『プラサンナパダー』(PsP)第1章は,著者チャンドラキールティがブッダパーリタの帰謬論法を正当化することと,バーヴィヴェーカの自立的論証式に対する厳しい批判で有名である.その章は,Louis de La Vallée Poussin(LVP)による校訂本(PsPL, 1903–1913)の出版以来,繰り返して研究されてきたが,LVPがテキスト作成当時に参照した3本の紙写本はいずれも書写年代が新しく,欠損や転写過誤が多くあるため,章の内容の読みについて紛議を起こした.2015年にAnna MacDonaldが出版したPsP第1章の新校訂本(PsPM)は,詳細な校訂情報と訳注が充実していることで,高く評価されてきたが,まだ訂正の作業が残っている.そこで,本発表は,バーヴィヴェーカ批判の中核である§27および§28に対するいくつかの可能な訂正を試みるものである.
PsPMの§27および§28の読みは次の通り.
§27, p. 148: ko ’yaṃ pratijñārthaḥ | kiṃ kāryātmakaḥ svata uta kāraṇātmaka iti | kiṃ cātaḥ | kāryātmakaś cet siddhasādhanam | kāraṇātmakaś ced viruddhārthatā . . .
§28, pp. 151–152: sa cāyaṃ paraṃ prati hetudṛṣṭāsaṃbhavāt svapratijñāmātrasāratayaiva kevalaṃ svapratijñātārthasādhanam upādatta iti . . .
§27の-ātmakaの読みに関して,本発表は,ms Pの-ātmakaの異読が信頼できず,ms Qの-ātmana(s/ḥ)の読みを取るべきであると主張したい.
§28について,MacDonaldは「否定辞naは文脈で意味が通じない」という理由で写本に見られるnaをsaに,svapratijñātārthamātramをsvapratijñātārthasādhanamに修正したが,saとsvapratijñātārthasādhanamの読みは実は16本のサンスクリット語写本に支持されていない.また,MacDonaldの議論を吟味すると,氏が文脈としての三比量説を誤解していたことがわかる.他比量を能破として用いたのはバーヴィヴェーカではなく,チャンドラキールティである.そこで,本発表はPsPの文脈を分析する上で,§28において否定辞naとsvapratijñātārthamātramが必要であることを証明しようとする.
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