本研究の目的は、医療提供基盤が整備されることにより国民が享受しうる価値が、1)現実に医療サービスが提供されることに係る「本体」部分と、2)地域住民が感じる安心感などの「外部効果」に区分されると定義したうえで、後者の「外部効果」の価値評価を特定地域の公表データで定量的に明らかにすることである。分析対象を神奈川県横浜市とし、平成19年度公示地価と地価地点の土地属性、周辺地域の生活利便性・教育など社会インフラの整備状況、周辺の医療提供体制に関わる項目を収集してデータセットを構築した。地価と土地属性については国土交通省「土地総合情報システム」を、周辺地域の生活利便性、社会インフラに関する情報は、公開かつ無料利用可能な複数の地図情報システムを、当該地点付近の医療機関情報については、横浜市医療機関連携推進本部のデータベースより情報を得た。総サンプル数300のデータセットの基本統計量、相関分析をおこなった後、公示地価を被説明変数、諸特性を説明変数とするヘドニック・アプローチによる回帰分析を実施し、その係数から医療提供体制の価値評価を試みた。相関分析の結果では、当該地点の地価と近隣に存在する医療機関数にはいずれも統計的に有意な正の相関(p<0.01)が認められた。また当該地価と最寄りの医療機関との距離にも統計的に有意な負の相関関係(p<0.01)があった。ヘドニック地価関数の推定では、近隣に医療機関が増加することによる地価増加、或いは最寄りの医療機関までの距離が伸びることによる地価低下、医療機関の機能差による地価影響への差が各々確認された。推定係数の解釈上、教育環境や交通アクセスといった重要な利便性要因とほぼ同等、或いは同等以上に医療提供にかかる特性が地価への影響要因となることが示された。地価への増価効果を社会の価値評価の反映とすれば、地域の医療提供体制の在り様、とりわけ「近隣に医療機関が存在する安心感」といった外部効果について、社会が一定の高い価値を認めていることが推察される。医療提供体制のあり方を考えるにあたっては、現実の受療状況、配置上の効率性だけでなく、このような地域に対する外部効果にあたる価値をも明示的に評価、勘案していく必要があると考えられる。
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