本特集では、令和6年能登半島地震発生以降の、緊急ないし応急の対応・対策が求められる時期に実践されたデジタルアーカイブに関連する事例を報告し、考察する。本稿は特集の主査として企画の意図と事例紹介をするとともに、放送アーカイブの視点から災害関連映像の留意点となる肖像権の問題や、発災以前のまちの映像の価値などについて論じる。事例は、被災状況などの情報を正確に伝えるメディアの機能を発揮した2例、被災地域に直接的に関与し復興を見据えた支援にもつながる2例からなり、いずれもデジタルアーカイブ関係者が災害発生時に何ができるかを考えるうえで示唆をもたらす。
2024年1月1日、令和6年能登半島地震が発生し、甚大な被害が生じた。筆者らは、SNSでプロフェッショナルと連携しつつ、オープンデータとノーコードツールを活用した3Dマップを作成した。また、筆者の学術指導を受けていた新聞記者たちも、ボトムアップで迅速な活動を通して、報道写真を活用した3Dマップを発災当日に公開した。これらのコンテンツには多数のアクセスがあり、SNSにおける安否状況の確認やマスメディア報道に活用されるなど、被災状況のすみやかな伝達と分析に貢献した。これらの手法は、今後の災害対応に活かせると考える。
2024年1月1日に発生した能登半島地震では大量の偽情報が拡散し、救護活動に影響を与えるなど混乱をもたらした。災害のたびにSNSはじめネット上で偽・誤情報が拡散するようになったが、能登半島地震では、多くの建造物が全壊し住民の命が奪割れた深刻な事態にも関わらず、発災直後から、偽の救助要請から人工地震説、関東大震災時を思わせる外国人の窃盗団が来る、さらに時間経過とともに避難所や仮設住宅に関するデマも溢れた。災害時の偽・誤情報拡散の実態とファクトチェック(事実検証)の取り組みについてデジタルアーカイブの視点を入れながら報告する。
能登地震発災からおよそ半年が経過した時点での、コミュニティ・アーカイブの形成に向けた動きとさまざまな対話の場を取材、インタビューをもとに構成する。主に映像ワークショップ合同会社の明貫紘子、アーティストの瀬尾夏美、一般社団法人減災ラボの鈴木光の活動と言葉から、リアルタイムで進む「地域の再構成」と共にあるべき「記録」の機能と、その集積の一翼を担う「外部者」の役割に注目し、過去の「災害とアーカイブ」の関係について考える。
合同会社AMANEは石川県に本社を置く学術企業として、これまで資料調査や研究などを通じて能登半島地域に深く関わってきた。2021年には、輪島市らと「産学官連携に基づいた地域資料継承支援事業に関する覚書」を締結し、輪島市域の古文書などの地域資料の保存・継承に取り組んでいる。本稿では、能登半島地域を中心に甚大な被害をもたらした令和6年能登半島地震発生直後に設置した「令和6年能登半島地震被災資料対応ワーキンググループ」の概要と、AMANEが構築・公開しているAMANE Archivesに掲載された能登半島地域の資料情報、AMANEが協力・実施している資料救出活動について紹介する。
「デジタルアーカイブ憲章」では、市民が豊かで生きやすい生活を送るためには過去・現在の記録を残し、誰もが過去・現在の資料に継続的にアクセスし活用できる「アーカイブ権」を、市民が持つ基本的な権利として憲章の基盤に位置付けた。このことから、デジタルアーカイブの在り方は、市民が主体的にデジタルアーカイブの企画・開発、維持・管理、活用に携わる人材であるアーキビストの育成と一体的に検討すべきである。デジタルアーカイブ学会人材養成・活用検討委員会が行ってきた、デジタルアーカイブの理念や現状、人材育成の在り方、資格制度の方向性と「デジタルアーカイブ憲章」の関連について明らかにしたい。
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