日本毒性学会学術年会
第41回日本毒性学会学術年会
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シンポジウム 8 実験動物福祉および実験動物モデルの新たな展開:国際動向を探る
  • 岩知道 貴子, 福井 英夫
    セッションID: S8-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     嘔吐及び悪心は抗癌剤と同様に各種医薬品により認められる深刻な副作用の一つである。特に、嘔吐は患者への負担・苦痛が大きく、患者のQOLを著しく低下させるため、催吐作用のない薬剤あるいは制吐剤の開発が望まれている。しかし、嘔吐のメカニズム及び新規制吐剤開発の研究には動物実験が必須であるが、実験動物として汎用されるラット及びマウスには嘔吐反射がないために、催吐作用あるいは制吐作用が評価できない。一方、嘔吐を示すフェレット、イヌ、サル等は高価かつ取扱いが困難であり、一度に評価できる薬物も限定されるため、評価に時間を要する。また、多くの国では動物権利擁護によって、これらの大動物の使用が制限されていることから、嘔吐研究にラットを用いることは有益である。
     ラットを用いた嘔吐研究法としては、ヒト、イヌあるいはフェレット等で催吐作用を示す薬物により、カオリン摂取量が増加するpica法が報告されている。しかし、pica法では、薬物投与後の経時的変化を詳細に追跡できないなどの欠点がある。我々は新しい方法として、ラットの唾液アミラーゼ活性が各種催吐剤で増加することを報告した。シスプラチン、アポモルフィン、LiCl、ロリプラムあるいはシブトラミン等の機作の異なる催吐剤により、ラット唾液中のアミラーゼ活性が有意に増加すること、また、これらの増加はヒトで汎用されている制吐剤で抑制されることを確認した。抗糖尿病薬/抗肥満薬であるGLP-1受容体作動薬はイヌ及びサルでは嘔吐を示さなかったが、ヒトでは臨床用量で嘔吐をもたらした。このGLP-1受容体作動薬の嘔吐作用をラット唾液アミラーゼモデルにより検討した結果、臨床用量付近より唾液アミラーゼ活性が増加することを確認した。これらのことから、ラット唾液アミラーゼはヒト特異的に嘔吐を起こす薬物においても、その催吐作用を検出することができることを示唆しており、有用な嘔吐マーカーであると考えられた。
  • 鰐渕 英機, 魏 民
    セッションID: S8-6
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     1990年代に入り、ICHでは長期発がん性試験の代替法として、遺伝子改変動物を用いた短期発がんモデル、イニシエーション・プロモーション理論に基づいた中期発がん性試験法(二段階試験法)、あるいは新生仔動物モデルなどが推奨され、齧歯類1種類の長期発がん性試験に加え、それらの結果に基づき医薬品についての発がん性評価を行おうというガイドラインが策定されている。本講演ではこれらを含む代替法とその具体例についての知見を紹介する。
     イニシエーション・プロモーション理論に基づいた中期発がん性試験法(二段階試験法): 発がん物質はイニシエーション作用とプロモーション作用を併せ持つ物質である。この試験法では、イニシエーターとして既知の発がん物質を投与し、プロモーション期に被験物質を投与する。発生した前がん病変あるいは腫瘍が被験物質を投与しない対照群に比べ有意に増加していれば、その物質には少なくともプロモーション作用があると判断される。この試験法は短期間に発がん物質のスクリーニングができるため有用である。
     遺伝子改変動物を用いる試験法: がん遺伝子の導入あるいはがん抑制遺伝子の欠損などを施された遺伝子改変動物は、発がん物質、特に遺伝毒性発がん物質に対して高感受性であるデータが蓄積されてきて、より短期間に発がん性を判定できる代替法としての有用性が検証されてきている。
     発がん性と遺伝毒性を包括的に検出できる新規発がんリスク評価法: 我々は、in vivo変異原性を検索できるgpt deltaラットとF344ラットを用いて、前がん病変を指標とした二段階発がん性試験である包括的短期発がんリスク評価試験法を開発し、データを蓄積してきている。
     以上に加えて、トキシコジェノミクス解析に基づく遺伝子マーカーセットの開発についても概説する。
シンポジウム 9 環境化学物質と脳の毒性/ 発達神経毒性
  • 辻 良三
    セッションID: S9-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    発達神経毒性とは、重金属や化学物質等のばく露による、胎児期あるいは生後発達期の神経系の構造および機能に対する有害影響と定義されている。メチル水銀による胎児性水俣病やエタノールによる発達障害は、その例としてよく知られている。最近、LD(学習障害)、ADHD(注意欠損・多動性障害)、自閉症等の疾病を有する児童が増加している報告されている。また、子どものいじめ、引きこもり、自殺等の心の問題は社会問題となっている。これらの原因については、明らかになっておらず、その原因のひとつに、身の回りの化学物質のばく露による発達神経毒性が疑われている。環境省は、大規模な疫学調査であるエコチル調査を開始し、化学物質との関連性を調査している。農薬等の一部の化学物質については、動物を用いた毒性ガイドライン試験である発達神経毒性試験を実施され、その影響が検討されてきたが、高額の費用、長い試験期間、多数の動物使用等の問題があり、膨大な数の化学物質に対応するのは困難であり、より簡便な方法が望まれている。そこで、種々の生物や細胞を用いたin vivo, in vitro評価系の開発が進められているが、まだ十分と言える評価系は出来ていない。その理由のひとつとして、種々の既知の化学物質による発達神経毒性自体の研究が十分になされていないことが挙げられ、発達神経毒性の発現メカニズムの解明や評価に適したバイオマーカーの開発が進んでいないことが考えられる。これらの研究の今後の一層の研究の進展が望まれる。本講演では、発達神経毒性の概要及び研究動向について説明するとともに、ラットにおけるエタノールの幼若期ばく露による脳発達への影響のメカニズム研究の例についても紹介したい。
  • 北 加代子, 梅津 豊司, 鈴木 俊英, 越智 崇文
    セッションID: S9-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     ジフェニルアルシン酸 (DPAA) は、茨城県神栖市の地下水中から検出された有機ヒ素化合物であり、その地下水を使用した住民に小脳症状を主症状とする中枢神経障害がみられたことから中毒との関連が疑われている。これまで我々は、DPAAがグルタミナーゼタンパクの分解を促進し、それに伴って細胞内のphosphate-activated glutaminase (PAG) 活性を低下させることを明らかにしている。グルタミナーゼは中枢神経系において、興奮性神経伝達物質グルタミン酸の合成に関わる酵素であることから、本研究では、DPAAによる小脳症状の発症とグルタミナーゼの関係を検討した。まず、6週齢のICR雄性マウスに体重1 kgあたり5 mgのDPAAを1日1回、35日間経口投与し、ロータ・ロッドテストおよびブリッジテストを課して小脳機能の指標となる協調的運動能力の変化を調べた。その結果、DPAA投与群では投与期間依存的にロータ・ロッドおよびブリッジ上での最大滞在時間の減少が認められ、DPAAが協調的運動能力の低下を引き起こすことが確認された。しかし、ロータ・ロッド試験の成績と小脳PAG活性あるいはGLS1タンパクに相関関係は認められず、協調的運動能力の低下に小脳PAG活性の低下が関与する可能性は低いことが判明した。一方、DPAAは小脳における神経細胞マーカータンパクの発現レベルの低下とグリア細胞マーカータンパクの増加を引き起こし、相対的にグリア細胞の割合を増加させた。さらに投与群ではGABA作動性神経のマーカータンパクの発現レベルが増加しており、神経細胞の中でも、GABA作動性神経機能が亢進している可能性が示唆された。以上の結果から、DPAAによる協調的運動能力の低下はグルタミナーゼ特異的現象ではなく、神経回路のバランス変化等の複合的な要因によって引き起こされた可能性が考えられる。
  • 古武 弥一郎
    セッションID: S9-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     化学物質の新たな神経毒性を見出すためには、一部の化学物質に共通し、かつ従来の一般神経毒性試験では検出困難な「特定のメカニズムに基づいた神経毒性」を明らかにし、将来的にこれを調べる簡便な試験系の開発に繋げることがひとつの方法であると考えられる。我々は、脳に常在する濃度付近の20 nM有機スズを大脳皮質初代培養神経細胞に培養2日目から9日間曝露することにより、GluR2 mRNAおよびタンパク質が持続的に減少することを報告した。GluR2はグルタミン酸受容体の1種であるAMPA受容体を構成するサブユニットであり、平常時に細胞内へのカルシウム流入を阻止する役割を担う。持続的なGluR2発現減少がGluR2を含まずカルシウム透過性の高いAMPA受容体を増加させる結果、神経細胞を脆弱にし、細胞死が起こりやすくなる(GluR2発現減少のみでは細胞死は起こらないが、弱い刺激により細胞死が起こるようになる)ことを明らかにしてきた。更に有機スズ以外の、化学構造や既知の毒性作用に共通点のない複数の化学物質によっても、低濃度でGluR2発現を減少させることを明らかにした。これらのうち一部のGluR2発現減少物質に関しては、in vivoでも大脳皮質等のGluR2発現を減少させることを明らかにしており、現在GluR2発現減少により惹起されるin vivo神経毒性解明を試みている。
     以上より、これまでに解明されていない化学物質の神経毒性の一部がGluR2発現減少により説明できる可能性が期待される。神経細胞レベルでGluR2発現減少が起きている場合に高確率でin vivo神経影響が出ることを明らかにできれば、GluR2 発現減少を新規神経毒性マーカーとして、神経毒性物質の早期スクリーニングに用いることが可能になると考えられる。
  • 岩井 美幸, 龍田 希, 仲井 邦彦, 永沼 章, 佐藤 洋
    セッションID: S9-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     胎児期は中枢神経系の発達する時期であり,メチル水銀の影響をもっとも受けやすく、出生児の発達への影響が懸念される。メチル水銀の主な曝露源は魚介類の摂取によると考えられ、魚を多食する集団での影響が1980年代頃から懸念されはじめ、世界各国で出生コホート調査が進められた。日本でも我々のグループが低濃度メチル水銀曝露影響に関して、出生コホート調査を進めてきた(Tohoku Study of Child Development; TSCD)。TSCDでは東北の中核都市および魚介類摂取量が多いと考えられる沿岸都市にて調査を実施している。本講演では、沿岸都市で登録された母子(18ヶ月)を対象とし実施したBayley Scales of Infant Development 2nd edition (BSID)の結果を示すとともに、海外の出生コホート調査の結果もあわせて紹介したい。さらに我々は、ヒトで得られた現象を、動物実験で確認するため、胎児期あるいは出生後マウスにメチル水銀を曝露した。
     TSCDにおいては、臍帯血の総水銀濃度とBSIDの運動発達指標(微細運動)との間に有意な負の関連性がみられ、特に男児においてその影響が確認された。動物実験においては、水迷路試験では遊泳速度の遅延およびローターロッド試験ではバーから落下時間の短縮が雄でのみ観察された。曝露レベルや種差、検査バッテリーの相違等があることから、ヒトとマウスで得られた現象を比較するのは困難であるが、性差がヒトとマウスで共に認められたことは興味深い。
  • 中西 剛
    セッションID: S9-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     昨今問題となった内分泌かく乱化学物質問題においては、エストロゲン様化学物質の胎生期曝露が、許容一日摂取量以下の低用量であるにも関わらず生殖器形成等の性分化に影響を与える可能性が報告されてきた。しかしその一方で、再現性が得られないなどの問題もあり、エストロゲン様化学物質の胎生期曝露のリスクについては依然不明な点が多く残されている。その主な原因としては、性分化におけるエストロゲンの具体的な役割及び作用部位等に関する情報が脆弱である点にあると考えられる。したがってこの問題を解決するためには、性分化における胎生期エストロゲンシグナルの生理的意義の解明が必要不可欠であると考えられる。一方で哺乳類の性は基本的に性染色体の構成によって決定され、これにより生殖腺が分化することで生殖器の形成が誘導されるが、性の分化は脳においても誘導される。脳の性分化は染色体の構成には依存せず、臨界期と呼ばれる特別な時期に生殖腺から分泌されるホルモンが作用することで誘導されると考えられている。特に齧歯類の脳においては、臨界期に精巣から産生されたテストステロンが脳内でアロマターゼによりエストロゲンに変換され、これがエストロゲン受容体に作用することで雄化が引き起こされるとされている(アロマターゼ仮説)。これらの事実は、臨界期にエストロゲンシグナルがかく乱された際には、脳の性形成に何らかの影響を与える可能性を示唆している。以上の背景のもと、我々は胎盤特異的にアロマターゼを発現させることで、胎生期のみに過剰量のエストロゲンを曝露できるモデルマウス(ArE-TGマウス)の作成に成功し、その解析を行ってきた。本講演では、ArE-TGマウスの解析によって得られた、胎生期エストロゲンシグナルのかく乱による脳の性分化への影響を紹介すると共に、脳の性分化における胎生期エストロゲンシグナルの生理学的意義と臨界期との関係についても議論したい。
シンポジウム 10 ナノマテリアルによる毒性とその安全性評価
  • 鶴岡 秀志, 遠藤 守信
    セッションID: S10-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    カーボンナノチューブ(CNT)の工業化は確実に前進しており2013年の世界使用量は1000トンを超えたと推定される。初期の樹脂コンポジット応用だけではなく、リチウムイオン電池やエネルギー資源掘削用ゴムなど世界経済に大きな影響を与える応用が出現している。積極的な安全性評価も日米欧の努力により進められ、昨年CNT安全性研究のハンドブックとしても活用できるCIB65がNIOSHから発表された。他方、CNTそのものの評価とは別にCNT製品製造・流通・廃棄の安全性については情報が集約されていないので俯瞰的に検討することは容易ではない。CNTが粉体であることを前提にバリューチェーンを考えた場合、ヒトばく露および爆発の危険性が高いのはどちらも工業操作でいう「固体の取り扱い」、即ち粉体CNTを移す工程である。この部分では粉塵飛散が発生しやすく、また粉体を伴う事故は粉塵爆発など複合的な被害を作業現場以外の広域にもたらすので昔から毒性学と工学分野で協調した研究が必要とされる領域である。一方で工業的利用の基礎となるCNTの化学反応性の解明は緒に就いたばかりでありCNT混練物の安定性や環境影響の視点だけではなく毒性学と直結するCNTの細胞内挙動にも関与していることが少しずつ明らかになっている。本講演ではCNTを中心に、その物性から決定される工業的取り扱いの実態と安全性の関連を詳らかにする。また、ラジカル反応を使ったCNTの化学反応性の評価および製品からのCNT 脱落の研究状況についても紹介を行う。
  • 齋藤 直人
    セッションID: S10-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    医療分野において、カーボンナノチューブ(CNTs)を用いた新しい生体材料を開発し、治療や診断に応用する研究が活発に行われている。例えば、CNTsをDDSや生体イメージングに用いる研究、CNT複合体をインプラントに用いる研究等が進められている。また、近年急速に進展している再生医療の足場材に、CNTs を応用する研究が注目されている。いくつかの組織再生でCNTsを利用する試みが行われており、中でも骨組織再生における有効性が多く報告されている。我々は、2008年に生体内で骨組織を再生する実験で、CNTsを複合した足場材料を用いると骨形成が促進されることを初めて報告した。その後、同様の結果が他の複数の研究チームから発表され実証されてきた。また生体外の実験では、CNTsが骨を形成する骨芽細胞の機能を促進することが、やはり複数の研究チームから示された。このようにCNTsは、骨組織や骨関連細胞に対して、あたかも生体活性を有するかのような特性を示す。しかし、骨組織再生におけるこのCNTsの特性は、その現象だけが報告されており、メカニズムは明らかにされていなかった。これまで知られている多くの生体活性材料は、生体分解性という性質を利用して、その生体活性を発揮する。しかしCNTsは、生体分解性とは異なる作用により、生体活性を有する材料である可能性がある。我々は、CNTsが骨を吸収する破骨細胞に対して、転写因子の核移行を減少することにより、分化を抑制することを明らかにした。また、CNTsが骨芽細胞の石灰化機能に及ぼす生化学的な作用に焦点をあてて検討することにより、CNTsは骨芽細胞と相互に作用して骨形成を促進することを示した。現在、これらの骨関連細胞に対するCNTsの作用を応用して、骨形成を誘導する新しいコンセプトのインプラント開発を行っている。
  • 福島 昭治, 梅田 ゆみ, 笠井 辰也, 大西 誠, 浅倉 眞澄
    セッションID: S10-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     ストレートタイプの多層カーボンナノチューブ(MWCNT)はその形状や機械的強度をもつ特徴からアスベストと同様に肺線維症、肺がん、中皮腫、胸膜肥厚等を引き起こす可能性が危惧されている。人はMWCNTを取り扱う様々な状況で経気道的に曝露する可能性がある。我々は、実際の人の曝露経路を考慮してMWCNTの全身吸入曝露装置を開発し、ラットの吸入毒性試験を行った。さらに、MWCNTの新しい定量法を開発し、吸入毒性試験から得られた肺のMWCNT量も測定した。
     被験物質はストレートタイプのMWCNT(保土谷化学工業社製のMWNT-7)を使用した。曝露は、当センターで開発したサイクロン・シーブによる乾式法で行った。試験はF344/DuCrlCrljラットの雄に5mg/m3の濃度で1日6時間の単回曝露と、雌雄とも0、0.2、1及び5mg/m3の濃度で、1日6時間、週5日間、2週間または13週間曝露した連続曝露で行った。全動物を剖検し、病理組織学的及び気管支肺胞洗浄液(BALF)検査を行った。また、肺内のMWCNTはマーカー(Benzo[ghi]perylene)を用いた定量法により測定した。チャンバー内のMWCNTは、単回、2週間及び13週間試験とも良く分散した状態が確認され、チャンバー内濃度は各濃度群とも設定濃度で安定しており、変動も少なかった。単回及び2週間試験の結果、病理組織学的検査により肺に肉芽腫性変化がみられ、BALF検査では弱い炎症性変化を示した。13週間試験では肺に肉芽腫性変化と肺胞壁の限局性線維化を認め、BALF検査では炎症性反応を主体とした変化を示した。これらの変化は何れも曝露濃度に対応して増加した。また、肺内のMWCNT量は単回、2週間及び13週間試験とも、曝露濃度、曝露回数に対応した値を示した。
     以上、全身曝露による吸入毒性試験の結果、曝露濃度に対応した毒性データと肺内MWCNT量が得られ、これらはMWCNTの安全性評価に有用な結果と考えられた。現在我々はストレートタイプのMWCNTの長期吸入曝露による発がん性試験を実施中である。
     なお、これらの結果に加え、MWCNTの遺伝毒性についても報告する。
  • 津田 洋幸, 徐 結荀, 酒々井 眞澄, 二口 充, 深町 勝巳, 広瀬 明彦, 菅野 純
    セッションID: S10-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    目的:金属と炭素ナノマテリアル(NM)の肺内投与による有害作用と発がん性の機序解析に基づいた一連のin vitro-in vivo評価系の確立を目指した。NMは生体内で異物としてマクロファージ(Mφ)に貪食されてサイトカインやROS産生が誘発されて組織・細胞障害を来たし、さらに慢性炎症と発がんに至る可能性がある。材料と方法:材料は多層カーボンナノチューブ(MWCNT;N社、S社)陽性対照はクロシドライト(青石綿)を用いた。検索モデルは、1)ラットの肺より得た初代培養MφにNMを貪食させた際の培養液上清のヒト肺がん、中皮腫細胞等に対する増殖活性と機序の解析、2)ラットにNMCNTを肺内噴霧投与する9~14日の短期試験による肺と胸腔および全臓器における局在と毒性/増殖病変の解析、3)肺発がん処置後にMWCNTを肺内投与する20~30週のプロモーションモデルによる腫瘍性増殖病変の検証、4)さらに、MWCMTのみで増殖病変が観察された場合は可逆性試験による検証、から構成された。結果:これらの研究において、① in vitroin vivoでMWCNTを貪食したMφからサイトカイン種が放出され異物炎症が誘発されたが、そのスペクトラムは検体によって異なり一様ではなかった。血中移行すれば曝露マーカーとなり得る(Mip1α、Carcinogenesis, 2010)③ MWCNTは肺から胸腔、リンパ節、脾、肝、腎、脳等へ移行し、胸膜中皮細胞の増殖を誘発した。MWCNT肺投与ラットの胸腔洗浄液中にはMWCNTを貪食していた多数のMφがみられた。④ MWCNTは肺発がんを促進しなかった。以上から、この方法は短期で毒性機序解析に有効であり、また長期発癌試験に代替でき得る。これらの成果は OECDの国際的共同プログラムのDossier等評価文書作成への貢献が期待できる。
  • 菅野 純, 高橋 祐次, 高木 篤也, 広瀬 明彦, 今井田 克己, 津田 洋幸
    セッションID: S10-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    工業的ナノマテリアル(以下NM)については、その産業応用の急進展に対応し、有害性評価法を早期に確立する必要がある。マイクロメータ長の多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の中皮腫誘発能については、アスベスト及び人工的繊維状代替物の知見から予測される毒性発現メカニズムにより、腹腔内投与試験系による評価を進めた。しかし一般的には新規NMの、特に粒子のサイズや形状等のナノ化に起因する生体影響の毒性情報は極めて乏しい。このような状況においては、未知の毒性を扱う立場から、ヒトの暴露経路に即した動物実験によりハザード及びメカニズム同定、用量作用関係を明らかにし、ヒトに対する毒性と用量相関性の推定を行うという基本的な手順を取る事が有効である。重要な暴露経路である吸入については、従来、エアロゾル発生には検体毎の装置の開発あるいは工夫が必要であり、多大な時間と費用を要することが知られている。このため簡便法として、気管内投与等が多く用いられてきた。しかし、NMは凝集し易く、ヒトが吸入すると想定される分散状態と異なり、惹起される肺病変の質が全身暴露吸入試験と異なるとの指摘がされてきた。当研究部では、これらの諸問題を解決すべくMWCNTを例にとり、その凝集体・凝固体を除去し単繊維成分のみを高度に分散した乾燥検体を得る方法(Taquann法)、及びそれを全身吸入暴露するためにエアロゾル化するカートリッジ直噴式ダスト発生装置と小型暴露チャンバーを独自開発した。マウスを用いた実験では、単離線維が細気管支領域から胸膜直下の肺胞域まで到達し病変を誘発、また、一部が胸腔に達し、壁側胸膜面に中皮腫発がんを示唆する顕微鏡的病変を誘発することを確認した。本システムは廉価であり、各種NM検体の分散に適用可能なことが見込まれる事から、新規NMの吸入毒性評価の迅速化・効率化に貢献する事が期待される。
シンポジウム 11 医薬品・化学物質開発において毒性病理学が果たす役割
  • 小川 久美子
    セッションID: S11-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    医薬品や各種化学物質のリスクとベネフィットを明確にする上で、毒性試験は重要な役割を果たしているが、その中で、毒性病理学的評価、すなわち組織検索の役割について考えてみたい。
    一番の役割は、被験物質の生体影響の局在と変化を明らかにする事にあると考える。どの臓器のどの細胞のどこのオルガネラが、どれ位どのように変化しているのかを客観的に検討し、組織変化の機序や意義を解析することによって、被験物質が生体にもたらす影響と取られるべき対応に関する詳細な情報が得られることになる。変化は、主に、1)変性・代謝性変化、2)炎症性変化、3)腫瘍性変化のいずれかと考えられ、こうした病変の群ごとの頻度、個体あたりの multiplicity や程度が検討される。それらが、被験物質投与に関連した用量相関性のある変化であるか否かを統計的に解析し、薬理作用や血液生化学的データ等を考慮して変化の機序や意義を検討する事が必要である。
    通常は、全臓器のヘマトキシリンエオジン染色標本を用いて検討するが、免疫組織化学染色やin situ hybridizationと組み合わせることにより、病変の原因物質やシグナル伝達因子の微細な発現変動など、病変の本態解明に有用なデータを提供することも可能である。また、近年は分子標的治療の進歩が目覚ましく、薬剤の適応決定のためにコンパニオン診断として、免疫組織化学染色を用いた標的分子の存在確認も病理の重要な役割となっている。
    このように、病理組織学を基盤とする毒性病理学的検索の役割は、毒性発現の評価、機序の検討、治療方針の決定と多岐にわたるが、病理変化のみではなく、種々の検査所見からの総合的な判断が重要である事はいうまでもなく、また、実験動物における変化がヒトに外挿可能か否かは、常にAOPや証拠の重みを考慮すべきである。本発表では、このような毒性病理学的評価の可能性と課題について事例を挙げて考察したい。
  • 田中 雅治
    セッションID: S11-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     毒性病理学は、医薬品などの化学物質により惹起される生体の障害を研究する毒性学の一分野である。その解析手法は、解剖時の肉眼観察、H-E染色標本を用いての形態学的評価が主である。しかし、1930年代に開発された電子顕微鏡技術や1955年以降に開発された免疫組織化学的手法(IHC)などによって毒性病変の同定や毒性機序解明の精度は格段に高まり、毒性病理学は劇的な進展を遂げてきた。この中でIHCは、主に細胞内外における構造タンパク質や膜表面分子などの抗原とそれに対応する特異的抗体を作用させる抗原抗体反応を行い、その結果をDABなどの基質で発色して可視化し、抗原の存否やその局在を判定するものである。以前は抗原性保持のために未固定・凍結サンプルを用いることが多く、毒性試験での汎用性は決して高くはなかった。しかし、現在では、利用可能な抗体数の増加や抗体精製技術の向上、染色キットの開発・市販化などによって、一般的に毒性試験で用いられる固定標本から作製した切片で容易にIHCが実施できるようになってきている。
     毒性試験におけるIHCの利用目的としては、①毒性変化の起こっている細胞の確認、②毒性変化の定性的分析、③毒性変化の機序解明などが挙げられる。本シンポジウムでは、これらIHCの応用例を中心に毒性試験における有用性を紹介する。
     IHCを実施する上で注意しなければいけないことは、本解析だけで全ての毒性変化の疑問点や問題点がクリアになるわけではなく、問題解決のためには免疫電顕を含む超微形態学的解析や切片上で遺伝子の発現局在を可視化するin situ ハイブリダイゼーション法、遺伝子の発現を定量化するレーザーマイクロダイセクション法など複数の解析技術を上手く活用することで毒性変化の解釈に貢献できるということを理解すべきであり、IHCはその一手段であるということを理解しておくべきである。
  • 鈴木 雅実
    セッションID: S11-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     毒性病理評価は、化学物質により惹起される病態と、その発現機序を病理学的に解明し、化学物質のヒトへの影響を評価するアプローチのひとつとして実施される。
     毒性病理評価の利点は、組織標本の作製と顕微鏡による観察という基本的な手法で、全身のあらゆる臓器・組織を評価できることにある。また、永年培われた学問体系を理解・利用することで、化学物質により惹起された病態の原因、発現機序、ならびに、病態の全身への影響などを、結論までは至らないものの推測することができる。一方、欠点、評価の限界として、観察が臓器・組織の一断面となることより、病変の強さ、拡がり等の評価は定性的・半定量的となり、量的解析は困難である。また、剖検により採取された臓器・組織を解析対象とするため、一般的な毒性試験のデザインでは、病態の経過を正確に把握することができない。このように、毒性病理評価は、毒性・安全性評価にきわめて有用な手段であるが、毒性の質的・量的評価をベースにヒトへの外挿を進めるためには、生化学、生理学、薬理学、分析化学などの専門性も有する“Toxicologist”と毒性病理学的専門性を有する“Pathologist”との協働が必要となる。
     協働を臓器毒性の視点から捉えてみると、臓器によりToxicologistとPathologistとが果たすべき役割が少しずつ異なってくる。肝臓、腎臓など臨床パラメータ・毒性バイオマーカーが充実している標的臓器では、Toxicologistが主務とする機能の変化、病態経過の解析と、Pathologistが主務とする病理形態評価による傷害細胞の同定とその変化の性質から、協働に基づく総合的な毒性評価が進められている。一方、現在の科学レベルでは、機能の評価が主体となる臓器、あるいは、病理形態評価が主体となる臓器もある。Toxicologist、Pathologistは、それぞれの研究手法・特徴を十分に理解した上で、協働に基づく毒性評価レベルの向上を目指していくことが重要と考えられる。
  • 原田 孝則, 田中 卓二, 義澤 克彦, 寺西 宗広, 大石 裕司
    セッションID: S11-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    毒性病理学は、医薬・農薬など化学物質の安全性試験において重要な役割を担っており、病理専門家による主としてヘマトキシリン・エオジン染色標本を対象にした光学顕微鏡観察結果に基づき被験物質の安全性評価がなされている。本病理学は、歴史的に1970年代以降に急速な進展を示し、特に電子顕微鏡や免疫組織化学的手法の普及によって病変の同定・診断精度が格段に向上し、近年ではマイクロダイセクションやマイクロアレイなど標的部位の遺伝子解析技術も進み、病理発生あるいは病変発現のメカニズム解析に大きく寄与している。一方、医薬品、農薬、一般化学物質等の国際的流通・使用が普及するに連れ、関連諸国間で安全性データの共有化が進み、各国の規制当局からリスク評価に用いる病理データの用語・診断基準も国際的に統一して欲しい旨の要望が出された。この要望に呼応して、北米、英国、欧州、日本の毒性病理学会(STP/BSTP/ESTP/JSTP)が中心となって安全性試験で使用される毒性病理用語・診断基準の国際的統一化を目指した「国際毒性病理用語・診断基準統一化計画」International Harmonization of Nomenclature and Diagnostic Criteria (INHAND)が企画され、2008年から正式に発足した。本事業では、当初、げっ歯類(ラット、マウス)を対象に統一化が図られて来たが、2013年からは非げっ歯類(イヌ、サル、ウサギ、ミニブタ)も対象に加え現在鋭意進められている。また、本事業の推進委員会(GESC)は、米国FDA(SEND)との合同事業にも参画し、登録申請のための病理用語の標準化にも協力している。その他の重要な動向として、病理ピアレビュー制度の導入が挙げられる。本制度は、病理診断の信頼性や客観性を高めるために考案されたものであるが、その方法論については未だ国際的に統一されるに至っていない。最近、OECD規制当局から“Draft OECD Guidance on the GLP Requirements for Peer Review of Histopathology”が提案されたが、その内容に関し毒性病理専門家との間に見解の相違があるため、現在、OECD当局にコメントを提出し改善を求めているところです。
シンポジウム 12 タンパク質と共有結合する化学物質が引き起こす疾患とその制御システム
  • 内田 浩二
    セッションID: S12-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    糖質や脂質などの生体成分は、酵素的あるいは非酵素的な酸化代謝を経て、様々な化合物に変換される。こうした酸化代謝産物の多くは、電子不足な官能基を持つため、電子が豊富な官能基をもつ求核性化合物と反応し付加体を形成する。求核性化合物にはタンパク質や核酸などが含まれるため、私たちの健康や寿命に対する酸化的代謝産物の生成は無視できない。特に、こうした代謝産物によるタンパク質の修飾は、他の翻訳後修飾のようなタンパク質の活性制御を伴うほか、最近では内因性代謝物に起因した修飾タンパク質が自然免疫のリガンドとして作用することが明らかになってきた。
     一方、私たちの研究グループでは、脂肪酸などの酸化に起因したα,β-不飽和アルデヒドなどの親電子性物質との反応により生成した修飾タンパク質が、自己免疫疾患である全身性エリテマトーデスに特徴的な抗DNA抗体により認識されることを報告してきた。こうした事実から、修飾タンパク質とDNAとの間における構造的類似性を仮説として研究を進めた結果、修飾タンパク質が核酸染色試薬により強く認識されることが判明し、さらに染色に直接的に関与する修飾反応として“タンパク質ピロール化”を発見した。この発見以降、生体内におけるピロールリジンの生成や自己免疫疾患における抗ピロール化タンパク質抗体の産生を明らかにしたほか、ピロール化タンパク質と特異的に相互作用する血清タンパク質を同定するなど、タンパク質のピロール化修飾と病態との関わりが示唆されている。本シンポジウムでは、自己抗体により認識される修飾タンパク質に関する研究から始まった、DNA様構造特性を示す修飾タンパク質に関する一連の研究成果について紹介したい。
  • 熊谷 嘉人
    セッションID: S12-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     メチル水銀(MeHg)は生物濃縮を介してマグロ等の大型食用魚類を摂取することで生体内に侵入する環境中親電子物質である。細胞内に取り込まれたMeHgはタンパク質のチオール基を化学修飾(S-水銀化)して毒性を発現するが、その一部はグルタチオン(GSH)のような求核低分子に捕獲され、MRPのようなトランスポーターを介して細胞外へ排泄されることが知られている。我々は先行研究より、GSH合成の律速酵素であるGCLおよびMRPの発現制御を担う転写因子Nrf2のノックアウトマウスを用いて、Nrf2がMeHgのリスク軽減因子であることを細胞および個体レベルで明らかにした。つぎに我々は、親電子物質との高い反応性を有する活性イオウ分子(reactive sulfur species, RSS)に着目し、予想生成物である(MeHg)2Sを化学合成してHPLC/還元加熱原子吸光法の分析条件を確立し、MeHgを曝露したヒト神経芽SH-SY5Y細胞およびMeHgを投与したラット肝臓中から代謝物として(MeHg)2Sの同定に成功した。(MeHg)2SはMeHgと比較して毒性が顕著に低いことから、MeHgの新たな解毒経路のひとつとして示唆された。
     ところで、活性イオウ分子の産生にはCBSやCSEの関与が示唆されていたが、最近の東北大・赤池らの研究グループのLC-MS/MS解析の結果、生体内でGS-SHやGS-S-SGのようなRSSが想像以上に産生されていることが見出された。我々はこの事実に注目して、(MeHg)2S産生には低分子RSSだけでなく、システイン残基を介してRSSが結合したタンパク質が関与しているのではないかと考えた。本シンポジウムでは、CSEがMeHgのリスク軽減因子であることを示す研究成果を紹介して、薬物の毒性発現に関与する親電子物質の解毒との係わり合いについて考察する。
  • 西田 基宏, 外山 喬士, 冨田 拓郎, 西村 明幸
    セッションID: S12-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     血行力学的負荷により生じる心臓の形態構造改変(リモデリング)は心不全の臨床転帰である。心臓リモデリングの発症・進展において、活性酸素や一酸化窒素(nitric oxide: NO)と生体分子との反応により生じる親電子性の2次生成物(親電子物質)の関与が示唆されている。我々はイオウの求核性の高さに着目し、H2S/HS-による心筋保護のメカニズムに親電子シグナルの抑制が関与する可能性を検討した。心筋梗塞4週間後において、心臓は重度な心機能低下(心不全)を呈しており、心不全の重症度と比例して内因性親電子物質(8-nitro-cGMP)の産生量が顕著に増加していた。8-nitro-cGMPの蓄積は、NaHS投与により完全に抑制された。ラット新生児心筋細胞に8-nitro-cGMPを刺激すると、癌遺伝子産物H-Rasの活性化に依存して細胞老化が誘導された。8-nitro-cGMPはH-RasのCys184残基を特異的に修飾(S-グアニル化)することが質量分析の結果から明らかとなり、H-RasのCys184をSerに置換することで8-nitro-cGMP刺激による細胞老化誘導がほぼ完全に抑制された。さらに、NaHS処置により8-nitro-cGMPを介したH-Rasの活性化および細胞老化が完全に抑制され,心筋梗塞後の心臓リモデリング(線維化とアミロイドの蓄積)および心機能低下も有意に改善された。一方、H-RasタンパクのS-グアニル化が可逆的なことから、Cys184のチオール基がポリ硫黄 (-SnH)を形成することで8-nitro-cGMPを直接消去している可能性が示された。以上の結果は、タンパク質のポリ硫黄化が心臓のストレス適応・不適応を制御する本質的な機構となることを強く示唆している。
  • 赤池 孝章
    セッションID: S12-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    近年、活性酸素シグナル研究が急速に進展した。その成果により、酸化ストレス病態が単なる生体分子の酸化的損傷によるものではなく、活性酸素によるシグナル制御の破綻という機能的変化として理解されるようになってきた。一方我々は、活性酸素シグナルのセカンドメッセンジャーである8-ニトロ-cGMPの代謝制御に、システインイオウ付加体であるシステインパースルフィド(過イオウ化システイン)などの新規イオウ代謝物が深く関わることを見出した(Nature Chem. Biol. 2012)。すなわち、その代謝機構の本体は硫化水素ではなく、システインパースルフィドに代表される一連の活性イオウ分子種であり、この反応分子種が、8-ニトロ-cGMPと求核的脱ニトロ化・チオール化により新規環状ヌクレオチドである8-SH-cGMPを生成することが分かった。さらに、活性イオウ分子は、親分子であるシステインよりレドックス活性(求核性)が高く、強力な抗酸化能を有することが分かってきた。また、活性イオウ分子が、H-Rasなどの8-ニトロ-cGMPのエフェクターを負に制御することも明らかとなった。さらに興味深いことに、主要な活性イオウ分子であるシステインパースルフィドが、タンパク質翻訳後修飾としてレドックスシグナルの主要な制御系を構築していることも示唆されている。例えば、過イオウ化されたタンパク質のチオール側鎖は求核性が高まりレドックスセンサーとしての感度が上昇し、活性酸素のみならず、親電子性の低い分子状酸素のセンサーとして機能することで、レドックスセンシングと酸化ストレス応答の制御系として重要な役割を担っていると考えられる。我々は、この様なユニークなチオールバイオロジーに基づくメタボロームとプロテオームを確立し、生体の酸化ストレス応答と新規イオウ代謝経路の解明を試みている。本シンポジウムでは、この様な新規翻訳後修飾であるタンパク質過イオウ化を介する酸化ストレス制御システムについて、最新の知見を交えて議論したい。
シンポジウム 13 化学物質曝露と子どもの脳発達 ・・・発達神経毒性ガイドラインの現状と課題
  • 青山 博昭
    セッションID: S13-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     我々の身の回りに存在する化合物や食品の発達神経毒性(Developmental neurotoxicity)に対する社会の関心が高まるにつれ,我が国においても妊娠期間中または哺育期間中の母動物(または母動物と児動物の両者あるいは哺育児)に被験物質を投与して発達期にある児動物の神経系に及ぼす影響を調べる様々な研究が実施されるようになり,これらの化合物のリスク評価に際しては,何らかの形で発達神経毒性を考慮した議論がなされるよう求める声が高まりつつある。しかし,現在のところ我が国で実施される発達神経毒性学的研究の様態は様々であり,必ずしも被験物質の有害性や無毒性量を正確に評価できているとは言い難い側面もあるため,個々の研究成果を直ちにこれらの化合物のリスク評価に活用することも困難と思われる。本講演では,様々な化合物の発達神経毒性を評価する代表的な試験法としてUSEPAおよびOECDの発達神経毒性試験(Developmental Neurotoxicity Test,DNT)ガイドライン(OPPTS 870.6300およびTG426)を取り上げ,ガイドラインが制定されるに至った経緯と試験の実際を概説する。
     ガイドラインとして提示されたこれらの試験法は,様々な化合物の有害性評価(Hazard identification)に極めて有効であり,別途実施される曝露評価(Exposure analysis)と共にリスク評価の要となり得る。しかし,ガイドラインの推奨に沿った試験には多数の動物が必要であり,評価項目も多岐にわたるため,このような大規模試験を実施できる施設は極めて限られる。本講演では,これらのガイドラインが抱える欠点や今後の課題についても可能な限り提示し,試験法のさらなる改善について議論する。
  • 桑形 麻樹子
    セッションID: S13-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    一般的な発達神経毒性(Developmental neurotoxicity DNT) 試験は、生後に児の行動観察や神経病理学的観察を焦点として評価する。しかし、動物実験における行動試験は、飼育環境、行動試験実施環境、さらに実験者の操作などによっても影響をうけやすく、時には再現性が得られないこともある。また、DNT試験での神経病理組織観察方法についてもより詳細な議論は必要である。国際的動向ではメダカや細胞などを用いたin vitro DNT試験の開発も進んでいる。スクリーニング試験としての動物実験代替法はDNT作用の有無を予測することに有用であろう。しかし、ヒトへ外挿を考えると哺乳類を用いた動物実験は必須であり、得られたデータの重要性は高い。
    本シンポジウムでは、胎児脳あるいは新生児脳に焦点をあてた新たなin vivo DNT試験の試みを、臨床あるいは動物実験にてDNTが確認されている化学物質(BrdU、バルプロ酸、フェニトイン、ヒ素etc)を暴露した動物モデルを用いて紹介する。得られた結果から、これらの化学物質の暴露により生後に発現するDNTが胎児あるいは新生児脳観察で予測でき、DNT発現機序のヒントも得られている。また、我々の実例を用いてDNT試験を実施する際の問題点や改良点(観察動物数、妊娠動物の作成方法、DNT誘発化学物質に対する胎児の感受性の違いなど)についても議論をしたい。
  • 成田 正明, 江藤 みちる, 大河原 剛
    セッションID: S13-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     発達期の化学物質のばく露は子どもの正常な発達に悪影響を及ぼし得る。なかでも妊娠中の化学物質のばく露は様々な外表奇形・内臓奇形を引き起こすことはよく知られているが、情動や認知行動への影響についての詳細はわかっていない。
     自閉症は人との関わりを主症状とする、先天的な脳の機能障害に基づく発達障害である。しかし胎生期のどの時期に、どういうことが原因で(遺伝的因子、ウイルス感染、薬剤・化学物質)、どんな機能障害が脳のどの部分におきているか、はわかっていなかった。
     これまで報告されている自閉症の原因としては、遺伝的因子、胎内感染症、化学物質(薬物・毒物)などがある。遺伝的因子の関与は強く指摘されているが、スペクトラムとしてヘテロな症候を持つ自閉症の病態を、単一の遺伝子異常で説明するのは本来困難である。妊婦の抗てんかん薬バルプロ酸などの薬物、アルコール、その他の化学物質の胎内ばく露も自閉症発症原因になり得るとされている。化学物質の胎内ばく露を巡っては、有機水銀摂取なども懸念事項であり、妊婦の魚介類摂取許容量が見直されるなども関連しているといえる。
     私たちはヒトでの疫学的事実、即ち妊娠のある特定の時期にサリドマイドを内服した母親から生まれた児から通常発症するよりもはるかに高率に自閉症を発症したことに着目し、妊娠ラットにサリドマイドやバルプロ酸を投与する方法で自閉症モデル動物を作成してきた。自閉症モデルラットでは、これまでにセロトニン神経系の初期発生の異常、行動異常などがあることを報告してきた。
     今回の講演ではサリドマイドによる自閉症モデルラットについての知見のほか、有機水銀ばく露実験なども含め、最近の知見も含めて述べていきたい。
  • 庄野 文章
    セッションID: S13-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     化学物質のリスク管理に関する今日の国際的潮流は、2002年ヨハネスブルグで開催された持続可能な発展のための世界首脳会議(WSSD)が契機となっている。本WSSDでは“透明性のある科学に基づくリスク評価と管理手法を用い予防的アプローチを考慮して健康および環境への影響を最小限にする方法で化学物質を製造し使用することを2020年までに達成すること目指す”ことが合意された。そのため国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)が策定され従来の化学物質固有の危険性のみに着目した従来のハザードベース管理から科学的手法に基づいたリスクベース管理のパラダイムシフトが明確となっている。こういった国際的な化学品管理のながれの中で、各国規制当局は化学物質の管理に関する規制を整備し、または新たに施行しつつある。一方では化学物質のリスク評価上の科学的に解明すべき多くの課題も残されており、例えばヒトでの毒性予測における実験動物の種差の問題、低用量領域における非線形用量相関(NMDR:Non-Monotonic Dose Response)やカクテル・混合物あるいは複数曝露による複合リスク影響評価やナノマテリアル、金属等のリスク評価について国際的に活発な議論がなされている。産業界としてはこういった化学物質のリスク評価上の諸種の課題に対して科学的な解明に寄与すべく1998年から国際化学工業協会協議会(ICCA:International Council of Chemical Associations)の研究支援活動としてLRI(Long-range research initiative:長期自主研究)を開始した。日本においても2000年より開始し、現在、欧州化学連盟(Cefic)およびアメリカ化学工業協議会(ACC)と三極で積極的な研究支援活動を展開している。本講演では、こういった産業界としての研究的側面の取り組み状況について概説するとともに今後の課題等についてもふれてみたい。
  • 遠山 千春
    セッションID: S13-7
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     化学物質の安全性・リスク評価の毒性試験法において、発達神経毒性は重要な構成要素となっている。OECD/EPAのガイドラインにおいても、その必要性が謳われ手法が具体化されているが、試験の煩雑さや時間がかかることなどから、発達神経毒性試験が行われた数は、極めて少ない。その結果、国内外のリスク評価機関において、様々な化学物質のTDI/ADIが定められているが発達神経毒性がその根拠の指標となっている事例はほとんど無い。食品安全委員会の農薬約240種類に関する個別の評価文書においても、「発達神経毒性」項目がある農薬は数種類であり、その項目中に高次脳機能に関する記載は乏しい。
     様々な化学物質に対する健康リスクは、「見逃さず」に対応することが重要である。特に発達神経毒性は、実験条件や実験者による変動を受けやすいことから、簡便で再現性と精度の高い試験法の開発と応用が求められている。発達神経毒性の評価に際しては、母体や胎仔に顕著な影響が観察されない用量において、生後の動物における高次脳機能変化を、機能的変化と器質的変化の観点から捉えることが望ましい。
     この講演では著者らが開発してきた齧歯類の高次脳機能を検出するための新たな試験法(ラットにおける連合学習、マウスにおける遂行機能、脅迫的繰り返し行動、社会的優位性など、マウスにおける「行動抑制」(=不適切な/衝動的な行動を抑える能力)、ならびに、これまで十分に検討されていなかった脳組織の微細構造変化(樹状突起の分枝数やスパイン密度等)や分子マーカーが、化学物質への周産期曝露と発達神経毒性を調べる上で有用であることについて紹介する。
シンポジウム 14 トキシコゲノミクスの活用例と今後の展開
  • 山田 弘
    セッションID: S14-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     医薬品の重篤な副作用発現は国民の保健と福祉を脅かすとともに、製薬企業の経営に重大な影響を与える要因ともなりうる。従って、医薬品のヒトでの安全性を精度よく予測および診断する新しい測定法、技術およびバイオマーカー等の開発が急務となっており、それによりトキシコゲノミクス研究の発展に対する期待も大きい。安全性研究分野においてオミクス技術の導入に期待されることとして、毒性メカニズムの解明、新規バイオマーカーの開発、そして病理組織学検査にみられるような主観的な評価に対してより客観性を持たせることなどが挙げられ、1990年代後半より医薬品開発現場への導入が進んだ。これらの企業サイドでの動きに呼応するように国レベルでの活動も始まり、本邦では、2002年度から国立医薬品食品衛生研究所が主体となり(2005年度より独立行政法人 医薬基盤研究所が主体)、多くの国内製薬企業が参加するトキシコゲノミクス研究に関わるコンソーシアム(トキシコゲノミクスプロジェクト)が設立され、産官学が連携した研究が精力的に進められてきた。一方で、“トキシコゲノミクス”は、当初、主に遺伝子発現プロファイル技術を応用した毒性学研究を意味していたが、最近ではゲノム全体の構造や機能等にも着目し、それらの解析を実現するゲノム技術も応用した毒性学研究として、以前より幅広く捉えられるようになってきている。この場合、従来の遺伝子発現プロファイルに基づく毒性学研究は、トキシコトランスクリプトミクスと呼ばれることになる。また、他のオミクス技術と融合したマルチオミクスのアプローチも盛んに用いられるようになってきている。
     本シンポジウムでは、10年間に渡り官民共同事業として進められてきたトキシコゲノミクスプロジェクトの研究成果をトキシコゲノミクス研究の進展を示す事例として紹介するとともに、当該研究領域の将来像について考察する。
  • 小野 敦
    セッションID: S14-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     科学技術の進歩に伴い、効率的な創薬プロセスの確立や革新的な新薬の創出が期待されているが、近年においても、その期待は必ずしも現実となっていない。その要因の一つとして安全性の問題により開発中止もしくは市場から撤退するケースの増加が挙げられる。特に、臨床試験以降で副作用が検出されるケースが少なくない事実は、前臨床段階での新たな安全性評価手法の必要性を示しており、オミクス技術を応用したバイオマーカーは、様々な毒性を種の壁を越えて高精度に検出可能とする重要なツールとして期待されている。肝臓は、ほぼ全ての経口薬の代謝や排泄に関与する臓器であり、医薬品による副作用の標的となりやすい。薬物性肝障害は、米国における急性肝障害の原因の半分以上を占めており、医薬品が市場から撤退する大きな要因となっている。トキシコゲノミクスプロジェクトでは、第1, 2期を通じて網羅的遺伝子発現解析により、肝臓をターゲットとした様々な毒性変化の評価に有用なバイオマーカー探索を進めてきた。それらのマーカーは、毒性フェノタイプを評価するマーカーと毒性メカニズムを評価するマーカーに大別され、それらを組み合わせることで、従来の毒性評価を補完し、効率的かつ信頼性の高い安全性評価を行えることが示された。さらに、プロジェクトでは、それぞれのバイオマーカーについて独自の検証により信頼性や再現性について評価を行った。本講演では、プロジェクトで構築した肝毒性バイオマーカーについて概説する。一方、プロジェクトにおける検証では、ヒトへの適用性については十分な評価はなされていない。そのため、プロジェクトで構築されたバイオマーカーは、創薬スクリーニングにおける候補化合物優先順位付け等においては十分有用ではあるが、安全性評価において広く認知され、規制当局に受け入れられるエンドポイントして確立するためには、さらなる取り組みが必要である。
  • 上原 健城
    セッションID: S14-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     医薬品は確実な有効性を有するとともに,高い安全性が担保されていることが重要である.新規医薬品の創薬段階においては,様々な非臨床毒性試験を通じて候補化合物の安全性が幾重にもチェックされ,十分な安全性が確認された化合物のみが臨床試験に進められる.しかしながら,短期の反復投与では顕在化しなかった毒性が長期反復投与後に顕在化することや,非臨床試験で認められなかった毒性が臨床試験で発現するなど,安全性上の理由で開発を中止する事例が多数あることも事実である.腎臓は,種々の薬剤の主要な毒性標的器官の一つである.これまで,トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクト(TGP2)では,バイオマーカー探索研究の一環として,腎毒性の診断・予測を可能とする新規バイオマーカーの探索を実施してきた.これまで我々は,単回~1カ月の反復投与を行ったラットの腎臓において,種々の化合物に共通して,尿細管障害発現時に腎臓で発現変動を示す遺伝子がバイオマーカーとなり得ることを報告した.また,腎乳頭障害を有する化合物に関しては,腎乳頭部の遺伝子発現解析を実施することで,腎乳頭障害発現時に共通して発現変動を示す遺伝子をバイオマーカーとして選抜した.これらのバイオマーカーを医薬品候補化合物の探索毒性評価に活用することで,薬剤誘発性腎障害を簡便かつ高感度に検出できる可能性がある.また,ラット血漿のメタボローム解析を通じて,腎障害による糸球体ろ過率の低下や腎生成量の低下と関連して血漿中で変動すると考えられる3種の低分子代謝物が,クレアチニンなどの既存の腎障害バイオマーカーより,腎障害を検出する上で有用になる可能性を報告した.本シンポジウムでは,TGP2を通じて確立したこれらの腎毒性バイオマーカーを概説するとともに,医薬品候補化合物の探索毒性評価における具体的活用方法についても言及する.
  • 堀之内 彰
    セッションID: S14-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクトで実施したメタボノミクスを用いた薬剤誘発性の肝毒性及び腎毒性のバイオマーカー(BM)探索について報告する。肝毒性BM探索では、アセトアミノフェン(APAP)単回投与後3-24時間のラット肝臓及び血漿の代謝物変動を網羅的に解析し、そのBM候補として5-オキソプロリン、オフタルミン酸、コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を抽出した。APAP投与ラットでは投与後9時間まで異常は認められず、投与後24時間に血漿中のASTとALTが約2倍増加し小葉中心性の肝細胞壊死がみられた。5-オキソプロリンとオフタルミン酸は、単回投与後9及び24時間に肝臓及び血漿で増加した。単回投与後24時間には、コール酸とグリココール酸が肝臓及び血漿で増加した。一方、タウロコール酸は肝臓で減少し、血漿では対照群との間に差はみられなかった。更に、4種類の肝毒性物質を1~2週間反復投与したラットの血漿でも同様の変化が認められたことから、これらのBMは、肝毒性予測あるいは診断に有用であると考えられた。腎毒性BM探索では、ラットに6種類の腎毒性物質を単回あるいは反復投与後に血漿の代謝物を網羅解析し、そのBM候補として3-メチルヒスチジン、インドキシル硫酸及びグアニジノ酢酸を抽出した。3-メチルヒスチジンは全ての腎毒性物質投与ラットの血漿で増加し、インドキシル硫酸及びグアニジノ酢酸は、5種類の腎毒性物質投与ラットの血漿でそれぞれ増加(傾向)及び減少(傾向)を示した。一方、残りの腎毒性物質投与ラットの血漿では、他の5種類と異なり、インドキシル硫酸が減少しグアニジノ酢酸が増加した。この原因は腎毒性に併発した肝機能障害により、これらのBMの代謝が阻害されたためである。毒性発現に対する複数の生体反応を的確に見極める必要があるが、メタボノミクスは、トキシコゲノミクスと同様に毒性のBM探索に有用な方法であると考えられた。
  • 南 圭一
    セッションID: S14-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクト(TGP2)では,毒性オミクス解析を行う一方で,各種臓器の毒性バイオマーカーとして期待されるmiRNAにも注目した.本検討では,ラットの全身の臓器を採取し,miRNAの発現分布データを取得した.そこから様々な組織の毒性バイオマーカーとして利用できる可能性のあるmiRNAの探索を行い,その結果を腎障害ラットモデルにて検証した.
    まず,雄性SDラット(N=3)について,通常の解剖で採取可能な組織を全て採取した.消化管や脳などは一部解剖学的に分割し,最終的には55種類の部位についてmiRNAアレイ解析を行った.全サンプルを用いた主成分分析の結果,miRNAの発現パターンは組織の種類(神経,消化管,筋肉など)によって分類される傾向があり,同一組織間のばらつきも小さかった.次に,各組織について特異的な発現を示すmiRNAを,統計学的手法を用いて抽出した.その結果,腎臓,肝臓,膵臓,神経組織,消化管,下垂体など様々な臓器において特異的な発現を示すmiRNAを見出した.更に,このmiRNA組織分布データを用い,腎臓に特異性の高いmiRNAを抽出した.これらのmiRNAは,シスプラチン投与腎障害ラットモデルの尿中及び血漿中で高く検出された.一方で,腎臓では発現していないmiRNAの増加は検出されなかったことから,これらのmiRNAは腎障害を特異的に検出できるmiRNAであることが示唆された.
    主要なmiRNAの多くは,動物種間でも発現が保存されていることから,今回の詳細なmiRNA発現分布データは,様々な組織における外挿性の高い毒性マーカー探索に有用と考えられる.
  • 大村 功
    セッションID: S14-6
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    発がんにおけるエピジェネティック修飾の異常に関してこれまでに多くの研究報告があるが,化学物質による発がんの早期過程で生じるエピジェネティックな変化についての研究はまだ十分に進んでいない。本発表では,トキシコゲノミクスプロジェクトにおいて実施したラット二段階肝発がん試験の肝臓を用いたDNAメチレーション及び遺伝子発現の網羅的解析について紹介する。イニシエーション処置としてDiethylnitrosamine(DEN),Thioacetamide,Methapyrilene,Acetaminophenをそれぞれラットに1~2週間反復投与し,2週間休薬後にプロモーション処置としてPhenobarbital(PB)飲水投与を実施し,PB投与1週間の時点で肝部分切除を行い,6週間後に解剖を行った。肝切除時および解剖時に採材した肝臓サンプルについて網羅的解析を実施した結果,GST-P陽性変異細胞巣が顕著に認められたDEN処置群肝臓では,発現量とDNAメチレーションが共通して変動した遺伝子はPTENシグナルと免疫反応に関するパスウェイに関連が認められた。特にDNAメチレーション変動遺伝子では部分肝切除サンプル,すなわちプロモーション初期から免疫反応パスウェイに関連が認められていた。また,抗原提示に関与するMHC class Ib遺伝子の特異的低メチル化及びmRNA発現亢進が認められ,発がんとの関連が推察された。以上より,肝発がん初期の免疫に関連する遺伝子発現変動とともにDNAメチレーションの変動があることが明らかとなった。このような変動は発がん早期の変化を捉える指標として利用できる可能性があると考えられた。
シンポジウム 15 核酸医薬品の安全性評価
  • 小比賀 聡
    セッションID: S15-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     1978年、ZamecnikとStephensonによって現在の核酸創薬の礎となる画期的な研究成果が打ち出された。彼らは短いオリゴヌクレオチド誘導体を用いて、相補的な配列を有するmRNAからのタンパク発現を抑制することに成功したのである。これがいわゆるアンチセンスオリゴヌクレオチドの最初の報告である。アンチセンスオリゴヌクレオチドはDNA→mRNA→タンパク質という遺伝情報の流れをmRNAとアンチセンスオリゴとの配列特異的な二重鎖形成によって阻害するものであり、これまでの多くの医薬品がタンパク質そのものを標的としているのに対しその薬効発現メカニズムは大きく異なっている。また核酸創薬においては、分子量数千以上のポリアニオン分子を用いることから、化合物の特性という点においても従来の創薬とは一線を画す。さらに核酸創薬の対象は、mRNAを標的とするアンチセンスのみならず、siRNAやmiRNA、核酸アプタマー等、分子生物学、細胞生物学の発展とともに近年大きな広がりを見せている。
     核酸創薬は、多種多様な原理・機構に基づいているが、いずれの場合においても優れた機能性を示す人工核酸の果たす役割は大きい。我々は、1990年代より機能性人工核酸の化学合成研究に取り組んでおり、これまでに興味深い特性を示すいくつかの人工核酸の開発に成功してきた。またそれらの応用研究として、人工オリゴヌクレオチドを用いた遺伝子発現制御、スプライシング制御、三重鎖核酸形成を基盤とするDNA検出、人工核酸アプタマーの創成等にも現在積極的に取り組んでいる。本講演においては、我々の人工核酸開発について、さらには人工核酸を利用したアンチセンス創薬への取り組みについて紹介したい。
  • 高垣 和史, 渡部 一人, 中村 和市
    セッションID: S15-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     日本製薬工業協会 基礎研究部会では、核酸医薬を重要な革新的医薬品のひとつと位置付け、数年間にわたり国際情勢調査や多様な課題の解決へ向けた活動に取り組んでいる。核酸医薬品には、アンチセンス核酸、アプタマー、デゴイオリゴ及びsiRNAなどがあり、抗体医薬に続く次世代の分子標的薬として期待されている。この中で、アプタマーは標的分子に直接結合して作用を及ぼすことから抗体と類似点がある。しかし、アンチセンス核酸、デコイオリゴ及びsiRNAは核酸を標的とし、相補的な複合体を形成することによって作用を及ぼすことから、低分子医薬品やバイオ医薬品とは薬理作用発現の機序が異なる。また、核酸医薬品は、配列を持つ高分子である点でバイオ医薬品と類似点があるが、化学的構造は異なる。従って、核酸医薬品の安全性評価には、低分子医薬品やバイオ医薬品とは異なる考慮が必要であると考えている。
     我々は、核酸医薬品開発に関連した非臨床安全性評価の諸問題に取り組む欧米企業や規制当局の専門家グループ(Oligo Safety Working Group)と連携のもと、核酸医薬品の安全性評価に関する事例研究を行ってきた。今回は、核酸医薬品に特徴的な「Off-target作用」を始め、「過剰な薬理作用」、「補体活性化」及び「吸入型核酸」などの事例研究の一端を紹介する。さらに、2013年に米国で抗高コレステロール血症薬として上市された、世界初の全身投与によるアンチセンス核酸Mipomersen(Kynamro)について、非臨床試験と臨床試験の相関について検討した結果を踏まえて、核酸医薬品の安全性評価の課題について我々の考え方を示したい。
  • 荒戸 照世
    セッションID: S15-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     核酸医薬品として、アンチセンスであるfomivirsen sodium(販売名:Vitravene、現在販売されていない)及びmipomersen sodium(販売名:Kynamro、米国)並びにアプタマーであるペガプタニブナトリウム(販売名:マクジェン、日米欧)が承認を取得し、多くの候補物質が開発段階にある。今までの開発経験から、核酸医薬品の安全性に関して、①配列に依存して標的分子に作用(ハイブリダイズ)すること(on-target効果)に起因する毒性、②標的分子以外に作用(ハイブリダイズ)すること(off-target効果)に起因する毒性、③核酸分子そのものの物性に起因する毒性(toll like receptorを介した免疫系の活性化、血液凝固の延長、補体の活性化、腎・肝毒性、血小板減少など)に留意する必要があることが知られている。しかしながら、核酸医薬品の臨床上の安全性プロファイルについて、十分な知見が蓄積しているとは言えない。そこで、既承認品目の審査報告書から得られた以下の事例を中心に、核酸医薬品に特徴的な安全上の懸念について、臨床試験結果を非臨床試験結果と比較しながら紹介し、安全性評価について議論したい。
    1. ペガプタニブナトリウムでは、海外で過敏症が認められたものの、非臨床試験で免疫原性が否定されたことから、併用薬による可能性が考えられている。また、静脈内投与による毒性試験において、慢性腎症や血液凝固の延長が認められているが、臨床使用(硝子体内投与)では暴露量が少なく、問題はないと判断されている。
    2. mipomersen sodiumでは、臨床試験で肝障害や注射部位反応が認められ、添付文書上で注意喚起されている。なお、米国食品医薬品局(FDA)は、こうした副作用があるにもかかわらずmipomersen sodiumを承認しているが、欧州医薬品庁(EMA)はこれらの安全上の懸念があることを理由に不承認の決断を下している。
  • 井上 貴雄
    セッションID: S15-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     アンチセンス、siRNA、アプタマーに代表される核酸医薬品は、これまで“Undruggable”とされてきた分子をも標的にすることから、抗体医薬品に続く次世代医薬品として注目を集めている。これまでに上市された核酸医薬品(2品目)は局所投与であったが、最近になり、全身投与が可能な核酸医薬品として初めてKynamro(ApoB-100 mRNAを標的とするアンチセンス医薬品)が承認されている。現在、臨床試験段階にある核酸医薬品は約80品目であり、うち11品目がphase 3に入っている。核酸医薬品はその物質的性質、機能的性質から、ひとつのプラットフォームが完成すれば短期間のうちに新薬が誕生すると考えられており、この数年で承認申請に至る候補品が増加すると予想されている。
     以上のように臨床開発が大きく進展している核酸医薬品であるが、開発の指針となるガイドラインは国内外で存在しておらず、規制当局が個別に対応しているのが現状である。この背景から、ガイドラインの策定、品質/安全性を評価する試験法の確立、審査指針の根拠となる実験データの創出など、開発環境を整備するレギュラトリーサイエンスの重要性が指摘されている。
     本シンポジウムでは、核酸医薬品の規制に関わる国内外の動きを整理すると共に、国立衛研における取り組みも紹介したい。
シンポジウム 16 食品中の化学物質による肝肥大の発現機序と毒性学的意義: 現状・課題・展望
  • 梅村 隆志
    セッションID: S16-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     げっ歯類を用いた毒性試験において、肝肥大は化学物質の投与によりしばしば観察される変化であるが、本変化が適応反応か毒性影響かは長年議論されてきた。化学物質のリスク評価において、肝障害マーカー(ALT, ALP, AST, γ-GTP)値の有意な増加や肝細胞壊死など病理組織学的変化を伴う場合の肝肥大は「毒性影響」であると捉えるが、これら肝障害を示唆する変化が認められなかった場合の肝肥大は「適応反応」と判断するべきである。しかし、食品安全委員会における実際のリスク評価では、肝障害の有無にかかわらず、肝重量の増加および肝肥大が認められた場合、「毒性影響」としている。また、短期間投与で肝肥大を、長期間投与で肝腫瘍を誘発する非遺伝毒性肝発がん物質(例えばPhenobarbital (PB))について、肝肥大が肝発がん過程の非常に早い段階で見られる変化であるため、肝肥大を肝発がん過程の“early key event”であるとする考え方がある。このように、肝肥大は様々な捉え方をされているため、肝肥大の毒性学的意義を理解することは、科学的知見に基づいたリスク評価を遂行する上で重要である。
  • 吉成 浩一, 安部 賀央里, 頭金 正博
    セッションID: S16-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     化学物質の曝露によりしばしば肝細胞肥大や肝肥大(肝重量増加)が認められるが、それらの発現機序や生理学的・毒性学的意義は不明である。肝肥大と肝発がんとの関連が指摘されている一方で、薬物代謝酵素誘導との関連性から肝細胞肥大は生体の適応反応とも考えられており、他の肝障害マーカーの増加を伴わない肝細胞肥大・肝肥大を毒性影響とする明確な根拠はない。しかし、食品安全委員会における化学物質のリスク評価では、肝細胞肥大や肝肥大は現在一律的に毒性影響とされている。肝細胞肥大や肝肥大は構造的・薬理学的に多種多様な化学物質により引き起こされることから、その発現機序や毒性学的影響も多様であると考えられる。このため、推定される発現機序や同時に起こる他の毒性学所見などに基づき肝細胞肥大・肝肥大の特徴を把握し、それらを分類して毒性影響の理解やリスク評価を行うことは有意義であると思われる。そこで我々は、食品安全委員会で公開されている農薬、動物用医薬品および食品添加物の食品健康影響評価書から反復投与毒性試験結果を抽出し、毒性データベースの構築および毒性徴候間の関連性解析を進めている。構築したデータベースは、物質一般情報(名称、CAS番号等)、試験方法情報(動物種・系統、性別、投与量等)、試験結果情報(血液生化学検査値、臓器重量変化、病理組織学的所見等)を含み、PubChemへのリンクや検索機能を備えている。また、中心性肝細胞肥大およびび漫性肝細胞肥大と関連する他の毒性徴候の比較解析から、これら肝細胞肥大の共通点・相違点が明らかになってきた。本講演では、毒性試験結果情報の解析から見えてきた化学物質誘発性肝細胞肥大・肝肥大の特徴や他の毒性影響との関連性を考察する。
  • 小島 弘幸, 北村 繁幸, 浦丸 直人, 吉成 浩一
    セッションID: S16-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     Pregnane X receptor (PXR)、Constitutive androstane receptor (CAR)、Peroxisome proliferator-activated receptor α (PPARα)の核内受容体及びAryl hydrocarbon receptor (AhR)は、化学物質応答性の転写活性化因子であり、ある種の農薬、可塑剤、難燃剤等はこれらを活性化することが報告されている。これらの受容体活性化は、cytochrome P450を始めとする薬物代謝酵素の誘導を引き起こすことから、化学物質の肝肥大発現機構を考える上で最初の発症要因となり得る。これまで、我々はin vitroレポーター遺伝子アッセイ法を用いて、様々な化学物質による上記受容体の活性化について検討を行い、それらの化学構造とリガンド依存的受容体活性化の関係を調べてきた。その結果、試験した200物質を超える農薬(有機塩素系、有機リン系、ピレスロイド系、カーバメート系など)の約半数がPXR活性化能を有しており、CAR、PPARα、AhR活性化に対してその割合は数パーセントであった。CARについてはフェノバルビタールのようなリガンド非依存的活性化も考慮しなければならないため、実際のCAR活性化の割合は増えると考えられる。これらのことは、農薬の多くはPXR/CARの活性化を介して肝肥大・肝細胞肥大を誘発している可能性があり、現在個々の農薬について、インビボ毒性試験結果を利用して肝肥大作用との関連性を解析している。一方、げっ歯類で肝肥大や肝腫瘍を誘発することが報告されている難分解性有機フッ素化合物perfluorooctanoic acid (PFOA) は、PPARαアゴニスト活性を示したが、PXR、CAR及びAhRに対しては活性を示さなかった。したがって、PPARαもある種の化学物質による肝肥大には重要と思われる。本発表では、化学物質のin vivo肝肥大作用を予測する上で重要な代謝系を組み合わせたin vitroアッセイ法の活用や、ヒト及びげっ歯類との間に生じる種差についても受容体感受性の観点から考察する。
  • 井上 薫
    セッションID: S16-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    肝肥大は、毒性試験においてPhenobarbital (PB)等の化学物質を投与した際にしばしば見られる変化である。肝細胞の核内受容体Constitutive androstane receptor (CAR)を介してマウスに肝肥大および肝腫瘍を誘発するPBは、ヒトでは肝発がん性が認められないことから、げっ歯類にみられたPBの肝発がん性は「ヒトへは外挿されない」と判断される。そのため、げっ歯類を用いた毒性試験において、長期間投与で肝発がん性が認められた化学物質を短期間投与してPBと同様の変化(肝重量増加、肝細胞肥大およびCYP2B誘導等の変化:PBパターン)が認められた場合、リスク評価において該当の化学物質の肝発がん性は「ヒトへの外挿性はない」と判断されたケースがある。PBパターンの有無は、果たして化学物質の肝発がん性あるいはヒトへの外挿性を予測する指標となりうるか?つまりマウスにPBパターンを示す肝発がん物質は、PBと同一のマウスCARを介した機序で肝肥大および肝腫瘍を誘発するか?この疑問を明らかにするため、我々はCAR欠損マウスを用い、PBと同様のCYP2B誘導剤(Piperonyl butoxide, PBO; トリアゾール系抗真菌剤; イチョウ葉エキス等)による肝肥大および肝腫瘍発生機序へのマウスCARの関与について研究を遂行してきた。その結果、①PBと同じCYP2B誘導剤であっても、PBと同様のCARを介した機序で肝肥大を生じるとは限らないこと、②投与期間や用量により、肝肥大の程度やCARの関与の程度が異なる場合があること、③肝肥大は、肝発がん性を予測するearly key eventではないことが明らかになった。本発表では我々の研究成果を示し、げっ歯類を用いた毒性試験においてみられる肝肥大の毒性学的意義について考察する。
  • 吉田 緑, 梅村 隆志, 頭金 正博, 小澤 正吾
    セッションID: S16-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     肝肥大は化学物質投与で生ずる最も一般的な変化である。薬物代謝に関連した肝肥大は生体恒常性維持反応すなわち適応反応であり毒性影響(悪影響)とすべきでない、あるいは肝肥大の持続がげっ歯類肝腫瘍発生に関連するとの議論から、肝肥大は毒性評価現場に多くの話題を提供してきた。2012年、肝臓を専門とする日米欧の毒性病理学者が集ったthe 3rd International ESTP(European Society of Toxicologic Pathology)のワークショップでは、知見の重要性を総合的に判断すべきとしながらも、肝毒性指標を随伴しない肝肥大は適応反応であり毒性影響ではないと結論した(Hall, et al., 2012)。国際評価機関においても同様の考えが示されており(Summary report, JMRR2006)、適応反応の結果としての肝肥大が生ずることに異論はない。しかし、複数の動物種、多段階の用量、種々の投与期間で実施された毒性試験を用いて一つの化学物質の毒性を見極めるリスク評価現場において、肝肥大を自動的あるいは一律に評価することは困難である。本シンポジウムの各演者が示したように、肝肥大は肝腫瘍のkey eventではないことが明らかになりつつあり、またin vitroの薬物代謝検出系や毒性試験に基づいたデータベースの活用等、新しい知見や検出系も得られている一方、全ての肝肥大の機序が解明されているわけではない。そこで、本シンポジウムのまとめとして、hazard characterizationにおいて現在の科学レベルを考慮した場合、どのような肝肥大を生体の恒常性機能維持の範囲である適応反応を超えて、毒性影響の領域に踏み込んだと考えるべきか、評価現場で立ち止まるべき点について具体例を挙げながら提示したい。
シンポジウム 17 発生・発達毒性におけるエピジェネティクス研究の新展開
  • 瀧 憲二
    セッションID: S17-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     化学物質の生殖・発生毒性試験における評価の主体は次世代の胎児に対する催奇形性などの影響であって,母体側の胎盤毒性についてはあまり評価されていない。近年の技術革新により分子生物学的領域での網羅的解析が可能になり,生命現象の理解が急速に進んでいる。これらオミックス情報は医薬品毒性のバイオマーカーになるだけでなく,毒性発現の機序を解明する上でも有用と考えられるが,生殖・発生毒性,特に胎盤毒性におけるトキシコゲノミクス的アプローチについてはほとんど報告がない。近年,胎盤で特異的に発現するmiRNAがあることが見出されたが,胎盤毒性との関連性については徐々に理解されてきている。
    演者らは抗がん剤である6-MPを胎盤毒性のモデル薬物として選択し,妊娠ラットに投与することで惹起される胎盤毒性とmiRNA・遺伝子発現との関連性について網羅的解析により検討し,miRNAの胎盤毒性における役割についての解明を試みた。また,DNAのメチル化が胎盤に与える影響として5-アザシチジン(5azaC)投与により胎盤重量が減少し,迷路層の欠失など胎盤組織に影響がみられ,胎盤におけるメチル化の程度が胎盤発生に大きな影響を及ぼすことが報告されている。さらに,ヒト栄養膜細胞では外部低酸素状態によって高メチル化が観測されている。子癇前症は,胎盤における血中酸素濃度が減少することが分かっていることから,低酸素刺激で胎盤におけるエピジェネティックな変化が生じ,疾患と結びついているものと推定される。miRNAの発現制御およびDNAメチル化の異常パターンは,最終的に薬物曝露,疾患の重症度,あるいは将来の疾患または障害を発症するリスクの“初期指標”として,診断バイオマーカーの役割を果たす可能性が示唆されている。これらの報告とともに化学物質による胎盤毒性に対するエピジェネティクス関連の現象と今後の展開も含めて言及する。
  • 福島 民雄
    セッションID: S17-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    エチレンジアミンモノメチルエーテル(EGME)は、インク等に用いられている有機溶媒であるが、精巣毒性を惹起させる化合物として知られている。本研究では、精巣毒性機序をマイクロRNAを含んだエピジェネティック的な視点から解析するため、EGME 2000 mg/kgをラットに単回経口投与し、投与後24時間における精巣を用いて、病理組織学的検査、マイクロアレイおよび定量PCR法によるmRNAまたはマイクロRNA発現解析を行った。EGME投与後、精巣では精母細胞の消失、変性、壊死並びにセルトリ細胞の空胞化がみられた。遺伝子発現解析においては、発現増加したmRNAとして、DNAメチル化酵素dnmt3a、dnmt3b、ヒストン脱メチル化酵素jmjd3があった。また、発現減少したmRNAはヒストンメチル転移酵素smyd1、ヒストン脱アセチル化酵素hdac4がみられた。一方、マイクロRNA発現においては、miR-449およびmiR-141発現の減少やmiR-134発現の増加がみられた。精子形成において、dnmt3a、dnmt3bはDNAのメチル化の進行や維持に関与し、精祖細胞の分化や精母細胞の減数分裂に関与する。miR-141のターゲットmRNAと予想されるjmjd3は精祖細胞の分化に影響するという報告されている。一方miR-134のターゲットと予想されるhdac4発現が減少していることからヒストンのハイパーアセチレーション、さらに、symd1発現低下によるヒストンのメチル化低下も考えられ、転写活性化も起こっていると示唆される。miR-449は精母細胞や精子細胞での発現が多く、減数分裂への関与が示唆されている。以上のことから、EGMEの精巣毒性には、DNAのメチル化の維持亢進やヒストン修飾異常による転写活性化などによる精祖および精母細胞への有糸分裂および減数分裂異常が関与していると考えられる。
  • 渋谷 淳, Liyun WANG
    セッションID: S17-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    ほ乳類の脳には生後も続くニューロン新生を行う特有な部位がいくつか存在する。その内、学習や記憶の中枢である海馬に存在する歯状回の顆粒細胞層下帯(SGZ)では、顆粒細胞系譜の幹細胞の自己複製をはじめ、前駆細胞の増殖、移動、分化等の過程が観察できる。更に、歯状回の門部には複数のGABA性介在ニューロン集団が存在して、顆粒細胞の機能調節やそれらの移動、分化を制御し、ニューロン新生障害に応じてそれらは分布変化を示す。一方、エピジェネティックな遺伝子発現制御系であるゲノムのメチル化変化は細胞分裂後の子孫細胞に受け継がれるため、神経幹細胞の異常なメチル化修飾により、生後にも引き続く遺伝子発現プログラムの変調から細胞分化異常を生じて脳の高次機能に影響を与える可能性がある。特に過メチル化により下方制御される遺伝子は不可逆的影響の責任遺伝子となる可能性がある。我々は、ニューロン新生に着目した脳発達に対する毒性評価法の確立を目指して、ラットやマウスを用いた神経毒性物質の暴露実験を行い、顆粒細胞系譜と介在ニューロンの分布解析を基盤としたニューロン新生に対する標的性を検討してきた。その中でMnの発達期暴露によりF1マウスの海馬におけるニューロン新生障害が成熟後も永続することを見出した。そのため、海馬歯状回のゲノムメチル化変動の網羅的解析を実施し、Mn暴露による介在ニューロン由来のPvalbAtp1a3の他、神経幹細胞の転写因子であるNr2f1、正中の形態形成に関与するMid1等の遺伝子の過メチル化による下方制御を見出した。殊にNr2f1Mid1は神経幹細胞の段階でメチル化異常が生じ、後の分化段階で不可逆的影響を誘発する可能性を示唆している。興味深いことに、Mid1の翻訳産物であるmidline 1はsonic hedgehogと共に左右差を規定する分子であり、ニューロン新生障害に伴い、その左右差が消失することを見出したので、この結果も併せて紹介する。
  • 山田 泰広
    セッションID: S17-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     人工多能性幹細胞(iPS細胞)樹立には、遺伝子配列の変化は必要としない一方で、DNAメチル化などのエピジェネティック修飾状態がダイナミックに変化することが知られる。同時に、iPS細胞樹立過程において、体細胞は自己複製能を獲得し、無限に増殖可能となる。体細胞における無限の細胞増殖能の獲得は、発がん過程においても必須であることから、幹細胞性の獲得と発がん過程の共通点が見いだされる。我々は、これら二つの細胞運命変化における類似性に着目し、iPS細胞作製技術を発がん過程の理解に応用する取り組みを行っている。特にiPS細胞樹立過程における自己複製能の獲得には、エピジェネティック修飾状態の改変が重要であることから、細胞初期化過程において体細胞に自己複製能を付与するエピゲノム制御機構の解明を目指し、その知見を発がんメカニズムの解明へと応用しようと試みている。
     幹細胞性の獲得と発がんとの関連を明らかにするために、薬剤依存的に全身で細胞初期化因子を誘導できるマウスを作製した。生体マウスにおいて細胞初期化因子を強制発現させると、生体内で多能性幹細胞が誘導できることが確認され、生体内細胞初期化システムが構築された。興味深いことに、生体内において初期化因子の一過性強制発現により部分的な細胞初期化を誘導すると、自律性に増殖を続ける異型細胞が出現し、がんに類似した病変を形成することが分かった。組織学的、分子生物学的な解析により、これらのがん類似病変は小児芽腫に類似することが明らかとなった。観察された小児芽腫類似病変では、DNAメチル化状態の大きな変化が確認された。細胞初期化に関わるエピゲノム制御変化と小児芽腫発生との関連が示唆された。本発表では、生体内細胞初期化による腫瘍発生モデルを紹介し、幹細胞性獲得と発がんの接点について議論したい。
  • 伊川 正人
    セッションID: S17-5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
    哺乳類ゲノムを任意に遺伝子操作する手法 (ゲノム編集技術) として、DNA配列を認識するタンパク質にFokI nucleaseを融合させたZFN (zinc-finger nuclease) やTALEN (transcripiton activator-like effector nuclease) などの人工制限酵素が注目されている。ゲノム中の標的配列を切断し、NHEJ (non-homologous end-joining) やHDR (homology directed repair) を利用して遺伝子欠失や挿入、置換を行う手法である。しかしZFNやTALENは、ペプチドによりDNAを認識するために生じる配列特異性の問題や、作製過程が複雑で難しいなどの問題があった。
    そのような中、2013年初めに、CRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeat) /CAS (CRISPR-asociated) システムをアレンジした人工制限酵素を用いて哺乳類細胞におけるゲノム改変が報告された。著者らは、codon optimize してNLS (nuclear localization signal) を付加したCAS9 nucleaseと、標的配列を決めるgRNA (guide RNA) を哺乳類細胞に発現させることで標的DNA配列を切断し、NHEJやHDRによるゲノム編集に成功した。同年5月には、Cas9 mRNAとgRNAを受精卵に注入することで、ダイレクトに遺伝子破壊したマウス個体を得る手法が報告された。我々も、Cas9とgRNAを発現するプラスミドを受精卵の前核に直接注入することでも、同様の結果が得られることを報告している。本手法はRNA合成や精製が不要で簡便であり、既に50以上の遺伝子破壊マウスを作製した。さらに遺伝子破壊ラットの作製も可能であった。本講演では、我々のデータも踏まえて、CRISPR/CASシステムを応用したマウスゲノム編集の有用性と、大規模遺伝子改変マウスプロジェクトへの応用についても概説する。
  • 五十嵐 勝秀, 大塚 まき, 中島 欽一
    セッションID: S17-6
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    遺伝子配列の変化を伴わない、ゲノムDNAやヒストンの後天的な修飾による転写制御機構であるエピジェネティック制御は、化学物質の影響をゲノムに刻み込む仕組みとしても注目を集めている。私達は化学物質がエピジェネティック制御に関わり生体に影響を及ぼす現象を「エピジェネティック毒性」と定義し、2011年~2013年の関連する3回のシンポジウムにおいて、今後の毒性研究における重要性を強調すると共に、基礎研究の進展と化学物質影響におけるエピジェネティック制御メカニズム研究を紹介してきた。4回目にあたる本シンポジウムでは「発生・発達毒性におけるエピジェネティクス研究の新展開」と銘打?ち、この分野をリードする専門家から事例を紹介して頂く。私の方ではまず、エピジェネティック制御メカニズムについて明らかになってきたこと及び、現在のエピジェネティクス解析技術を整理し、エピジェネティック毒性研究の現状について議論したい。更には、エピジェネティック毒性研究の発展を図るために取り組んでいる技術開発について紹介し、今後のエピジェネティック毒性研究への提言を行いたい。皆様の活発な議論により、本分野が大きく発展していくことを期待している。
シンポジウム 18 膵炎・膵臓がんの非臨床及び臨床評価
  • 石村 美祐
    セッションID: S18-1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     2型糖尿病治療薬であるインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬及びDPP4阻害薬)治療において、近年その膵炎・膵癌リスクが懸念されている。2013年3月に米国食品医薬品局(FDA)からインクレチン関連薬治療で膵炎及び膵癌リスクが高まることを示した論文について調査中であるとのアナウンスがあり、これに続いて欧州医薬品庁(EMA)からも同様のアナウンスが出され、インクレチン関連薬治療の膵炎・膵癌リスクに注目が集まった。このアナウンスのきっかけとなった論文は、Dr. Peter Butler (UCLA)らが臨床膵臓サンプルを用いてインクレチン関連薬治療と膵炎及び膵前がん病変の関連が高いことを示したものであった。インクレチン関連薬に関しては以前から急性膵炎との関連が懸念され、FDAからアラートが出されていた背景があり、また、Dr. Butlerらは非臨床サンプルを用いてインクレチン関連薬と膵炎・膵癌発症との関連性が高いことを主張してきていた。2013年7月のアナウンスでEMAは上記論文のレビューを終了し、現段階ではインクレチン関連薬の膵臓への影響は確認できないと結論することを表明した。一方、FDAは調査を継続中であり、現段階ではインクレチン関連薬治療と膵炎及び膵癌との因果関係について結論は出ておらず、現在実施中の大規模試験を含む複数の市販後臨床試験の結果を待って判断されていくことになる。本発表ではインクレチン関連薬治療の膵炎・膵癌リスク問題の経緯について概説し、Dr. Butlerらの非臨床及び臨床データについても紹介し、その意義について問題提起する予定である。
  • 八木橋 操六
    セッションID: S18-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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     インクレチン薬としてのGLP1アナログやDPP-IV阻害薬はいまや2型糖尿病治療の主役となりつつある。しかしながら、インクレチン薬の安全性について結論はいまだ得られていない。とくに、膵島細胞のアポトーシス抑制、再生促進作用から、膵腫瘍や膵炎発生の危険性が危惧されている。実際、限られた研究室からの報告ではあるが、臨床データのメタアナリシスにおいて、一部急性膵炎や膵癌の発生頻度がインクレチン治療群で高い結果が得られ注目を浴びた。しかし、追試にてこのようなデータは再現されていない。一方、動物実験による実験的研究にても異なった結果が報告されている。すなわち、DPP-IV阻害薬投与による膵炎像の出現や、膵導管上皮での増殖促進や、前癌病変の高発現が報告される一方で、なんら影響のなかった研究報告もみられる。さらにセンセーショナルなのは、インクレチン治療を受けたヒト糖尿病者膵にα細胞の増殖や、内分泌腫瘍の発生、さらには導管上皮の増殖巣をみた報告である。この研究報告は一般にバイアスのかかった報告としての評価が多いものの、米国衛生局(FDA)あるいは日本糖尿病学会も膵炎・腫瘍発生の危惧について喚起を促している。私共もDPP-IV阻害薬をはじめとしたインクレチン薬が膵にどのように影響を与えるかを探索している。自然発症糖尿病GKラットを用いた基礎研究で、インスリン分泌の改善とともにβ細胞容量の増大を治療群で確認できている。一方、外分泌組織においては、GKラットでの炎症巣の発現頻度は高いのに比しDPP-IV阻害薬投与群ではむしろ抑制され、好結果を得ている。一方、DPP-IV阻害薬の導管上皮増殖動態への影響はなく、腫瘍発生のリスクは得られていない。さらに、ヒトインクレチン治療の糖尿病者膵への影響については未だ十分な症例数は得られていないが、これまでのごく少数例での観察では、明らかな腫瘍様病変は観察されていない。今後、症例数の増加、より詳細な長期間にわたる検討を加え、インクレチン療法の安全性についての検証が必要とされている。
  • 津田 洋幸, David B. ALEXANDER, 薮下 晴津子, 住田 佳代, 徐 結荀, 樋野 興夫, 辻 厚至, 佐賀 恒夫, 栁原 ...
    セッションID: S18-3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
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    膵癌の克服には、早初期病変の把握と進展機構の理解が不可欠である。我々が確立したCre/loxPシステムを用いた活性型HrasV12およびKrasV12コンディショナルトランスジェニックラットにCreリコンビナーゼ発現アデノウイルス(AxCANCre)を総胆管から膵管内に注入してヒトに類似した形態の膵管癌を発生させることが可能となった。
    この癌では以下の特徴が観察された。1)ヒトの PanIN類似の初期病変、および介在管および腺房中心細胞の増殖性病変がみられ、Creを腺房細胞に発現させても腺房細胞の増殖は全くなく、癌の起始細胞は膵管・介在管上皮・腺房中心細胞であることが示された。2)膵癌は超音波、X線CT画像でも診断できた。3)膵癌ラットの血清N-ERC濃度は、健常より有意に増加し、癌の重量と血清N-ERC濃度はよく相関した。この癌由来の膵管癌細胞株をNOD-SCIDマウスに移植すると腫瘍の大きさと血清N-ERC濃度がよく相関し、診断指標として有用である。このマウスにGemcitabineを投与すると腫瘍重量縮小に相関して血清N-ERC濃度も低下した。4)血清microRNA解析では、ヒトでも報告されている3種のmicroRNAの増加に加え、新たに3種の有意な増加と1種の有意な減少が見出された。膵癌組織と血清のGC-MSによるメタボロミクス解析では、新たにpalmitoleic acidの減少(正常血清の46%)が見られ、マーカーとなり得る可能性が示された。癌組織マイクロアレイトランスクリプトーム解析では嫌気的解糖系およびヌクレオチド分解の亢進、TCA cycleの低下、並びに脂肪酸合成やアラキドン酸代謝に関与する遺伝子群の発現変化が見出された。以上から、本モデルはヒト膵管癌と類似点が多く、血清マーカーも得られたことから、化学療法剤の開発に有用なモデルと考える。
  • 落合 淳志
    セッションID: S18-4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/26
    会議録・要旨集 フリー
     膵癌に対する外科手術手技や全身化学療法は進歩しているものの、膵癌患者の予後は未だ不良である。膵癌患者は、腫瘍の増悪とともに全身状態の低下が顕著となり、抗癌治療抵抗性となる臨床的特性があり、予後不良の原因の一つと考えられている。膵癌の臨床的特性と関連する組織形態学的因子を特定することは、膵癌患者が予後不良となる機序について重要な情報を与える可能性がある。しかし、これまでの多くの報告は、予後不良と腫瘍の組織形態学的因子との関連を検討したものであり、全身状態の低下との関連はあまり報告されてこなかった。そこで、我々は、膵癌の臨床的特性である全身状態の低下に着目し、関連する腫瘍の組織形態学的因子を検討している。
     膵癌に対する根治切除を受けた患者の切除標本では、ほぼ全ての患者で神経浸潤が認められる。切除標本で神経浸潤が高度であった患者は、再発時に全身状態の低下が顕著であり、予後不良であった。神経浸潤が全身状態の低下を説明する腫瘍形態学的因子であると考え、ヒト膵癌細胞株を用いた神経浸潤マウスモデルを作製したところ、ヒト神経浸潤の組織形態像に最も類似した細胞株のモデルが体重減少・炎症反応高値・高度の疼痛を示し、膵癌患者の全身状態低下に類似した病態を示した。よって、神経浸潤は膵癌患者の全身状態低下を説明する腫瘍形態学的因子の一つであると考えられた。神経浸潤マウスモデルを用いて、神経浸潤の分子機序を検討したところ、IL-6/STAT3経路が重要であることが示唆された。そこで、IL-6経路を阻害する臨床試験を行い、その臨床的効果を現在解析中である。
     我々は、膵癌神経浸潤による全身状態低下を説明しうる機序に基づいた治療開発を目指している。研究の出発点、臨床病理学的検討からモデルの作製、臨床試験、および今後の展望について発表する予定である。
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