今回のCOVID-19感染症を巡る社会の動きに、過去の疫病の教訓が十分に生かされているとは、必ずしも言えない。厳重に管理され、社会に“ストック”されるはずの新型コロナウイルス対策専門家会議の議事録が残されず、公文書の存在意義が揺らぐような状況も生まれている。筆者は、こうした状況を踏まえ、歴史に残るであろう現在の社会のありよう=“フロー”を、仔細に記録=“ストック”していくことの重要さを改めて主張したい。本特集では、筆者が主査を務める「SIG COVID-19」のメンバーをはじめとして、各地でアーカイブの実践に取り組んでいる方々の、リアルタイムなアーカイブ活動を網羅することを企図した。これらの取り組みの成果が、現在進行系の、そして近未来・遠未来に確実に起きるであろう、あらたなパンデミックに活かされることを願っている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止に関する国の対応が、公文書管理法に基づき初の「歴史的緊急事態」に指定された(2020年3月10日)。記録の作成・保存が義務づけられたが、医学的見地から政府に助言などを行う感染症対策専門家会議の議事録は作られていなかった。東日本大震災に関連して政府が主催した主要な会議で議事録が作られなかった事態の改善策として2012年6月、公文書管理ガイドラインを改正したことがそもそもの始まりだ。だが、その後に起きた政権交代、第二次安倍政権による特定秘密保護法制定など様々な政治的要因が作用した結果、発言者や発言内容を具体的に記した議事録ではなく議事概要にとどめる運用が横行することになった。
新型コロナウィルスによって社会は混乱し、私たちは大きく行動を変容させた。それは日々触れるメディアが発するニュースや様々な情報がきっかけになっているはずだ。では、その内容は正しいものだったのか、その伝え方はどうだったであろうか。感染者や集団感染を出した医療施設などが誹謗中傷を受けるようになり、さらに真偽不明の情報がマスメディアで伝えられたことでトイレットペーパーの買いだめに走る人々も出た。メディアがコロナ禍にどう向き合ったのかを振り返ることで、今後起こりうるエピデミックの際の情報の伝え方の最適解を探ることはできるのではないか。そのためにメディアの記録を収集、蓄積して分析ができる環境を整え、その答えを探る仕組みを社会実装することを考えたい。
本稿は、筆者を含め、関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(以下、KU-ORCAS)の研究者を中心とした学内の共同プロジェクトとして実施している「コロナアーカイブ@関西大学」について論じている。コロナアーカイブ@関西大学は、ユーザ参加型のコミュニティアーカイブの手法を用いて、COVID-19の流行という歴史的転換期における関西大学の関係者の記録と記憶を収集している、デジタルパブリックヒストリーの実践プロジェクトである。本稿では、パブリックヒストリーという研究動向の紹介を踏まえたうえで、世界的な動向におけるコロナアーカイブ@関西大学の位置付けやその特徴、そして収集している資料の性格等について論じる。
世界および日本のCOVID-19 (新型コロナウィルス感染症)による外出禁止や学校閉鎖の中での生活を収集するデジタルアーカイブについて、収集対象ごとに事例を紹介する。
コロナ禍は図書館や博物館にも、他の分野と同様に大きな打撃を与えた。その影響をどのように対処し、さらにそれをどのように受け止め、また次の段階にどのようにつなげていくか、デジタルアーカイブの観点からその動向を紹介した。コロナ禍への直接の対処、日常活動をコロナ状況下でどのように行うか、このコロナ禍事態をどう記録するか、という諸段階を設定して検討した結果、この状況に即座に対応できたのは、地域資料・情報の収集に日常から積極的であった文化施設である、という推論に到達した。一方で、この間に収集した資料や作成したコンテンツを今後どのように扱うのか、今後の大きな課題となる。
COVID-19を受け、その多くが施設としての休閉館に追い込まれた図書館の実情を整理するとともに、その結果、露になった図書館の課題を説明する。それらを受けて、これから図書館に求められる役割を論じる。特に課題として日本の図書館は来館利用型のサービスに偏してきた点を、脆弱性と片面性としてとらえ、従来からすでに存在した潜在的な課題が顕在化したことを指摘する。こうした課題に対する対処として、saveMLAKや、「図書館」(仮称)リ・デザイン会議の活動を紹介したうえで、さらに図書館として取り組むべき活動としてCOVID-19のアーカイブ活動への貢献を挙げる。
新型コロナウイルス感染症が地域社会へ及ぼした影響を示す資料を「コロナ関係資料」と呼ぶ。コロナ関係資料の多くは、一過性の配付物や掲示物などのエフェメラであり、感染拡大の渦中にあるうちに収集しなければ、すぐに世の中から消え去ってしまう。これらは、感染症下で人々の暮らしを知る上で、有益な情報を与えてくれる歴史資料的な価値がある。いっぽう、コロナ社会を象徴する物としてマスクがある。浦幌町立博物館では、特に手づくりのマスクに着目した展覧会を開催した。コロナ関係資料の収集は、パンデミック下における資料収集と地域の記録化という博物館の使命のひとつであり、博物館資料論上の新しい課題ともいえる。
吹田市立博物館では、新型コロナに関連する資料の収集を行っている。こうした資料は、次世代の人々が感染拡大の実態を知る上で貴重な歴史資料となる。同館ではまた、新型コロナに関連したミニ展示を開催した。収集資料の一部を展示することで、次なる収集につなげることとともに、コロナ禍が日本や地域社会に何をもたらしたのか、また私たちに何を託したのか、来館者一人一人が、これからの日本のあり方、みずからの生き方を考えるきっかけとしてもらうことを目的としていた。モノからコトへ、というように博物館の社会的役割が変化する時代の中で、モノとともに市民による新型コロナ体験の証言を収集・アーカイブする活動が重要となろう。
日本社会においても、文化的資産としてのデジタルコンテンツを整備し共有することの意義が着実に認知されつつあるなかで、デジタルな研究資源を生かしたデータベース等の継続が立ち行かなくなるケースが散見される。そこで本研究では、デジタルアーカイブをいかに存続させるかという課題に対して、持続性と更には利活用性までを考慮したデジタルアーカイブ構築について、技術面に特化した手法を提案する。また実際にデジタルアーカイブを構築および活用を行うことで、提案手法の有用性を検証する。
朝日放送グループは阪神淡路大震災の取材映像、約38時間分1980クリップを公開して1年が経過した。公開直後からSNS等で大きな反響があった一方、心配された肖像権者からのオプトアウトを求める申し出は、2020年10月1日現在で1件も寄せられていない。「放送局がビジネスを直接的には考慮せず、社会課題に取り組んだ」ことが評価され、デジタルアーカイブ推進コンソーシアムの『2020デジタルアーカイブ産業賞 貢献賞』を受賞した。改めて、アーカイブの概要、公開した映像の一例を紹介し、長期にわたって継続するために着手している今後の展開を報告する。
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