印度學佛教學研究
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55 巻 , 3 号
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  • 伊澤 敦子
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1029-1034
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ヴェーダ祭式において, ラクシャスは祭式や神々に敵対し, 絶えず祭式を破壊しようと企て, 最終的に祭主や祭官によって排除される存在である. 特に黒ヤジュルヴェーダ・サンヒターではしばしばその様な記述に出会うが, ではラクシャスとはいかなるものかというと甚だあいまいである. その実体にせまる為, まずラクシャスに等置或いは言い換えられている語を抽出した. それにより, ラクシャスは主に黒ヤジュルヴェーダ・サンヒターにおいては áratayas (敵意達) や ámatayas (無思慮達) といった感情と関わるということが明らかになったが, その結びつきは弱いものであった. その中で, (1) Taittiriya Samhita (TS) 6.1.8.4 (2) 6.2.10.2 (3) 6.3.9.2は, yò 'smán dvésti yám ca vayám dvismá (我々を憎む者と我々が憎む者) とラクシャスを結び付けているという点においてより具体的であった. それ故, 本論文ではこれら3箇所に焦点を当て, その中に取り上げられているマントラとの関係を検討した. 次に, これら3箇所に対応する他のテキストとの比較を行い, 最後に yò 'smán dvésti yám ca vayám dvismá というマントラを含む他の箇所を概観した. その結果, 次の2点が導き出された.
    1. TSの3箇所では, 本来2つであるマントラが1つであるかの様に見なされ, ラクシャスは yé 'smán dvésti yám ca vayám dvismá と同一視されたが, 他のテキストにはこの様な解釈は見られなかった.
    2. TS 6.3.2.1-2は, 本来1つのマントラを2つに分け, ラクシャス達を憎しみ達と等置している.
    以上の点から, ラクシャスと否定的な感情があいまいに結び付けられている黒ヤジュルヴェーダ・サンヒターにおいて, ラクシャス達と憎み合う関係にある人間或いは憎しみとを同一視しようとするTSは特異な立場を打ち出していると言えよう.
  • 柴崎 麻穂
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1035-1042
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ジャヤドラタ (Jayadratha) 作『ハラ・チャリタ・チンターマニ』(Haracaritaamani) は, 十三世紀にカシミールで作成された宗教的説話集で, シヴァ神にまつわる神話・伝説や, カシミールの聖地の故事来歴を説明する物語で構成されている. シヴァ神の偉業を中心に構成された『ハラ・チャリタ・チンターマニ』所収説話 (現存するテキストは三十二話より成る) には, その後半部分に, 女神が重要な役割を果たす物語が, まとまった形で4話ほど組み込まれている. 本論文では, この女神が登場する物語群に着目し, そのうちHCC26話「Viravara 物語」を例に, 他文献の並行話との比較によって, この物語群が形成された経緯について考察する. 作者ジャヤドラタが『ハラ・チャリタ・チンターマニ』を執筆するにあたり, どのような構想を持って女神物語群を取り込んだのかについても考えてみたい.
  • Michael HAHN
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1043-1051
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    Gopadatta 作の Jatakamala が存在したことは, Somendra が父 Ksemendra の著作である Bodhisattvavadanakalpalata の後書きにその名を挙げていることと, Giuseppe Tucci が1930年頃にネパールで写本を見て, この作品について記述しているという事実から裏付けられる. Tucci はこの写本を購入したようであるが, その所在は今日では不明となってしまった. Gopadatta の作品には単行で流伝している Saptakumarikavadana があり, そのチベット語訳は1978年に, サンスクリット原典は1992年に校訂出版された. 1977年と1992年にHAHNが立てた「Gopadatta 仮説」によれば, ネパールで編纂された仏教文学集に含まれる14篇と, チベットで発見された貝葉写本に残る1篇の合わせて15篇が Gopadatta 作 Jatakamala に帰すると考えられる. この仮説は少なくとも一つの説話については立証された. 1980年から1996年にかけて15のうち12篇がモノグラフ二篇と一連の論文で校訂出版され, 今や Gopadatta の作品とみられる16篇すべてが一冊の本として英訳とともに出版されうる段階にきている. ただし, 現存する資料だけを元にしてでは, すべての箇所で意味のあるテクストを再現するのは困難である. なお,「Gopadatta 仮説」が正しければ, この16篇のテクストの分量は Gopadatta 作 Jatakamala 全体の95%に相当すると見られる.
  • 間瀬 忍
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1052-1055
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    パーニニ学派の文法家ナーゲーシャ・バッタ (Nagesa Bhatta, 18世紀) の著作『パリバーシェーンドゥシェーカラ』(Paribhasendusekhara) において asiddham bahirangam antarange という解釈規則が規定されている. ナーゲーシャはこの中の anga について「文法規則に第七格形などによって示された語形という操作の根拠」であると述べている. パーニニ文法学では, 語の派生の際, 語の構成要素が一定の順序で導入されることが想定されている. この解釈規則は, その際, 想定された導入順序が早い語の構成要素を根拠として適用される文法操作が, 想定された順序が遅い要素を根拠として適用される文法操作よりも先に適用されることを規定している. そして, その場合の文法操作を導く構成要素が「語形という文法操作の根拠」であり, それらの要素を示しているのが「文法規則に含まれている第七格形などの語形」である.
    『パリバーシェーンドゥシェーカラ』の注釈者たちは「第七格形など」の中に第六格形が含まれることを否定している. そのうちの一人であるバイラヴァ・ミシュラ (Bhairava Misra) はそれに関して, 第六格形で示された要素は, 文法操作を受けるものを示すので文法操作の根拠ではないからと説明している. しかし実際には, 第六格形で示された要素は操作を受ける要素であるが, それと同時に, その要素が導入されることによって適用機会を得る操作を導くから, それらの語形の中に第六格形も含まれるというのがナーゲーシャの見解であると考えられる.
  • 志田 泰盛
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1056-1061
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    インド哲学において, 認識が持つ〈真〉や〈偽〉という性質が自律的 (svatah) か他律的 (paratah) かという問題は, 真知論 (pramanyavada, 真理論) という論題下で議論され, 各学派がそれぞれの定説を形成している. 本論文は, ウダヤナの著作 Nyayakusumañjali (NKus) 第2篇冒頭の真知論, 特に〈真〉や〈偽〉の発生 (utpatti) に関する議論を対象とする.
    〈真〉の発生に関する自律他律問題は,「認識の発生原因に〈瑕疵〉(dosa) がない限り, 生じる認識は本来的に〈真〉を備えている」と見なす自律説派と,「〈真〉の発生には, 認識の原因中に〈グナ〉(guna) と呼ばれる要因が必要である」と見なす他律説派の問で,〈真〉がそれ自身の発生要因を必要とするか否かが争点となって議論される. ただし,「自律」「他律」という言葉自体が先行したため, この議論は抽象的になりがちであり, 議論の前提となるべき〈認識の原因〉・〈グナ〉・〈瑕疵〉という概念が具体的に何を指すのかについてすら, 学派・論師の間で解釈の違いが見られる. その点については, 拙稿SHIDA [2006] において, ニヤーヤ学派内の〈グナ〉の解釈の変遷を検討し, NKusがその解釈の変遷期に位置していることを跡づけた.
    そこで本論文では, ウダヤナによる対論説の批判方法に焦点をあてる. ウダヤナは対論説 (〈真〉が自律で〈偽〉が他律) に対抗して, 自説 (〈真〉・〈偽〉ともに他律) ではなく, 対論説の〈真〉と〈偽〉を逆にした第3の説 (〈真〉が他律で〈偽〉が自律) を提示する. それにより, 対論説が「それと等価な異論の存在を許すこと」を意味するであろう「対抗主張の存在(*satpratisadhanna)」という過失に陥るとして,批判している点を明らかにする.
    「〈偽〉の自律説」とも呼びうる第3の説を用いた〈真〉の自律説批判は, Santaraksita の Tattvasamgraha (TS) においても確認されるが, TSにおける第3の説は, 認識論のレベルで論じられているため, 懐疑主義的な主張になってしまっている. それに対して, ウダヤナが提示する第3の説は, 専ら存在論のレベルで語られている点に特徴がある.
  • 原田 泰教
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1062-1067
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ハリバドラ・スーリは仏教徒の刹那滅論を論駁する際, いかなる視点を持っていたのか, それらを分析し, 歴史的文脈と比べ合わせて, ジャイナ教徒による刹那滅論批判がどのような論点を持ってなされたかを明らかにするのが本稿の目的である. 主に使用したテキストはハリバドラが著わした『非絶対論入門』『非絶対論の勝利の旗』『諸学議論集成』である.
    ハリバドラの視点は大きく二つに分類することができる.ひとつは, 主体の連続性を認める立場から, 日常的に体験する想起や再認識が刹那滅論では説明できないとして仏教徒の立場を帰謬へと導く方法である. もうひとつは, 感覚的に知覚できることがらではないが, 原因と結果の関係を分析的に考察する方法である. ハリバドラは原因と結果の同一性や, 同時性を検討し, それぞれの可能性が否定されることを論証した.
    これらの視点は,『真理綱要 (註)』における前主張と共通する点が多く, 刹那滅論批判のひとつのありかたとして定着していたと考えられる. さらに遡れば『中論』にその視点が確認されるものもある.
    その一方で, 刹那滅論を存在から非存在へ, 非存在から存在性への変化とみて分析する方法や, 仏典の記述と刹那滅論との矛盾を突こうとする態度はハリバドラの『諸学議論集成』独自のものと思われる.
    歴史的な分析にはさらなる考察が必要であるが, ハリバドラは従来の刹那滅論批判の方法論を援用しつつも, いくつかの新しい論点を提示していたことが明らかになった.
  • 堀田 和義
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1068-1072
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ジャイナ教空衣派の学匠クンダクンダ (Kundakunda) の作品のひとつに『5つの存在体の綱要』(Pañcastikaya-samgraha) があり, その第1章では6つの実体 (dravya) について論じられている. なかでも第15~19偈では, 実在の変化と同一性が扱われており, これら一連の偈に関して, 最古の註釈者アムリタチャンドラ (Amrtacandra) は対論者を特定していないが, ジャヤセーナ (Jayasena) は, 仏教学説に対する批判と解釈している.
    本稿は, 第15~19偈に焦点を当てて, まず, 偈の内容そのものとそれに対するジャヤセーナ註 (Tatparyavrtti) のに見られる仏教学説批判を概観する. そのうえで, (1) 刹那滅一辺倒 (ksanika-ekanta) と恒常一辺倒 (nitya-ekanta). という2つの極端説の設定, (2)〈実体を対象とする視点〉(dravyarthika-naya) と〈様態を対象とする視点〉(paryayarthika-naya) という2つの視点の適用, (3) 想定される問題点とその解決法としてのジャイナ教学説, という3つの点にもとづいて Tatparyavrtti における議論を検討し, ジャイナ教の議論に見られる特徴の一端を明らかにするものである.
  • 田村 航也
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1073-1078
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    シャイヴァシッダーンタ研究は, シヴァ教の聖典である所謂アーガマの内容に拠って教学を展開した, サドヨージュヨーティスからアゴーラシヴァに至る理論家たちのサンスクリット語文献の研究と, 南インドに展開したシヴァ教のタミル語を中心とした諸文献の研究との二系統で行われてきたが, 近年これら両文献群がどのような関係にあったかを解明することが研究課題として浮上している. しかし, この関係の解明を課題として設定することは, タミル・シャイヴァシッダーンタの実態解明がほとんど進んでいない現状にあっては, 難しいと言わざるを得ない. タミル・シャイヴァシッダーンタの研究は, 19世紀から続けられてきたにも拘らず, 13世紀頃の理論を体系的に捉えて様々に解釈することにこだわり続けてきたため, 理論発展の歴史の解明が関心の外にあり, 研究の期間と分量に比して成果が乏しい状況となっているのである.
    本稿では, タミル・シャイヴァシッダーンタの理論が決して固定的でなかったことに触れつつ, これまでのタミル・シャイヴァシッダーンタの研究を, それぞれの研究目的によって分類し, 問題点を指摘する. それにより, 今後の研究が, タミル・シャイヴァシッダーンタの動的な側面, すなわち理論発展の歴史を解明することを課題とすべきことが明らかになるであろう.
  • レジッティモ エルサ
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1079-1084
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    『維摩經』の「香積佛品」は, 維摩詰によって化作された金色の菩薩が衆香世界に赴いて, 香積佛から甘露を授かることが主題となっている. この品における主要な登場人物は, 維摩詰, および維摩詰が化作した菩薩, そして香積佛である. これらの登場人物に加えて, 維摩詰の部屋に集会していた大衆と, 衆香世界からやってきた香積佛の菩薩たちが登場する. ここで維摩詰は, 衆香世界からやってきた菩薩たちに向かって, 釈迦牟尼佛の教えと娑婆世界の菩薩の功徳について説明する. 但しこの物語において, 釈迦牟尼佛は次の品まで登場しない.
    『維摩經』「香積佛品」の物語は,『菩薩處胎経』(以下『胎経』) の中で, 異なったメッセージを伝えるために使用されている. 本稿では,『胎経』の著者がこの話を利用した方法を紹介したい.『維摩經』「香積佛品」の物語の主要登場人物たちは,『胎経』の中では追い払われている. ここでは釈迦牟尼佛が金色の菩薩たちを化作している. また, 釈迦牟尼の食物が閻浮提から他の世界に分与されている. そして, 釈迦牟尼のみが甘露によって五道の衆生に満足と幸福を与える役割を担っている.
    如来による甘露の分与は,『胎経』の中心課題を明示している様々な例の一っである. その中心課題とは, 釈迦牟尼への信仰の強調である. つまり,『胎経』の著者は, 釈迦牟尼の権威を回復するために, 釈迦牟尼中心の世界観に適合しない経の物語とテーマを意図的に利用し, これを変容しようと試みている.
    本論文では, 甘露の分与の物語と, さらにこれに関連する食物と八解脱の組み合わせのモチーフについての比較を広範囲に確認した.『維摩經』の著者は『増壹阿含經』から影響を受けた.『胎経』の著者は八解脱のモチーフを『維摩經』又は『増壹阿含經』から依拠した.
  • 米澤 嘉康
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1085-1091
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    1999年7月, 大正大学綜合佛教研究所の写本調査チームは, チベット自治区ラサ市のポタラ宮において,『維摩経』と『智光明荘厳経』という両文献の梵文写本がそれぞれ完本として同じ帙に収められて所蔵されていることを確認した. 筆者は, 幸運にも, ポタラ宮での写本調査に参加し, その後の文献学的基礎研究に携わることができた. しかしながら, その過程で若干気にかかっていることがある. それは,『維摩経』と『智光明荘厳経』とでは知名度に差があるためか, 貴重な両文献がセットで発見されたという事実がそれほど注目されていないのではないかということである. そこで, 本稿は,『維摩経』と『智光明荘厳経』という両経典が, 同一の寄進者シーラドヴァジャ, 同一の筆写者チャーンドーカによってほぼ同時期に筆写され, 同帙に収められて保存されてきたという事実を再確認して, 彼らの意図がどのようなものだったか, 考察するものである. 状況証拠から導かれる暫定的結論は, シーラドヴァジャおよびチャーンドーカにとって,『智光明荘厳経』のほうが『維摩経』よりも優先度が高かったのではないかというものである. その背景には, 写本筆写当時, さらにそれ以降, 流行していた密教の思想・文化的影響もあったのかもしれない.
  • 鈴木 隆泰
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1092-1100
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    筆者はこれまで,『金光明経』の編纂意図に関して以下の仮説を提示してきた.
    〈提示した仮説〉余所 (大乗・非大乗・非仏教) ですでに説かれている世・出世間両レベルの様々な教義と儀礼を, 多様な形成過程を通じて集めて説き続ける『金光明経』に基づくことで, 人々は功徳の獲得や儀礼の執行を含めた日々の宗教生活を「『金光明経』の教え」「〔大乗〕仏教の教え」に基づいて送ることができるようになる. したがって,『金光明経』に見られる, 従来の仏典では余り一般的ではなかった諸特徴は, 仏教に比べてヒンドゥーの勢力がますます強くなるグプタ期以降のインドの社会状況の中で, 仏教の価値や有用性や完備性をアピールすることで, インド宗教界に生き残ってブッダに由来する法を伝えながら自らの修行を続けていこうとした, 大乗仏教徒の生き残り策の一つのあらわれと考えることができる.
    さらに,『金光明経』の編纂意図の一つが, できるだけ多くの教義と儀礼を集めることによる上記の「試み」にあるとするならば, 多段階に渡る発展を通して『金光明経』の編纂意図は一貫していたということになる. 加えて,『金光明経』は様々な教義や儀礼の雑多な寄せ集めなどではなく,『金光明経』では様々な教義や儀礼を集めること自体に意味があったということになる.
    本稿では『金光明経』のうち「堅牢地神品」に焦点を当て, 引き続き〈仮説〉の検証を行った. その結果,「仏教に特有のものではなく, 世俗的でインドにおいて一般的な功徳を集めて説く「堅牢地神品」の編纂を通じて,『金光明経』の編纂者たちは『金光明経』の価値と有用性を, その時点では仏教徒ではなかった人々, 特に農業従事者たちに向けて強調した. そして伝法や修行という自らの目的を達成するため, 彼らから経済的援助を得ようと試みた」という結論を得たことで,〈仮説〉の有効性が一層確かめうれた.
  • 宮崎 展昌
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1101-1105
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    デンカルマとパンタンマの両チベット古経録の間には,『阿闍世王経』 (AjKV) に関する記述に大きな相違がある. すなわち, デンカルマでは中国より翻訳された経典とされているのに対して, パンタンマではインド語より翻訳された経典と記述されている. そこでいずれの経録の記述がより信頼できるものかを, 以下の3つの視点から調査した.
    まず, チベット語訳 AjKV のコロフォンに記載された2人の学者については, 漢文蔵訳に携わった形跡は見当たらなかった. 次に,AjKV に関する漢訳資料の検討によると, 現存する三本の完本からの翻訳は考えられないが, 経録などに記載のある「現存しない漢訳」からの蔵訳の可能性が僅かながらに残される.
    その可能性については,視点を変えて,現存するチベット語訳 AjKV そのものの文体を分析するという視点から考える. すなわち, サンスクリット語と漢語での関係詞表現の有無に注目し, 関係詞の有無が, チベット語訳テキストの原語の同定に有効な手段であると推測する. あいにく先行研究が見当たらないので,『富棲那会』と『金光明経』の2つの漢文蔵訳テキストを実際に調査した. その結果, 両テキストには3種類ほどの関係詞表現を確認できたが, 関係詞の全体的な種類や数などは, 梵文蔵訳テキストと比べて少なく, 特に「時を示す関係詞」が全く見られないことが確認された. 一方, 現存するチベット語訳 AjKV には「時を示す関係詞節」が確認され, その他様々な種類の関係詞が確認されるので, 現存するチベット語訳 AjKV は梵文よりの翻訳であると考えられる.
    以上の検討より, 現存の AjKV チベット語訳はパンタンマ記載のものと一致すると考えられる. 一方, デンカルマ記載のものと現存のものとは一致せず, 単なる記載ミスである可能性が高い.
  • 堀内 俊郎
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1106-1111
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    本稿では,『釈軌論』に見られる経典の「隠没(*anta-〓dha)」の議論の持つ意義を, 大乗仏説論との関わりに着目して考察した. 大乗仏説・非仏説が論じられる『釈軌論』(Vyakyayukti) 第四章において, 対論者 (声聞) は「大乗には了義 (*nitartha) 説が存在しない」と論難している. 世親は直ちにその論難を排斥することなく, 経典の「隠没」の議論を提示して反論する. 世親は,「現在では〔大乗・声聞乗を問わず〕多くの経典が『隠没』しているため, そのように断定することはできない」と主張し, 声聞乗における経典 (あるいは法門) の隠没を例示する (VyY, D97bff.). ただ,『釈軌論』の議論の行程上, この経典の「隠没」の議論の占める位置付けは明確ではない. すなわち, 一見すると世親はここで大乗における了義説の「隠没」を承認しているように思われるが,『釈軌論』同章のかなり後の箇所 (VyY, D105bff.) で, 彼は了義説 (経) を引用しているからである. また, この議論と大乗仏説論との関連も明確ではない.
    本稿ではまず, この経典の「隠没」の議論は直接には声聞乗の経典 (阿含) の隠没を説くものであるが, 同時に,「大乗における了義説も声聞乗には知られていないという点で,〔実際には隠没していないのだが〕隠没したも同然である」ということを示しているという点で, 間接的に大乗における了義説に言及するという趣意で導入されたものであろうということを論じた. 同時にまた,『思択炎論』『入大乗論』に見られる類似議論との比較考察により, この経典の「隠没」の議論, 特にその根幹をなすアーナンダ (阿難) 批判が, 特に両論においては大乗仏説論の脈絡のもとで導入されていることに着目した. すなわち, 経典の「隠没」の議論は, アーナンダによって受持されていない仏陀の教説の存在を示唆しており, そこに大乗を位置付けることを可能にする論法であるという点で, 大乗仏説論の議論上, 重要な位置を占めるのである.
  • 佐久間 秀範
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1112-1120
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ねらい (目的): 五姓格別というと唯識教学の旗印のように日本では考えられてきたが, 吉村誠氏, 橘川智昭氏などの研究から法相宗の事実上の創始者窺基に由来することが判った. 窺基はそれ以前の中国唯識思想が如来蔵思想に歪められていたことへの猛反発から玄奘がもたらした正統インド唯識思想を宣揚しようとし, 一乗思想の対局の五姓格別を持ち出したと考えられる. それならば五姓格別思想も, その起源をインドに辿れるはずである. これまでインドの文献資料の中にその起源を位置づける研究が見あたらなかったので, これを明らかにすることを目的としたのが当論文である.
    方法 (資料): 全体を導く指標として遁倫の『瑜伽論記』の記述を用い, 法相宗が五姓格別のインド起源の根拠と位置づける『瑜伽論』『仏地経論』『楞伽経』『大乗荘厳経論』(偈文, 世親釈, 無性釈, 安慧釈) と補足的資料として『勝鬘経』『般若経』に登場する当思想に関連するテキスト部分を逐一分析し, その歴史的道筋を辿った.
    本論の成果等: 諸文献のテキスト部分を分析した結果, 五姓格別思想は三乗思想と無因子の無種姓とが合成されたものであることが判った. その過程を辿れるのが『大乗荘厳経論』第三章種性品であり, 無種姓という項目が声聞, 独覚, 菩薩, 不定種性と並列された第五番目に位置づけられるようになったのは, 最終的には安慧釈になってからであることが歴史的な発展過程とともに明らかになった. その場合玄奘のもたらした瑜伽行派文献の中国語訳に基づく五姓格別思想は, 玄奘が主として学んだナーランダーの戒賢等の思想と云うよりも, ヴァラヴィーの安慧系の思想を受け継ぐものと考えられる. これは智と識の対応関係などにもいえることであるが, 法相宗の思想の基盤が従来考えられたようなナーランダーにあると云うよりも, ヴァラヴィーなど他の地域に依拠しているケースが認められたと云うことであり, これまでの常識とされていた中国法相教学の思想の位置づけを含めて, 教理の内容を吟味してゆくことを要求する内容となった.
  • 松岡 寛子
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1121-1125
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    『唯識三十頒』第一頌は, ヴァスバンドゥによって瑜伽行派の最も根幹となる思想が表明される偈頌である. したがって, この偈頌の正しい解釈は, 彼の学説の適切な理解のために極めて重要である. 本論考は, この偈頌に対する二種の解釈を検討するものである. 一つの解釈は, 近年の研究者らによって採用される解釈 (Unebe [2004] 等) であり, もう一方は, 注釈者スティラマティによって提案される解釈である. スティラマティは, 近年のような解釈が生じることを既に予測しており, 彼の注釈中にそのような解釈を未然に防ぐための議論を展開している. 二種の解釈, 及びスティラマティの議論を検討した結果, 明らかになったことは以下の二点である.
    (1)a句‘atmadharmopacara’における‘upacara’という語は,「比喩的表現」という一般的な意味ではなく, 世俗的な言葉や知識を導くような,「仮構」や「構想」(parikalpa) という意味で捉えられる.
    (2)d句‘vijñanapariname’という第七格表現は, 識転変を〈場〉としてアートマンと諸ダルマの仮構が起こることを示している. そして〈場〉であるがゆえに, 識転変は仮構の根拠とみなされる.
    「様々な言語表現が識転変を指示する」という構文解釈は妥当しない. 瑜伽行派の教義に即して, 唯一の実在たる識転変は, いかなる語によっても指示され得ないからである.「言語表現」の〈指示対象〉は, 単なるアートマンと諸ダルマであり, 第二義的な存在性をもつもの, 仮構されるものである.
    以上より, 当該の偈頌を,「実に, [世間や諸論書において] 起こっている様々なアートマンとダルマの仮構, それは識転変において [起こっているの] である」と訳出することができよう.
  • 松田 訓典
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1126-1130
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    nimitta という語は瑜伽行派の様々な学説を論ずる際に重要な役割を果たしているが, 周知のようにその三性説における分類の仕方は一定していない. ここで問題となるのは, nimitta がMAVにおいては paratantrasvabhava として定義されているのに対して, MSAでは parikalpita の文脈の中で扱われているということである. このことは, 少なくとも nimitta に関する限り, 両者に先行すると思われる vinSg がMAVと同一の分類を行い, 一方で, MSAの構造を受け継いだMSがMSAの分類にしたがっているということを考慮すると非常に興味深いものである.
    もちろんこの相違の一因は, MSAが他の諸論書とはちがって, nimitta を五事説の文脈で扱っていないという点にあるが, 瑜伽行派における nimitta という語そのものの重要性を考えると, nimitta という語に対する理解そのものの何らかの違いが反映されていると考えることは妥当であろう.
    そこでまず本論文では, MSA及びそれに対するスティラマティの注釈の解釈を再検討することを通して, MSAにおける nimitta 解釈と, それがいかにして遍計されたものの特徴と認められるのか, ということを考察する.
  • 宮本 城
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1131-1135
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    インドにおいて, 唯物論を唱えるローカーヤタの歴史は長く, 古来より常に, 正統バラモン教, 仏教, ジャイナ教による論駁の対象となっている.
    しかし, ローカーヤタの教義体系のすべてを著した書物は残っていない. 仏教やジャイナ教等の他宗教が, ローカーヤタの教義に反駁するために, その教義を断片的に記述したものを通じて, その思想の一部を窺い知ることができるのみである. そして, パーリ語やサンスクリット語文献に残されたローカーヤタに関する記述から, その思想の全体像の構築を試みる研究は, これまで数多くなされてきている.
    タミル文献においても, 仏教叙事詩 Manimekalai (6-8世紀ごろ), ジャイナ教叙事詩 Nilakeci (10世紀ごろ), シャイヴァ・シッダーンタの綱要書 Civañanacittiyar parapakkam (13世紀ごろ) 等, 他宗教の文献において, ローカーヤタの教義が取り上げられている. しかし, これまでのローカーヤタ研究では, タミル文献におけるローカーヤタについての記述が, 詳細に取り上げられたことはなかった.
    したがって, 本論文では, まず, 上記のタミル文献において, ローカーヤタに関してどのよ うな記述がなされているかを通覧し, それらの記述から, タミル・ナードゥにおいて, ローカーヤタの存在が人々に良く知れ渡っていたことを明らかにした. また, 本論文で取り上げた Manimeklai, Nilakeci は, 文学というジャンルに属するものの, これらの作品の作者が, 哲学にも精通していたことは明らかであることから, その記述は, 十分に信頼できるものである. したがって, 今後のローカーヤタ研究では, タミル文献におけるローカーヤタの記述も参照されるべきであろう.
  • 藪内 聡子
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1136-1139
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ポロンナルワ時代, スリランカ史上最大の英雄と称される Parakkamabahu I 世 (1153-1186 A. D.) は, それまで Mahavihara, Abhayagiri, Jetavana の三派に分かれていたスリランカのサンガに対して, Mahavihara 派の受戒のみを承認してサンガの統一を断行したが, それが可能であったのは, アヌラーダプラ時代に遡り, 政治的概念として菩薩王思想が受容されて浸透したからであることが, 史書や碑文資料により認められる.
    菩薩王思想は, アヌラーダプラ時代初期については Abhayagiri 派と関連して発展したが, アヌラーダプラ時代中期以降は派とは関係なく独自に進展を遂げ, 政治的イデオロギーとして, 王の存在を限りなく仏陀に近い存在にし, 王権の正当性を強化して, サンガに対する行使力増大に寄与した. ポロンナルワ時代には, 南インドからの侵略のために, ことに王は軍事的頂点の存在として英雄性が重視されるが, 菩薩王思想は英雄性と混在し, サンガ統一により Mahavihara 派のみが存在するようになった後も, イデオロギー化して Mahavihara 派と同化して存続することになる.
  • 熊谷 誠慈
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1140-1143
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    ナーガールジュナ (Nagarjuna, ca. 150-250) 以来, 種々の方法と形式によって空性・無自性性の論証がなされてきた. 8世紀以後, 代表的な空性論証の形式を集めてきて整理しようとする傾向が現れてくる. とりわけ, カマラシーラ (Kamalasila, ca. 740-795) が提示した5つの空性論証形式や, アティシャ (Atisa, Dipamkarasrijñana, 982-1054) の説く4大論証因 (gtan tshigs chen po bzi) は注目される. インド文献中の空性論証形式の分類については, すでに江島氏の『中観思想の展開―Bhavaviveka研究』(pp. 227-248) において詳細に解説されているので, そちらを参照されたい.
    本稿では, チベット諸文献中の空性論証形式の分類を扱う. その中でもより複雑な分類を提示する, ロントゥン・シェージャクンリク (Ron ston Ses bya kun rig, 1367-1449, サキャ派) の『論理道全明』を中心として取り上げる. ロントゥンは, 以下に示す2段階の2つの分類を統合し, 3段階の分類を提示する. また, 他のチベット諸文献中にも, 下記の分類 (A), 或いは分類 (B) に相当するものが多く存在する.
    ロントゥンによる分類 (A)
    ・1段階目: 金剛片因・破有無生因・破四句生因―中の身 (=空性) を完全には決定しない.
    ・2段階目: 離一多因・縁起因―空性の意味を完全に決定する.
    ロントゥンによる分類 (B)
    ・1段階目: 離一多因・金剛片因・破四句生因・破有無生因―有の増益には対治をなすが, 無の損減には対治をなさない.
    ・2段階目: 縁起因―有の増益と無の損減の両方に対治をなす.
    ロントゥンによる総合的分類 (分類Aと分類Bの統合形) 縁起因 (3段階目) 離一多因 (2段階目) 金剛片因・破有無生因・破四句生因 (1段階目)
  • バジュラチャールヤ マニック
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1144-1149
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    Saptavidhanuttarapuja はネパール仏教の顕教的儀礼の中でもっとも一般的なものである. この論文ではその儀礼の中で行うターラーの三昧地を八つに分けて考察する. 第一は三帰依である. 第二は三昧地で Mahattaritara を観想成就する. 第三は三昧地で Varadatara を観想成就する. 第四は儀式に使う法具と自分の身口意などを加持する. 第五は自分の身体の部位にマントラを唱えて布置する. 第六は Akanistha 天上界から Aryatara を呼び出すことである. 第七は Aryatara を五仏と四十ターラーといっしょに供養する. 第八は makuta を供養する. ここで論じた Mahattaritara と Varadatara の三昧地は「サーダナマーラー」にある90と91番のサーダナとよく一致する. したがって, Saptavidhanuttarapuja における Mahattaritara と Varadatara の三昧地は「サーダナマーラー」からの引用と考えられる.
  • 洪鴻榮(釈果暉)
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1150-1155
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    現在, 安世高訳経の全面的再検討が要求されている. イタリヤ学者の Zacchetti (2006b) によって『陰持入経』(T603) はパーリ蔵外文献の Petakopadesa『蔵釈』第六章 (Suttatthasamuccayabhumi) のほぼ完全な漢訳だと発見された. とりわけ, 梶浦晋と落合俊典による調査によって三つの新しい安世高訳経が確認された (『金剛寺一切経の基礎的研究と新出仏典の研究』). これらの発見は安世高訳経の解明には大変役に立っている. しかし, 安世高訳経はいくつあるのかに関して経録には未だ不明の箇所が多い. 本稿ではこれらの研究成果を踏まえて安世高訳経を改めて検討することにする.『罵意経』(T732) は『僧祐録』の「失訳雑経録」に納められているが, 林屋友次郎 (1938) の研究によると, 安世高訳に近い, と論述された. また,『法観経』(T611) は『罵意経』と同じ,『僧祐録』の「失訳雑経録」に納められているが, なぜ智昇に至って竺法護訳と確認されたのかは不明である. 本論文はそれらの疑問点を分析し,『罵意経』と『法観経』とを安世高の訳経だと仮説し, 検討することにする.『罵意経』には安世高の訳語が多数見られる.『法観経』は全部で五つの段落に分けられ, そのうちの四つの内容がほぼ『罵意経』と一致し, 残りの最初の段落にも多く安世高の訳語が見られる. これらの証拠からみると,『法観経』は竺法護訳ではなく, 安世高によって“口解”したものだと思われる.
  • Sanja JURKOVIC
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1156-1160
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    菩提心転昇の次第を説く弘法大師空海の『秘密曼茶羅十住心論』及び『秘蔵宝鑰』の第七住心「覚心不生心」は,「勝義菩提心」に相当する空性を悟る心を展開する最初の段階として扱われている. この住心は, 三論宗の教えにあたる. 空海は,「八不」や「二諦」を中心に吉蔵の著作である『三論玄義』や『大乗玄論』にもとついて三論の教えを紹介している.
    「諸法空性」という中観の典型的な概念は,『大日経』の「心續生」の理論にもとづいて, 空海により「心不生」として解釈され, 真言行者の心の実相が初めて明らかにされている.「世俗菩提心」を標榜する第六住心の「他縁大乗心」に対して, 第七から第九までの住心等は, 空性そのものを超える「極無自性心」まで, より深甚に通達していく過程を示されている.
    吉蔵の思想は「二諦説」を中心とするだけではなく,「仏性」など, 空海にとっても大切な問題であろう教説をくわしく扱っていたにもかかわらず, 第七住心において, それは述べられていない.『吽字義』における「遮有立無是損是減」の言葉などには, 戯論をまだ完全に越えていないとして, 三論の教えに対して, 少しネガティブな観点もうかがわれる. 天台理論における「三諦説」や「止観道」に基づく「中道」の意義を, より高く評価していると思われる.
    深秘釈という側面からみると,「覚心不生心」は文殊菩薩の「大空三昧」や「阿字の法門」に相当する.「秘密荘厳心」から見れば, 真理の教えの一つの様相として把えられ, 他の住心と同じように, 密教的瞑想を通じた一法門と考えられる.
  • リッグス ダイアン
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1161-1166
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    仏陀をはじめ弟子達が着用している三衣は, 拾った布や墓地で得たものを洗い, 縫い, 所謂, 糞掃衣に仕立てて着用していた. そして糞掃衣に使用できる布の規則では生地の素材を問わず, 不用な布ならば袈裟に利用することが出来る. しかしながら, 同時に律蔵の規定には在家者からの布の布施を受け, それらの着用をも認めている. 衣の布施は出家者を衣の面から支え, 在家者にとっては功徳を積む機会となる. ところで糞掃衣ならば素材は問わないというインドの規則は, 中国に入り, 道宣の解釈は大いに相違して来る. 道宣は, 衣を作る素材として絹は不適切であると主張する. 何故なら絹を生産するには多くの蚕を殺ねばならぬからと言う. 慈悲が強調される大乗仏教にあって, 一切の絹製品の着用を禁止した. しかし, 義浄は道宣とは異なった立場をとる. 即ち食の面でも生き物を害しており, 在家信者から絹製品を受けることを許していると主張する.
    この道宣の律の解釈・主張は, 日本では広く受け入れられてきた. 江戸時代の戒律復興運動において, 道宣の絹に対する見解が再び問題となり, 論議を引き起こした. 大部分の僧侶は, 絹の袈裟を着用を拒否し, 自分達が律の規則を厳格に守っていることを目に見える形で示した. 何故江戸時代には糞掃衣の規定よりも絹を禁止に重点がおかれたのか?
    本論は上記の如く, 袈裟の素材に焦点を当て, 考察を進めたいと思う.
  • 渡邊 寶陽
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1167-1175
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    鎌倉新仏教の開祖の一人として著名な日蓮 (1222~82) は, インド・中国等から伝来された「法華経」を, ブッダ釈迦牟尼の諸経を統一する仏典として意義付けた. 日蓮は, 自らを末法の日本にその教えを伝道する〈法華経の行者〉として位置づけた. その生涯を通じての伝道の軌跡から, 日蓮は「法華経」が予言する六萬恒河沙の地涌の菩薩の代表である〈上行菩薩の再誕〉の自覚に到達する. これらを包んで, 日蓮の生涯は〈法華経の未来記〉を実現したものとして後世に伝えられ, 今日に至っている. 日蓮の法華仏教の一大特色は,「法華経」の題目を受持することを基本とするところにあると言えよう. 言うまでもなく, 日蓮は少年時代・青年時代の仏教研究の成果を基にして, 三十二歳の建長五年 (1253) 四月二十八日に, 初めて「法華経」への帰依を「題目を唱える」という形式で唱え始めたとされている. 事実, この後の日蓮の著述には, その趣旨に沿った内容で一貫している. しかし, その論理構成については, 初めて御題目を唱えてから二十年後の文永十年 (1273) 四月二十五日を待たねばならなかった. 本稿は, 日蓮教学の伝統に沿った解釈を基本にしながらも, 果たして二十年間, 日蓮は「題目受持」について沈黙していたのか? という問いのもとに, 可能な限り, 初期からの「題目受持」のイメージを汲み取りたいという視点から, 日蓮の著述を通して題目受持論構築の背景について検討を試みようとするものである.
  • 小谷 幸雄
    2007 年 55 巻 3 号 p. 1176-1182
    発行日: 2007/03/25
    公開日: 2010/03/09
    ジャーナル フリー
    本學會・2002年度 (於・ソウル) で發表者は,“The Symbolism of Hokke-Proper: Morphological Studies on Saddharma Pundarika Sutra by a Private Scholar”と題して民間學者・富永半次郎の,『蓮華展方―原述作者の法華經』(梵和對譯, 大野達之助・千谷七郎・風間敏夫他編1952) で完成を見た「根本法華」Hokke-Proper の成立事情, その源流, 即ちCh. ウパニシャッド・ラーマーヤナ・數論哲學・僧伽分裂史・阿育王碑文と, 一貫したドラマとしての文脈を紹介略説した. それは西紀前一世紀頃の無名の一比丘の作と目され, 現行廿八品中, 序・方便・見寶塔・(勸持)・涌出・壽量・囑累の諸品 (それらも全部は採用されず) を除いて他は後世の添加挿入として削除され, その發想源にゲーテ流の形態學が適用される. 今回は, この發表に先立つ二ヶ月前に為した口頭發表 (國際法華經學會, 於マールブルク大2002年5月) の原稿に加筆, 訂正したものである.
    霊鷲山の説法の座で無量義處三昧から釋迦は立ち, 佛智の深甚無量, 方便を説くと舎利弗がその所以を三請する.「佛陀とは何か」の疑問が一會から起きるや, 突如一會の眞中から高さ〈五〉百由旬の塔が涌出,「正法巻舒」(←阿育王法勅)+〈白蓮華〉(←ウパニシャッド) の合成語が善哉と讚へられるシャブダ (權威ある言) として發せられる. その中を見たいとの惠光菩薩の懇願で, 十方分身が還集一處する. 釋迦が中空に上り, 右手もて二片 (對立概念) を撤去して入塔, 涅槃佛 (多寶如來) と半座を分つ. 佛威徳を以て一會が中空に上げられると, 釋迦が自分の涅槃後に「誰が正法を付囑し得るか」との問に一會の代表と他方來の菩薩が名乘をあげる.「止善男子」の一喝と共に, 地皆震裂, 大地から六萬ボディサットヴァ (=〈覺〉の本質, 六萬←六十タントラの千倍, サーンキヤ哲學とサガラ王神話の六萬王子の換骨奪胎) が涌出, 透明のアーカーシャに包まれ一會は〈五〉十中劫一少時, 黙念, 壽量品の〈五〉百塵點劫と共に〈五〉は五蘊―その軸が〈行〉蘊―の象徴. rddhyabhisamskara (サンスカーラの完成) が鍵語. 因みに副題の〈生中心〉とは〈ロゴス中心〉(意識・概念偏重) の反對で, 有機的全一の在り方を表すL. クラーゲスの用語.
    (富永師は, 天台學會の招聘により奇しくも本・大正大學の講堂 (昭和12年10月14日) で「私の觀たる法華經」を講演された.『一』誌・特輯第七號 法華精要富永先生の會 昭和13年2月20日)
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