近年, 粘着剤は, 自動車・建材・電子デバイスから経皮吸収型薬剤に至るまで, 多種多様な分野において用いられている. このような用途拡大の背景には粘着剤の高機能化がある. これに伴い, 粘着剤の設計はより複雑になっている. 粘着剤は高分子化合物であり, 粘性と超弾性の一種であるゴム弾性を持っている. また, ヤング率は室温において約0.10MPaであり, 一般の固体材料と比べると極めて低い. そのため, 公称ひずみで数千パーセント以上の極めて大きな変形を生じ得る. このような大変形下における粘着剤の力学的挙動の把握は, 粘着剤開発において必要不可欠である. ただし, 今日でも粘着剤の設計は実験ベースで行われることが多く, その過程では試行錯誤が多い. そこで, 数値シミュレーションによる設計支援が求められている. そこで著者らは, 大変形のロバストな解析が可能なEuler型有限要素法を用いて, 粘着剤の粘性-超弾性に着目した数値解析手法の開発を行ってきた. ただし, 粘着剤は温度依存性が強く, 実務的解析を行うには温度依存性を考慮した粘性-超弾性解析を行う必要がある. 以上のような背景において, 本論文ではEuler型有限要素法による温度依存性を考慮した粘着剤の粘性-超弾性解析手法を提案する.
基礎方程式については, 本研究では連続体力学で記述される巨視的な系として, 粘着剤のモデル化を行うことにする. 基礎方程式はすべてEuler表示で記述される. ただし, Euler表示は物質点を時々刻々と追跡しない方法であるため, 物質点の位置ベクトルを用いずに固体変形を記述する必要がある. そこで本研究では, 左Cauchy-Green変形テンソルの時間発展式を導入することで, 速度場から固体変形を評価する. 構成関係の定式化においては, 粘着剤の粘性-超弾性とその温度依存性に着目する. 粘性-超弾性についてはSimoの粘弾性モデルを用いて定式化する. 温度依存性については, 代表的な時間-温度換算則であるWLF則を用いることで, Simoの粘弾性モデルにおける緩和時間に換算して表現する. ひずみエネルギ関数については, 本研究では実務的解析における活用のし易さの観点から山下-川端モデルに着目する. 山下-川端モデルは, カーボンブラック補強ゴム解析のために提案されたモデルであり, 線形的な弾性挙動とひずみ硬化挙動を表す項を有している. 本研究では, 粘着剤解析の定量性を向上するために, 山下-川端モデルに, ひずみ硬化挙動を表す高次項を追加したひずみエネルギ関数を仮定する.
次に, 以上の基礎方程式をEuler型有限要素法により解く方法について述べる. 本研究では, 簡便で効率的なアルゴリズムとするためoperator split法を用いて, Euler表示の基礎方程式を非移流ステップと移流ステップに分割して解く. 非移流ステップでは, 時間を進めて物体を変形させる計算を行う. 移流ステップでは, 変形した物体形状や各種物理量を固定メッシュに射影する. 物体形状はVOF法により捕捉される. その際, 物体の存在しない要素で生じる数値不安定を回避するため, VOF関数値が一定値以下の領域で左Cauchy-Green変形テンソルの値を零とする操作を行う.
本手法の妥当性を検証するために, 異なる引張速度と温度条件におけるアクリル系粘着剤の一軸引張試験のシミュレーション結果と実験結果を比較した. その結果, 本手法によって粘性よるひずみ速度依存性を精度良く再現できることを確認した. また, 温度依存性については, 低温領域の定量性は高くなかったものの, 室温以上の温度領域では温度依存性を精度良く再現できることを確認した. また, 山下-川端モデルにひずみ硬化挙動を表す高次項を追加することによって, 粘着剤解析の定量性を向上できることがわかった.
以上より得られた結論を以下にまとめる.
(1)空間固定メッシュを用いる解法であるEuler型有限要素法により, 粘着剤の一軸引張解析で大変形解析を行えることを示した. これにより, 通常のLagrange型有限要素法では解析が難しい大変形問題に対する本手法の適用可能性を示すことができた.
(2)ひずみエネルギ関数として山下-川端モデルに着目した. 山下-川端モデルは, 線形的な弾性挙動とひずみ硬化挙動を表す項を有している. 山下-川端モデルに, ひずみ硬化挙動を表す高次項を追加することによって粘着剤解析の定量性を向上できる.
(3)WLF則を用いることで, 粘着剤の温度依存性をSimoの粘弾性モデルにおける緩和時間に換算して表現した. この方法により, 温度依存性のある粘着剤の粘性-超弾性挙動が再現できる.
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