われわれは, 歯科治療時に一過性脳虚血発作を起こした2症例を経験した.
症例1は, 66歳, 女性で, 基礎疾患として高脂血症があった. 浸潤麻酔後, 左上5・6番の抜歯を行っていたところ, 突然意識を消失した. 神経性ショックを疑い, 輸液・ハイドロコルチゾンの投与を行ったところ, 意識はほぼ正常に戻ったが, 構音障害, 口唇の不随意運動・異常感覚などの神経症候を認めた. そのため, 脳神経外科に紹介したが, CT・MRI検査では異常は認められず, 神経症候も翌日にはほぼ消失した. 症例2は, 65歳, 男性で, 基礎疾患として高血圧症, 糖尿病があった. 補綴物のセット終了後, 回転性めまいを訴え, 悪心・嘔吐を認めた. しばらく経過観察したが, 症状が改善しないため, 脳神経外科に紹介した. CT検査では異常を認めず, 神経症候も翌日には消失した. 今回の症例が基礎疾患として有した高脂血症, 高血圧症, 糖尿病はいずれもアテローム性動脈硬化の危険因子であり, 潜在的な脳血管狭窄の存在が疑われた. 症例1では, 抜歯時の神経性ショックにより急激に血圧が下降し, 潜在する血管狭窄に椎骨脳底動脈領域の潅流圧低下が加わり, 脳虚血発作を来したと考えられる. 症例2では, 補綴物セット時の頚部捻転などの体位変換による脳血流量低下の可能性はあるが, 原因は明らかではない. 幸運にも2症例とも24時間以内に神経症候は消失したが, 近年脳卒中の超急性期治療の有効性が確立してきたことから, 歯科治療時に脳卒中警告症状が認められたらすぐに専門医療機関へ搬送することが良好な予後に繋がると考察する.
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