前報に於ては木釜煉瓦の腐蝕過程を究明する手段として數種の國産並に外國製木釜煉瓦の未使用物及び使用後の物に就いて耐水並に耐酸試驗, 顯微鏡による素地物質の測定及び微構造の觀察を行ひ内張使用による其等の變化状態を檢べ木釜煉瓦の龜裂及び剥離等の損傷の原因を考察した. 本報に於いては酸性亞硫酸石灰鹽によるパルプ蒸煮に當つて木釜煉瓦表面に形成される所謂セルフライニングと呼ばれる層状附着物及び煉瓦素地中に沈積する充填物の本態を明にすると共其等の物質が煉瓦の損傷に及ぼす影響を考察せんとした. 即ち前報に於いて已に述べた如く著者等は前者の層状附着物はセルフライニングと呼びれる如く煉瓦表面を蔽ひ酸液による煉瓦表面の侵蝕を防止する作用をなす事は明かであるが, 後者の煉瓦素地中の充填物は一面に於いて漸次煉瓦を緻密ならしめて藥液の滲透を減ぜしめる利點があると共に其反面には過度の充填は反つて煉瓦の熱的損傷を促進せしめる原因となるのではないかと推察して居た. 而して此等の物質が煉瓦の壽命に及ぼす影響を知る事は本研究の最大目的である木釜煉瓦の改良上極めて重要なる事項である.
結晶生成が煉瓦又は瓦類を崩壞せしめる事に關しては多數の實驗報告があるが耐酸シヤモツト煉瓦が鹽類充填により破壞する事に對して好個の資料となるものはVl' Skola (
Ber. Deut. Keram. Gesell., 1931, B. 12, 122-159) の説である. しかし同氏は煉瓦の崩壞を充填結晶生成壓による事を述べてゐるが著者等は結晶生成が煉瓦素地の結合力に打勝ち組織を破壞せしめる如き大なる内部壓を及ぼさなくとも或程度の結晶充填が急熱急冷時に於て煉瓦の熱的損傷を充分促進すしめる作用ある事を考へた. しかして著者等は前報に於いて内張使用前後の煉瓦に就いて耐熱性の比較試驗を行ひ結晶充填により緻密化した内張使用後の煉瓦は未使用の原煉瓦に比べて殆ど一致して耐熱性が低下した事を見出し此豫想を裏書きする結果を得たが, 尚進んで此を追求するためには此充填物質の本態を明にする事が必要となつた.
一般に亞硫酸紙料製造の際に蒸解罐内張に使用してゐる煉瓦は吸水率約6-12%であつて煉瓦の耐熱性を考慮してやゝ多孔質の物を使用して來た. 加ふるに蒸解時に於ては罐内の壓力は相當高壓 (6-8氣壓) になるを以て新に煉瓦を内張した當初に於ては蒸解藥液は煉瓦を滲透するか又は煉瓦目地部の間隙を通つて罐體外廓の鋼鐵セルに達し此を腐蝕する虞がある. 故に其對策として内張當初に於て行ふ數囘の蒸解にては藥液として化合酸即ち亞硫酸石灰の特に多いものを使用し木材削片 (チツプ) は少量裝入するか又は殆ど裝入せずに行ひ人工的に急速に煉瓦面に石灰鹽のセルフライニングを施す操作を行ふのが慣例となつてゐる. 厚木勝基博士によれば一般に普通蒸解液は總亞硫酸5.0-5.5%, 遊離亞硫酸3.8-4.3%であつて化合亞硫酸は1.2%内外であるが此の化合亞硫酸量を遙に増加し蒸煮を行つてゐる. 其増加量は工場毎に種々工夫して行はれてゐるので明記する事は出來ない. しかしかくの如く石灰鹽に富む藥液を以てするも數囘の蒸煮にては殆どセルフライニングは形成されるものでない. 此最初に附着した煉瓦面のコーテイングは極めて薄い層に附着するばかりでなく附着力も頗る弱く指頭にて觸れるのみにて容易に脱落する. 故にかゝるセルフライニングは實際のパルプ蒸解にあたつてはチツプ (木材削片) 又はパルプとの摩擦のみにて剥離脱落するものと思はれる. 從つて此最初に行はれる高石灰鹽溶液による蒸煮にて完全なるセルフライニングを期待する事は到底難しいものであつて著者等の調査並に研究によれば連續蒸解にて少くとも1年半乃至2年の後に於てやゝ完全なるセルフライニングが形成されるものであつて此時期に至れば煉瓦面には強靱な約1mm厚さの白色コーテイングが形成され且つ煉瓦自體も頗る緻密化され目地間隙等も充填閉塞される.
以上の樣に形成されたセルフテイニング物質は當然蒸解藥液より分離析出した物であるか又は此に木材中の或成分が加はつて出來たものであるが此に關して研究された報告はパルプ工業方面にも未だ聞かないと共に本研究の主眼目である木釜煉瓦の腐蝕又は使用中に起る熱的損傷等の原因を究める上には極めて重大な事である. 故に本報に於ては長期間内張使用された煉瓦面上に非常によく發達形成されたセルフライニング物質を試料として (1) 化學分析並に比重の測定, (2) 熱分析試驗, (3) 顯微鏡試驗, (4) X線的研究等を行ひ其物質の本態を明にすると共に木釜煉瓦に及ぼす影響を考察した.
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