ヒトの腸内には数百種類、数十兆個の細菌が棲息しており、腸内細菌叢としてヒトの健康を左右していることが明らかになってきている。腸内細菌のうち、特にビフィズス菌は古くから多く研究されてきており、ヨーグルトやサプリメントなどの製品にも応用されている。
ビフィズス菌は偏性嫌気性菌で、主にヒトなどの哺乳類、昆虫、鳥類などの腸管を棲み処にしていることが特徴である。現在、ビフィズス菌は、100 以上の種/ 亜種が発見されているが、その棲息場所は種/ 亜種によって異なり、ヒト腸管に棲んでいるのは 10 菌種程度(Human-Residential Bifidobacteria; HRB)で、さらに乳児腸管から検出されるのは 4 ~5 菌種のみ(乳児型 HRB)である。私たちの研究グループは、「なぜビフィズス菌がヒトのおなかに棲んでいるのか、そこでどんなことをしているのか」という命題に取り組み、母乳に含まれているミルクオリゴ糖とともにリゾチームが乳児型HRB の選択に関わっていること、さらにこれらのビフィズス菌種は葉酸産生や乳児腸管に潜在的に存在する有害成分の分解、さらに腸および全身のホメオスタシスに寄与する可能性がある芳香族乳酸の産生などの特徴を有することを解明した。これらの知見は、HRB、特に乳児型 HRB がヒトの腸内での適応能力と有益な特性を発揮するメカニズムに光を当てるものである。
一方、ビフィズス菌をヨーグルト中で増殖させ、長い期間冷蔵で生残させるには困難を伴う。その理由としては、牛乳中にはビフィズス菌の生育にとって必要な遊離アミノ酸やビタミンなどの栄養素が不足していることや、冷蔵保存中に溶存酸素濃度が高くなってしまうことなどが挙げられる。これは特に元来中性に近い、嫌気度の高いヒト腸管内に棲んでいる HRB 菌種にとって言えることである。私たちの研究グループは Lactococcus lactis との混合発酵という手法を開発し、高菌数・高生残性ビフィズス菌含有発酵乳の製造を可能にした。
近年、腸内細菌叢と健康との関連性に注目が集まっており、腸内細菌を含めた腸と脳の双方向的な機能連関を意味する“脳腸相関”が注目されている。我々はビフィズス菌に着目して研究を進め、Bifidobacterium breve MCC1274 がプレ臨床試験および軽度認知障害が疑われる方を対象にした臨床試験において認知機能を改善する作用を確認した。さらに本菌株の作用機序として、アミロイドβの産生抑制作用や抗炎症作用を介することが示唆される知見を得ている。
本稿では、これまで携わってきた研究開発の軌跡を辿りながら、ビフィズス菌の基礎・機能性・応用研究に関連した内容を紹介したい。
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