本研究の目的は、GHQの医療制度改革の裏側に横たわる改革意図あるいは理念というものがいかなるものであったのかを明らかにし、戦後日本医療システム形成史研究の進展に資する基礎的な知見を得るところにある。本稿ではとりわけ医療供給側面に関するGHQの政策意図・理念について検討を試みた。具体的には実地修練(インターン)制度、国家試験制度の実施、モデル病院計画、医学視学委員制度といった、医師・歯科医師の資質向上に直接的に関わる政策である。本研究において、主として用いた資料は国立国会図書館憲政資料室所蔵のGHQ/SCAP Records中のPHW(Public Health and Welfare Section)文書である。特に医学教育審議会における日本の厚生官僚とGHQ代表者との議事を中心に、上述の政策の根本に横たわるGHQの政策意図およびそれに対する日本側の反応を明らかにした。
本研究が明らかにしたのは以下の三点である。第一にGHQの医療制度改革は科学技術(医学という学問的裏付け、とりわけ臨床医学の強化)浸透の観点からなされたということである。第二に、GHQは、厚生行政の独立性を目指したということである。国家目的の遂行のための手段として厚生行政があるのではなく、厚生行政は厚生行政としてその役割を果たすことをGHQは考えていたのである。第三に科学技術に基づき、従来日本が有していた医療制度における問題の確認と新たな制度の適用可能性を探るという作業を行ない、その結果、新たな制度の適用を阻む従来の制度の弊害は除去し、そうでないものは活用されたということである。すなわち、一見すれば戦前・戦時からの連続性を見いだせ得るような従来の制度の適用も、戦後GHQによって、科学技術という新たな観点からの見直しの末になされたのである。
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