本研究では、X市在住の66歳以上の高齢者を対象に、2014~2015年度における国民健康保険、後期高齢者医療保険および介護保険のマスター・レセプトファイルと所得データを突合させ、所得と医療・介護費との関係を明らかにし、公的医療・介護保険制度が所得による医療・介護費の格差を緩和する可能性について検証を行う。分析対象となる標本数は8,727である。総費用(医療・介護費の合計)、医療費、介護費を被説明変数とし、説明変数には等価総所得(世帯所得と世帯年金受給額の合計を世帯人数の平方根で除した値)や厚生年金受給額の対数値を用いる。
本研究の新規性は以下の3点である。第1に、医療・介護両サービスの情報を用いたことに加え、マスターファイルによって両サービスを利用しなかった高齢者も含めた分析を行った。第2に、所得データから自己負担割合を考慮して分析を行った。第3に、高齢者の経済状況は現在所得のみに依存するとは限らないため、過去の経済的属性(退職前の就労形態、役職、所得水準、勤続年数、教育年数など)の指標として、老齢基礎年金の満額を上回る個人の厚生年金受給額の対数値を用いた。
階層ハイブリッドモデルによる回帰分析の結果、以下の3点が明らかとなった。第1に、自己負担割合に依存せず費用(総費用、医療・介護費)と等価総所得に正の相関はみられないため、所得による医療・介護費の格差が現行制度により緩和されている。第2に、高齢者全体でみると費用と等価総所得に負の相関が観察された。これには、(ⅰ)所得が高いほど健康状態が良い傾向にあるため、医療・介護サービスの需要量が低い、(ⅱ)高所得者の医療費の自己負担割合が高く、需要法則により医療サービス利用を抑制する傾向にある、という2つの理由が考えられる。第3に、厚生年金受給者のうち医療費の自己負担割合が2割の高齢者では、費用と厚生年金の対数値との正の相関が観察された。この結果から、現行制度は過去の経済的属性に起因する医療・介護費の格差を緩和していない。これは、医療費の自己負担割合が1割の高齢者と経済状況が同程度にも関わらず自己負担割合が大きいことにより、過去の経済的属性が有意に需要行動に影響を及ぼしている可能性を示唆する。
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