本論文で紹介した顎関節症の診断と治療のためのアルゴリズムは, 歯科臨床家が顎関節症を治療する上で, 患者の立場に立ったクリティカルな臨床的決断 (critical clinical decision) ができるよう考えられている.顎関節症, なかでも最も臨床の場で出くわすことが多い3つの病態, すなわち, 最も頻度の高い顎関節内障の2病態 (円板下顎頭運動制限disc-condyle locking, ならびに円板下顎頭非協調disk-condyle incoordination) と咀嚼筋や顎関節の局所的な疼痛 (筋痛myalgia, 関節痛arthralgia, 変形性関節炎osteoarthritis) が本論文で論じられる内容である.頻度は低いが重要なその他の病態に関しては追って投稿される論文を参照して頂きたい.また, 顎関節症の病因が個々の症例において常に明らかであるとは限らないため, 本論文では, 症状をもとに病態を分類する方法を採用した.したがって, 本論文で選択された治療法は, 原因除去療法とはいえず対症療法とならざるをえなかったが, 現時点で効果がある程度立証されているもので, 生体侵襲性の低いものが選ばれた.本診断アルゴリズムは, 注意深く検者間で評価方法が統一された臨床診査と患者に直接記入させるアンケートをベースに顎関節症患者を各細病態に論理的に分類するもので, 従来の直感に基づく分類とは全く一線を画する.
5つの診断カテゴリーに細病態分類するための基礎データーは, UCLAのTMD治療部に来院した250人の連続サンプルである.このデーターによって明らかに細病態に判別できるかどうかを統計学的に解析するため, これらのデーターは診断樹解析 (discriminate dicision tree analysis) に供され, その結果, 5つの細病態に分類することができた.この際用いられた必須臨床診査ならびにアンケート項目は, たったの3つ (垂直過蓋咬合量を加えた受動最大開口量, VAS (visual analog scale pain) スコアー, 顎関節におけるクリッキングの有無) であった.
これらによって分類可能であった細病態は, 以下の5つ, すなわち, 1) 円板下顎頭運動制限 (disc-condylelocking), 2) 円板下顎頭運動非協調 (disc-condyle incoordination), 3) アルスロマイアルジア (arthromyalgia), 4) アルスロマイアルジアと円板下顎頭運動非協調を併発したもの (arthromyalgia plus disc-condyle incoordination), 5) 顎関節症でないもの (non-TM disorder) であった.これらの分類に加えて, 複数の細病態分類が追加されており, 結果として最終的な診断樹が確立された.
本アルゴリズムは, 徴候や症状の片側のみを重視するものではなく, その両者を併用, 重視しており高い理論的整合性を持つ.また, このような診断方法は, 医科で扱われている筋骨格系疾患におけるスタンダードでもある.また, 5つの細病態分類をさらに分類する分岐点は, 統計分析を行うために必要な患者数が得られないためUCLAの実際のデーターに基づいていない.今後, より多くの患者の連続サンプルが集まれば, これらの分岐点を科学的に明らかにすることが可能であろう.現時点では, これらの追加アルゴリズム分岐点は, 著者の直感的な推測, 他の研究者の文献的研究業績および20年にわたって蓄積された著者のUCLA Orofacial Pain and TM Disorders Clinicでの臨床経験に裏付けられている.本論文で述べられた診断ならびに治療選択法は, 患者にとって最も安全で, 論理的, かつ最も予知性に富む治療介入を可能にしている.
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