国民健康保険料(税)の滞納が続く被保険者に対し、通常の保険証に代え、有効期間1年未満の「短期被保険者証」(以下、短期証)が、また1年以上も特別な事情なく保険料滞納を続ける被保険者に対しては、「被保険者資格証明書」(以下、資格証)が交付されている。短期証は医療機関受診の際、通常の保険証と同じように利用できるが、自治体の窓口に留め置かれて本人の手元に届いていない場合がある。また、資格証の交付を受けると通常の保険給付が差し止められ、少なくともいったん医療費全額を自己負担しなければならない。そのため、短期証・資格証交付が受診抑制を招いていると懸念されてきたが、これまで個票データに基づく、所得水準や年齢によって異なる疾病確率の影響を統御した定量的研究は十分行われてこなかった。
本稿では、短期証・資格証交付による医療アクセスヘの影響を定量的に評価するための第一歩として、X市の個票データに基づき、所得水準、年齢などの影響を考慮した上で、短期証・資格証保持者の受診確率を分析した。本稿の知見は主に4つ挙げられる。
第一に、年齢や世帯所得などを統御した受診確率は、短期証保持者で23-28%ポイント、資格証保持者で52-53%ポイント低下している。第二に、短期証・資格証交付の前段階である保険料滞納段階で既に受診確率は低くなっており、その点を考慮すると、短期証保持者の場合には受診確率の低下は認められず、資格証保持者の場合の低下幅も、より小さくなり27-28%ポイントであった。第三に、前年に高額な医療給付を受けている短期証保持者には資格証は交付されておらず、重篤な疾患を有している場合に行政上配慮されていることがデータからも確認された。第四に短期証交付に至った場合、前年所得が1%低いと、資格証交付確率は0.6-0.7%ポイント上昇する。つまり低所得にあることで、資格証交付につながっていることが明らかになった。
以上の知見から若干の政策含意を述べれば、受診確率の低下は短期証・資格証交付以前の段階、すなわち保険料滞納段階で起こっている。さらに、短期証交付に至った場合、所得が低いほど資格証が交付される確率は高くなる。したがって、流動性制約が保険料滞納を引き起こしているなら、短期証・資格証交付以前に、低所得層に対する国民健康保険料の設定について一層の政策的配慮が求められる。
抄録全体を表示