動詞bhāṣの現在語幹は通例,韻文部分では能動態(Saddhp I 60a bhāṣati),散文部分では中動態で活用する(KN III: 69,12p bhāṣante sma).この対立は両部分の言語層の差異を示すかのようだが,KN V: 124,2p bhāṣateとKashg 125a7 bhāṣatiとの対応はこの想定に反する.
未完了過去形KN XII: 267,2p abhāṣetāmとアオリスト形Kashg 256a3 bhāṣi(ṃ)suとの対応は示唆的である.恐らく原『法華経』段階でbhāṣは,現在形では能動態が,過去形ではアオリストが主に用いられたと思しい.アオリスト形は,中央アジア伝本では散文にも残存するが(旅順B8V8 bhāṣi ~ Kashg 202a1 abhāṣu(ḥ) ⇔ KN VIII: 212,4 abhāṣata),伝承の中で「歴史的現在」形へ,中動態へまたsmaを付した形へ改変されていったものであろう(Kashg III: 74a7p bhāṣi[ṃ]nsu ~ KN 69,12 bhāṣante sma).
KN V: 131,13-143,7は後代の増広で,羅什訳「薬草喩品」に欠ける.ここでカシュガル本は中動態で一貫する(ex. Kashg 136b4p bhāṣate = KN 137,7).「提婆達多品」の読み(Kashg XII: 252a5p bhāṣate = KN 263,8)とともに文献の層序を言語的な差異で証するものと言える.
旅順B18R8 bhāṣī(⇔ KN XXI: 398,3-4 bhāṣate sma)が導くsyād yathedamの構文は,『金光明経』『守護大千国土経』など一部の文献に特徴的なものである.これは「陀羅尼品」がもと,いわば「陀羅尼クライス」に属する半独立の文献であった痕跡と評価できよう.
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