫瘍の増殖遅延を測定した。腫瘍治癒の予備実験として放医研生産の約15週齢CH3雄マウスを用い、照射8日前に下肢に1x106細胞の繊維肉腫NFSa細胞を移植した。照射の数日前に播磨学園都市まで空輸して照射を行った。全幅2mmの中に10本存在するマイクロビームの束をさらに2mmステップで5段重ね合わせて合計10 mm幅の照射を腫瘍の部分に行った。照射線量はピーク値で200~1600Gy(腫瘍全体の平均値ではその1/8)の照射を行い、北里大学(青森)において腫瘍サイズの経時的変化を観察した。腫瘍体積が照射時の5倍になるまでの日数を求め、非照射群に対する増殖遅延の日数を線量ごとに比較した。この5倍増殖時間は非照射群では5.5日であったのに対し、800 Gy照射群では10.5日で5日の遅延が認められた。
    こういったマイクロスリットビームでは照射体積内で大きな線量分布が有るので、増殖遅延測定で用いたものと同等の腫瘍でDNA二本鎖切断の分布をγH2AXの組織免疫染色で、またアポトーシスの分布測定をTUNEL染色で試みた。
    1) Dilmanian FA, et al. PNAS 103, 9709-9714, (2006)
    2) Miura M, et al., BJR 79, 71- 75, (2006)
チェルノブイリ事故20周年:環境および健康への影響を考える
  • 高田 純
    セッションID: WS9-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    1986年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ事故から20年目を迎える。核災害とは何か、どう向かい合えばよいのか。社会的認識に混乱を生じている問題である。しかし、科学的に取り組むべき課題ではある。核災害に対する冷静な科学認識を出発点とした、21世紀の平和利用の新たな取り組みが求められる。この報告では、これまでの核災害調査に基づき2-5) 、史上最大の原子力発電所事故が生じた核ハザードを、世界のその他の地域で発生した核災害との比較の中で考察する。
    特に、核爆発災害との比較は意味がある。多くの公衆が発電所で核爆発が生じたと誤解しているからである。その意味で、広島の空中核爆発、ビキニ環礁での地表核爆発を取り上げ、災害の本質的な差異と放射線被曝の違い、線量・線量率の差、それらに起因する健康影響の差を論じる。 1 World Health Organization: Health Effects of Chernobyl Accidents and Special Health Care Programmes, 2006, http://www.who.int/ionizing_radiation/chernobyl/who_chernobyl_report_2006.pdf 2 Takada, J: Nuclear Hazards in the World, Kodansha and Springer, 2005.
  • 中島 裕夫, 斎藤 直, 梁 治子, 野村 大成, 本行 忠志
    セッションID: WS9-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    チェルノブイリ原発から半径60Kmのゾーン内(立ち入り規制汚染地域)にある低汚染地区(ベラルーシ共和国、ゴメリ地区バブチン村)および高汚染地区(同、マサニ村)で棲息する動物体内ならびに植物内に事故後19年を経た現在でどれくらいの137Csが残存しているを調べるために現地調査を行った。採集した試料は、ネズミ、モグラ、カエル、バッタ、トンボ、甲虫類、葉、樹木、小果実および土壌で、それぞれの汚染地区で各種につき3個体以上の採集を試みた。そして、井戸型ゲルマニウム半導体検出器にて、137Csのβ壊変により生成する137mBaのγ線スペクトルの崩壊数を3000秒間(放射能の低いものについては更に適宜最高643000秒まで)測定し、試料のグラム当りのBq(ベクレル)算出を行った。
    その結果、依然として低汚染地区に比して高汚染地区の試料の方が2から20倍高い137Cs含量を示し、20年近く経た今日でも低汚染と高汚染地区間での汚染の平均化は起こっていない事がわかった。また、前回1997年の我々の測定値と比較すると、同属種間において約8年の間に有意な137Cs含量の減少が確認された。バッタ、カエル、マウス、モグラの1997年に対する2005年の137Cs残存率は低汚染地区でそれぞれ、2.20、0.99、1.23、2.70%で、高汚染地区での同バッタ、カエルも2.07、1.95%とほぼ同じ残存率であった。また、新しく開発した、H2AXヒストン蛋白のリン酸化部位(γH2AX)を蛍光抗体で検出する二本鎖DNA切断端検出法を高汚染地区のマウス固定臓器で試みたので報告する(文科省、学術振興会、平和中島財団の支援による)。
  • 吉田 聡, 渡辺 真澄, 鈴木 彰
    セッションID: WS9-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
     チェルノブイリ事故で汚染された森林では、20年経った現在でも、生物中のCs-137は高濃度である。これは、有機物や微生物に富む表層土壌が放射性Csを長期間保持する上、森林内の生物的物質循環が放射性Csを生物に利用可能な形に保っているためである。チェルノブイリ周辺に多く植林されているマツは、ICRPが検討中のリファレンス生物の候補になっている。従って、内部被ばく線量評価のために、放射性Csのマツ体内分布を明らかにすることはもちろん、取り込まれた核種が体内で平衡に達しているかどうかを知ることが非常に重要である。演者らは、これまで放射性Csと関連安定元素の関係に注目し、チェルノブイリ周辺の森林では、マツ葉、下草、キノコ、及び土壌有機物層について、放射性Csと安定Csの間に森林ごとに高い相関があり、両者はよく混合していることを示した。しかし、樹木の木部、すなわち年輪における両者の平衡状態を検証した例はほとんどなく、現在見られる年輪中の放射性Csの分布が今後どの程度変化する可能性があるのかは不明である。そこで、本研究では、1998年7月にベラルーシ国内で採取したマツの地上部について、年輪を含めた部位別にCs-137と安定元素を分析した。
     年輪中のCs-137は樹皮のすぐ内側の形成層で最も高い値を示し、木部になると急激に減少してほぼ一定値となった。最も生長が盛んな部位で線量が高くなる状態は、放射線の影響を評価する上で重要である。安定Csの年輪中の分布はCs-137と良く似ており、Cs-137/安定Cs比は年輪の年代によらずほぼ一定であった。この結果は、事故によってこの森林に沈着したCs-137が、1998年までの12年間に樹木内で安定セシウムと平衡になっている事を示している。樹木の他の部位や土壌との比較についても述べる。
  • 渡辺 嘉人, 久保田 善久
    セッションID: WS9-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
     チェルノブイリ事故が周囲環境中の生物に与えた影響の中で、マツのような針葉樹の被害は特に顕著であった。高レベル汚染地域(レッドフォレスト)における立枯れだけでなく、低レベルの放射線汚染地域でも成長阻害や生殖阻害、奇形などが認められた。こうした障害と被ばく線量との関係についてはすでに多くの研究が行われており、植物の放射線影響を評価する上での重要なデータベースとなっている。
     一方、こうした実際の事故における線量-効果関係を裏付けるような実験室的な研究は非常に少ない。針葉樹のような樹木の個体はサイズが大きく、また成育に時間がかかるために、実験の材料として用いることが困難であることが、その主要な原因であると考えられる。
     我々はこれまで、針葉樹個体の放射線影響研究のためのモデルとして、針葉樹由来培養細胞を用いた研究を行ってきた。その結果、日本産針葉樹であるスギおよびカラマツの培養細胞において、放射線感受性が非常に高いことを見出した。これらの培養細胞ではともに、0.5 Gy以上のX線照射により細胞増殖が有意に阻害され、またアポトーシス様の細胞死の増加も確認された。低線量率放射線による10日間の連続照射においては、120 mGy / day以上の線量率で細胞増殖が阻害された。
     本講演では、チェルノブイリ周囲のマツ等の放射線障害について被ばく線量との関係をレビューするとともに、針葉樹培養細胞を用いて得られた結果と比較検討を行う予定である。またこの培養細胞を用いて現在進めている、放射線影響に関わるバイオマーカーの探索についても紹介したい。
  • 木村 真三, ラクワル ランディープ, 岩橋 均, サフー クマール サラタ, 白石 久二雄, ロス イワン, コルズン ヴィタリー, シガ ...
    セッションID: WS9-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    今年は、チェルノブイリ原発事故から20年という節目の時期に当たり、テレビをはじめ様々なマスメディアが、その当時の事を取り上げられた事は記憶に新しい。しかし、20年の歳月が過ぎ、世界的大惨事であったはずのチェルノブイリ事故も多くの人々の記憶から次第に忘れ去られ、チェルノブイリという言葉さえも風化しようとしている今日、未だチェルノブイリ原発周辺の地域では高濃度の放射能汚染が続いている。
     さらに、動植物への影響も懸念されているが、その報告はいずれも僅かである。国際原子力機関(IAEA)をはじめ、幾つかの機関では動・植物に対して放射線による影響が出ないと考えられる線量値を決定している。陸上植物に関しては、IAEA(1992), 国連放射線影響科学委員会(1996), 米国エネルギー省(1999)は10 mGy/day、カナダは2000年に3 mGy/dayと定義づけている。これらの機関が決定した値は、生殖活動や生死に何らかの影響が出ない最低ラインの値として求めているのだが、植物の生体反応を観ているわけではない。
     演者は、立ち入り禁止地域、特に汚染の激しかったレッド・フォレストを中心に調査を行っている。そこで、得られた環境指標である植物を基にイメージング・プレートでの放射能汚染状況を報告すると共に、汚染土壌を外部被ばく線源として用いる事により、極低線量域での植物の生体反応を遺伝子、タンパク質、生理活性物質のレベルで解析し、どのような反応が植物内で繰り広げられているのかを探った。その結果、自然放射能レベルの約11倍程度の外部被ばく線量で遺伝子、タンパク質が誘導、或いは抑制する事を発見したので報告する。
  • 白石 久二雄, 幸 進, 坂内 忠明, 阿山 香子, 新江 秀樹, 村松 康行, ザモスチアン P.V., シガンコーフ N.Y., コルズ ...
    セッションID: WS9-6
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    1986年のチェルノブイリ事故は未曾有の環境汚染に加え、その後の政治、経済、健康影響についても大きなインパクトを残した。今年がちょうど、事故後20年目であり、これまでに多くの研究が実施されている。本研究では汚染地域を含むウクライナ国民の健康維持の観点から、放射性核種ならびに非放射性核種の住民の元素摂取量”に関連した健康影響因子の調査・解明を現地研究者と共同で行った。今回はウクライナ全国の放射性Csと安定体ヨウ素の摂取量について洲(オブラスト)ごとの最終研究結果について報告する。
    日常食試料は陰膳方式で約300試料を汚染地域を重点的にウクライナ全国(25洲)から収集した。食事試料の一部は凍結乾燥し、残りは電気炉にて灰化した。ヨウ素分析は乾燥試料を酸素気流下にて熱分解、アルカリ溶液にトラップしたものをICP-MS(誘導結合プラズマ・質量分析法)にて定量分析した。 放射性Csは灰試料を25洲ごとに合併試料を調整し、γ-スペクトロメータで測定した。
    25洲別のCs-137の1日1人当たりの摂取量は0.5-570 Bqの範囲(中央値2.2 Bq)あり、チェルノブイリ汚染が高い洲にはCs-134も検出された(N.D.-0.59 Bq)。日本の摂取量は0.1 Bq以下であり、この国の摂取量はいまだに数千倍高い場合があることになる。最大値による年実効線量はICRPの線量換算係数から約3mSvでUNSCEARの自然線源(食事)からの被ばく(0.3mSv)の10倍に相当する。以前に報告したチェルノブイリ汚染地域(ロブノ、ジトミール、キエフ洲)のヨウ素摂取量(30μg)は他の洲に比べて低い傾向にあった。全国の中央値と幾何平均値はそれぞれ44と48μgであり、世界の一般的な栄養所要量(約100 μg)以下であり、平素からの欠乏状況がチェルノブイリ事故後の甲状腺異常に影響したものと推察される。
  • 秋葉 澄伯
    セッションID: WS9-7
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    チェルノブイリ事故後の健康影響、特に小児甲状腺癌、固形がん、白血病などに関する疫学調査の結果をレビューし、その結果を整理するとともに、今後の課題を議論する。
  • 柴田 義貞
    セッションID: WS9-8
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    チェルノブイリ原子力発電所の事故から既に20年が経過した。日本においては事故の3日後から新聞報道が行われたようであるが、当時の紙面には「二千人超す死者?」「がん一万人、死者数千 ソ連東欧」などの文字が躍っている。40 MCiのI-131および100 MCiの短寿命放射性ヨウ素を始めとして,総計300 MCiの放射性物質を放出した史上最悪の原発事故であり、ベラルーシ,ロシア,ウクライナの3カ国において,500万人余りが汚染地域に,そのうちの約27万人は高汚染地域に居住している。チェルノブイリ事故による一般住民の放射線被曝の態様は複雑で,原爆放射線被曝とは異なった面がある。放射性降下物による外部被曝の他に,放射性降下物で汚染された飲食物の摂取による内部被曝を受け,Cs-137など半減期の長い放射性物質に汚染された地域に住まざるを得ないため,低線量の外部被曝を長期間受け続けることになる。そのためか、人体影響も原爆被爆者の場合とはかなり異なっている。当初懸念された白血病の増加は,事故後20年が経過した現在も,一般住民においては認められていない。白血病とは対照的に,小児甲状腺がんは予想以上の高頻度で発生した。チェルノブイリ周辺は元来ヨード不足の地域であり,事故直後から放射性ヨウ素の甲状腺への取込みによる甲状腺がんの増加は懸念されていたが,これほどの増加は大方の予想を遥かに超えていた。チェルノブイリ原発事故から20年が経過したが,この20年は,「もう20年も」ではなく「未だ20年しか」と理解すべきである。現在までのところ,事故による放射線被曝との関連が認められているのは,小児期に被曝した人々における甲状腺がん(と甲状腺結節)のみである。しかし,大半の住民は今後も長期間,低線量ではあっても,放射線被曝を受け続けなければならないから,彼らの健康を注意深く監視する必要がある。
  • 今中 哲二
    セッションID: WS9-9
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    1986年8月のソ連政府事故報告書から2005年9月のチェルノブイリフォーラム報告書に至るまで、チェルノブイリ原発事故に関する公的な報告書は原発周辺住民の急性放射線障害を認めていない。一方、ソ連崩壊直後の1992年に暴露された事故当時のソ連共産党秘密議事録によると、1万人以上の周辺住民が病院に収容され、子どもを含め多数の住民の放射線障害がモスクワに報告されていた。2001年に公表されたウクライナKGB文書にも、30km圏から避難した住民に急性障害があったと記録されている。周辺住民に急性障害があったかどうかを判断する目安のひとつは被曝線量の大きさである。UNSCEAR2000年報告やチェルノブイリフォーラム報告は、30km圏避難住民の平均被曝線量は20から30mSv、最大で約400mSvとしている。この評価に従えば、周辺住民に多数の急性障害は考えにくい。一方、リンパ球の2動原体染色体頻度を用いた生物学的線量評価によると、ベラルーシの避難住民60人の調査では平均400mSv(Mikhalevichら Rad.Prot.Dos. 2000)、ウクライナの避難住民27人では平均490mSv(Maznikら Rad.Prot.Dos. 1997)という値が得られ、オフィシャルな値の10から20倍に相当している。我々は以前に、1986年5月1日(事故発生6日目)における30km圏の空間線量率モニタリングデータを用いて、住民避難までの外部被曝評価を試みた。原発北方10kmのUsov村での平均被曝線量は約320mSvとなり、個人線量の分布を考えると1Svを越える可能性があることを指摘した(Imanakaら Rad.Biol.Radioecol. 2000)。その後、原発からの放射能雲の流れや沈着組成について、新たなデータが報告されているので、30km圏避難住民の被曝線量を再評価し、オフィシャルな評価との違いについて議論する。
国際宇宙ステーション"JEM"搭載実験実現に向けて
  • 石岡 憲昭, 馬嶋 秀行
    セッションID: WS10-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    宇宙航空研究開発機構ISS科学プロジェクト室ライフサイエンスプロジェクトには、現在、4つの宇宙実験プロジェクトがある。放射線生物研究プロジェクトはその1つであり、国際公募採択の3テーマとJEM一次選定の1テーマの併せて4つの放射線生物影響研究チームが宇宙実験実施を目指している。スペースシャトルの打ち上げスケジュールが決まり、順調に行けば2007年後半から2008年にかけ日本の実験棟(JEM)「きぼう」も打ち上げられることになる。2008年後半以後には、基礎生物学宇宙実験が実施できることから、宇宙実験の具体的な搭載実施計画を確定していく作業が始まっている。
    宇宙におけるライフサイエンス実験では、低線量被曝と微小重力の影響解明がその主題となっている。本シンポジウムでは、JEMの初期利用宇宙実験に予定されている放射線生物研究プロジェクトの各チームの目的、目標、期待される成果、今後への展開など、実験内容の概要とともに報告し、よりよい宇宙実験に向けた議論を行いたい。さらにNASAが組織を改変して、人類の火星に向けた体制とし、これまでの宇宙における基礎生物学研究は医学的課題の基礎研究を除き縮小している情勢の中、将来、ヒトの活動領域をISSから月、火星、宇宙へと拡大するための生物学的問題を解決する科学的、技術的基盤の確立を目指した研究展開ができればと考えている。
  • 古澤 壽治, 有松 祐治, 鈴木 英子, 長岡 俊治, 野島 久美恵, 嶋津 徹, 鈴木 ひろみ, 永松 愛子, 石岡 憲昭
    セッションID: WS10-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    宇宙放射線の線質やエネルギーの大きさに対する影響を評価する生物的方法の確立は立ち遅れており、国際宇宙ステーション事業が始まるに際し、宇宙環境の安全性評価方法を確立することが急務である。我々は、1997年5月にカイコ卵をスペースシャトルに搭載し宇宙放射線や微小重力の影響を調査した結果を踏まえ、またカイコ卵を6ヶ月以上の長期にわたって宇宙に滞在させることが可能であることから、国際宇宙ステーションを利用した以下の生物実験を計画している。すなわち、カイコ卵を宇宙ステーションに長期間滞在させ、この間における被曝線量とふ化幼虫の体細胞突然変異発生ならびに次世代への影響と遺伝子発現との関連を検討する。このため、地上予備実験では黒縞系統のヘテロ接合体(卵)に重粒子線を照射したところ、ふ化幼虫の5齢期に黒い皮膚をバックに白斑を持つ体細胞突然変異個体が照射線量やエネルギーに依存して発生した。また、これらの成虫(蛾)にpe/re系統の蛾を交配したところ、卵色異常卵を産んだ蛾数は線量に依存して増加した。このように、宇宙放射線の生物的影響を個体レベルで評価できる系を確立した。さらに、宇宙では長期にわたる低線量被曝が想定されるので、卵齢に伴う放射線感受性について検討したところ、休眠覚醒後の胚発育再開2日間が放射線感受性が最も高い時期であることを見出した。そして、この時期の卵を用いることにより、照射卵に特異的な遺伝子発現を認め、これを指標に遺伝子レベルでの宇宙放射線影響評価が可能であることを明らかにしている。これらの実験と併せて、カイコの胚発生における胚の反転は微小重力下では起こりにくいので、ステーション内での0Gおよび1G下での胚発生の進行比較による反転異常の検証、および上述の個体レベル、遺伝子レベルでの放射線影響がステーション内の微小重力によって高められるかについて検討する。
  • 谷田貝 文夫, 梅林 志浩, 本間 正充, 阿部 知子, 鈴木 ひろみ, 嶋津  徹, 石岡 憲昭, 岩木 正哉
    セッションID: WS10-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    ふつう、宇宙環境は微小重力に象徴されている。低線量かつ低線量率の宇宙放射線による被ばくの影響も見逃してはならないと思われる。これらの問題は、単に宇宙飛行士への健康影響といった観点からだけではなく、も少し将来を見据えた宇宙環境利用といった大きな視野からも検討が必要な問題であろう。重力影響と放射線の影響を切り離して評価する系の樹立が望ましく、これらの相乗効果の存在までも評価できるともっとよい。実際に、スペースシャトルなどを利用した宇宙フライト実験によって、相乗効果を検討する先駆的な研究がすでになされているが、種々の系で様々な結論が出されている。ISSを利用した宇宙実験を行うことによって、単に生物試料を長期間宇宙に滞在させることだけで、宇宙環境を反映した、より信頼のおけるデータが得られるとは限らない。すなわち、分子、細胞、個体、いずれのレベルでもよいが、適切な実験系を構築する必要がある。
    ここでは、遺伝的影響の中でも、染色体レベルでの変異誘発効果に的を絞り、ヒト培養細胞を利用して放射線の影響を高感度に検出するとともに、低重力による影響も併せて検出することを目指して進めている、ISS実験計画を紹介する。ヒトリンパ芽球TK6細胞で確立したLOH(Loss of Heterozygosity:ヘテロ接合性の喪失)解析システムを利用すると、通常の培養液中の浮遊状態での10cGyといった低線量のX線や炭素イオン(135MeV/u)照射による変異誘発効果を検出できることはすでに報告してきた。凍結した細胞に炭素イオン10cGy照射をした場合でも,浮遊状態より少し感度は低下するが、放射線照射を反映するLOH (Interstitial Deletion)を検出できた。これら,宇宙実験に期待をもたせる実験結果に加えて、実際に宇宙実験を行う為の準備実験の進行状況を報告する。
  • 大西 武雄
    セッションID: WS10-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    ヒトが長期間滞在する宇宙ステーションは、地上では経験のない微小重力環境や人体に大きな影響を与える高エネルギー粒子線が低線量被ばくする環境のため、遺伝的安定性に及ぼす影響が懸念される。これまでに我々は宇宙飛行したラットの筋肉や皮膚にDNA損傷を受けた細胞の遺伝的安定性を司ると考えられている癌関連遺伝子産物p53が蓄積していることを明らかにしている。そこで、次の段階として、我々は宇宙環境曝露後のp53調節遺伝子群の発現解析を提案した。実験の概略は次のとおりである。凍結保存した浮遊細胞の正常型p53保有TK6と変異型p53保有WTK1細胞をスペースシャトルに搭載する。国際宇宙ステーションの日本の実験施設内で細胞を融解し、微小重力下と小型遠心器による1環境下で約5日間培養する。再凍結後、スペースシャトルで帰還したサンプルについて、p53を中心とした細胞周期、DNA修復、細胞死にかかわる遺伝子群の機能発現を網羅的に解析する。地上対照実験と比較することで、宇宙放射線による単独の作用、宇宙放射線と微小重力との相互作用について調べる。我々はこのプロジェクトによりヒトの宇宙飛行における宇宙環境の人体に及ぼす影響に対して、遺伝的安定性を担うp53調節遺伝子群の発現の役割を明らかにできるものと考える。また、どのようなことを工夫することで、ヒトが長期間宇宙環境に滞在し安全な生活をしていけるかを求めている。
  • 馬嶋 秀行, 犬童 寛子, 富田 和男, 岩下 洋一朗, 鈴木 ひろみ, 東端 晃, 石岡 憲昭
    セッションID: WS10-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    宇宙では地球上での被爆に比較し、1日平均0.4mSvの被爆を伴う。しかも、微小重力の影響を伴う可能性もある。我々は、ヒト神経細胞を"通常の培養系"を用い、国際宇宙ステーションJEMに1ないし3か月搭載させる搭載実験を行うことになっている。
    本研究では、その基礎検討実験として、ヒト神経細胞株NB-1にX線を低線量照射しその遺伝子動態をDNAアレイ法により分析した。0.1mGy、1mGyの各線量を1時間間隔及び2時間間隔で10回照射(分割照射)した直後、30分後および2時間後において、また、そのトータルドースを1回で照射し、30分後および2時間後についても同様に実験を行い、細胞死関連遺伝子群について解析を行った。その結果、アポトーシス関連のapaf-1の増加、またcyt-c の減少傾向が見られた。caspase 3、8、9では、caspase 3で減少傾向を示したが、caspase 8、9では増加傾向を示し、p53は増加傾向を示し、一方、baxの発現が減少していた。ミトコンドリアに存在し、アポトーシスを引き起こすAIFは全体的に増加傾向を示した。一方、抗酸化作用に重要な役割を果たすと同時にアポトーシスの抑制に作用するMnSODの遺伝子(SOD-2)発現は明らかに増加していた。以上の結果、低線量放射線分割照射によりNB-1細胞は、明らかに酸化ストレスを細胞に誘発し、アポトーシス関連遺伝子群の発現が明らかに変化するが、その変化は、一定の経路における変化よりはむしろ部分的な変化を示すことがわかった。
オーラルセッション
被ばく影響1
  • 藤原 佐枝子, 鈴木 元, Cullings Harry, 西 信雄, 早田 みどり, 田原 榮一
    セッションID: OR-1-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
     胃がん発生において、腸型(分化型)、びまん型(低分化型)のがん発症メカニズムは異なると考えられている。原爆被爆者では胃がんリスクは高いが、組織学的異型度の検討では、2、3の報告で高線量群に低分化型胃がんが多いことを報告されているにすぎない。また、これまでの調査では、ピロリ感染などの危険因子を考慮されていなかった。そこで、この研究は胃がん発症前の血清を用いH.pyroli感染などの危険因子および原爆放射線被ばくと胃がん組織学的異型度との関係を検討した。
     研究デザインは、コホート内症例・照研究である。広島、長崎放影研で1958年から2年に1回の健診で追跡している約2万人の成人健康調査において発生した胃がん299例と、対照者として症例1に対して、出生年、性、都市を一致させた3人を選んだ。胃がん発症前(平均2.3年)の血清を用いH.pyroli抗体を測定し、ぺプシノーゲン法で萎縮性胃炎を判定した。胃がん発生部位(噴門部、非噴門部)、異型度は、広島長崎の腫瘍、組織登録の情報を使い、非噴門部胃がん腸型152例、びまん型147例であった。
     H.pyroli感染、萎縮性胃炎があると、腸型、びまん型ともにリスクは増加した。腸型においては、喫煙および原爆放射線被ばくの関係は認められなかった。びまん型においては、H.pyroli感染、萎縮性胃炎を調整しても、非喫煙者において放射線線量との関係が示唆された。非喫煙者においては、びまん型の相対リスクは1Gyあたり2.2(95%信頼区間0.85-3.72 p=0.08)であった。
     原爆被爆者を対象にしたコホート内症例・対照研究から、非噴門部胃がんびまん型においては、H.pyroli感染、萎縮性胃炎を調整しても、非喫煙者に原爆放射線被ばくとの関係が示唆された。
  • 巽 紘一, 大島 澄男, 工藤 伸一, 三ヶ尻 元彦, 吉本 恵子
    セッションID: OR-1-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    低レベル電離放射線被ばくの人体影響について科学的知見を得ることを目的として、日本の原子力発電施設等における放射線業務従事者のコホート調査を行ってきた。手法は、従事者の住民票写しによる生死追跡と、人口動態調査死亡票磁気テープ転写分との照合による死因の確認および解析である。今回は、1999年3月末までに放射線従事者中央登録センターに登録され、2004年3月末までに前向きに追跡できた約20万人(男性: 137万人年)を対象にがん死亡率(全死亡7,670名、全がん3,093名)を解析した。このコホートの被ばく累積線量は10mSv未満が多く(75.4%)、100mSv以上は2.6%、平均は12.2mSvである。日本人一般男性(20-85歳未満)死亡率に対する本コホートの標準化死亡比は、全悪性腫瘍に有意の増減は見られないが、部位別では、肝がん1.13(1.04-1.23)、肺がん1.08(1.00-1.17)がより高かった。がん死亡率(O/E比)と累積線量の傾向性検定では、白血病(CLLを除く)は有意でなく(p=0.691)、白血病を除く全がん(p=0.047)、食道がん(p=0.002)、肝臓がん(p=0.040)、多発性骨髄腫(p=0.021)が有意であった。Bonferroni法により多重性検定を調整した後の傾向性p値は、食道がん0.032、肝がん0.48、多発性骨髄腫0.106であり、多重性を考慮しても有意なのは食道がんのみであった。さらに、別途nestedコホートに実施した生活習慣調査では、高線量群に喫煙者比率や中等度飲酒者比率がより高い傾向が有意なので、これら部位別がん死亡率を低レベル被ばく影響として評価するには、今後十分の死亡数を得た時点で、交絡因子を調整した解析の実施が待たれる。低レベル電離放射線ががん死亡率に影響を及ぼしている明確な証拠は見られなかったと言える。
  • KOROL Nataliya, 柴田 義貞, 本田 純久, GASANOV Anver, KAMINSKY Aleksey
    セッションID: OR-1-3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    Evacuees from Chernobyl 30-km zone have been at high risk for developing psychologically stressful status and possible psychosomatic disorders, and we evaluated the psychological status among them. The subject were woman, aged 15-45 years at the time of the accident, who were evacuated to Kiev from Chernobyl 30-km zone (1558 persons: Group 1) or who had been living in Kiev since before the accident (1931 persons: Group 2). All of the subjects participated in regular health examination at Scientific Center for Radiation Medicine, Kiev, Ukraine and were also administered in 2003 (Group 1) and 2004 (Group 2) 12-item version of the General Health Questionnaire (GHQ-12) and Goldberg anxiety and depression scale. We classified the subjects into high-score and low-score groups depending on whether their GHQ-12 score exceeded 3. The mean (SD) age at the examination was 45.9 (8.1) years in Group1 and 46.4 (8.3) years respectively in Group2. The frequency of high GHQ-12 score was significantly higher in Group 1 (18.7%) than in Group 2 (8.2%) and significantly increased with the age (p<0.001). Those with high GHQ-12 score were still significantly (p<0.05) more frequent in Group 1 than in Group 2 after adjustment for age by logistic regression model; the odds ratio (95% CI) was 1.6 (1.25-2.4). The results of the present study indicate that the Chernobyl accident has affected not only their somatic health but also mental health. Such long stressful psychological status put evacuated woman at high risk for developing different psychosomatic disorders.
  • ZHUNUSSOVA Tamara, 柴田 義貞, 本田 純久, MUSINOV Daniyal
    セッションID: OR-1-4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
    Over 400 nuclear tests were carried out at Semipalatinsk Nuclear Test Site (SNTS) of Kazakhstan from 1949 to 1989. According to the statistics at Oncology Center in Semipalatinsk the number of breast cancer incidence increased from 15.7% in 2003 to 24.9% in 2004. The objective of this study was to elucidate the risk of breast cancer by radiation exposure caused by a series of nuclear weapon tests at SNTS. The study subjects were women born from 1935 to 1962 and were living in the areas adjacent to the SNTS, i.e. Semipalatinsk city, and districts of Abay, Zhana-Semey, Beskaragay and Boroduliha of the East Kazakhstan region. The information on cases with primary breast cancer diagnosed in 1980-2005 was obtained through cancer registry at Oncology Centre in Semipalatinsk. Two age-matched controls were selected for each case in the above-mentioned areas. We developed a questionnaire including items of residential history and other risk factors, and made face to face interview in the summer of 2005 after obtaining the informed consent from the participants. A total of 85 cases and 163 controls from 24 villages in East-Kazakhstan region were enrolled into this study. A statistically significant difference between cases and controls was observed in alcohol consumption (p=0.01), while a marginally significant difference was observed in abortion (p=0.07) and miscarriage (p=0.08). The findings could serve as moderate modifiers for other risk factors including ionizing radiation. The study on the association between radiation exposure and breast cancer is underway.
  • 吉本 高志, 中谷 光, 小森 正樹
    セッションID: OR-1-5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
    会議録・要旨集 フリー
     石川県では、北陸電力の志賀原子力発電所周辺の環境放射線監視を行うために、発電所周辺の9地点に環境放射線観測局を設置している。この内の1局で平成17年の(1)4から5月及び(2)7月に、降雨等の影響や機器の故障及び誤作動では説明できない空間放射線量の特異的な変動が観測された。ガンマ線スペクトルデータの解析から、核医学診断用RI被投与者(事象(1):Tc-99m、事象(2):In-111)が線量率計に接近したことによる影響であることが判明した。
     今後も同様の事象が発生すると考えられることから、本研究ではRI投与患者による空間放射線の変動シミュレーションプログラムを作成し、RI投与患者が周辺の空間放射線変動にどの程度寄与するのかを調べた。シミュレーションの結果は、空間放射線の変動をほぼ再現し、変動の寄与成分(RI被投与者、降雨等)を分離することが出来た。また今回のRI投与患者については約20m離れたところまで空間放射線に影響を及ぼすことが判った。これらは、人体に特に影響を与えるほど高いものではないが、環境レベルでみれば比較的高いレベルの線量率であった。
被ばく影響2
  • 五十嵐 康人, 青山 道夫, 広瀬 勝己, 高橋 宙, 篠田 佳宏
    セッションID: OR-2-1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    気象研究所では、人工放射性核種の降下量の長期的なモニタリングを実施してきた。この間、グローバルフォールアウトとして全球にばら撒かれた人工放射能が、再浮遊過程を通じて、さらに再分布しつつあることがわかってきた。すなわち、核実験・事故の直接影響のない1990年代に気象研究所(MRI、茨城県つくば市)で観測した大気降下物中には、近傍と遠隔から浮遊・輸送された土壌粒子が含まれていることがわかってきた。遠隔成分は乾燥・半乾燥地帯から長距離輸送された、風送ダストであると考えられる。本発表では、引き続き観測した2000年代の90Srおよび137Csの降下量について、1990年代と2000年代とで、なんらかの変化があったかどうか検証したい。90Srおよび137Csの年間降下量について2000年代のデータを含めてプロットし、みかけの減少半減期を求めた。90Srおよび137Csについてそれぞれ約10年、20年となり、1990年代の降下量につき得られたみかけの半減期とほとんど変化はなかった。年間降下量として眺めた場合、1999~2001年の黄砂の激しかった3ヶ年においても、著しい降下量の増加は認められなかった。この他、137Cs/90Sr比の変動や3次元風送ダストモデルによる計算結果などを含めて議論する予定でいる。
  • 廣瀬 勝己, 青山 道夫, 小村 和久
    セッションID: OR-2-2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/03/13
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    気象研究所では、1950年代から太平洋を主な対象海域として海水中の137CsやPu等の長寿命人工放射性核種の濃度を測定するとともに、それらの海洋での挙動の研究を行ってきた。今回は、主に海洋開発研究機構「みらい」による南半球世界一周BEAGLE2003航海で得られた南太平洋の137Csおよび239,240Puの分布について報告する。
    2002年に凌風丸(0206航海及び0210航海)により東経165度線に沿って北緯50度~南緯6度の範囲で精密観測をおこなった。また、2003/2004年に「みらい」によりほぼ南緯30度線に沿って太平洋大西洋インド洋と地球を一周する観測を行った。測点間隔は300-500kmであり測点の総数は南太平洋で57点である。137Cs の分析については、1000mより浅いところの試料は気象研究所で測定を行ない、深層での137Cs の濃度が極めて低いところの試料については、金沢大学低レベル放射能実験施設尾小屋地下測定室でGe半導体検出器による測定を行っている。239,240Puについては気象研究所で放射化学的分離精製後、α―スペクトロメトリーで測定を行った。
    南太平洋の南緯30度に沿った表面水中の137Cs濃度は0.1-1.5Bq m-3であった。南太平洋の中西部亜熱帯域の137Cs濃度は北太平洋の亜熱帯域と同程度であった。一方、南アメリカに近い測点では極めて低い値が観測された。南太平洋の亜熱帯域の表面水中の239,240Pu濃度は0.5-4.1 mBq m-3であり、北太平洋亜熱帯域と同程度かやや低い値が観測された。南太平洋表面水中の239,240Pu濃度の変動は海洋構造を反映している。
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