ダイオキシン類は、難分解性有機化学物質(POPs)の一種であり、塩素置換の位置と数の違いにより区別される塩素化芳香族炭化水素化合物群である。ダイオキシン毒性として、ヒトでの曝露事故においては、塩素座瘡などの皮膚症状、視力低下、しびれなどの神経症状、出生性比の偏り等が、実験動物においては、消耗性症候群と称される急激な体重減少、肝障害、胸腺萎縮、発がんプロモーション作用、奇形が報告されている。こうした幅広い毒性現象を引き起こすことがダイオキシン毒性の特徴であり、さらに、毒性現象の生じる時期が発生・発達時期に関して特異的であることも特徴である。これらの特徴の背後に存在する分子基盤は不明であった。
水腎症は、腎盂・腎杯の拡張と腎実質の菲薄化を特徴としてヒトで自然発症する疾患であり、また、胎仔期および生後数日までのダイオキシン曝露によって齧歯類で生じる発達時期特異的毒性現象でもある。水腎症は多くの場合に尿管閉塞が原因とされており、ダイオキシン曝露による水腎症についても尿管閉塞が原因とされていた。ダイオキシンとして2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-
p-dioxin (TCDD)を用いたマウス新生仔への経母乳曝露実験によって、私を含む研究グループは、TCDD曝露がマウス新生仔に引き起こす水腎症には尿管閉塞を伴わないことを明らかにした。この発見に基づいて、TCDDが何らかの腎機能を撹乱することで水腎症が発症するものと想定し、発症を仲介する遺伝子の探索研究を実施した。その結果、cytosolic phospholipase A
2?α (cPLA
2?α)、cyclooxygenase-2 (COX-2)、microsomal prostaglandin E synthase-1 (mPGES-1)が原因遺伝子であることを見出した。cPLA
2?αとmPGES-1については遺伝子欠損マウスを用いた実験によって、COX-2については阻害剤投与実験によって、TCDD曝露による授乳期水腎症発症の原因となることを証明した。これらの遺伝子がコードするタンパク質は、リン脂質から生理活性物質であるprostaglandin E
2? (PGE
2?)合成系の主要な酵素であり、TCDD曝露は実際にマウス新生仔腎においてPGE
2?合成量を顕著に増加させることが分かった。これらの研究成果を総合することで、TCDD曝露によるリン脂質→アラキドン酸→PGE
2?という生理活性物質産生経路の異常な亢進がダイオキシン曝露による授乳期水腎症の原因であり、PGE
2?産生の増加はcPLA
2?α, COX-2, mPGES-1の発現上昇が原因であることが判明した。
PGE
2?合成の亢進と水腎症の関係をさらに明らかにするために、PGE
2?合成の律速酵素であるCOX-2誘導を引き起こす別の化学物質であるリチウムに着目し、リチウム曝露によってもマウス新生仔に水腎症が生じることを私は発見した。ダイオキシン曝露とリチウム曝露の結果を一般化すると、PGE
2?合成を亢進させる化学物質は周産期の哺乳類に水腎症を発症させる危険性がある可能性がある。さらに、化学物質曝露のみならず自然発症する水腎症についてもPGE
2?合成の亢進が1つの機序である可能性がある。実際に、Bartter 症候群とTCDD曝露による授乳期水腎症は病態の類似性があり、PGE
2?の下流で尿濃縮阻害を介して水腎症に至ることやその原因の特定を進めており、今後研究をさらに発展させたいと考えている。
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