消化管への細菌の定着は、腸内細菌の生存戦略を理解するうえで重要である。細菌の菌体表層に局在する接着因子は、宿主と細菌の相互作用にかかわる。Moonlighting protein(ムーンライティングタンパク質)は、主となる機能に加え、異なる複数のはたらきを示すタンパク質の総称である。ムーンライティングタンパク質の多くは、解糖系、シャペロン、タンパク質合成など細菌の生命維持に重要な役割を持つが、菌体外へと分泌され菌体表層に留まることで、接着因子としての機能を発揮する。本総説では、ムーンライティングタンパク質のひとつ翻訳伸長因子(EF-Tu)に焦点を当て、腸内細菌の接着因子を介した定着過程について述べる。さらに、ムーンライティングタンパク質の生体内での挙動を評価するための新しい実験手法についても紹介したい。
今日広く使われる「プロバイオティクス」や「プレバイオティクス」の用語は腸内細菌、腸内菌叢を通じて人の健康に働く微生物や食餌成分として、数十年前に発明された用語であるが、それらが示す概念は 100 年以上前にすでに研究者らによって示唆され、それを実践する試みが今日に至るまで続いている。本論文では研究の発展とともに変遷してきたそれらの言葉が意味するもの、すなわち定義について概観し、今後のあるべき位置付けを模索する機会としたい。
徳島県で伝統的に飲用される阿波番茶は、茹でた茶葉を桶に漬け込み、微生物で発酵させて作られる。本研究では、阿波番茶の漬け汁から分離した Lactobacillus pentosus OLL203984 を用いて茶発酵物を調製し、その摂取がマウスの便通、腸内細菌叢に与える影響を検討した。消化管通過時間の遅延症状を呈する Ncx/Hox11L.1 遺伝子ノックアウトマウスに茶発酵物またはコントロールとして水を 4 週間投与した。その結果、コントロール群と比べて茶発酵物群で、硫酸バリウムの消化管通過時間が有意に短縮した。なお、糞便水分含量に明らかな差は認められなかった。また、腸内細菌叢を解析した結果、茶発酵物の投与前と比べて投与後で、Bacteroidales、Clostridiales の存在比率の有意な減少、Lactobacillales、Bifidobacteriales の存在比率の有意な増加、α 多様性指数のひとつである Shannon index の有意な減少が認められ、コントロール群ではこれらの菌群および Shannon index に有意な変化は認められなかった。さらに、コントロール群と比べて茶発酵物群では、腸管運動への関与が知られる結腸の iNOS の遺伝子発現量が低下傾向にあった。以上より、L. pentosus OLL203984 で調製した茶発酵物の摂取は、腸内環境を変化させ、消化管通過時間の遅延を改善することが示唆された。